【自主レポート】

自治体情報化に対する県職労の取り組み

広島県本部/広島県職員労働組合 山下 雅之

1. はじめに

 情報通信関連技術(IT)の飛躍的な発達を背景として、社会・経済・産業すべての分野で高度情報化が、日々急激に進展しています。これらの動きは、一般生活や社会構造まで高度に変革(IT革命)をもたらせています。
 経済界においては、唯一残された成長産業分野であるとの認識から、バブル経済の破綻、その後の長期化する経済不況からの脱出策として、経済界主導による形で国や県当局は、国策的に高度情報化やOA化を社会や職場に推進しようとしています。それは社会全体としての巨大な流れになりつつあります。
 また、他方でこれまで情報化が進む中、プライバシーの問題・健康の問題・政治を自分のものとする手段としての情報公開やパブリックコメントの問題など多くが語られ一定の制度や考え方が定着してきています。
 小渕内閣の頃から国を挙げて2005年に向け電子政府に向けたIT戦略が進められていますが、最近の急激な政治・社会・経済情勢の変化の中で少し冷静に検証し修正等を検討する時期にきています。
 これらの動きは、「今なぜ、誰のための高度情報化なのか」を広く十分に議論し、国民、県民のコンセンサスを得て進めているとは言い難く、推進の目的を明確にしなければ、その導入方法や規模・時期、運用方法などが決定できないはずで、最初にこの点の合意を得る必要があります。
 また、県の投資にしても莫大な予算が必要であるにもかかわらず、財政状況が厳しい中、投資効果予測を行うこともせず、「ITありき」の姿勢で導入を進めようとしています。さらに、現象的に言えば、プライバシーの問題と情報公開の関係のように情報に対する相反する要請が起きています。
 さらに、「情報格差」という言葉も定着しましたが、「情報弱者」という新たな社会的弱者を作らないために情報面での平等化、言い換えれば、機会均等が必要不可欠という情報化におけるユニバーサルスタンダード化への認識も必要となってきています。
 本レポートは、社会全体が高度情報化するなかで、県の職場において進められているOA化(LAN・WAN構想)に対する県職労の具体的な取り組みや考え方を示すとともに、高度情報化の影響を受けざるを得ないとの立場で、当面の運動方針から直接的に離れ、社会や職場、とりわけ自治体における今後の高度情報化の方向とそれに伴う課題を研究検討したものです。

2. 広島県職労の情報化に対する取り組み

(1) これまでの経過
   県職労は、1985年に「コンピュータ指針」を策定し、「OA合理化反対」の立場で取り組みを行ってきた。その結果、OA・コンピュータの導入に対して事前協議をさせるとともに、VDT健康診断の充実、人員削減・労働強化を最大限阻止し、使えない人が疎外されない職場をつくるなど一定の成果をあげてきました。
   しかし、急速なOA・情報化のなかで、職場毎、本庁と地方機関の中でOA導入に格差が出て、若い組合員を中心に、OAの積極的導入の考えが強くなってきました。県当局は、OA化に対する自らの無責任な対応を改善しようとせず、「組合が反対するからOAが入らない」とその責任を組合に責任転嫁してきました。また、当局のいい加減なOA・コンピュータの導入により、組織的でなく担当者まかせでその人が転勤すると全くわからないシステムや情報管理体制となりました。さらに、VDT作業の留意事項は出したものの、作業環境やテクノストレスを含む健康管理について、当局は責任ある対応をせず、基準を守り守らせる体制はできていませんでした。
   そうした状況において、県職労は、情報化研究会を設置し、情報化の方向とその結果生じる課題についての研究を開始しました。県当局は、1996年に高度情報化ビジョン、行政情報化計画を策定し、1997年に県庁LAN・WAN導入計画を提案してきました。県職労はOA・情報化に対して、OA合理化絶対反対から、利用を前提として課題解決へ向けての具体的取り組みを積極的に提起する方向へ、方針を決定しました。

(2) 県庁LAN・WANに対する取り組み
  ① はじめに
    県庁LAN・WANは1997年に導入計画が提案され、1999年から本庁で試行に入り、現在、地方機関においても本格的なLAN・WANに向けて練習や研修を行っています。また、パソコンも現在、本庁では1人に1台、地方機関では3人に2台が配置され、今年度には地方機関も1人1台の配置が行われます。
    LAN・WANの特徴は情報危機個体(クライアントパソコン・サーバー)に蓄えられた情報を、連結することにより情報の共有・加工・伝達を量的・質的・時間的・地理的空間の壁を無くすことのできるシステムです。
    従って、その運用にあたっては、有効にしかも慎重にすることが前提となります。そのためにも、ハード(機器整備)の整備と併せて、ソフト(情報管理規定、ルールなど)の整備が必要です。
  ② LAN・WANへの基本的な考え方
    県職労はLAN・WANについて絶対反対はしていません。しかし、その導入、運用にあたっては、その条件整備について節々で協議・交渉を実施し、労使合意することを前提としています。
    これまでも、LAN・WANの基本設計、工事、研修などの開始時期において、システムの管理責任の明確化、全庁的情報管理体制の整備、誰でも使えるための研修充実、健康管理体制の充実、環境整備などの視点を重視し、LAN・WANについて協議を進めてきました。
    今後、本格的に全庁LAN・WANをスタートするにあたってもこれらの内容の条件整備等について節々で協議・交渉を実施し、労使合意することを、全庁LAN・WANをスタートの前提としています。
  ③ 全庁的な情報管理体制の確立
    今まで紙というアナログ情報で必要かつ合理的に管理を行ってきました。電子情報の大量の情報が瞬時に移動するという特殊性を考えると、これまで以上に組織的、合理的に公文書とリンクした情報管理の必要性が増していきます。
    また、ネットワークを構築し、県の情報が不特定多数と結ばれる以上、多種多様な危険が増え、ネットワークが安全に稼動するためには、情報管理の面と連動させ、ネットワーク管理やセキュリティー問題の面からの対策やルールが必要です。
    具体的には、情報の保存や削除に対する運営要領の規定、危機管理上の面からウイルスの侵入や地震、風水害等によるデータ破壊、改ざん防止のためのバックアップ体制、ネット上における故意や過失での差別発言やそれに類する誹謗中傷を禁止する事項の規定などの策定を求め、情報管理に対する研修等も実施させています。
  ④ 誰でも使える体制づくり
    全庁的なLAN・WANを進めるためには、パソコンなどのOA機器を誰もが一定程度使え、使えないという不安を解消する必要があります。そのためにも、パソコンの起動や文書入力の基礎研修、LAN操作研修などを職員全員へ実施させ、ワードやエクセルなどの習熟度に応じたレベル別研修も希望者全員ができるように求めていきます。また、職場でのパソコン操作及び操作上のトラブル、パソコンの障害等についてその解決や支援を行うためのサポート体制を確立させています。
  ⑤ 健康管理の充実
    OA機器の導入、使用時間の増加により視力低下やテクノストレスなど引き起こす度合が高まっています。これらの予防、治療のためのVDT検診の継続・充実、産業医活動の強化、管理職の指導体制・意識啓発強化を図らせています。
  ⑥ 環境整備
    OA機器使用にあたって、基準に合った机・イス・照明・換気等の改善、整備を実施させるとともに、スペース不足についてもその対策を検討させています。

3. 今後の自治体におけるシステム開発の視点

(1) 一般的な視点
  ① 情報基本権を保障する視点でのシステム
    情報に対する様々の権利の共通基盤を確認し、豊かに実現するものとし、また、責任を求めていくものとして、共通理念を社会全体で共有化する必要が認識されだしています。
    現状では、主に「知る権利」「知らせる権利」「プライバシーの権利」「誰でも使える権利(基盤整備も含む)」「安全性信頼性の保障」等の権利を包含する共通理念、または権利として「情報基本権」が論じられようとしています。
    これまでも基本的人権を生かしていく方向で種々の制度やシステムが論じられ作られてきたように、これからの情報化の制度やシステムを考えるときにもこの「情報基本権」という基本的権利を具体化し、尊重する総合的な情報政策及び情報環境、並びに、具体的なシステムによって「情報基本権」を保障されなければいけません。
    また、私たち公務員が住民サービスを向上することにより社会的平等を具体化する使命があるとするならば、もっと積極的な立場で国民の「情報基本権」を保障していかなければいけないと思います。民間では利益が無いが、地域住民のためには「公」として高度情報化の事業を推進する必要性があるのではと考えています。抽象的ですがこの基本的理念を基底においてシステムを考えていく必要があると考えています。
  ② 人が中心にあるシステム(システムの目標・目的の明確化)
    県民が対象のシステムであれば、利用者が中心にいるシステムの構築が必要です。
    例えば、地域医療について地域の人がどういうサービスを求めているのかを中心に考え、そのための地域の福祉・医療機関・行政の連携などの情報をネットワーク化するとともに、サポート体制などサービスを受ける人が中心にある「人」のネットワーク化がないと本来の目標が達成できないと思います。
    「人」のネットワーク化の手段として、情報化を考えるべきと思います。同じように行政内部のネットワーク化にしても、それでサービスを受ける県民や、実際に操作する職員が中心にあるシステム開発にすべきと思います。
    こういうシステムを作ったので使ってくれではなく、こういう事をやりたいのでこのシステムを作るという発想が要るのではないかと思います。
  ③ 誰でも使えるシステム
    システム開発に当たっては、誰でも使えるシステムを構築する必要があると思います。この誰でもとは、そのシステムを利用する人で県民及び県職員を問いません。つまり、入力方法、出力方法の技術進歩をまさに人にやさしいシステムの作成に利用すべきです。特に広島県は中山間地域の多いなかで通信白書等でも言われていますが、中山間地域や低所得者、高齢者や自宅にいることが多い人はインターネットの利用率(例:全国平均31% 町村部18.5%)が低い現状があります。また、接続回線についても不便な状況にあります。
    従って、あくまでも行政のサービスを受ける手段を増やし利用者の利便性を上げるために高度情報化の道具を使うという視点で開発をすべきと思います。例えば公衆端末を設置するにしても、どういう端末がいいのか、例えば、入出力について映像(手話映像等も)、音声、文字等の媒体を使用しだれでも利用できるシステムとする必要があります。
  ④ 知る権利、知らせる権利からの視点
    情報公開という観点からは、これからは公開制度を作る時代から「使う、使える」時代にすべきで、この視点からのシステムの構築、再検討が不可欠となります。(データ管理の適正化。)また、単に情報の一方向からの提供でなく、双方向の情報交換ができるシステムを制度とする必要性があります。
  ⑤ プライバシーの保護の視点
    この点については特にプライバシー保護の観点は、自治労のプライバシー保護7原則及び前述個人情報保護法の制定等それなりのコンセンサスが社会的にできているのでこれらに則りシステムを構築、再検討すべきです。
  (自治労のプライバシー保護7原則)
   ⅰ 個人情報の規則 ⅱ 本人同意 ⅲ 収集制限 ⅳ 利用制限 ⅴ 個人参加
   ⅵ 適正管理 ⅶ 責任明確化
  ⑥ 守秘義務からの検討の視点
    単体のシステム開発での守秘義務の問題をクリアすることは当然のことです。複数のデータベースやシステムを通信情報網で結ぶ場合等、データの有効利用についても、プライバシー、守秘義務の点からの検討が必要で、例えば、データーのやりとりに対する法令の整備や協定書等制度面の整備も必要です。
    特にワンストップサービスに関連し、住民基本台帳の利用など検討されており慎重な検討と対応が必要と思われます。

(2) 公務員職場の特殊性
  ① 法に則ったシステム
    公務員職場では、法による行政という大変重要な原則がある以上、システムもそれに沿ったものであることが要求されます。個々の関連法令だけでなく、個人情報の保護や情報公開の関連法令やそれに対する不服審査の体制などをクリアする必要があります。
    また、情報公開の面からでは、メールでやり取りした文書はすべて公文書であるとの意識を醸成することが求められます。さらに、OAを使えば制度も変更できるという錯覚を払拭し、OA化が進展しても勝手に変えてはいけない制度ややり方があるということを意識することが大切です。
  ② システム開発推進体制の確立
    今後のシステム開発に当たっては、旧来の電算室型の技術的・業務改善型の開発ではなく総合的な目標や財政的な裏打ちを持った全庁的開発体制が必要と思われます。
    県では行政情報化推進室が庁内LANでの文書管理を進める一方で、文書法制室では文書管理システムを推進するなど、ややもするとあるセクションが開発したものと似たようなものとか、関連のあるシステムを他のセクションが作ると、開発のロスだけでなく、操作方法が少しずつ違い、また新しい操作方法を覚えなければいけないとか、リンクさせるのに大幅な経費がかかるなど行政内部での情報化の進まないおおきな原因となっています。
    これは職員に無用なストレスをかけるだけでなく、この例では情報公開を視野に入れていないので今後何所に文書があるのか混乱し、ひいては県民サービスを低下させ、二重のコストもかかり行政に対する不信感を生む原因となります。つまり、庁内文書に関するシステムを作るのなら、今県民が求めているものは何か、それに関わる部所はどことどこかなど検討した上での開発体制が必要です。
    行政の高度情報化を継続的に推進して行くためには、全庁的な推進体制及び各部局の推進体制の整備を図り、それが確実に機能して行かなければなりません。「形式的な体制は整備されたが、実際には機能しない」といったことのないよう、適切な組織を整備して、各部局が連携・協力を図る必要があります。
  ③ 費用対効果の視点
    今日の財政状況の中やはり費用対効果の検証は必要と考えます。
    単に開発経費だけでなく、ランニングコストは無視できない問題だと思います。ただ、この点を検証するときに情報格差をうめる「公」としての役割を効果面に換算するのは難いと思いますが、その点の議論をさけてはいけないのではないかと思います。

(3) 今後の検討すべき視点
  ① 申請者の認証と証明の問題
    住民基本台帳ネットワークシステムに代表される個人IDの問題がありますが、どのようなシステムにし、国民的コンセンサスをとっていくのかが重要と考えますが不服審査の問題など議論の必要な点が多くあると思います。
  ② 手数料やその納付の問題
    サービスを始めるときにその対価をどうするのか説明責任があると思います。
  ③ 申請の受理や文書の原本性の問題
    組織全体での電子情報の管理の意識がないと適切な管理ができなくなる恐れがあると考えます。
  ④ 個人参加の原則の視点
    個人が自分の情報が官公署のなかでどうなっているのかを知り、訂正できるようにできるシステムを考える必要があります。
  ⑤ 安全性、信頼性の確保の視点
    バックアップ体制、ネットワーク化に対するセキュリティーのかけ方等安全性、信頼性の確保されたシステムとする必要があります。
    具体的には、火事や地震等の災害やハッカー等外部からのデータに対する侵入や改ざんに対する安全性、信頼性の確保という点です。
    最近では、トラブルの内容も日進月歩で、国が「情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」など策定していますが、もっている情報の重要度とリスクの判定を行う必要があると思います。費用・場所の面から回線や端末を共有化したくなりますが、きちっとしたリスクの評価を行い、危機管理の視点をもった対応が必要と思います。(いわゆる、バックアップの重要性と早期回復の重要性とシステムが稼動しないときに業務が停止しない対策の必要性。)
  ⑥ 研修・広報の充実
    ユーザーとしての職員、情報化を推進する職員等、役割に応じて外部研修を含めた研修体制を整備し、計画的に実施する。これらの研修は当然業務として扱われるべきと思います。
    また、県民を対象としたシステムについては、丁寧な広報が必要と思います。
  ⑦ 健康管理と環境整備について
    近い将来、パソコンが職場に1人1台配備された場合、VDT作業障害が今以上に深刻になることは間違いありません。
    既に、VDT、パソコンに触っていなければ落ち着かないというテクノ依存症候群、逆に、VDTの前に座ると落ち着かない、触りたくないというテクノ不安症が表面化しつつあります。
    これらは、主に次のことから起因しているともいわれています。
    普通のデスクワークでは視線は、書類と手元の2ヵ所を左右に移動するだけですが、VDT作業では視線が画面、書類、キーボードの3ヵ所を移動するので、1.8倍も視線が移動することになります。VDT作業を長時間連続して続けると、眼精疲労、肩凝り、手、足、腰のしびれなどの筋肉症状、そして極端な場合は、不安やいらだち、うつ状態など神経、精神症状も出現します。このように、目と筋肉、精神の3つの症状がそろったものを完全型のテクノストレス眼症と専門医は定義づけています。
    この様なテクノストレス眼症、視力低下等を防ぐためにも、健康管理と環境整備の両面から一層の予防対策が必要となってきていますし、VDTの作業指針をより明確化し、遵守する必要性がでてきています。

4. おわりに

 情報化の流れは、一層の高度化と普及を早めてきています。その中で、労働組合として、組織内部の課題は当然検討することは必要ですが、同時に住民、情報の利用者、利用が困難な人にどれだけ配慮した情報システムを検討するかが問われる時代、さらに、行政サービスを向上させる手段としての情報化が問われる時代になってきたと思われます。しかしあくまでも使う人が中心のシステム、人がコンピュータに合わせるのではなく、コンピュータが人の生活を豊かにする情報化でありたいと思います。