【レポート】

第39回静岡自治研集会
第7分科会 まちおこし ~持続可能な地域づくりの取り組み~

 名古屋市の水辺は、経済の高度成長とともに汚濁が進み、市街化の進展に伴い埋め立てや暗渠化され、その姿を著しく変えていった。こうした状況に危機感を感じ、本市では、水辺の保全、周辺環境に合わせた親水整備を進め、今回、コンクリート三面張りで整備されている北区の庄内用水及びこれに隣接した光音寺公園にて、生物が生息し、また触れ合うことができる水辺環境をめざした事業を実施した。



市民とつくり育む自然豊かな水辺
水の回廊モデル事業

愛知県本部/自治労名古屋市労働組合・土木支部 川島 雅人

1. はじめに

 名古屋市の水辺は、経済の高度成長とともに汚濁が進み、市街化の進展に伴い小川や多くの水路は暗渠化され、ため池の多くも埋め立てられ宅地化していくなど、その姿を著しく変えていった。こうした背景を受け、名古屋市では、水辺の保全等を目的に1974年3月に「名古屋市ため池保全協議会」を発足、ため池の埋め立てを伴う開発行為等への指導等を進め、1992年4月には「ため池保全要領」を施行し、土地所有権の取得や管理費用の補助等を行うなど、ため池の保全に努めてきた。
 また、1989年2月には、「名古屋市河川等環境整備基本計画」を策定し、周辺環境に合わせた親水整備を進める一方、1995年の「多自然型川つくり構想」の公表を受け、その後の整備計画には、生物の生息環境に対する視点が組み込まれるようになった。その後、世界的に地球温暖化への関心が高まる中、2010年の生物多様性条約COP10の開催都市が名古屋市に決定したことを契機に、生物多様性の問題への関心が高まり、都心部に残された貴重で身近な自然環境として、河川や小川の存在を見直すようになっていった。
 本稿は、このような背景のもと、地域に根付く小川の再生や生物の生息環境の創出を図り、「水の回廊」の形成の第一歩として、環境整備を行ったモデル事業について報告を行うものである。

2. 「水の回廊」とは

 「水の回廊」は、点在するため池や公園などを街路樹や水路、河川でつなげていくことで、生物の生息環境や生物と身近に触れ合うことができる場を創出し、自然豊かな街づくりにつなげることを目的に、以下の施策を持ってその実現をめざすものである。
① 埋められてしまった小川・地域河川の復活
② 連続した水辺のネットワークの形成
③ 新たな水源の確保
④ 生物の生息に配慮した水辺づくり
⑤ 地元住民との協働による計画づくり及び適正な維持管理の推進

3. 「水の回廊モデル事業」

 事業実施にあたり、市内既存の河川や水路及び暗渠化されて廃止された水路等の調査を行った。多くの候補地から、北区野方通にある「光音寺公園及び庄内用水」を以下の理由により選定した。
① 庄内用水の年間通水を求める署名活動など、水辺環境に対する関心が高い地域である。
② 非かんがい期の枯渇対策として下水再生水の通水が決定し、水環境が保全できる。
③ 河川愛護団体や市民団体の活動が活発であり、地元による維持管理が見込める。
④ 幅広い年代が利用している公園に接しており、公園と一体の整備を行うことで環境学習の場として活発な活用が見込める。
⑤ 古くからある農業用水路であり、現在のコンクリート3面張水路を改修することで、生物の生息環境の改善と共に昔の用水の姿に近づけることができる。
 本事業では、将来に渡ってたくさんの人が利用し、親しみのある空間とするため、地元住民との協働が最も重要であると考えた。ワークショップで「計画」を立て、「設計」「施工」「管理」のすべての工程に住民が携わる機会を設けたことで、自分たちで作り上げ、管理していく意識を持てるように工夫をした。
 なお、協働を行う上で、以下の点に留意した。
① 行政主体で進めない。(コーディネーターの擁立)
② 事業の目的を理解してもらう。
③ 適正な維持管理の分担
④ 参加型のイベントを開催することで、参加者の意識を高める。(児童参加イベントが良い)

4. ワークショップの活用

 ワークショップへの参加を呼び掛けたところ、北区光城学区連絡協議会、光城小学校、庄内用水を環境用水にする会が参加し、コーディネーターは「愛知・川の会」会長の本守眞人氏に依頼した。

(1) 計 画
 第1回ワークショップでは「どんな水辺にしたいのか」をテーマに4つのグループに分かれグループワークを行った。自由な発想で多く発言できるよう、事前に提供した情報は、事業範囲程度とした。
① 水質調査
 庄内用水は、農業用水路であり、かんがい期には庄内川から、非かんがい期は、環境用水として守山水処理センターから下水再生水を導水している。それぞれの水について導水後の水質を調査したところ、生物の生育には、問題のない水質であることは確認された。しかし、下水再生水では、総リン・総窒素が高い値を示し、加えて流量が少ないことによる長い滞留時間から、藻の大量発生が懸念された。藻が発生すると低層部では、光合成が抑制され、溶存酸素が消費されるほか、景観が損なわれ、管理上もスクリーンや親水施設に藻が絡むなどの弊害が生じる。
 新たな水源の確保を行えば、流量を増加させ、リンや窒素の希釈効果も期待できるが、この段階においては、新たに水源を設けることは難しい状況であったため、こういったリスクも今後の課題として地元と情報共有を行った。
② 生物の生息状況調査
 現況を把握するため、魚類調査を事業箇所及びその下流区域の計8箇所で行ったところ、7種類の魚種が確認された。オイカワが大多数を占め、3面張水路がつくる単調な流れが要因であると考えられる。数少ない水際植栽や深みの一部において、緩やかな流れを好むモロコ類や、川底を好むカマツカも確認されたことから、生息環境さえ整えれば個体数の増加が期待できることが推測できた。今後、定着させるためには、餌となる昆虫類や植物の生息環境も併せて整えていく必要がある。

(2) 設 計
① ゾーニング設定
 公園管理者との協議及び利用状況より、既設水路幅を拡幅する区域を決定し、それぞれに特徴を持つ3つのゾーンに分けることとした。それぞれのゾーンは、地元要望の多かった「ふれあい」「憩い」「自然」をテーマとし、各ゾーンの詳細な検討を行った。
② 護岸及び水路底構造

 水深及び水面高は、かんがい期における毎秒1.2m3の水量を基準とし数値を設定した。道路側護岸は、道路への影響を考慮し撤去せず、公園側護岸のみを撤去し、Westゾーン、Eastゾーンは2~3割勾配で遮水シート及び芝により法面保護を行い、法尻に植栽をすることで自然な水際線を形成する構造とした。また、Centerゾーンについては、人が座って水辺を眺めながら休憩等ができるよう階段護岸とし、ゾーン区間外については水制工や植栽にてより自然な環境に整えることとした。水路底のコンクリート張りについては撤去せず、敷砂利を行うことで自然な川底を形成することとし、敷砂利の粒径は、無次元掃流力を基に検討し15㎜以上とした。なお、非かんがい期は、下水再生水を通水するが、毎秒0.04m3と少量なため設定水位に達しないことから、最下流部に堰を設け水深を確保し、生物生息環境を保全することとした。
③ 植 栽
 水際や護岸部の植栽は生態系、景観上非常に重要である。
 水際の植栽種は、水生生物や稚魚の生息場所にもなる抽水植物とし、維持管理も考慮しヨシ等の背丈の高い種は避け、背丈が1メートル程度のアゼスゲ及びカサスゲを選定した。これら植物は昔からミノを作る材料として親しまれてきた在来種である。
 護岸法面の植栽については、芝、チガヤとし、法面保護を兼ねたものとした。また、水生植物についても魚類の産卵箇所にもなることから、同じ庄内川の水を通水している堀川に自生しているヤナギモやササバモ等も川底に植栽することとした。
④ 水制工
 魚類調査で確認された平瀬を好むオイカワ以外のモロコやカマツカ等を増やすためにも、流れの変化に富んだ河道を形成する必要がある。そのために置き石や捨石といった水制工を行うことにした。捨石は護岸際に設置し、全体の流れの線形を形付け、置き石は川の景観を作り出す大きな要因にもなるため、流れを予想し、将来の庄内用水の姿を思い浮かべながら地元住民とともに設置位置を決定した。
⑤ 安全対策
 公園との境界となる柵については、元来自然の持つ危険からの危機回避能力は体験することで身に付くため、都会の子ども達の学習の場となるので必要ないという意見と、公園を利用する未就学児が誤って入ると危険であり設置すべきという意見に分かれた。
 また、環境学習の場として活用することから、水路内に子どもが入るという利用対象を小学生以上と定め6歳児の平均体型における水流によるすべりと転倒について流れに対する安全性を検討した。結果は安全範囲内となり問題ないものと判断したが、公園に接していること、人工構造物であることから、法肩部には未就学児を対象として低い進入防止柵を、水深が深くなる境界線には注意喚起としてチェーン柵を設置することとした。また、利用に際しての注意事項をまとめた看板の設置も併せて行うものとした。
⑥ フィールドワーク
 図面上にて決定した内容をより具体的に検討し、イメージしてもらうため、整備箇所にてフィールドワークを行った。また、工事の施工に伴い撤去せざるを得ない樹木の選定、移設する必要がある公園遊具と防災倉庫の確認等、図面上では気付けなかった問題点を確認できた。

(3) イベントの実施
 工事期間中には、施設への親しみと愛着を持ってもらい、今後の維持管理に積極的に参加できるよう、地元住民と光城小学校児童と協働で工事の一部を行うイベントを行った。作業は、生物の生息空間と川の景観に重要な役割を持つ水際植栽を行うものとした。

イベントの様子
 作業前には庄内用水に棲む魚や植栽するカサスゲ・アゼスゲの勉強会を開いたが、どこの河川にも普通に見ることができるオイカワやフナさえ知らない子ども達があまりにも多く、都市部では自然と触れ合う機会が非常に少ないことを実感した。後日、新聞に参加した児童の記事が掲載された。その中には、「『君たちが大人になって自分の子どもを連れて遊びに来たくなるような公園になるといいですね。』という職員の方の言葉がとても心に残りました。整備が終わるのが楽しみです。」という意見があり、イベントの効果を確認できたと同時に、事業に携わる者として非常に嬉しく感じた。

(4) 維持管理
 維持管理について、構造物の修繕や改良は管理者で行うものとしたが、除草やごみ収集、新しく設置した堰の開閉作業などの役割分担についてワークショップで議論をした。この地域では「惣兵衛川を美しくする会」「庄内用水を環境用水にする会」の2団体が活発な活動を展開している。どちらも学区に所属している団体ではなかったが、この事業を契機に「惣兵衛川を美しくする会」が学区の所属団体となり、学区の活動として事業地を維持管理していくとの方針が地元住民から提案された。活動の内容は清掃活動のような日常的な活動とし、堰の開閉、浚渫や粗大ごみ等の処理は引き続き行政で行うことになった。除草については、草むらや水際の植生が多様な生物の棲みかとなることから、特別な理由がないかぎりは除草しないこととした。
 また、多くの人に施設を安全に利用してもらうため、地元及び小学校児童の保護者を対象に施設利用の注意事項を記したチラシを配布し、現地には注意喚起の看板を設置したとともに、広報なごやに施設完成の記事を大きく掲載したことにより区民に広く周知を図ることができた。

(5) その他
 植栽イベント以外にも、事業PRの一環として光城小学校2年生児童による「水で遊ぶ」をテーマにした絵画コンテストを行い、計88作品もの力作が寄せられた。作品は工事のイメージアップとして掲示したほか、夏休み期間には北図書館に展示した。
 また、整備完了後には地元主催による完成式典が催され、テープカットや神事を執り行い完成を祝った。

(6) まとめ
 計画段階より計5回のワークショップを行い市民協働で取り組んできた事業について、「事業」「ワークショップ」「イベント」「維持管理」の4項目のアンケートを行い、地元住民の意識を調査した。
 計画から工事完了まで約1年という短いスケジュールで進めた事業であったが、市民協働の主旨を理解し、関心を持ったとの回答が参加者の半数に達した。
 行政が提案した事業にもかかわらず半数以上の参加者が意見を反映できたと評価した結果は、ワークショップを行い、参加者それぞれの整備への思いを積み重ねることができた成果であろう。また、事業をより身近に感じてもらう手法として地元の小学生と一緒にイベントを行った結果、年配者は熱心に小学生に作業の指導を行い、整備内容や意図、昔の体験を語る光景が各所で見られ、地域の自然環境に対する意識向上や地域の交流を深める効果もあった。アンケート結果でも参加して良かったという意見が大半を占め、施設を大切にしたいという意識を向上させた。イベント後にワークショップへの参加人数が増えたことも、イベントの大きな効果のひとつであったと推測できる。

ワークショップの皆さま
 計画段階より課題としていた維持管理については、地元住民から学区に所属した団体を設置し維持管理の一部を担うと提案されたことや、地域も行政と共に維持管理を行うべきとの回答が大半を占めたことから、施設を大切に管理していく意識が芽生えたものと思われる。また、そのことは今後の清掃活動等への参加の有無について9割以上が参加すると回答したところに表れている。ワークショップを行ったことで、公共事業でよく寄せられる「聞いていない」「勝手にやった」 といった苦情は無かった。
 また、ワークショップは行政に対する要望や不満を言える場だけではなく、日常の会話等を交わすコミュニケーションの場としても機能し行政と地元住民の交流を図るなど、行政にとっては市民ニーズを掴む有益なものであると言える。しかしながら、ワークショップによる地域合意は、受け手でもある地域にとっても行政にとっても多くの時間と労力が必要であるため、すべての公共事業での活用は難しいのが現状である。

5. おわりに


整備前後の庄内用水
 「水の回廊モデル事業」は、市民協働で取り組み、地域河川・小川を復活させ、既存の水辺とのネットワーク化を図る目的のものであるが、元々いつの時代の何をどのように復活させるのかは明確にしていない。何を求めるのかは、地域性や現場状況に大きく左右されるであろうし、「昔の小川」のイメージも人それぞれである。「水が綺麗でホタルの飛び交うせせらぎ」を求めたとしても、水清ければ魚棲まずの言葉があるように、それぞれの環境に応じた生態系があり、人が求めるものと一致するとは限らないものの、地域とともに学ぶことがはじめの一歩であり、環境を大切にする心の輪とともに水の輪も広がることが、本来の「水の回廊」ではないかと思う。