【代表レポート】
労働組合から見た合併協議会の運営について
~ 合併を急ぐあまり、トンネル組織と化した合併協議会 ~
福岡県本部/宗像市職員労働組合・副執行委員長 樺島 祐介
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平成14年6月26日、福岡県の宗像市と玄海町の両議会において、合併に関する四つの議案が可決され、平成15年4月1日、宗像市と玄海町の対等合併が事実上決まった。
新聞によると、直後の会見で宗像市長は、「合併は自治体としていち早く取り組むべき使命。この合併が、県内市町村の合併機運の起爆剤となれば……」と抱負を語った。新聞記事だけで宗像市長の考え方を断定することはできないが、合併することは自治体の“使命”だったのか。合併を“議論”することは使命だったかもしれないが、合併そのものが使命であったはずはあるまい(もしそうだとしたら、ほとんどの自治体は使命を果たしていないことになる)。宗像市・玄海町合併協議会会長である宗像市長のこの発言により、この合併協議会が“初めから合併ありき”で進められていたことは容易に想像できる。
労組が抱いていた「この合併の目的は何か」「合併する必要があるのか」「新市の具体像は」「合併後の職員の賃金労働条件は」などの疑問に答えてくれるのは“合併協議会”のはずではなかったか。住民発議により発足した法定合併協議会の運営に対して“疑問と不安”を抱いていた労組にとって、釈然としないまま合併騒動の第一幕が終了した。
1. 両市町のデータ(平成12年3月末)
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宗像市
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玄海町
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新・宗像市
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就業人口
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%
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就業人口
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%
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就業人口
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%
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一次産業
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1,133
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3.4
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969
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22.5
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2,102
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5.5
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二次産業
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7,535
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22.4
|
923
|
21.5
|
8,458
|
22.3
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三次産業
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24,976
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74.2
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2,411
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56.0
|
27,387
|
72.2
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合 計
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33,644
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100.0
|
4,303
|
100.0
|
37,947
|
100.0
|
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宗像市
|
玄海町
|
合併後
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人口(人)
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80,922
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10,085
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90,980
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世帯数
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28,433
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3,300
|
31,733
|
福岡県宗像市は福岡市と北九州市の中間に位置する住宅都市。水資源に乏しく、企業誘致の主な条件は“無公害・非用水”。公共下水道普及率は8万人都市にしては珍しく97.7%(平成11年度)。
一方、玄海町は、宗像市の北側に隣接し海に面している。全国的に有名(?)な“宗像大社”は実は玄海町に存在する。玄海町を車で走れば、道路が妙にきれいなことに気づく。なぜなら、マンホールが少ないから。
※ 小規模な下水道事業(コミュニティープラント)、漁業集落排水事業などは数箇所で実施しているものの、公共下水道の普及率は0%である。
2. 改正合併特例法は住民無視?
合併特例法は、市町村合併をさらに推進・強化するため改正された。改正の内容は、合併特例債の創設、普通交付税全額保障期間の延長、議員年金の特例と、まさしく“飴をばらまき、人参をぶらさげる”ものとなった。中でも、「有権者の1/50の署名で直接請求がなされた場合は、首長は、議会へ付議を義務付けられる」という“合併協議会の設置の促進”は、今回の法改正の目玉であった。何しろ議会がそのチェック機能を果たさなければ、“直接請求→協議会の設置→合併”というラインが敷かれる訳で、総務省の並々ならぬ意気込みが感じ取れる。
通常の合併では任意協議会→法定協議会→合併、という手順をとる。任意協議会で合併のメリット、デメリットなどの具体的な協議を行った上で法定協議会の設置。法定協議会では新市建設計画や合併の可否、合併期日、新市名など、合併を想定した協議を行うことになっている。しかし、今回のように任意協議会を省略してしまえば、「合併のメリット、デメリット」と「合併を想定した協議」を同じ場で議論することになる。このような状況の中で、合併不可の結論を出すことが果たして可能なのだろうか。
有権者のたった1/50の署名で任意協議会を省略し、法定協議会の規約の中で“可否を含む”と明記しながら“不可”への道を閉ざし、闇雲に“可”に向かって突き進んでいった宗像市・玄海町合併協議会の運営について、労働組合の立場から検証したい。
3. 住民発議した団体とは?
住民発議により、直接請求したのはどのような団体だったのか。
今回、有権者の1/50以上の署名をもって法定協の設置を請求したのは「宗像人(びと)の会」。同会の会長は、宗像市内に本支店を構える老舗の和菓子屋の社長である。同社の代表商品名は、玄海町にあるお寺の名前が付いている。商売的には、隣の自治体のお寺より、わが町のお寺の名前が付く方が望ましいと言えよう。
当初、同会は宗像の歴史的な生い立ちからして、宗像市郡【宗像市・福間町・津屋崎町・玄海町・大島村】の大同合併を主張していた。ところが、次第に市郡合併から宗像市と玄海町の単独合併(彼らは“大同合併に向けた先行合併”と呼ぶ)にシフトしていった。
法定合併協議会が発足してからは、同会による市民レベルの合併運動は鳴りを潜めた。“法定協議会ができれば合併したも同然”と言わんばかりに。宗像市郡の歴史的背景を前面に出して2市町住民の合併に対する機運を高め、大同合併が難しいとみると単独合併に移り、法定協議会発足によりその役目は事実上の休止。実に合理的・効率的な手法であった。
4. 協議会が言う“公開”は、“宣告”であった
第1回の協議会では「協議会の公開」について協議されたようだ。協議の結果、例外的なものを除き“原則公開”となった。公開と言われれば、耳当たりが良く、何となく民主的だ。事実、その後の協議会は、全戸配布の協議会だよりやホームページで協議内容を報告している。
しかし、合併に関する協議はただ単に結果を公開すれば済むのか。公開するからには、それに対する市民の意見に耳を傾け、フィードバックしてこそ意義がある。唐突に、「合併を可とする」「対等合併する」「公的団体等は各団体の実情を考慮しながら統合整備に努める」「通学区域は新市において検討する」などと公開されても我々市民は困る。関係者が意見を述べる余地はない。協議の結果も知りたいが、本当に知りたいのは“なぜそうなったか”というプロセスであり、合併可否の“判断基準”である。
合併の可否を判断し、議会に上程できる唯一の組織である合併協議会は、調整項目とその結果だけを公開し、可否を判断する際の判断基準を示さないまま、“可”と決定した。このやり方は、“公開”の名を借りた“宣告”にほかならない。
5. 合併協議会に“合併しない”という選択肢はなかった
宗像市・玄海町合併協議会規約によれば、協議会の仕事は三つ。
① 2市町の合併に関する協議(合併の可否を含む)
② 新市の建設に関する基本的な計画の作成
③ その他合併に関する必要な事項
この規約を読む限りでは、「まずは2市町の合併を想定した十分な調査・討議が行われ、合併の可否を客観的に判断する。そして、合併が可なら新市の計画の作成に着手し、不可なら協議会解散」と考えるのが普通だろう。
ところがこれは、協議会が開催されて間もなく覆された。第2回協議会において、「遅くとも平成15年4月1日を合併の時期と想定して協議を進める。合併の形態は対等合併を想定して協議を進める。」と決定したのだ。(あらあら、合併期日と合併方法がもう決まっちゃった。)確かに協議会は、「想定して協議する」としか言っておらず、決して「平成15年4月1日に対等合併する」とは断言していない。この協議のやり方・進め方に対する協議会事務局員の見解は、「まずは合併期日を想定しないことには何も協議できない。また、合併する際の事務量は対等合併の方が圧倒的に多い。吸収合併で進めていて、対等に変更された時に対処できないから対等を想定して協議する。」とのこと。
合併の可否を決めるためには、調整事項を整理することは必要不可欠である。しかし、調整項目の中に、「合併の方法」「合併期日」「新市の名称」などという項目があって、果たして「不可」という結果にたどり着くだろうか。すなわち、協議会の仕事の①に「合併の可否を含む」とあるのは“まやかし”で、初めから“可”しか存在せず、“不可”は有り得なかったのである。
6. 新市において調整する?
調整29項目の調整結果は長すぎるため省略するが、“新市において調整する”“新市において検討する”などの結果がやたら多いことに気がつく。合併に向けて調整しなければならない事項の調整結果が“新市において決める”とは、全くふざけた結論である。市民生活に密接した「介護保険料事業の取扱」「都市計画の取扱」「補助金・交付金等の取扱」などの調整結果がこれでは、市民の不安は募るばかりだ。
※ 国民健康保険税は、仮に合併しなくても平成15年度のことはわからない。しかし、「合併した際、どのような影響が考えられるか」を説明する責任はあるだろう。
このようなふざけた結論は他にもある。調整項目「特別職の職員の身分」については、「両市町の長が別に協議して定める」との結論である。もしかして、合併後に2人の助役が誕生したりして。これは全く有り得ない話ではない。平成11年、市職労が視察に行った茨城県潮来市(潮来町が牛堀町を編入した合併)では、宗像市・玄海町と同じような調整結果を出し、行政のスリム化が目的であったにもかかわらず、編入した旧牛堀町役場の庁舎に2人目の助役を置いたそうだ。“両町の長が別に協議して定めたのだから、協議会の決定に背いたわけではない”、とでも言うのか。
一方、「議会議員の定数及び任期」についてはどうであろう。こと細かく「1年7ヶ月間、引き続き新市の議会議員として在任する」とある。しかも、「合併特例法の第7条第1項の規定を適用し……」と、ご丁寧に根拠まで示して、合併後の議員(自分達)の身分を“ゆるぎないもの”にしている。宗像市・玄海町合わせて約9万人の住民は、両議会議員たった38人の身分の行方より、市民生活に直結した調整項目の結果を知りたかったに違いない。こうなった原因は、協議会の委員構成を見ると理解できる。
7. 協議会の委員構成
協議会の委員構成を見てみよう。大別すると、行政(宗像市4人・玄海町4人)・議会議員( 〃 )・学識経験者( 〃 +県職員2人)に分けられ、人数も両市町の半々で構成されている。学識経験者の中に、なぜか合併を支援する福岡県の地方課長と地域政策課長が入っていることを除けば、数的バランスはフェアである。
※ ここで言う数的バランスとは、推進派と慎重派の数的バランスのことではなく、単に出身地別(宗像市か玄海町か)から見たバランスのこと。
しかし、具体的な協議のために設置された小委員会のメンバーを見てみると、フェアではない。5つの小委員会(行財政・生活環境・健康福祉・都市産業・教育文化)の内、4つの小委員会の委員長席には議会議員枠の議員が座っていた。議員身分の保証を高らかに明記し、その他の調整項目は“新市において調整する”という結論が出るのは当然か。
8. 協議会委員に福岡県地方課長と地域政策課長が入った
福岡県は、課長級を中心に合併支援連絡会議を設置している。平成17年3月31日までに合併した市町村には巨額の交付金の拠出を決めている。また、市町村合併の成熟度に応じ、任意・法定を問わず合併協議会には500万円以内の財政支援も行っている。
協議会側が能動的に入れたのか、入れることが財政支援の条件だったのかは不明だが、合併を促進している福岡県の二人の課長が学識経験者として委員になったことはアンフェアである。例えば、公共事業の是非を問う協議会があったとして、推進派だけを集めた協議会に何の意味があるだろうか。推進派と慎重派がお互いの主張に耳を傾け、協議することにこそ意味がある。確かに福岡県は、合併した際、財政的には非常にありがたい団体であるが、明らかに合併を推進する団体の重鎮が、合併の可否を決める協議会に参加するのは、いかがなものか。
9. 市民の声に耳は貸すが、貸すだけ……
合併協議会の事務局は、合併に関して市民から寄せられた意見・質問に応えるべく、協議会だよりやホームページに“あなたの質問にお答えします”のコーナーを設置し、回答している。
市民の意見;「合併は住民自らの課題であり、広く住民から意見を求めるべき。その方法を協議会は考えているのか」
協議会事務局の回答;「協議会は原則公開だから傍聴できます。住民の皆さんに合併を考えてもらうために合併講演会を開催しました。近々、住民ワークショップを行います。このワークショップでは、合併の可否ではなく、合併を想定したときの新市のまちづくり構想を、住民の皆さんの意見を聴きながら作り上げていきます。そしてワークショップの結果は、協議会で作成する新市建設計画の参考にさせていただきます」
私なりに解釈すると、「合併問題は大事だから住民の意見を聴いて下さい」という市民の意見に対し、事務局は「協議会は傍聴できるから聴くだけならいいよ。住民が合併問題を勉強するように合併問題講演会を開催しました。合併することはもう決めていますから、ワークショップにでも参加して、新市建設計画にご協力ください。」と答えているように聞こえる。
10. なぜ対等合併?
協議会が発足して間もなく、協議会事務局主催で、市職員を対象に説明会が開催された。市の職員もまだまだ合併に対する知識が乏しかった時期である。私を含め職員の本心は「自分の給料はどうなるの」であったが、そうそう人前で質問できるものではない。世間では“対等合併”との噂があったため、最もヒートアップしたのが「これだけ都市規模の違う玄海町との合併がなぜ対等なのか」であった。ごもっともな意見である。合併協議会の事務局長の回答は、対等合併と編入合併のシステムの違いだけで、「決定は協議会が行う」と繰り返すだけ。こんな説明会なら開かないほうが良い。後味の悪い説明会であった。
協議会での協議も終盤を迎えようかという時期になったとき、近々開催する「住民説明会」に先立ち、協議会会長(宗像市長)による「職員説明会」が開催された。29項目の協議項目のほか、小委員会で協議された具体的な内容も、「宗像市の例による」が大半を占めることが分かっていた時期だけに、職員の意見・質問は、またもや「なぜ対等?」というものだった。
質問に対する市町の説明は、「この合併は先行合併であり、最終的には宗像市郡の大同合併をにらんでいる。吸収合併では市郡合併が遠のく」であった。(おいおい、合併の方法(対等か吸収か)の決定が、近隣町村の思惑で決まるのかよ。)その後、「もし他の町村が合併に乗ってこなかったら、合併は解消するのか」と半分ヤケクソの意見が出た。
一般的に、人口規模が八分の一の町と合併し、ほとんどが大きい方の自治体に合わせる合併が“対等”とは妙な話だ。合併協議会は、“対等合併とする”と宣告するだけでなく、その理由について、宗像市民に対して説明責任があるのではないか。対等合併により恩恵を受けるのが、任期が延長される議員だけに、この“対等合併”を素直に受け入れる者は少ない。
11. 合併問題と合併協議会に対して、労組ができること
組合員や執行委員が、一市民、一個人として“合併賛成論”または“合併反対論”を展開するのは自由である。しかし、労組が組合員の意見を集約し、組織としての合併の賛否を公表できるだろうか。
組合員には、当該自治体に住んでいる者、全く関係のない自治体に住む者が混在する。また、法定合併協議会の設置を求める直接請求に署名した者もいるはずだ。組合員向けのアンケートでは「組合は本腰を入れて反対しろ」という意見が多かったものの、集計してみれば賛否両論であった。結論として、組合員の意見の集約・一本化は不可能であった。
また、仮に労組の反対運動により合併が頓挫した場合、労組は将来の宗像市(民)に対し、責任が取れるのか。はたまた、労組は反対したが、結局は合併してしまった場合、当初から「宗像市との合併を推進する」と打ち出していた玄海町職労組合員との間に“しこり”が残らないはずはない。合併後、一職業人として割り切って仕事ができるほど、組合員は聖人ではない。
まちの将来のことは誰にも分からない。ある人には大成功だった合併も、別の人にとっては苦痛なだけかもしれない。つまり、合併問題に正解はない。メリットもあれば、デメリットもある。重要なのは“どちら(合併の可否)を選択するか”ではなく、“どのようにして決めたか”であろう。
合併問題は、自分たちの子供や孫の世代まで関わる重要な問題である。従って、発起団体や有権者の50分の1、合併協議会の委員という一部の住民だけで決めるものではない。合併協議会は市民に対する説明責任を果たし、市民が合併議論に参加できるシステムを構築すべきだった。調整項目が合併する際のハードルであるなら、ハードルは飛び越えるものであり、なぎ倒すものではない。市民は、自分たちの意見がフィードバックされ、協議会が練り上げたうえで出した結果であれば、自分にとって良くも悪くも、合併(もしくは合併しない)の決定を受け入れることができるだろう。
合併に直面した自治体の労組は、合併に対しての賛否を唱える団体としてはふさわしくない。しかし、労組の使命が健全な地方自治を推進することであるなら、労組は、合併協議会が正常に機能しているか、一方的な議論をしていないか、市民に公開されているか、等をチェックする組織として、合併問題に参画すべきであろう。そういう意味では、宗像市職労は委員として合併協議会に参画できなかったことを反省している。
12. 現在の心境
現在(平成14年・夏)は合併騒動の第二幕(合併期日までの壮絶な量の合併事務)が始まり、てんてこ舞の毎日。来年4月以降の第三幕(合併後の混乱)が想像される。
今回の反省に立ち、宗像市職労としては“次の市町村合併ではきちんと……”、と言いたいところだが、実際に合併事務を担当する市役所職員としては、もう合併騒動は勘弁してもらいたい。
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