【レポート】

第39回静岡自治研集会
第4分科会 多様性が尊重される社会にむけて

 自治労神奈川県本部職員の金秀一さん(原告K氏)は鎌倉市社協と社協労組との労働争議に県本部オルグとして関与した。通常の組合活動として鎌倉市社協訪問の際に社協事務局長にあいさつし、名刺交換などして労働争議の早期解決を促した。ところがである。鎌倉市議会のA氏(被告A氏)は、原告K氏の氏名や出身を揶揄する個人攻撃を始めた。労働運動への市議会の介入なのか? 自治労への誹謗中傷なのか? 市議会からの思わぬ在日コリアンへのヘイト発言は、なんと3年間にも及んで繰り返し行われた。議会内の差別発言の違法性を問うことはできるのか? 横浜地裁は「在日コリアンという原告の出自を理由に不当に貶める差別的発言」とその違法性を認め、鎌倉市に国賠法上の損害賠償を命じた。公人のヘイト発言を規制できない人権推進指針の有効性は? 被害回復措置はどうあるべきか? を考える契機としたい。



ヘイトスピーチとのたたかいは自治体労働者のたたかいだ
―― 鎌倉市議会議員差別発言事件(鎌倉事件)の概要と今後の課題 ――

神奈川県本部/神奈川県自治体労組書記局労働組合・高尾  真

はじめに

 自治労神奈川県本部職員の金秀一さん(原告K氏)は鎌倉市社協と社協労組との労働争議に県本部オルグとして関与した。通常の組合活動として鎌倉市社協訪問の際に社協事務局長にあいさつし、名刺交換などして労働争議の早期解決を促した。
 ところがである。鎌倉市の市議会議員A氏(当時、被告A氏)は、鎌倉市議会において「参議院議員の名刺をちらつかせている」「これは代紋を見せて圧力をかける暴力団、反社会的勢力のやり口と変わりない」「自治労のこのような行為によって、使用者側の職員は恐怖さえ感じている」「金さんがこないんならいいんです」「私、特に出身が出身だけに本当に怖い」などと発言して、鎌倉市側の見解をただした。鎌倉市はこの議事録を公開している。
 労働運動への市議会の介入なのか? 自治労のへの誹謗中傷なのか? 市議会という思わぬ方向から矢が飛んできたこの問題。ちなみに、原告K氏と被告A氏の面識はない。どうやら在日コリアンへのヘイトが目的のようだ。市議会議員という公人の議会内ヘイト発言とのたたかいはこうして始まった。
 被告A氏が行った「在日コリアンという出自を理由に原告K氏を不当に貶める発言」は、なんと3年間にも及んで繰り返し行われた。それも議会内発言として。被告A氏は自らのフェイスブックでも「やってきた自治労の幹部は一般的な日本人の名前ではない」等の書き込みとともに原告K氏の名刺画像などを投稿していた。
 横浜地裁は2021年12月、「(「私、特に出身が出身だけに本当に怖い」の発言は)原告が在日コリアンの出自を持つことから被告A氏が強い恐怖心を感じるという意味の発言であり、在日コリアンに対する差別意識を前提に、在日コリアンという原告の出自を理由に原告を不当に貶める差別的発言と認められる。」と在日コリアンに対する差別発言の違法性を認めた。また、①その出自を理由に原告を不当に貶める差別的発言であること、②原告がその氏名からして日本人ではないというその属性自体を否定的評価の根拠の一つとしていること、③被告A氏は鎌倉市議会議員という社会的に影響力のある人物であったこと、などを総合的に判断して原告の損害を認定し、鎌倉市に損害賠償の支払いを命じた。
 鎌倉市は「原告の立場を尊重した早期解決が人権擁護の立場から望ましい」とコメントし、控訴を見送った(神奈川新聞2022年1月20日)。また、鎌倉市は被告A氏に求償を行った。

1. 概 要

(1) 被告A氏の発言(横浜地裁 2021年12月24日判決より抜粋)
① 2014年3月12日 鎌倉市議会予算等審査特別委員会
 「この金秀一、どう読むかはわからないですけれども」「この日本の情勢に懸念を及ぼしかねないと思慮されるような行動で、朝鮮総連の影響下にある朝鮮学校に対する補助金運動とか、そういったところにも携わられている」「またこういう方々が来られると、やはり大変な恐怖を、社会福祉協議会の事務局長としては感じる」「今、異常な事態が起こっていることを知ってもらいたい」
② 2014年3月26日 鎌倉市議会予算等審査特別委員会
 「自治労の参議院議員の名刺をちらつかせて」「これは多大なる圧力であると考え、また、本当にきちんとした労使交渉ができるのかというところについても疑義があり」「場合によっては警察に対応していただくように」
③ 2014年3月28日 鎌倉市議会2月定例会
 「金秀一というやからが社協にやってきて」「もはや代紋をちらつかせたやくざと変わらないような行為をこの者は行っていて、普通の一般市民からすれば、これが相当のプレッシャーになる」
④ 2014年9月26日 鎌倉市議会9月定例会
 「これはまるで代紋を見せて圧力をかける暴力団、反社会的勢力のやり口と変わりありません」「自治労のこのような行為によって、使用者側の職員は恐怖さえも感じています」
⑤ 2015年7月19日 フェイスブック投稿
 「しかも、労組と共に団体交渉にやってきた自治労の幹部は一般的な日本人の名前ではありません」「今時ヤクザもしないような代紋紛いの恐ろしい行為が鎌倉市社会福祉協議会では行われています」
⑥ 2017年3月15日 鎌倉市議会予算等審査特別委員会
 「自治労県本部の金さんが来ないならいいんです」「この人に関しては私、調査しているんですよ、公安調査庁とかとも私は連絡をとり合っていますから」「自治労本部から入るようなことをしないでください、そういった人間がね。全然ほかの自治労の人がどんどん来てもいいですよ、でも一度そういうことをやったような人間がいたら怖いですよ、本当に。私、特に出身が出身だけに本当に怖い
⑦ 2017年3月30日 鎌倉市議会総務常任委員会
 「私はこれを代紋をちらつかせる、やくざまがいの行為と一緒ではないかということを言ったわけです」「私は大阪の出身だから、それは周りにやくざがいっぱいいます。いろんなやくざが。だから怖いよと言ったのに、私は大阪の出身だから私を主語にして、出身が出身だけに怖いと発言したのです」「まるで向こうの自治労側は、金さんが外国人だからって、まるで私、出身が出身だけにというのをまるでそっち側にぶつけて、その人が外国出身だから怖いと私が発言してみたいな感じで」「これは明らかに誤解です」

(2) 被告A氏の議会内発言から訴訟に至る経緯
① 自治労神奈川県本部は2017年3月27日、被告A氏、鎌倉市長、鎌倉市議会議長に対し、人格を侵害する発言ではないかなどを質問した。
② 鎌倉市長は2017年4月5日、市議会における秩序の維持は議長の責務であるため市長として対応することは考えていない旨回答した。
③ 被告A氏、市議会議長は回答しなかった。
④ 自治労神奈川県本部は2017年4月12日、鎌倉市長に対し被告A氏の発言は差別的状況と考えられるかなどと質問した。
⑤ 鎌倉市長は2017年5月8日、市長として差別的発言か名誉を毀損しているかどうか判断する立場にない旨回答した。
⑥ 一般社団法人神奈川人権センターは2017年7月18日、鎌倉市長及び市議会議長に対してヒアリングの実施、差別発言の拡散防止のための対応などを求めた。
⑦ 鎌倉市長は2017年12月25日、関与する立場にない旨回答した。
⑧ 市議会議長は2017年12月27日、議会運営委員会で協議したところ、委員間において意見が分かれ一致した結論を出すには至らなかったが、市議会としては差別的発言又は差別的発言と受け取られるような発言については厳に慎むことを確認した旨回答した。
⑨ 原告K氏は、2018年12月21日、訴訟を提起した。

(3) 鎌倉市社会福祉協議会労働争議の経緯
① 社協労組は、2013年3月20日のバザー開催に関わる休日振替勤務(一方的労使合意内容の変更)について社協に対して団体交渉を申し入れた。
② 社協は、2013年3月15日に予定されていた団体交渉を行わなかった。
③ 鎌倉社協労組から相談を受けた原告K氏は2013年3月18日、社協を訪問し名刺交換を行った。
④ 社協事務局長は社協常務理事に報告し、常務理事は被告A氏に相談した。
⑤ 社協労組は2013年12月18日、神奈川県労働委員会に不当労働行為救済命令を申し立てた。
⑥ 社協は2014年4月1日に社協労組組合員6人の配置転換を行った。社協労組は同年6月5日及び10月1日、不当労働行為救済命令を申し立てた。

2. 訴訟での請求

① 被告A氏の議会内発言は名誉毀損等にあたり不法行為(民法709条)に基づき慰謝料等を払え
② 被告A氏が議会外発言をSNSにおいて公開し続けた不法行為(民法709条)について慰謝料等を払え
③ 被告鎌倉市は被告A氏の議会内発言部分をウェブサイトから削除せよ
④ 被告鎌倉市は民法723条(名誉毀損における原状回復)に基づく広報誌への名誉回復文言の掲載
⑤ 被告鎌倉市は公務員の職務として行った被告A氏の発言について国賠法上の責任、及び当該発言をウェブサイトに掲載したことについての国賠法上の責任を負え
 ※ 訴訟後に被告A氏によりSNSでの発言が閲覧できないようになったことから2020年12月21日に被害拡大されている旨の請求は取り下げた。

3. 判決(横浜地裁 2021年12月24日)要旨

① 被告A氏の発言は、「金秀一」又は「金」という、一見して在日コリアンとして朝鮮半島にルーツを持つ者に多い原告の実名を複数回適示するなど、ことさら「出身」に言及していることなどを前提に、「私、特に出身が出身なだけに本当に怖い」の発言は、原告が在日コリアンの出自を持つことから被告A氏は強い恐怖心を感じるという意味の発言であり、在日コリアンに対する差別意識を前提に、在日コリアンという原告の出自を理由に原告を不当に貶める差別的発言と認められる。
② 在日コリアンに対する差別意識を前提に、在日コリアンという出自を理由に原告を不当に貶める差別的発言である本件発言は、鎌倉市議会議員としての職務とは関わりなく、違法又は不当な目的をもってなされたものであるから、国賠法上の違法性が認められる。
③ 被告A氏のフェイスブック投稿内容は、単に自治労の幹部として団体交渉に出席した原告の行為に対して否定的評価を与えるのを超えて、原告がその氏名からして日本人ではないとみられるというその属性自体をも否定的評価の根拠の一つとしていることは明らかであり、被告A氏は地方議会議員として職務上当然に尽くすべき注意義務を尽くさなかったといえ、国賠法上の違法性が認められる。
④ 在日コリアンに対する差別意識を前提に、(議会内発言については)その出自を理由に原告を不当に貶める差別的発言であること、(SNS投稿については)原告がその氏名からして日本人ではないというその属性自体を否定的評価の根拠の一つとしていること、被告A氏は鎌倉市議会議員という社会的に影響力のある人物であったことなどを総合的に考慮して慰謝料を算定することが相当である。
⑤ 国賠法上の違法性が認められた本件発言は、国賠法上の違法性は認められるものの、鎌倉市ウェブサイトにおける録画配信と会議録の掲載は違法とは言えない以上、その削除請求も認められない。また、ウェブサイトに掲載された本件議会内発言の削除請求が認められないのであるから、本件議会内発言の掲載を取りやめた旨広報誌に記載するなどの名誉回復措置の請求を認めることはできない。

4. 鎌倉市議会差別発言事件の確定について(原告代理人弁護士コメントの要旨)

① 鎌倉市議会差別発言事件の第1審判決(横浜地裁)のうち、議員の議会における発言であっても、明確に差別発言は違法であるとした点は、正当な判断です。しかしながら、議員の議会における発言については、「国家賠償法1条1項による国の損害賠償責任が肯定されるためには……国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とする」とした最高裁1997年9月9日判決以降、国会、地方議会を問わず違法と判断した確定判決は見当たりません。このような裁判所の判断が続く中で、発言の趣旨を正しく評価し、議会における議員の言論の自由が幅広く保障されているからといって、それを濫用して差別発言することは違法であると断じたことについては、率直に評価したいと思います。
② (Facebookにおける複数の投稿についても)議員のSNSでの投稿であるからといって、差別発言は許されないことを明確にした点で、当然の判断であると評価しています。なお、本件で違法と判断されたのは、いずれも被告A氏の行為です。国賠法上、鎌倉市が責任を負い、原告が直接被告A氏に損害賠償を求めることはできないと解されています。
③ 原告及び原告代理人としては、本判決の判断について、全面的には納得してはいませんが、被告A氏の最も許し難い発言が違法な差別発言であると明確に断じた第1審判決を確定させることを重視し、原告から鎌倉市に対する控訴をしないこととしました。
④ 原告は、鎌倉市が控訴した場合に備え、被告A氏に対してのみ控訴しましたが、今般鎌倉市との関係で控訴なく確定したことを受け、本日、控訴を取り下げました。これをもって、第1審判決は全部が確定したことになります。なお、被告A氏は、鎌倉市に補助参加して控訴をすることもできたはずですが、控訴しませんでした。
2022年1月24日 原告代理人弁護士 野村和造 同弁護士 西川 治

5. 原告本人コメント(2022年1月24日)

 この判決では、被告A氏の発言、特に「私、出身が出身だけに本当に怖い」という私の心を深く傷つけた発言が差別だと認定されました。私がこの訴訟で一番問題だと主張した発言だったので、この点が認定されたことは大変喜ばしい内容でした。特に議員の議場発言についてはほとんど不可侵的に保護されてきたことを踏まえ、大きな勝利と認識しています。慰謝料が少額との指摘もありますが、私にとっては額が問題ではないのでこれについてはおおきな問題ではありません。そのことより、差別発言をした被告A氏に何も及ばないことに不満が残りました。判例に照らし仕方ないとは聞きましたが、当事者としては整理がつかないところです。この訴訟では、被害がさらに拡大するのを防止するということも目的のひとつでした。その点で、鎌倉市がインターネットで公開している議会議事録について主張が認められなかったことは残念です。他方、被告A氏のSNSでの投稿は訴訟中に削除されました。
 私の願いは、このような差別をなくすことです。当初、私は、訴訟によることなく、市、市議会が是正することを期待していました。しかし、市、市議会は被告A氏の発言を差別として対処することをしませんでした。そこで、私はやむなく訴訟を起こし、良識ある判断がされました。最後に、このようなことは今後も起き得ることだと思います。その時に被害者の救済がいち早く行われるような、そんな社会規範が必要だと思います。差別をされる側にとっては、一方的な差別をされて放置されることは大変苦しいのです。そしてその苦しさはずっと続きます。鎌倉市が、率先して、どんな人も理不尽に嫌悪されることも、不合理に排除されることもない社会をめざし、さまざまな取り組みを実施し、名実ともに、世界に誇れる都市となることを願ってやみません。 原告 金秀一

6. 座談会 ―― ヘイトを見逃さず、許さず、たたかうこと。その難しさと深刻さ ――

司会 金さん(原告K氏)は、被告A氏のヘイト発言を知ったのはいつごろですか?
金秀一 社協労組からメールをもらいました。「金さんの個人攻撃をしているよ」って。特に問題視された「出身が出身だけに本当に怖い」発言の時は、連合推薦議員の方から一報いただきました。
司会 裁判記録を見ると被告A氏は、2014年3月から2017年3月までの鎌倉市議会で6回ほど金さんに言及してますね。ヘイトスピーチ解消法が成立したのが2016年5月ですから被告A氏は、ヘイトスピーチが社会問題化している渦中で民族差別発言を繰り返したことになります。
金秀一 そうですね。そのころ川崎市では、在日コリアン集住地域に向けたヘイトデモが大変な問題になっていました。2016年6月には横浜地裁川崎支部から「ヘイトスピーチデモを主催する男性のデモ」を禁止する仮処分決定が出されています(6月2日)。この男性は川崎市内で「川崎発 日本浄化デモ第三弾」と称したデモのため公園使用を申請していましたが、川崎市長は「不当な差別的言動から市民の安全と尊厳を守る」として公園使用を不許可にしました(5月31日)。この時、川崎市議会は市議会議員全員の賛同のもとにヘイトスピーチ根絶のために断固たる措置を講じるよう川崎市長に申し入れをしていました。
 私は被告A氏と面識はありませんが、こうした情勢にありながら、市議会議員が「民族」や「出自」を執拗に揶揄し、貶めていることに信じられない思いで憤りでいっぱいでした。
司会 金さんは自治労県本部の職員として労働運動に携わっていました。市議会から労働争議や自治労への中傷発言があること自体が異例で許されないことですが、当初はどのように受け止めていましたか?
中野(県本部書記長) 社協労組の提起する労働争議に市議会が関与すること自体異例なことですが、県本部職員を名指しして攻撃するなどもってのほかです。県本部からの申し入れに誠意をもって対応してほしかったのですが、発言者本人はもちろんのこと、市長も市議会議長も他人事のような対応で残念でした。在日コリアンへの誹謗中傷は許されないという常識がどうして届かないのかと。
司会 「支える会」を立ちあげましたね。そのねらいはどこにありましたか?
中野 神奈川人権センターとかながわみんとうれんにお願いして「支える会」を作りました。県本部が事務局ということで。在日コリアンへの侮蔑は明らかにヘイトスピーチですが、市議会議員の議会内発言を問うことができるかどうか、はじめは戸惑いもありました。広く賛同を得るために市民運動の形にした方がよいのでは、と考えました。16団体、37個人が集ってくれました。
司会 県本部や人権センターの申し入れ(民族差別ではないかとの認識を問うもの)に誠実に応じてほしいとの思いで取り組んでこられたのですね。訴訟を提起した後、裁判長宛署名にも取り組んでいますね。
中野 裁判長宛に「差別発言は許されないと明確にしてほしい」旨の署名に取り組みました。自治労の他県本部の仲間にも呼びかけ13万筆余の署名が集まりました。原告K氏を含め弁護団と相談した結果、提出は見送りました。署名活動の難しさを勉強させられました。
司会 市議会議員の議会内発言の違法性を問うという前例のないたたかいの難しさはあったと思います。裁判闘争戦術上、署名の効果にいろいろな意見があるのはやむを得ないことですが、少なくとも原告の金さんを応援することにはつながったのではないでしょうか。
金秀一 この問題は私への差別発言ですが、決して私だけの問題ではないと思っています。署名活動の結果、大変多くの方々からの賛同が寄せられていると実感することができました。私に多くの力を与えていただいたと思います。
中野 裁判闘争の戦術として、裁判長宛でなくてもよかったかもしれません。被告A氏とともに鎌倉市に対しても訴えを起こしたのですが、鎌倉市長あての署名でも効果があったのではないかと思います。
司会 判決では被告A氏の発言について、出自を理由に不当に貶め、日本人ではないという属性自体を否定的根拠にしており、市議会議員という社会的に影響力のある人物の発言であったことなどを総合的に考慮して量刑を決めたと述べています。ヘイトスピーチ解消法に定める「不当な差別的言動」と認定されたと言っていいのでしょうか?
中野 ヘイトスピーチ解消法に定義する「不当な差別的言動」は、主に在日コリアンなどの出身に対する差別意識を助長し、危害を加える旨告知又は著しく侮辱するなど、地域社会から排除することを扇動するものをいう、としています。どちらかというと言動の態様に着目したものといえるので、現在でもヘイトスピーチは行われていますが、ヘイトスピーチを行う側は「ヘイトではない」と強弁していますし、「暴れるな朝鮮人」と書いたポスターを掲示するなど意味不明ながら悪質さ、陰湿さは増しているのが現状です。「不当な差別的言動」の不快感や違法性をどのように伝え、市民や市職員・組合員に共感を得るのかというのは正直難しい面がないとは言えません。
金秀一 ヘイトスピーカーが「差別してなにが悪い」と言うことはまずありません。「ヘイトではない」といいながら民族差別を煽るものばかりです。在日コリアンという属性を否定されるのですから自分の存在そのものを否定されることと同じことが行われている、との認識が必要なのです。マイノリティーに対するヘイトスピーチは「出ていけ」「ゴキブリ」などと直截的な表現でなくとも生きていくことそのものに打撃を与えている、ととらえることが必要です。
司会 鎌倉市が控訴を見送ったということは、市議会を含め、今回の違法性についての受け止めがなされているということだと思いますが、今後どのように取り組まれていきますか?
中野 裁判記録はもちろんのこと、申し入れ書や回答内容、署名の取り組みや顛末などを記録して検証に耐えられるまとめをしたいと思っています。代理人弁護士を神奈川総合法律事務所にお願いしましたが、判決内容の分析など十分な時間を持ててきませんでした。議会内発言の違法性を認定させたことは画期的だと思いますが、特殊な事例だと終わりにしてはならないと思っています。差別禁止の仕組みづくりにどのように教訓化すべきか勉強会を続けていきます。
金秀一 判決確定後に連合推薦議員の方に紹介いただいて市議会の全会派を回って、多くの市議会議員に私の思いを語らせていただきました。そして、差別発言と判示された発言についての非公開等を申し入れました。この件については前向きに検討が進んでいます。一方、鎌倉市長への働きかけができていないのは今後の課題です。この間のヘイトスピーチ、この事件を通して鎌倉市ならびに神奈川県内における人権救済システムの構築が必要と感じています。「ヘイトスピーチ許さない」というスローガンだけではだめで、具体的な禁止規定や、なによりも被害回復措置を具体的に検討すべき時期にきていると実感しています。多文化共生指針が実効性を持ち得るように、差別禁止と被害回復措置が制度として設計されることを願っています。




追)被告A氏は上畠寛弘(当時鎌倉市議会議員、現在神戸市議会議員)氏である。本文中は氏名にとらわれずに読んでいただくためにイニシャル表示とした。