【レポート】

第39回静岡自治研集会
第7分科会 まちおこし ~持続可能な地域づくりの取り組み~

 市は、JR日田彦山線沿線地域の振興策としてグリーンスローモビリティの導入を優先的に考えています。全国的に実証実験は進んでいるものの本格導入した団体は少数にとどまっています。市はその理由を正確に分析する必要があります。沿線地域の振興を考える上で優先すべきは、地域をどうするのかという将来ビジョンの作成です。県や市が沿線地域の振興策を真剣に考えようとしている今が沿線地域にとって最後のチャンスです。



JR日田彦山線沿線地域の振興策
―― 沿線地域にとって今が最後のチャンス ――

大分県本部/日田市職員労働組合・特別執行委員 梶原 信幸

1. はじめに

(1) JR日田彦山線の概要
 JR日田彦山線は、福岡県北九州市小倉南区の城南駅から大分県日田市の夜明駅を結ぶ68.7㌔の路線で、城野駅からJR日豊本線を通り小倉駅に、夜明駅からはJR久大本線を通り日田駅へと結びます。
 かつては、炭鉱地帯の地域の足として利用され、近年は日田駅や小倉方面への通勤・通学の足として利用されていました。

(2) 2017年7月豪雨での被害
 2017年7月5日から6日にかけて発生した九州北部豪雨により、添田駅~日田駅間で63か所にも及ぶ被害が確認され、被災後はバスによる代替輸送が行われています。
 特に、福岡県側の被害が甚大で第二、第三彦山川橋梁では橋脚が傾き、また、筑前岩屋駅構内や釈迦岳トンネルでは土砂流入が発生し、大行司駅では駅舎の倒壊や構内の路盤崩壊などが生じました。このため、添田駅から夜明駅の区間で不通となってしまいました。

(3) 復旧会議での合意
 JR日田彦山線の復旧方策については、2018年4月4日から関係自治体である福岡県、大分県、東峰村、添田町、日田市とJR九州が参加する「日田彦山線復旧会議」において、鉄道での復旧を基本に議論が計6回交わされました。結果として、JR九州が提案していた彦山駅から筑前岩屋駅までをBRT(バス高速輸送システム)とする案ではなく、福岡県が提案していた彦山駅から宝珠山駅まで延伸する案で復旧することが決まりました。そしてJR九州は、3年以内に復旧をめざすとしました。
 なお、具体的な合意事項は、JR九州がBRTを持続可能な交通手段として将来にわたり維持する責任を持って運行するとした一方で、自治体はBRTが持続可能な交通手段として維持されるよう沿線住民に対する二次交通の充実を図ることや観光振興、利用促進に努めること、さらに域外からの利用者の増加に努めるとした内容でした。
 そして、この合意後福岡県は10億円の基金を積みそれを財源に地域の振興を図るとし、一方大分県側も日田市長が「地域と観光の振興策をスピード感を持って考えていきたい。さらに、地域の振興策については、近くに耶馬日田英彦山国定公園がある。観光も含めて、東峰村などと連携をして対策を考える」。大分県知事は、「沿線地域の観光資源を生かし、人が集まる取り組みをしたい。大分県としてもバックアップしていきたい」などとそれぞれの立場から沿線地域の振興について意欲を見せました。

2. 合意事項に対する日田市の対応

(1) 住民の要望への市の対応
 地元からJR日田彦山線代行バス停留所の増設の要望があがっていましたので、市は大分県と連携し、JR九州や地元住民代表とバス停留所の設置場所等について協議、調整を進め、結果として概ね福祉バス大鶴線のバス停留所を基本に、合計9か所のバス停留所が新たに設置されることとなりました。

(2) 大肥の郷まちづくり会議の発足
 2021年2月に2017年九州北部豪雨災害により被災したJR日田彦山線沿線地域である大鶴、夜明地域の復興を図るとともに地域住民の代表と市が一緒に協力し、暮らしを守り、人が元気になるまちづくりのデザインを検討する「大肥の郷まちづくり会議」が発足されました。
 会議の委員は、大鶴・夜明両地区から振興協議会長、まちづくり協議会長、自治会長、地区内住民など19人とそのほかにオブザーバーとして両地区の集落支援員や地元のタクシー事業者などが選任されました。
 具体的な活動は、グリーンスローモビリティ(以下グリスロという)の活用も含め、JR日田彦山線鉄道敷の再利用、またJR大鶴駅、今山駅、夜明駅など3駅の活用と駅周辺整備に加え、地域資源等を活用する大鶴、夜明地域の地域活性化策の取り組みについて協議することとされました。

3. 次世代モビリティ(グリスロ)

(1) グリスロの活用
① グリスロとは
 時速20㌔未満で公道を走る電動カートで4人乗りの軽自動車から18人乗りの普通自動車があり、低速のため近距離移動を得意とし既存の公共交通機関を補完する新たな輸送サービスとして、また地域の賑わい創出への活用が期待されています。国土交通省は、環境への負荷が少なく狭い路地でも通行が可能で高齢者の移動手段の確保や観光客の周遊に資する「新たなモビリティ」として地域での活用に向け地方公共団体を対象に実証調査を実施しています。
② グリスロの実証実験
 市は、JR日田彦山線の沿線地域である大鶴地区及び夜明地区において、JR代行バス等の既存の公共交通ネットワークを補完するものとして、また、当該地域の地域振興及び復興策につながる活用についての可能性を探るため、グリスロの運行実証実験を実施しました。
 この実証実験期間におけるグリスロの利用者数は、10月12日から25日までの2週間において、夜明地区では1週間で38便運行し、利用者数は延べ86人。大鶴地区では1週間で36便運行し、利用者数は延べ105人と合計延べ191人が利用しました。
 利用者アンケートにおける車両の評価は、乗り心地については、約8割の方が「かなり快適」または「快適」と回答し、「不快」と感じた方はいませんでした。今後の利用については、約75%の方が「今後も利用したい」と回答しさらに、有料でも利用したいかとの質問には、「運賃次第」との回答が約6割、「有料なら利用したくない」または「不明」との回答が約2割でした。また、主な意見・感想は、「サイドカバーを下ろさないと冬は寒いのではないか」「雨など天気が悪いときにもどう感じるのか乗車してみたい」「往復利用100円ならよい」「近距離利用の場合は割高感がある」「住宅地を通るので利用されると思う」「フリー乗降なのでうれしい」「夜明・大鶴間の行き来に利用したい」「これがあれば免許証の返納もできる」など、乗り心地や料金設定、利用方法などで意見がありました。
③ グリスロ実証実験件数と本格導入の状況
 国土交通省が公表している2021年4月1日現在のグリスロの実証実験の件数は、民間団体が運行主体となっている件数も含め全国で98件あり、そのうち県内では、大分市、由布市、竹田市、姫島村でも行われています。実証実験後のアンケートでは、いずれの地域でも満足度や地域にとっての必要性は高く評価されているものの、本格導入に至った件数は10団体にとどまっています。

(2) グリスロ導入への市の動き
① 本格導入に向けた市長の考え方
 市長は、高齢化社会の中地域内でのモビリティが必要だと考えており、「コスト面を考えても利用のしがいがある。さらに、福岡県側と協議を進めた中で沿線地域は耶馬日田彦山国定公園エリアにあることから環境という切り口を見せながら観光エリアにできるのではないかという期待感もあってグリスロの導入について積極的に取り組んでいきたい」と表明しました。
② 大肥の郷ふるさと会議での審議
 会議は現在のところグリスロの活用を中心に協議が進められており、第2回までの会議で、「グリスロはないよりあった方がよい」「まず1年間実際グリスロを運行してみて、その上で色々な問題点があればその都度改善する」「公共交通としての活用は、実証実験運行エリアを基本とする」「ただ交通だけではなく、各種イベント等にも活用する」と今後の方向性をまとめました。
 そして、第3回の会議の中でグリスロの具体的な活用案として、次のことを示し協議を進めています。
 ア 公共交通としての活用
  (運行形態)
   ・市がタクシー事業者に委託して白ナンバーで有償による運行を実施
   ・定時定路線による運行
  (運行日)
   ・週4日運行(水・土・日・祝日休み)
  (運行便数)
   ・1日4便
  (利用料金)
   ・一人1回あたり100円
 イ 公共交通以外の地域が元気になる取り組みとしての活用
  *公共交通としての活用日以外に活用する
  (地元住民のための活用例)
   ・祭り、イベント等地区、自治会などで活用
   ・農産物直売所、農産物加工所等で活用
  (観光のための活用例)
   ・グリスロロードとして線路跡地を走る
   ・夜明大鶴ツーリズムとして半日周遊プランに活用
③ グリスロ導入に関する住民の意見
 私は本年6月に大肥の郷ふるさと会議の委員、オブザーバーを含む沿線地域の住民にグリスロ導入に対する意見の聞き取りを行いました。導入を積極的に賛成する意見は聞かれず、「グリスロで地域振興は図れない」「ほかにやることがあるだろう」「将来的に沿線地域が運営しなければならないとなればそれは無理である」「グリスロが地域のお荷物になる可能性がある」「せっかく市が進めるこの話を断ればほかの話が来ないかもしれないので無理に反対はしたくない」などと導入に消極的な意見が大半を占めました。

4. JR日田彦山線沿線地域の振興のために

(1) 沿線地域のビジョン作成
① ビジョン作成の必要性
 私は、市が沿線地域の振興策を考える上で基本とすべき方針は、日田彦山線復旧会議において、大分県、福岡県、そして関係市町村がJR九州と結んだ合意事項にあると考えています。自治体がBRTを持続可能な交通手段として維持させるためには、地域住民の利用はもとよりさらに観光振興を通じて域外からの集客により利用促進に努める必要があると思います。今現在でも地域公共交通は利用者が少なくその存続さえ危ぶまれています。そのような中、地域住民がグリスロを積極的に利用するとは考えにくいからです。つまり、グリスロによる地域振興を考えるのではなく、地域振興策を考えたうえでグリスロの利用を考えるべきだと思います。そこで、まずは今地域が抱えている課題を整理して、そして優先すべきことは地域振興のためのビジョンづくりであると考えます。大鶴・夜明地区の振興策、地域活性化策をつくるタイミングは、県や市の後押しが期待できる今が最後のチャンスです。
② 幅広い層からの意見の聴取
 市は本年6月になってビジョンづくりの必要性を認識し、作成のためワークショップでの会議を開催することとしました。私はビジョンづくりのためには、大肥の郷ふるさと会議の現委員に加えさらに幅広い層から意見を聞かせてもらうことが大事だと提言しました。具体的な提案として、まずは女性の参加を求めることであり、市の男女共同参画基本計画によれば各種委員会等への女性の参加を推進するとしており、子育ての観点からも女性の視点は必ず必要です。また、10年後の主役である子どもは現実から離れて未来のことを語ることが、大人よりも得意です。さらに、地元で生まれ育った方とは別に、外から地域を見たことのある移住者の意見は、新しい視点からの考えが期待できます。このように幅広い層からの意見を求め沿線地域のビジョンを作成することが重要だと考えます。

(2) 私が考える地域ビジョン
① 地域振興
 大鶴振興協議会が実施した地区の生活状況調査によると、単身高齢者世帯の割合が30%にのぼっており、地域の小規模な商店の廃業、公共交通の衰退などにより、自家用車や送迎なしでは食料品などの購入が困難な買物弱者が増えています。さらに、食料品や生活用品の購入は地元ではなく市内まで出てスーパーでの買い物が主となっています。
 買物に行く方法は、車の割合が88%あり山間部の住民にとって車はなくてはならない必需品です。したがって、高齢になっても自家用車で買いに行ける距離の場所に商店が必要で、このことから沿線地域において地域住民を一定程度満足させられる商店づくりが必要です。
② 産業・観光振興
 大鶴振興協議会は、福岡県小石原焼と大分県の小鹿田焼を結ぶ観光ルートとして、県道としての新規路線の計画を県に対して要望していますが、これまでの間財政的な理由で前向きな回答は得られていません。しかし、今回の沿線地域の観光振興に努めると合意した事項は県も当事者であることから、これまでの対応とは変わるはずです。市と振興協議会は、引き続き本計画を強く県に要望していく必要があります。
 また、沿線地域は、豊かな里山の風景、米、麦、梨等の農産物また、水の恵みを資源とした酒造会社など豊富な地域資源に恵まれており、これらを有効活用して集客が図れると思います。これらの資源で域外からの集客を図ればJR日田彦山線鉄道敷の再利用やJR大鶴駅、今山駅、夜明駅の周辺整備に伴う活用策、グリスロの活用にもつながります。
③ 拠点となる施設の整備
 地域、産業、観光振興策を推進するには拠点となる施設の整備が必要と考えます。現状ある直販所を整備することも一つの手段ではありますが、知名度から言えば「道の駅」の設置が注目を集めると思われます。「道の駅」は、道路利用者の利便性の確保、地域住民の生活向上への寄与や地域活動支援など公益的な役割を担うとともに、地域資源を活用した収益事業を通じて地域の活性化を図ることができます。大鶴地区が行った生活状況調査によれば、住民が今生活に困っていることは買い物だと答えており、道の駅で生活必需品を購入することができれば地域住民の利便性も増すことになります。さらに鉄道敷きの跡地やグリスロ発着場所としての拠点として利用できます。
④ 現時点での市の考え方
 道の駅の設置については、「設置場所や管理運営を行う担い手がいるのかなど、様々な問題があるとして現時点での市による直営の設置は考えていない」としました。一方で「今後、地元住民の方などから道の駅を設置し、運営したいとの声が上がれば、まちづくり会議の中で協議を行っていきたい」と設置を望む関係者にとってはわずかな期待を残しました。
⑤ 住民参加によるまちづくりへの期待
 市はこれから幅広い層からの参加を得てワーキンググループの会議を開催し、沿線地域振興のビジョンづくりを進めるとしています。このビジョン作成に伴い今後実施される事業は、沿線地域の振興や活性化のための最後のチャンスになると捉え、住民は持続可能なまちづくりのため率直な意見や要望を行政に伝えること、そして行政職員はその意見を可能な限り反映させることで市が常に意識している住民自治を推進するよう期待しています。

(3) おわりに
 市は、2013年にまちづくりの主体は市民であるという理念のもと自治基本条例を制定し、市民協働を推進する中で市民の積極的なまちづくり事業への参加を働きかけています。そして、「自分たちの地域のことは自分たちで考え、決めてください」と住民の主体性を尊重するとしています。住民参加が進めば進むほど多くの意見が出され、一部の団体や協議会にその決定を委任しても、ほかには多くの住民と意見が存在しますので地域全体の支持を得られるとは限りません。住民自治に関して行政職員のみに任せるのではなく住民の関わりを求めるのならば、市は住民の意向に従って市を運営する必要があります。しかし、現実的には全体の理解を得ることは容易なことではないことから、そこには市が住民に対し理解を求める姿勢と説明が大事であり責任があると考えます。
 日田市議会は、4会期連続で住民の合意や賛同を得られていない事業については承認できないとし予算案を修正可決しました。これは決して長と議会の対立ではなく市長自らの説明責任が果たせていない結果だと思っています。

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