【レポート】

第39回静岡自治研集会
第9分科会 SDGs×生活×自治研

 子どもにとって食は、命を守るだけでなく、健やかな成長を促し成人後の健康な体や望ましい食習慣の基礎となります。同時に、食を通じて健全な心を育むことも出来ます。社会的・身体的に未熟な子どもたちが、十分な世話と支援を受け、健全に育つ社会でありたいと願います。



子どもの体と食
―― 子どもの健康から、食の貧困を考える ――

鹿児島県本部/薩摩川内市職員労働組合・保健師 立野 恭江

 わたしたちの生活は、新型コロナウイルスによる新しい生活様式、毎年のように起こる豪雨や台風・地震などの自然災害、さらに2022年2月ロシアのウクライナ侵攻によって生じた平和への脅威・エネルギー不足、食品の価格高騰など多くの事象により影響を受けています。地域社会では、長引く不況で地域経済の衰退、少子高齢化が進み超高齢社会における老々介護、人材不足、経済や医療の格差など種々の複雑化する課題を抱え、行政に求められる「安心して暮らし続けられる地域づくり」は、遥か遠い目標のように感じます。
 このような時代においても、私たちが人であり「生き物として生きている」ことは不変です。そして、生きるために栄養を取り入れることは必要不可欠です。
 自治体で保健師として働いてきた経験からご報告いたします。
 私が働く薩摩川内市において、保健師は、保健・福祉・介護・国民健康保険・総務と分散配置され、それぞれの業務に従事しています。保健師は、保健師助産師看護師法において「保健師の名称を用いて、保健指導に従事することを業とする者」とされています。私は、「体を健やかに保つために教育活動を行う」と理解して、地域住民の健康を守る役割があり、行政においてどこの部署に配属されていても、どの年代に対しても健康づくり・予防活動に取り組むことができる存在であると思っています。
 とりわけ、母子保健に対しては、保護者が、子どもを健やかに育てるために、年齢に応じた成長や発達、体の仕組みを理解し、食が体や心の育ちに大切なものであることを認識してもらえるよう学習の場を保証することを大切にしなければならないと考えてきました。体は食で支えられていることを理解し、子どもの成長に見通しをもって子育てに向かうことが出来れば、年齢に応じた日々の食・活動・休養・生活リズムを整え、望ましい生活行動を、保護者が選択できると考えるからです。どの成長段階においても、子どもの健康な体づくりを保護者や大人が支援し、日々積み重ねることで、望ましい生活習慣の獲得が可能となり、病気の発症リスクの少ない体を手に入れることが期待できます。その結果、成長過程においても、成人後も、健やかで安定した毎日を過ごし、与えられた人生を謳歌することが出来ると考えるからです。
 私たち人間は、日々生きています。起きて活動する時間は勿論のこと、寝て休息を取る時間も、呼吸をして、神経活動を行い、起きているときには食事によって消化吸収や代謝を繰り返しています。そして、生きるため、活動のためのエネルギーを作り出しています。生き物として、基本となる細胞のひとつひとつは、常に、栄養や酸素を取り入れて自分の成分とし、その自分の成分からエネルギーを生み出し不要となった老廃物を捨てる「代謝」を絶えず繰り返しています。同じように見えても、刻々と変化するために日ごと日ごとに栄養を摂取すること、規則正しい摂取を行うことが極めて大切となります。毎日の生活は、朝起きて、食べて、出して、動いて、休養をとってと同じことを繰り返しているようにも感じられますが、実は、同時に、細胞ひとつひとつに過不足なく栄養と酸素が届き、不要な老廃物や二酸化炭素を捨てることで活動に必要なエネルギーを作り出して、その結果として、人間が生きているといえます。
 私たちの体は、父親と母親からひとつずつもらった細胞がひとつになり、母親のお腹で育ち、母体の中では胎児、生まれてきてからは乳児、幼児、学童とそれぞれの成長過程において、常に、大人から栄養を与えられ、成長・発達し、今に至るまで成長を遂げています。
 女性は、体に取り入れた栄養を胎盤で胎児に必要なものだけを選別して、臍帯(へその緒)を通して胎児へ送り届けています。当然ですが、食べたものが妊娠した女性の命を守り、お腹にいる胎児の成長や発達を支えています。妊娠した女性の栄養状態や健康状態は、胎児の成長だけでなく、生まれた後の子どもの健康や成長に深く影響しています。これは、2,500g未満で出生した子どもは、メタボリックシンドロームや肥満のリスクが高いことが、研究からわかっています。
 体にある心臓・腎臓・肝臓などいろいろな器官は、それぞれの役割をもち、バランスよく機能することで、人間の命が維持されています。栄養や酸素を血液によって体中へ送り届ける心臓、新鮮な空気を取り入れ不要な二酸化炭素を外へ捨てる役割のある呼吸器、必要な栄養素を吸収し不要な食物残渣物等を排泄する消化器官、肝臓は栄養素を体に適合するように作り変えすぐに必要でないものは貯蔵する・アルコールや薬物など体に有害なものを分解し解毒する、腎臓は血液中にある老廃物をこしとって体の必要性に応じ再吸収し不要なものを排泄する等それぞれの器官には、明確な役割があります。器官を含めた体全体を統括し、バランスを保つ仕組みの中心が脳です。これらのうち、どこか一つでも機能を果たせなくなれば、多細胞の集合体である人間は一個体として生命維持が不可能となります。そして、体を構成するすべての細胞には血液が必要です。
 血液は、ひとつひとつ役割の異なる細胞に必要なものを運びこみ、不要なものを運び去る役割を担っています。したがって、血液を適正に維持することは、極めて重要となります。この、重要な役割を課されている血液を作り出すためには、食事によって体内に取り込まれる栄養素の量とバランスを満たすことが必要です。

 生まれて数年間の体重や身長、胃の容量の推移、臓器の重量を目安としてまとめたものです。
 生まれたばかりの子どもは、昼も夜も関係なく眠って、起きている僅かな時間で母乳やミルクをのみます。新生児期の胃の容量は30ml程度なのでかなり頻回(10回以上)に授乳することが必要です。2か月を迎えると、胃の容量・身長・体重とも急速に増加していきます。3か月を迎えると、栄養の代謝や排泄に関係するすい臓・肝臓・腎臓が新生児期の2~3倍近くなり、重量の増加だけでなく各器官の能力が徐々に発達していきます。
 脳は、各器官を統括する役割だけでなく、人が朝起きて夜は眠くなるなど生活リズムをコントロールする役割もあります。新生児期の脳は、成人すると4倍程度まで重量が増えます。生後6か月の時点で出生時の2倍にまで重量が急速に増加しています。脳は、他の臓器や身長・体重の増加の推移と比較して、生まれて僅か6か月で成人の1/2にまで急激に、急速に増加しています。人が人らしく、人間特有の創造性のある生き物であるために、脳を早期に発育させ、五感から得られる情報をまとめ、言語の獲得と理解、これらを総合的に判断する必要があるからかもしれません。食欲・覚醒と睡眠・体温や血圧・呼吸など生命維持に必要な指令を出す脳、次にバランスなど本能行動や快と不快の感情と言った他の動物にもある脳、人が人らしくあるために人間が大きく他の生き物と異なる脳と順番に、ほぼ10歳ごろには概ね完成していくと言われています。
 子どもの言葉を獲得する経過を考えると、7~8か月で「マンマ」など言葉を真似て発声が始まり、1歳ごろから言葉を理解して少しずつ言葉が出ます。2歳ごろ2語文が出るようになり、3歳ごろには言葉の意味を理解し、自分の考えを言葉で表現できます。俗に言う2歳ごろ始まるイヤイヤ期は、意思や感情を言葉で言い表せないために泣き叫んで気持ちを表現したり、お友達とは物の取り合い等で押したり、噛んだり実力行使となるトラブルが頻発する時期です。3歳を過ぎて、言葉を使えるようになると言葉で表現し意思を伝える力、他の子に自ら譲る社会性や協調性が徐々に芽生え始めます。このように、人が社会的生物であるために行動と年齢に応じた発達があり、脳の成長と深く関連があることが理解できます。

 小林(※1)は、「子どもが育つ」ことを、「質量(重量、つまり体重)を増加させ、一人の人間として機能的に成熟にいたるまでの生物学的ないろいろな現象、または過程のこと」と言っています。表 子どもの発育と食の通り、年齢に応じて身長・体重は伸び、臓器も大きくなっていきます。消化吸収や代謝能力の変化に応じて、栄養の形態や量が変化していきます。生まれた子どもに最初は母乳やミルクの液体、次に離乳食になり、幼児食と数年かけて変化します。また、生まれた時は、ただ泣いて抱かれているだけの子どもが、数か月で重い頭を自力で支えるようになり、6~7か月で支えなしで座れるようになり、1歳ごろに一人で、自力で立てるようになります。
 生後数年間の発育・発達の中のごく一部ですが、17~20歳くらいまでは、身長や体重の増加、言語理解や知能、体の各器官の機能は質的に成熟し、発達していきます。食は、生命を維持しかつ活動するために、体を質量ともに増やす大切な原料です。同時に、保護者は、子どもが育つために十分な世話、成長や発育に必要な援助、幸福や愛情を与え続ける必要があることを自覚しなければなりません。そして、社会は、保護者がその責任を十分に引き受けられるよう、保健・医療・保育・教育など必要な制度が整えられておくことが求められます。

 食の実態(事例)
事例①乳 児生後4週間の新生児訪問で体重減少が認められた母 未婚・無収入
薄いミルクを飲ませていた
事例②幼 児朝食兼昼食
どんぶりにご飯とお茶漬けか卵
生活保護家庭
母 未婚
母が夜型の生活で朝起きない
事例③幼 児朝 おにぎりかバナナ就寝が午前1~2時
母 調理できない
事例④ 0 才

2 才
小学生



ミルクは正しく作れない
生後数か月でジュース
お菓子が主食
お金を近隣住民から借りるよう親に言われ、そのお金で食品購入
万引きで食糧確保する姿もある
学校は不登校気味で遅刻も多い
生活保護家庭
両親健在・無職 昼夜逆転の生活
不衛生で家はごみ屋敷で台所は使えない
親が朝寝ているので、子どもも起きない

 どの事例とも、心が痛みます。保護者に対して十分な支援の手が届いているのか、子どもたちが順調に成長していくことが出来るのか、継続的なかかわりの中で経過を追う必要があると思います。
 事例④のご両親は、知的障害・発達障害があり、祖父母も同じく知的障害がありキーパーソンとなる支援者が居ません。ケースワーカーが金銭管理や生活・就労の助言、保健師が育児支援など介入を継続していますが、解決に至っていない状況です。
 子どもは、生まれた環境を与えられるしかなく、選択の余地がない事、発育に必要な栄養分の摂取と消化機能の発達、こころの成長など今後の心身全てにおいて不安材料を抱えているように思います。また、成長過程で身に着けるべき基本的な生活習慣を十分経験できずに過ごしています。 
 担当していた保健師は、「親は子が可愛くないとは思っていない。自分が育った環境、育てられた育て方で子に接しているだけ。分かるように伝え、一緒にやっても実践できずにいた」と乳幼児期を振り返って話していました。
 介入していたにもかかわらず、今に至った現状は残念ですし、将来も心配になります。
 「子どもの貧困」は、「子どもが経済的に困窮な状態に置かれ、子ども期における様々な機会が奪われた結果、子どもの人生全体に影響をもたらすような深刻な『不利』を負うような状態」(※2)の相対的貧困を指すとされています。どの事例も「不利」を背負った状態で毎日を送っています。今後、基本的な生活習慣の獲得・学校生活を送り、家族以外の社会と繋がることで、情動や感情のコントロール、人が人らしく生きるための認知や判断(ルールを守る、我慢をする等)を正しく選択する力や能力が育つような支援が届くことを期待したいです。
 社会変化によりライフスタイルが変わっても、社会の基礎的な集団である家族において、食の場面は、体づくりのために栄養を摂るだけでなく、家族の構成員が集まりそれぞれが日々経験した事を話す場であり、食事のマナーや文化を学習する場であり、家庭の味を経験する場など、いろいろな要素を含んでいます。食によって、生命を繋ぐ生理的・基本的欲求が満たされ、自分のために食が準備されて愛情を感じる承認欲求、コミュニケーションの場となり尊厳や認知される欲求が満たされる等、これらの日々の積み重ねが、子どもの充実感や自信、自己肯定感に通じ、将来に夢や希望を抱く自己実現への基盤になると考えています。
 貧困問題を一朝一夕に解決することは極めて困難です。しかし、身体的及び社会的に未熟で且つ未来ある子どもたちが、健全に育つことができる社会であるために、システムとして子どもの権利が守られることを期待します。



引用文献:
1)子ども学 日本評論社 著者 小林 登 P30
2)子どもの貧困に起因する少年非行・犯罪への対応の在り方 立命館法政論集第17号(2019) P2

参考文献
1)平成12年乳幼児身体発育調査報告書(厚生労働省)
2)子ども学 日本評論社 著者 小林 登
3)子どもノート 編集 保健活動を考える自主的研究会
4)育児の生理学 現代社白鳳選書 著者 瀬江 千史
5)胎児の環境としての母体 岩波新書 著者 荒井 良