【自主レポート】

広島県の行政評価システムについて

広島県本部/広島県職員労働組合 鎌田 靖

1. はじめに

(1) 行政評価セミナーを始めた背景
   この間、私たち県職労は、「誇りの持てる行政」をめざして自治研活動を行ってきました。その中で、「これからは国主導の行政ではなく、私たちが自ら「行政目的」を明らかにし、必要なものを取捨選択していくことが求められている」、「限りある財源の中でいかに住民満足度を上げられるかが重要な課題である」、「住民本位の施策を展開するためには、縦割り行政を改善しお互いの意見を出し合える環境が必要」という組合員の声に見られるように、県政の改善を求める積極性が私たちの中に生まれてきています(2001年広島県職労分権自治推進集会より)。
   そこで今年度は、奈良女子大学の澤井勝教授を講師に、「財政分析」と「行政評価システム」のセミナーを1年を通して行いました。この2つの課題は、21世紀の新しい広島県を描く時に、まず必要な課題だと考えたからです。この報告は、その中の「行政評価システム」のセミナーを通じて考えたことをまとめたものです。

(2) 地方分権の流れ
   2000年4月に地方分権一括法が施行されました。この改正は、「明治維新・戦後改革に次ぐ第3の改革」と言われ、100年以上続いてきた中央集権という国と自治体の関係を大きく転換すると考えられています。その背景には、バブル後の深刻な日本経済の危機に際し、中央集権型の行政システムの制度疲労が不安視され、「地方分権」による地域・自治体の活性化が必要とされたことがあります。
   「安らぎと豊かさを日々に実感できる真に成熟した社会(分権型社会)」の創造をめざして、地方分権推進委員会が発足し、注目を浴びる中で、中間報告と4次の勧告がされました。そこで議論された「分権型社会の創造」は、これからの日本と地域のめざすべき方向として高く評価されるものです。
   しかし、一方で中央省庁の反撃と、「地方分権によって責任が増えて不安だ」という自治体側の弱腰もあって、税源移譲や補助金の見直しが行われないなど不十分さが残ったことも事実です。特に、地方分権の主体である自治体と私たち自治体職員に、地方分権を担う能力と意欲が十分あったかと言えば、答えはNOと言わざるを得ません。
   しかし、地方分権の流れはもはや逆には流れません。今後の分権型社会は、地域と自治体、つまり私たちが創造していくことに疑問の余地はありません。

(3) 行政システムの改革
   現在、地方自治体が抱える共通した課題は、多様化した住民ニーズへの対応と、これまでの行政活動がもたらした財政問題の克服です。戦後の地方財政は、経済発展の視点から生産重視という政府の基本方針に沿って展開されてきました。その恩恵を享受する住民は、地方行政に対し大きな不満を持つこともなく、行政への参加意識も希薄でした。
   この結果、地方行政と財政は住民不在のまま、公共投資と規制緩和へ過熱して行きます。それが、バブル経済の破綻と、少子高齢化社会の到来によって、大きな変化を余儀なくされています。財政的には、経済の落ち込みにより、税収確保が困難になりました。また、地方債の増大は、財政運営の硬直化をもたらしています。
   一方、住民ニーズの視点では、生産者から消費者に、公共事業から福祉政策にというより生活に密着した政策が求められています。したがって、今後の行政は、これまでの借金体質から脱却し、限られた財源をより効果的に執行するため、行政システムを大胆に変革することが期待されています。

2. 行政評価システムの現状と分析

(1) 行政評価の現状
   今、全国で行政評価がブームになっています。全国で37の都道府県と7つの政令指定都市が、何らかの行政評価システムを導入しており、6の県と5つの政令指定都市が試行中です(別表のとおり)。広島県と広島市は「試行中」で、遅れている自治体の一つです(2001年7月末現在)。
   この間全国で導入された行政評価としては、三重県の「事務事業評価システム」や北海道の「時のアセスメント」とそれに続く「政策アセスメント」、静岡県の「業務の棚卸」などが有名です。
   三重県は、北川知事が就任して以来、「生活者起点」による行政運営を基本目標に置き、すべての事務事業を評価し、次年度の事業展開や予算編成に生かそうとしています。そのために、財政課を「予算調整課」に改め、これまで総務課の査定で決まっていた予算を、事業の執行に責任持つ事業課との討議によって決定していくシステムを実行しています。
   北海道では、1997年に「時のアセスメント」制度を導入し、長期間停滞している施策について、「時」という客観的な物差しで再評価し、これまで9施策の見直しと対応方針を決定しています。1999年からは、「時のアセスメント」の精神を道政一般に拡大し、「政策アセスメント」として政策重視・成果重視の視点に立った評価と道政への反映をめざしています。

(2) なぜ、行政評価か
   この背景には、日本の行政が長い間行ってきた「インプット主義」の行政に限界が来ていることがあげられます。行政のインプットとは「人と金」であり、各行政組織は自らの人員と予算獲得のための計画作りが優先され、住民サービスの提供という行政本来の目的が後回しになってきました。また、政策決定には政治的要因が主導となり、具体的な問題解決の方策や手段を提示するものにはなっていませんでした。
   しかし、現代の複雑多様化した社会にあって、行政が直面するさまざまな政策課題に対し、問題先送りではなく、政策を行った成果を住民本位の立場で評価し、それを課題解決に向けた次の政策に生かすことが求められるようになりました。
   また、行政の透明性の確保や説明責任(アカウンタビリティ)などの考え方が、行政改革の中で重要な位置を占めることになりました。
   もはや、行政評価を導入しなければ、行政としての責任を問われる時代になったと言っても過言ではないでしょう。

(3) 三重県の事務事業評価システムについて
   三重県では、1995年の統一自治体選挙において北川正恭知事が誕生しました。北川知事は、当選後ただちに改革に向けた取り組みを着手しました。北川知事のめざす改革を要約すると、次のようになります。
  ① 住民を顧客ととらえて、住民のニーズを重視し、顧客満足度の向上をめざす(生活者起点)。
  ② 個々の事務事業の目的を明確化し、その目的を達成するためどんな手段でどれだけの投入を行ったかではなく、どれだけ成果が上がったかを志向する行政をめざす(成果志向の行政)。目標をできるだけ数値化することによって、目標を明確にし、目標の共有化を図り、説明責任を果たす。
  ③ 問題先送りではなく、どんなサービスを提供できたかという結果重視の視点を確立し、結果に対する評価を次の企画に生かしながら行政目標に挑戦する(結果重視の行政)。
  ④ 地方分権を実現するためには、地方行政自ら政策形成能力を高めることが必要であり、それにふさわしい人材育成と意識改革をめざす(政策形成能力の向上)。
  ⑤ 人権・環境・男女共同参画・バリアフリー・文化など部門横断的課題に対し、総合的に対応する(縦割行政の転換)。
  ⑥ 従来の予算偏重や予算使い切り志向から、個々の事務事業の推進を行政の中心に置く。
   これらの改革を実現するための基本的な手段として、事務事業評価システムが構築されました。その推進にあたっては、職員一人ひとりが生活者起点の行政を推進するように意識をと行動を変えるため、3,000人以上の職員を対象に数多くの研修と説明会が行われました。
   また、これまで軽視されてきた評価(SEE)に着目し、PLAN―DO―SEEのマネジメントサイクルの導入をめざしました。事務事業評価システムは生活者への効果は何かを明らかにし、これを指標化し測定することによってその事業の評価を行い、次の計画にフィードバックすることにより、行政における計画(PLAN)、執行(DO)、評価(SEE)のマネジメントサイクルを回すシステムと言えます。それを回すことによって、住民と行政のニーズのすり合わせが可能となるのです。
   三重県の事務事業評価スシテムでは、予算単位である個々の事務事業(約3,300)の評価からスタートしました。しかし、3,300の事務事業の評価は、住民にとっては細かすぎるため、「成果」が類似している複数の事業を束ねて「基本事務事業」というまとまり(約500)を想定し、その評価も併せて行いました。
   現在、事務事業評価スシテムの成果指標や目的評価表は、インターネットで情報公開されています。しかし、情報公開しても住民の意見は、なかなか上がってこないという課題もあります。今後は、意識の高い住民の育成として学習を進めるとともに、行政の計画・執行・評価がより住民参加によって行われるシステムが待たれるでしょう。
   また、三重県では、職員自らすべての事務事業を自己点検・内部評価するところからはじまりました。職員の中には、「なぜこんな分かりにくいことをわざわざしなくてはならないのか」という反発もあるのも事実です。これは、これから克服しなくてはならない課題であると思います。例えば、評価システムは、よりわかりやすいもの、住民のニーズに近いものに作り変えられて行くべきでしょう。
   少なからぬ課題を持ちながらも、職員参加のもと行政(事務事業)評価というシステムを用いて、住民本位の行政に転換していこうという三重県の試みは、全国の自治体で注目を集めています。私たちも、成果志向の行政への転換、縦割り行政の是正に向けて大きな一歩を踏み出す時に来ています。そのために、大胆なシステムの構築と職員自ら改革をめざす意識づくりが求められているのではないでしょうか。

(4) 広島県の施策評価システム
   広島県では、「ひろしま夢未来宣言(県政中長期ビジョン)」(2000年11月発行)の中で、「施策や事業の目的・目標を明らかにするため、可能な限り数値化し、その達成状況などを客観的に点検・評価するためのシステムの導入を推進する」とし、今年度より「施策点検システム」を導入します。
   このシステムの目標は、①効率的で質の高い行政を実現すること、②県民の視点に立った成果重視の行政への転換を図ること、③県民に対する行政の説明責任を徹底すること、です。
   しかし、肝心の施策の意義や目的は、「点検結果の報告は既存の仕組みを活用して行う」というように、現状の数値目標の進行管理的なシステムになっています。また、具体的な個々の事務事業の評価ではなく、県政中長期ビジョンにある140本の行動目標(主要な施策レベル)の評価に留まっています。評価者は、昨年の試行では基本的に室長でした。
   これらは、職員に負担がかかり「仕事が増える」と考えないようにという配慮(?)とも言えますが、このシステムで何がどう変わるのかが問題です。
   例えば、「家庭から出る一般廃棄物排出量を1998年の103万トンから2005年には98万トンにする」という行動目標が掲げられています。2001年度の排出量を基に、達成率(実績値/目標値)が算出され、その点検が行われます(目標達成が可能かどうか)。次に、「施策を構成する主要な事業の内容と費用」の点検が「総合的に」行われるようになっており、点検の結果から課題と次年度以降の視点・方向性が書き加えられます。
   しかし、家庭から出る廃棄物(ごみ)の減量化は、過剰包装の見直し、生ごみの堆肥化、リサイクルの向上など具体的な個々の事業を積み重ねた結果にほかなりません。県民にとっては、最終的な結果(総排出量の増減)より、具体的な課題(ペットボトルのリサイクル率など)が現在どうなっているか、今後(リサイクル・リユースに向けて)どうすればよいかということが大事な問題なのではないでしょうか。
   成果志向の成果の意味は、単なる「実績数値の変化」にあるのではなく、あくまで「住民の満足度の成果」であるべきです。数値化は、誰もが理解しやすく評価しやすいために行う作業でしかありません。
   また、この評価に職員がほとんど参加していないことが問題です。もともと、中長期ビジョンの行動目標は、職場の議論を積み上げたものではなく、とても住民満足度の視点から立てられたものとは思えません。そうした目標の点検・課題抽出を一部の幹部で行ったことで、はたして成果重視の行政へ転換したことになるのでしょうか。その結果を、情報公開することが、説明責任を果たしたことになるとは思えません。
   結局、現状の140本の施策からは、生活する住民の姿や現場の職員の声が見えて来ないのです。住民ニーズを的確に捉えて、それを共通の目標に定め、実現に向けて行政のすみずみまで反応するというシステムが求められているのです。
   その改革の意思が、この広島県施策評価システムからは感じられません。

3. 広島県行政の問題点と解決方策

(1) 成果志向の行政運営
   これまでは、自分たちの仕事がいかに住民の役に立ったかというより、いかに予算をつけていかにそれを執行するかということに重きが置かれていました。より成果をあげるという積極的な視点より、問題先送り型の消極的な発想が見られます。
   また、仕事の目的や成果を、客観的に分析・評価し、県民に示すという説明責任は十分ではありません。
   今後は、予算や職員数というインプットや事業量といったアウトプットによって評価されてきた行政の執行を、一歩住民の満足度(アウトカム)に踏み込んだレベルで運営することが必要です。人員や予算の獲得は、あくまで目的達成のための手段として位置付け、それが目的にならないようにしなければなりません。仕事を行う際には、その成果がどうなるかを住民の立場で考えて計画・執行することが、まず私たちに求められている課題です。

(2) 評価重視の行政システム
   今後は、各事業の成果の評価を行い、それを基に次の計画の立案を行うというこれまでの行政にはなかった成果志向の行政システムを構築することが急務です。具体的には、それぞれの事務や事業の実施状況(DO)を自己点検し(SEE)、その結果を翌年度の計画や予算編成に反映する(PLAN)というマネジメントサイクルを確立することです。

(3) 総合行政の展開
   昨年度、総合行政をめざして地域事務所がスタートしました。各地域事務所では、地域発展プランが策定されましたが、県政中長期ビジョンの地域版として意味合い(焼き直し)がほとんどで、地域の総合行政の推進役としての役割をほとんど果たしていません。現実は、依然として縦割り行政が中心です。
   また、社会情勢や県民ニーズの変化を先取りし、県民の視点に立って最善の行政を効率的に推進するというシステムが、本庁にも地方機関にもありません。
   財政は未だに公共事業中心で、福祉・環境・教育・人権といったものに重点的に予算配分する調整機能が果たされていません。
   県民の満足度を高めるためには、個々の事務や事業の推進だけでなく、横断的な政策については行政全体としての目標と執行計画を定めることが求められます。このことによって、部間を越えた総合的な行政を展開でき、その上に立って、個々の事業の位置を確認できるのです。
   縦割り行政と財政システムを見直し、必要なものに予算と人員をつけるシステムに改革する必要があります。

(4) リーダーシップ
   県行政の改革を推進するためには、リーダーとしての知事の姿勢が極めて重要です。しかし、今のところ、広島県の施策評価システムからは知事の積極的かつ具体的な改革のビジョンが感じられません。
   「生活者起点」、「成果志向」、「総合行政」といった行政の目標を内外に明らかにするとともに、それを実現するための行政評価システムなど改革のツール(道具)が必要です。

(5) 県民へのアカウンタビリティの向上
   県の仕事の目標を数値化するとともに、評価の結果をインターネット等で公開することにより、県民に対し県がどんな仕事を重視し、それをいかに進めているかを説明責任(アカウンタビリティ)に基づいて情報提供する必要があります。この結果、県民の県に対する関心が高まり、行政への県民参加を得る期待が生まれます。

(6) 地方分権と県の役割
   地方分権がその実行段階に入っています。今後、地方自治体の責任と役割はますます増大します。それとともに、県から基礎自治体である市町村にさまざまな権限移譲が行われると予想されます。
   今後は、県の役割の明確化と県と市町村の連携による行政サービスの充実が求められます。このことについて、県の責任ある対応が必要です。

4. 行政の基準とおもしろい仕事

(1) 行政の基準を考える
   私たちが、住民本位の行政、やりがいのある行政を進めるためには、どんな行政を行うべきか、その「基準」が必要です。「基準」が明らかになっていなければ、行政は本来回りはじめないはずです。
   このセミナーでは、この行政の基準について議論を重ねました。私たちは、自分の仕事に対し、どれだけの基準を持っているでしょうか。この基準が多くかつ確かなほど行政の選択の幅が広がり、おもしろい行政が展開できるはずです。
   しかし、改めて考えてみると、普段からそのような「基準」について、深く考えずに仕事をしていることに気が付きます。どんな仕事が必要か、何が求められているか、ということを考えずにこれまでやって来た訳です。

(2) 住民ニーズの捉え方
   「住民ニーズ」は、重要な行政の「基準」です。しかし、何もしなくても住民ニーズが分る訳ではありません。いかに住民ニーズを捉えるか、機能の高いアンテナが必要です。また、住民調査などの工夫が必要です(ただし、目的を持たない調査は、やる意味があまり無いかもしれません)。
   住民ニーズを新たに掘り起こすことも必要です。多数のニーズになっていないものでも重要なものがあります(最近では、介護保険やグリーンツーリズムなど)。これらを先取りして制度化することも行政の重要な役割です。
   また、住民ニーズは、「どこまで行っても住民ニーズのまま」というように、多様でかつ捉えどころのないものでもあります。多様な(時にわがままな)ニーズをまとめる(選択する)ことが必要です。そのためには、住民ニーズを代表する権限を持った人(地域代表、女性代表など)の力を借りることも考えなくてはなりません。

(3) 基準の3つの根拠
   住民ニーズは、すべての分野の基準にはなり得ません。それは、まだニーズになっていないもの、住民の日常生活では関わりのないものも多くあるからです。
   そこで、基準となる根拠を考えると、次の3点があります。
  ① 国際的な基準 ISO、ユニバーサルデザインなど
  ② 行政計画上の基準 水質基準、介護保険制度の目標数値など
  ③ 住民ニーズ 住民の具体的・潜在的な要求
   この3点を常に念頭に置きながら、行政を進めて行く必要があります。

(4) おわりに
   行政の予算には限りがあります。私たちが、これまでのように、○○総合計画を立てて予算を執行するだけでは、住民にとって役に立たない事業の積み重ねになってしまうのではないでしょうか。しかし、縦割りになっている各事業部門がお互いに協力しながら、限りある予算で少しでも価値ある仕事をするために努力すれば、おもしろい仕事ができると思います。
   行政評価システムは、そうした行政にとって、必要なツール(道具)の一つだと思います。自らの仕事を評価することは、簡単なことではありません。しかし、行政の課題を解決しようとすれば、必ず評価システムに到達すると思います。
   行政の課題は多く、どこから始めれば良いか解らない状況です。しかし、(知事と)全職員のエネルギーがあれば、必ず評価システムの確立と行政の改革はできると思います。まず、一歩踏み出したいと思います。

別表