【レポート】

第39回静岡自治研集会
第7分科会 まちおこし ~持続可能な地域づくりの取り組み~

 国は基礎自治体としての市町の規模・能力の充実、行財政基盤を強化することが喫緊の課題であるとの名目で市町村合併を推進し、長崎県においては79市町村から13市8町と全国の中で最も高い減少率となりました。自主研究として、合併後、行政サービスの持続や充実ができているか、協働によるまちづくりは進んでいるか等、働く者の視点から考え、ブックレットを発行して各自治体(職員)で考えてもらうきっかけにしました。



豊かな暮らしをつくる市民参加と協働のまちづくり
―― 「平成の大合併とこれからのまちづくり」
ブックレット発行を通して ――

長崎県本部/自治労長崎県職員連合労働組合 生越 義幸

1. はじめに

 1999年から2010年の「平成の大合併」では、3,232市町村から1,718市町村(市792、町743、村183)へとほぼ半減しています。長崎県は、市町村合併が一番進んだ県で、2010年には、79市町村から13市8町となりました。離島・半島を多く抱えるという地理的要件に加え、多くの自治体が財政状態の悪化が予想され、町村単独では行政サービスの維持ができなくなるのではないかという不安から合併を選択したと言えます。また、合併から約15年が経過したことに加え、国より15年早く到来する「2040年問題」にどう対応するのか、県内の自治体が繰り広げている人口減対策を追いながら、これからのまちづくりを考えるために、「合併が正しかったのか」検証が必要だとの認識で、「平成の大合併とこれからのまちづくり」のテーマで自主研究として取り組むこととしました。
◆市町村合併一覧(長崎県情報統計課資料)
◆合併を選択しなかった自治体(2020年4月現在)

2. 研究の経過

(1) 検証する視点と方法
 まず、「長崎県市町の平成の大合併」について、検証する視点を①公共サービスはどう変化したか、②市民参加の協働のまちづくりは進んだか、③行政・労働者の視点から合併がどうだったのかに絞り、検証の方法として合併当時の首長や組合役員の声の集約、合併しなかった自治体の状況や合併後の自治体の財政・人口の状況を整理することにしました。そのために、事務局を中心に取材を重ね、現場の声を聞くことに努めました。
 また、研究メンバーについては、自治研推進委員の活動の場を創ることを目的の一つとし、自治研推進委員を中心に進めることにしました。併せて、長崎県の地理的な状況を勘案して「事務局会議」を開催して研究の方向性等を点検・協議していくことにしました。
 研究会メンバー:山口純哉(研究講師)、宮本 洋、坂本 浩、生越 義幸、川原 重信、三浦 正明、川野 浩一、本田 恵美子
 事務局メンバー:宮本 洋、生越 義幸、本田 恵美子、松尾 錠治(県職)、森田 豊(長崎市職労)、小辻 敬三(西海市職)、池田 陽祐(時津町職)、山口 功史朗(長与町職)

(2) 研究の経過
2019年12月12日 第1回研究会……研究の視点の確認
2020年3月19日 事務局会議……自治体単組へのアンケート・協力議員へのアンケート内容の検討
2020年7月3日 第2回研究会……事務局作成「素案」及び人口推移や財政分析の検討
2020年10月3日

長崎県地方自治研究センター2020年度定期総会
記念講演「平成の大合併とこれからのまちづくり」
~圏域行政等の動向も踏まえつつ~ 講師:嶋田 暁文さん
・平成の大合併の総括;マイナス的な部分が多いが、合併したことを後悔するより何ができるか考えることが大切
・圏域行政;事実上、「合併」と何ら変わらなくなってしまう恐れ
・これからのまちづくり;①地域運営組織を構築し、機能させること、②外部人材を呼び込み、力を借りること、③「1%理論」に基づき、人口安定化をめざすことが必要
・まとめ;求められるのは、住民の本気、自治体職員のバックアップ、首長・議員のリーダーシップであり、「人口が一定程度減っても、安心して暮らし続けることができる地域、そして、住んでみたいと思わせる魅力的な地域」の実現に向けた、住民・自治体関係者の覚悟とスクラムに期待したい。
2020年10月4日 座談会 出席者;嶋田暁文さん(九州大学大学院法学研究院教授)
池田 篤さん(県本部退職者会会長)
浦 亮治さん(長崎県地域づくり推進課課長)
阿部 豊さん(自治体議員(佐々町議))
坂本 浩さん(司会・自治研センター副理事長)
2020年12月17日 企画委員会・事務局会議……学校統廃合と地域コミュニティ、子どもの生活の視点での検討が必要
2021年2月4日 事務局会議……まとめ作業
2021年4月16日 事務局会議……最終まとめ作業
 また、会議と並行して、事務局を中心に取材を行いました。
① 自治労長崎県本部の対応(樫山一二さん・田中修治さん)
 ・住民の判断が最優先されるべきとして、賛成・反対いずれの立場もとらず
 ・合併論議は、首長や議会が合併特例債や交付税合算措置など目先の短期間的な財政面だけにとらわれ、「まちづくり」の視点ではなく実質的な「強制合併」の議論にとどまる
 ・組織統合に向けた取り組みで、すべての合併新市(町)において自治労組織を確立
② 合併時の組合役員(南島原市・佐世保市)
<南島原市職・6人>
・8町合併で自治労加盟していなかった口之津町が加盟
・臨時非常勤職員が増大(600人)
・本庁機能は8町(合併時)から3町に集約(住民視点はなし)
・市民は合併したという意識はないのではないか
<佐世保市職労・13人>
・佐世保市と近隣町との賃金格差をどう埋めるかが一番の課題~段階的に改善
・役場がなくなったことで、役場職員が減り、役場周辺の商店等が閉店、同時に、銀行や農協もなくなった
・周辺地域の過疎化が進行(世知原町は約1,000人の人口減少)
・交通弱者の増大
・地区の公民館を中心に「地域コミュニティ推進協議会」に事務局長を置いて運営
③ 合併時の首長(新上五島町・島原市ほか計4自治体)
<A市>
 ・当時は、国がどうのというより、現状では人口減少で財政悪化が危惧され行政機能が立ち行かなくなるとの思いで合併することに迷いはなかった。
 ・当時、人口減少という危惧はあったが、少子化についての議論はなかった。ここまでの少子化は考えておらず、非常に厳しい現状であると思う。
<B町>
 ・当時は合併しないと行政サービスもままならず、合併以外の選択肢はなかった。
 ・合併は大失敗であった。ここまで人口減少、特に少子化が進むとは考えられなかった。このような状況になるなら、地域を守るために何ができるか考えるべきであった。役場が支所機能になったことで職員が減ったことも少子化の一因であると思う。
 また、別の元首長は「住民は合併してよかったと思う人はいないのではないか。問題は、職員が地域に対して遠くなり地域の課題が見えないこと。これは職員のせいではなく合併がそうさせた」と指摘しています。
④ 非合併を選択した自治体
<小値賀町> 研究会メンバー(三浦正明さん)の取材
当時の山田町長「合併すれば県等からの情報は本庁経由でしか来ない。住民を守る避難情報は一刻を争う。段階を重ねると命も財産も守れない。外海離島の町であればこそ、独立した町として残るのだ」
<時津町> 時津町職員組合書記長 西嶋太郎さん
 様々な課題を抱えながらも時津町は「誰もが住みたくなる町へ」向かって邁進中
 人事異動の間隔が延びる傾向
 職員の町に対する帰属意識の低下(住民からの意見)
⑤ まちづくり等の取材
 ・平戸市  地域協働課 江川佳徳さん……「新しいコミュニティの推進」
 ・長崎市  横尾地区 事業統括部長 江崎光則さん……横尾地区まちづくり協議会
 ・島原市  島原市職員労働組合 野口光成さん……地域協働まちづくりと自主防災組織
 ・対馬市  對馬次世代協議会・対馬コノソレ 須澤佳子さん……対馬の自然環境を次の世代に
 ・佐世保市 「ちいきのなかま」代表 守永惠さん……ひとりぼっちでは子育てできない
 ・壱岐市  元地域おこし協力隊、みなとやゲストハウス女将 大川香菜さん……海女と交流できる場所を
 ・南島原市 社会福祉協議会 松永さん、本多さん 社会福祉法人「長和会」長池施設長……買い物支援バス
 ・西海市  情報交通課 山下勝さん……さいかいスマイルワゴン(ドア・ツー・ドア方式)
 ・壱岐市  未来課SDGs未来班 篠崎道裕さん……「気候非常事態宣言」「壱岐活き対話型社会」の実現へ
 ・五島市  地域協働課 庄司透さん……五島・リモートワーク・ワーケーション
 ・松浦市  地域経済活性課 堤 剛さん……アジフライの聖地 松浦 ~あじは味なり 味は人なり~
 ・南島原市 冬のお祭り実行委員会 田島万裕さん……フェスティビタス ナタリス(北有馬町)
       南島原ひまわり村 楠田耕三さん……農林漁業体験民泊 ~生きる力をはぐくむ旅~
 ・長崎市  森田豊さん……長崎市の小さな離島 「高島」の歴史とまちのこれから
 ・西海市  「雪浦あんばんね」渡辺督郎さん……ゆきのうらの取り組みから
・長崎県  教育庁生涯学習課社会教育班 椋本博志さん……つなぐ 広がる 地域と学校 ~住みたい、住み続けたい、訪れてみたい、戻ってきたい地域になるために~
 ・長崎県  政策企画課 松永純子さん……地域おこし協力隊の活動
 ・長崎県地方自治研究センター 企画委員 川野 浩一さん……移動手段としての地域交通(長与町)
 ・県本部前執行委員長 松田圭治さん……自治会存続の危機

3. 研究のまとめ

(1) ブックレットの発行及び自治体への配付
 2020年度の自主研究として仕上げた「平成の大合併とこれからのまちづくり」は、自治労組合員と自治体関係者、元自治労組合員の協力のもとに作成したブックレットであるため、県内自治体の首長へ周知すること、また、自治労組合員は公務職場の職員であり、政策に関わっていることを共有することを目的として配付しました。
① 配布時の意見交換・首長
 ・合併の検証をすることは必要であると思っていたのでこの冊子に感謝する
 ・地域課題をともに考えていくことが大事であると思う。
 ・職員が地域に目を向ける意識改革を組合と共に行いたい。
② 組合員の声(取材等の協力者)
 ・担当部局に連絡するのに、ブックレットを読んだが、興味深い内容であった。
 ・労働組合は、賃金や労働条件等を要求するだけでなく、地域課題も考えていることを当局と確認する機会になった。

(2) 合併で行財政基盤の確立はできたのか
 財政からみた影響について、地方自治総合研究所の飛田博史さんに検証していただいた。
 飛田さんは「合併検証で取り上げられた財政指標を中心に合併、非合併自治体の比較分析を行った。県内の市のほとんどが合併市であることから合併、非合併を軸に厳密に評価することはできないが、少なくとも個々の財政指標を見るかぎり合併自治体の多くが非合併自治体より優位であることを裏付ける明確な結果は見られなかった」とまとめています。その上で、「合併自治体の分析から得られる教訓は、自治体を大きく括ることが自ずと行財政の効率化をもたらすものではないということである。自治体規模論にとらわれず、まずは個々の自治体の議会において予算審議を尽くし、適宜住民参加を交えながら行政サービスと費用負担を決定するという基本的な地方自治の営みに立ち返ること、言い換えれば財政民主主義を十分に機能させることが、行財政運営の基盤強化の王道であることを改めて想起すべきである」と提言されています。

(3) まとめにかえて
 長崎県の総人口(国勢調査)は、1960年の176万をピークに2015年には138万人に減少、全国より50年早く人口減少が始まっています。2021年6月に公表された長崎県の総人口(国勢調査)では、131万3,103人で、5年前の調査から6万4,084人(4.7%)減となっています。2020年10月に県がまとめた集計で、人口が増加したのは、大村市と佐々町、他の自治体はすべて減少しています。
 人口減少に伴い、労働人口の減少、高齢化、少子化は多くの様々な課題が発生します。増え続ける非正規労働者問題は大きな社会問題となっています。働き方改革の柱のひとつに公正な待遇の確保があり、公務職場も会計年度任用職員制度が導入されましたが、現状、大きな改善には至っていません。
 政府は、全国規模のクラウド移行に向け、今後5年間で自治体のシステムも統一、標準化を進め、書面・押印・対面の抜本的見直しをはじめ、デジタル時代に向けた規制の見直し、公務員採用にデジタル職の創設、民間人の採用、マイナンバーカードの普及促進、教育のデジタル化、テレワークの促進など業務の効率化と住民サービスの向上に向けデジタル庁が設置されました。国が自治体を管理する体制となり、地域や住民の実情に応じた独自の施策の執行は困難となり、地方自治の形骸化を招くのではないかと危惧されます。システムの標準化は、個人情報の民間活用は、個人を特定し追跡することに繋がらないか、など多くの課題があります。地域社会の形成はそれぞれの地域と自治体の自主性と自律性が保証されなくてはなりません。
 いずれも地方自治のありかたに大きな影響を及ぼす可能性が大きく、地方自治の発展につながっていくのか論議の行方を注視していく必要があります。地方自治は住民の暮らしを支えるための行政サービスを提供する最前線です。住民のニーズに合った行政サービスの提供のためにはその距離感を縮めていくことが必要です。こうした情勢を踏まえ、今後も長崎県における自治及び地域の諸問題に関する総合的な調査研究を行い、市民に密着した地方自治の発展に寄与するための取り組みを進めていかなければなりません。
 さいごに、研究会リーダーの長崎大学経済学部の山口 純哉さんの「まとめ」から引用します。

 長崎県における市町村合併は、機能の再編、公共施設の統合や人員の削減など、当初の目的を達成するのに欠かせない作業が不十分なまま進められたことにより、十分な成果を得るに至っていない可能性がある。
 また、市町民が抱える、抱えることになるだろう課題について、行政単独、もしくは市町民と行政との協働によって解決することなく合併を進めたため、地域課題の深刻化を招いたことも考えられる。
 そして、それらの作業や課題については、ここ数年で本格的に着手されてきた。
 持続可能な地域の暮らしを創り上げるためには、市民と行政とがまちの将来像を共有し、その実現に必要な機能を、市民と行政とが単独もしくは協働して市民に提供できる仕組みを構築しなければならない。そのような仕組みが定まってはじめて、公共施設の維持や廃止、人員の削減・増員や配置が可能になる。
 まちの将来ビジョンや市民協働などについて、合併による広域化が進んだ自治体では、市町民の状態が旧自治体内でも多様であるため、合意形成や協働が難しいケースも散見される。しかし、小規模多機能自治などのキーワードに代表されるように、地域の持続可能性を高めるためにまちづくりに取り組む市民が増えている今だからこそ、地域全体を俯瞰し、地域の持続を仕事とする自治体職員が率先して市民とのパートナーシップを構築し、地域づくりに取り組む必要があるのではないだろうか。長崎県の県市町の職員が、総合計画や市勢振興計画などに定められた地域の将来像を自分事として市民と共有し、彼らとの協働も前提にしながら、自らの社会的使命を全うされることを期待したい。