【自主レポート】
児童青年精神科医療の現状
三重県立小児(こども)心療センターあすなろ学園のレポートから
三重県立小児(こども)心療センターあすなろ学園 中村 みゆき
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1. はじめに
三重県立小児(こども)心療センターあすなろ学園(以下、あすなろ学園)は児童青年精神科を専門とし、第1種自閉症児施設としての機能をあわせ持つ、西日本唯一の“子どものこころ”の病院である。1985年、津市城山地区に子どもの専門病院として設立されたが、県立高茶屋病院(現、こころの医療センター)の児童部時代も通算すると約40年間の歴史がある。
機能は外来診療、入院治療、地域連携に大別され、職員は児童精神科医師、看護師、保健師、心理判定員、セラピスト、作業療法士、精神保健福祉士、生活指導員、保育士などの専門職種が配属されている。
敷地内には津市立高茶屋小学校、および南郊中学校あすなろ分校が隣接しており入院児の義務教育を保障している。
利用対象は、家庭や学校、地域でこころや行動の問題を持つ18歳までの子どもである。昨年度の主な外来受診児の診断名は、発達障害38.5%、子どもの行動及び情緒障害28.4%、精神障害12.5%、知的障害11.3%、その他である。具体的な症状を挙げてみると、言葉が遅い、落ち着きがない、夜泣、夜尿、チック、集団に溶け込めない、不登校、教室から飛び出す、友人が出来ない、夜眠れない、家庭で暴力をふるう、食べれない、食べ過ぎてしまう、などがある。
あすなろ学園は専門領域での知名度は高いが、特殊性ゆえに、地域住民や県民はもとより、県職員においてさえあまり知られていないようである。しかし、“子どものこころや行動”で悩んでいる親や保健師、保育士、教師、福祉施設の職員等の間では、医療・保健・教育・福祉の“地域連携”を通じて協働の基礎が固められてきている。
あすなろ学園への受診経路は、心身症の様相を呈した場合は、小児科や内科を経由するが、ほとんどは家族が市町村の子ども相談(学校への相談)に出向いた後に児童相談所へ紹介され、治療が必要となれば受診に繋がる。他にも電話相談、ネットサービス、口コミにより、直接あすなろ学園に子どもを受診させる親もある。
一般的な知名度の低さに現れているように、児童精神科の敷居は高いようである。そもそも内科、外科、小児科の並びで“子どもの精神科”が捉えられていないことも一因であろう。科名標榜を長年にわたって申請しているにも拘わらず、国が未だ認めていないことや、いわゆる“精神科”をよく知らないがゆえに、日本人特有の先見あるいは偏見にゆがめられたマイナスのイメージが膨らみ、社会に大きく影響していることも考えられる。
他にも様々な問題を子どもの精神科医療は抱えている。しかし、三重県に生まれ育つ全ての子どもたちに安全な育ちを保障するため地域に存在し、困ったときはいつでも役立つ機関であり続けたいと我々は願っている。
経営改善、他機関との連携・協働などを求められているあすなろ学園の現状と課題を概括したい。
2. 診療について
あすなろ学園を訪れる子どもたちは“今”を上手に生きることが難しい子どもたちである。そのような子どもに対して、現実的かつ、継続的な治療と支援を行い、家庭生活や社会生活が適切に営め、2次障害を引き起こさないように育てることが大切である。
治療・療育には、身体的・精神的・発達的側面から子どもの特性を捉えた総合的な関与と、医療・保健・教育・福祉の多岐にわたる関係機関との協働が必要となる。あすなろ学園では児童精神科医師を中心とした子ども医療に必要な職種がチームで治療・療育を展開している。
(1) 外来診療
診療は月曜日から金曜日までの午前8時30分から午後5時までとなっており、診察、心理療法、家族療法、作業療法、各種検査、幼児・学童グループ療育、デイケア、親の心理教育等を実施している。
例えば、幼児通園グループ療育では保育士が中心となり、障害の部分のみに焦点を当てるのではなく、全体の発達バランスに留意した療育指導を展開している。対象児は2歳から就学前の自閉症児4~5人でグループを作り、個人療育・集団療育・親子療育の形態で、週1回、約1時間30分行う。その内容は、注視玩具、型はめパズル、カードなどの教材を用い、認知・言語能力などを身につける指導、また、集団あそびを通して、ルールの理解や順番を待つなどの集団行動の基礎を学んだりする。習得した行動が家庭や保育園で生かせるよう、親の集団カウンセリングや“子育てレッスンクラス親クラブ”と称する保護者研修会に親を導き、保育園の担任には地域連携事業の“保育士事例検討会”で障害児保育の手法を伝えている。
自閉症児の療育は早期に対応するほど効果があり、その後の発達も安定している。また親の育児不安の解消も早い。しかし、あすなろ学園から遠隔地に居住する子どもたちの要請には応えられていない。現在、尾鷲総合病院には医師と保育士が出向し診察と療育を行っているが、他の地域にもそのようなサテライト機能が求められている。
小学生を中心とした軽度発達障害(高機能自閉症・アスペルガー障害・多動性障害など)グループ療育では、知的能力は高いが、友達と上手に遊べないため、学校でいじめにあったり、余計な口出しをして嫌われたりする子どもたちに対して、挨拶や遊びの仲間に入れてほしいときの言い方など、学校で使える手法をそれぞれの子どもたちによく分かるようにロールプレイング(役割実演法)で教えている。学校の担任とは定期的に連絡を取り合い、地域連携事業の“担当教師事例検討会”において学校での適切な対応方法を伝えている。
その他にも不登校児に対する心理治療など様々な子どもたちに応じられる個人・集団の治療・療育を実施している。
(2) 入院治療
緊急性のある場合や入院することにより治療効果が期待出来る18歳までの子どもを対象としている。例えば、家庭内暴力、引きこもりの不登校、自傷・他害、睡眠障害、食べられない等が挙げられる。入院治療では早期に問題を解決して、家族や地域との関係性を修復し、社会復帰することが可能となる。家庭で養育困難状態になった時、入院して子どもに心身の治療を施せる所は医療・教育・福祉の揃った児童精神科病院であるあすなろ学園唯一であろう。
病棟は2病棟制80床で、各棟は小学生・中学生・急性期や行動制限の必要な子ども中心のユニットに分かれている。入院直後は、心身の諸検査をし、睡眠リズム、食事、排泄など身体の基本的なリズムを整える。子どもによっては、投薬治療や栄養管理指導などが開始される。また、言葉でのコミュニケーションが不得手な入院児に対して、思っていることが表現しやすいように、遊戯療法、絵画療法、箱庭療法などの心理治療も開始される。担当職員とは気持ちを聞いてもらい、入院生活の援助をしてもらうことを通して、信頼関係を深めていくようになる。病棟生活に慣れるに従い、個人療育や作業療法が開始され、さらにグループ療育へと進めていくことが多い。
いずれの病棟も子どもたちの躾や、これからの成長発達に留意した“あすなろ学園生活の約束”マニュアルを基本とした治療生活を送っている。
子どもたちの日課は7時の起床から21時の消灯まで一般家庭生活に近づける工夫をしている。その中に診察をはじめ個人心理療法、個人療育、グループ療育、生活指導、季節の行事に社会性を身につける要素を加えた活動“おもしろクラブ”、子ども会・青年会などの多種の治療・療育メニューを準備している。療育への参加は本人の治療目標と同意で決定される。
小学生中心の病棟は、保育士・生活指導員・心理判定員などが配属され、発達や躾の点検を行い、“育てること”によって障害の軽減や行動修正を行っている。例えば、個人療育では、反抗することで甘えを表現したり、友達と上手く遊べない児童には、ごっこ遊びを通して、上手に大人に甘えられるようにし、人に対する言葉遣いや態度を楽しく学んだりする。またグループ療育では、SST(社会性技能訓練)をロールプレイング(役割演技法)で行う。内容は、人に物事を頼む練習や、人の良いところを見つけて誉める練習、素直に謝る練習などであり、学んだことが身につくように、日常場面でも他の職員が誉めて強化している。良好な言動がグループ療育の時間だけでなく日常生活において認められるようになると、誉められることが多くなり、自己評価が向上する。そのような良好な循環が問題行動の軽減に繋がっていく。また、鬼ごっこのような集団遊びを通じて、ルールの理解、順番を守る、喧嘩をしないなどを、対人トラブルの起しやすい子どもたちに無理なく教える工夫をしている。
中学生中心の病棟では、看護師が思春期に達した子どもの様々な悩みを聴き、助言や、援助を行っている。起床から就寝までの間には、基本的生活習慣や、掃除当番などの生活指導、余暇指導があるが、中学生でも長期欠席状態が続いていた不登校児には、持ち物の点検や、宿題に付き合うことも大切な援助である。子ども会の司会やミーティングにおいて職員のモデリングや助言による成功体験は、不登校の子どもにとって自信回復の機会となる。グループ活動はソフトバレーやビンゴ、SSTなど中学生に見合ったメニューに遊びの要素を意図的に取り入れ、体験しなおすことによって楽しさの共感、対人スキルの向上、大人への信頼回復、心身の健康な発達を促している。
入院治療が終了に近づくと、親や保育士、教師に子どもの理解とその対応について共通認識を持ってもらう機会が必要となる。親には共同療育者として、病棟へ数回通ってもらい、担当職員と共に子どもの躾や療育を行ってもらう。その経験が、家庭生活を円滑にし、退院後の症状再燃予防に役立っている。他方、あすなろ分校の担任と地元校の担任を中心とした教育の連携も適宜行い、教科学習の進め方、クラスでの配慮など学校生活全般における指導を行っている。
近年、厚生労働省は短期で効果効率的な医療を求めている。あすなろ学園も例外ではない。短期で治療を終えても数年は、育てながら情緒のゆがみを修正し、成長発達させる場が必要となる。殊に、増加し続ける被虐待児などに対しては家庭復帰や養護施設処遇前の数年間、治療と育ちが保障できる施設入所が必要になることが多い。三重県では昨年より情緒障害児短期治療施設設立の策定会議が始まっている。実現に向けて、あすなろと緊密な協働が必要になってくるであろう。
一方、自閉症施策は、全国で8箇所に「自閉症・発達障害センター」を設置することを決定し、三重県においても本年度発足に向けての準備が整いつつある。
(3) 地域連携
外来診療や入院治療によって症状が軽減した後は、子育てする大人が、子どもの理解と対応技術を習得し、問題行動の再燃予防と健全育成に努めることが肝要である。保育園、学校、児童相談所、各種福祉施設、地域関係機関等の職員は、地域で子どもたちを育て支えられるように、あすなろ学園と協働していく必要がある。そのような人材育成が頻繁に行われることによって、地域での子育てが安全に行われることに繋がっていく。
電話相談は1996年に「いじめ等子どものこころの相談班」(現「子どものこころの相談室」)を設置したことに伴い、いじめや不登校などを中心とするこころの悩みを抱えた児童生徒とその親たちを対象に開始した。昨年度、1ヵ月平均相談数は120件で相談者は母親が53%、本人が29%であった。相談内容は逸脱行為(情緒不安定)が31%、学校に関することが19%、発達に関することが14%、躾に関することが12%であった。助言や指導で終わる相談と診療の必要な相談があるが、問題が早期に解決できるよう専門職が適切な対応をしている。
あすなろシンポジウムは年1回、県民を対象に開催される。社会情勢を見極め、子育てや家族といった現実的な人間関係のテーマをみんなで考える機会としている。また、県政だより・あすなろだより・ホームページなどを利用し、子どもたちの精神保健や児童精神科の広報啓発を行い、ボランティアとの交流において地域との関わりを更に密にしている。
このように多様な連携や協働を一手に引き受け、地域で子どもが健やかに育つ土台作りをしているのである。
3. 今後の課題
三重県に生まれ育つ子どもたちのため、関連領域の高次ネットワーク構築があすなろ学園に求められている。われわれに与えられている課題のいくつかをあげてみる。
① 第1次予防として、胎生期から思春期までの現実的、継続的な育児支援システムを関係機関と協力して構築する。
② 第2次予防として、各種疾患・障害の早期発見、治療療育システムの構築と地域機関とのネットワーク作りを行う。
③1歳6ヵ月健診・3歳6ヵ月健診に、あすなろ学園でトレーニングされた市町村の保健師及び保育士が参加し、母子保健と発達的観点から自閉症児、ハイリスク児などを早期に発見する。
④ 三重県の地勢的特徴を考慮し、数ヵ所でサテライト診療(1ヵ所では実施中)を行い、医師の診察と同時に保育士による障害児療育指導、及び育児不安相談を合わせもつ機能を拡充する。
⑤ 身体疾患と同様、気軽に受診できるよう積極的にバリアフリーの広報活動を行い、人々の精神科医療への誤った先入観が改まるよう努力する。
⑥ 疾病や障害の違いを問わず、治療中の子どもたちの育ちを保障する病院構造、機能、およびQOLを向上させる。
⑦ 第1種自閉症児施設に自閉症センターを附置し、自閉症児者の家族相談、保育士,教師、福祉施設職員の人材育成を統合的に推進し、民間社会福祉施設と協働して、自閉症児者が安全に暮らしていける高次のネットワークを早期に構築する。
⑧ 国の方針と三重県の現状を捉え、県立情緒障害児短期治療施設の設立に協力し、医療福祉の緊密な相互協働を行い、子どもの情緒の安定と健康な育ちを保障する。
4. おわりに
西日本に児童青年精神科専門病院があすなろ学園唯一というのは不思議であるが、三重県にとっては、先進県としての誇りを掲げると同時に、先例が無いという苦しい運営模索を求められている。法整備のない子ども精神科医療に民間活力は成立しない。
少子化時代が現実化したが、将来の日本社会に明るさを求めるならば、少ない子どもが安全に育つ土壌・土台を確保しなければならない。我々は、単に病気を治療する狭義の医療機関ではなく、広範囲に、子どもの育ちを保護していくことをめざしている。そのために収入の伴わない地域連携事業に人材を投入し、あえて多忙な業務に追い込む結果としている。
大人たちが、子どもの人権や、彼らが成人になった時の社会を読んで、子どもの育ちへの責任を負わなければ地域社会の未来展望は拓けない、という信念であすなろ学園職員は仕事に励んでいる。
*参考資料
・ 三重県立小児心療センターあすなろ学園 将来構想最終報告 1998年
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みえ子ども精神保健検討委員会
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・地域連携報告書 2000年 三重県立小児心療センターあすなろ学園
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・業務概要 2001年 三重県立小児心療センターあすなろ学園
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