【自主レポート】

保育所「公設民営化」を考える

広島県本部/三原市職員労働組合 荒谷美知恵

1. はじめに

(1) 三原市の概要
   三原市には就学前教育の場が、幼稚園、保育所を合わせて48ヵ所あり、そのうち保育所は公立、社会福祉法人を合わせて13ヵ所あります。
   三原市では、1949年、はじめて保育所が設置されて以降、高度経済成長と共に地域点在型で公立保育所が10ヵ所(1995年)ありました。三原市の保育所は、もともと繊維産業が盛んな時代から地域点在型の保育所を設置し、保育所の公的責任の充実、拡大をはかってきました。また、三原市では、他都市に先駆けて早い時期から長時間保育、0歳児保育をとりいれるなど地域のニーズに応える保育をしてきた歴史があります。

(2) 三原市の保育所の現状
  ① 保育所の定員
   ア 認可保育所
施設の名称
公  私
定員(人)
児童数
港町保育所
45
39
宮沖保育所
150
137
糸崎保育所
45
29
幸崎保育所
30
30
和田保育所
45
39
中之町西保育所
50
49
高坂保育所
30
26
長谷保育所
60
57
宗郷保育所
60
60
小   計
515
466
聖心保育所
120
124
桂香保育所
60
62
愛光園保育所
60
63
紅梅保育所
120
120
小   計
360
369
総 合 計
875
835

  イ 認可外保育施設
施  設  名
入所児童
三原市医師会
11
松尾内科
7
広島食鶏たまご
11
興生総合病院
66
土肥病院
12
赤十字病院
6
小泉病院
11
大慈会病院
11
須波病院
4
ヤクルト
13
さくら保育園
59
あんず保育園
29
カナリア保育園
4
合   計
244

  ② 市立保育所の定員と児童数
 
定 員
児  童  数
4月
入所
退所
3月
1995年度
590
439
88
34
490
1996年度
545
412
95
48
459
1997年度
530
408
128
48
488
1998年度
515
439
110
43
506
1999年度
515
454
98
31
522
2000年度
515
476
60
15
521
2001年度
515
468
85
30
526

2. 保育所を取り巻く状況

(1) 現在、全国で保育所は22,000ヵ所(公立保育所13,000ヵ所・民間保育所9,000ヵ所)あり、歴史的にいっても公立保育所が中心になりながら、働く女性たち子どもの育ちの保障をしてきました。そういう中で働く女性も増え、今では子育てをしながら働くことが当たり前になりつつあります。
   しかし、1970年代から「行政改革」の流れを受けて、民間活力の導入の名のもとに公立保育所は廃止の方向が出され、青森県田舎館村の民間委託に伴い、23名の保育労働者を分限免職にすることが出されて以降、民間委託化が全国的に進められてきました。
   そして、現在では人件費抑制攻撃の中で民間保育所と公立保育所とのコスト論の比較がされ、ますます公設民営化や民間委託化が進んでいます。
   また、2000年度からの規制緩和に伴って、認可保育所の運営は自治体の直営か社会福祉法人しか認められなかったものが、基準を満たせば他の法人でもできるようになったり、建物や土地は自前でなくても賃貸しでも良いとする認可基準の大幅緩和や保育所給食の外部委託や入所定員の緩和、保育士の非常勤職員の増大など競争原理主義の導入の波が産業界だけでなく、育児の分野にも広がってきています。

(2) 三原市においては、84年の「行政改革大綱」に基づき事務事業の見直しや、賃金、権利などの合理化がやつぎばやに行われてきました。
   保育所職場では、①配置基準の見直しによる保育士の削減、②給食の一食あたりの単価が高いので将来的には給食調理員のパート方式の導入、③時間外手当の廃止などが提言されました。
   そうした中で、保育士、調理員の人件費攻撃や10年間の保育士不採用などが行われてきました。
   さらに、「出生率の低下」に伴い、子どもの数が減少したことにより、90年代には、保育所措置率が80%前後を推移して定員割れの状況が続き、同じ中之町内に2ヵ所あった保育所のうち中之町東保育所が廃所になりました。
   三原市は保育所の行政施策として「保育所の整備については、定員等の不均衡の是正と施策の整備・充実」「様々な保育需要に対して、乳幼児の福祉の推進に努める」など、子どもの減少・財政の超過負担の増大など保育所の見直しを図る計画を持っています。
   保育所の入所に当たっては、民間(法人)優先の措置決定、また、国の補助金がつく保育事業(一時預かり・延長保育)についても民間を優先させる。障害児保育も民間を拠点とした施策を取るなど、軸足が民間へと向かっています。
   そんな中、またしても三原市当局は幸崎町内にある無認可保育所の法人格取得にかかわって、必要な土地・建物を無償貸与し、公立保育所の運営を個人立の保育所に任せるという「公設民営化」の提案をしてきています。
   三原市は、2001年11月の市長選挙で新市長が誕生しました。新市長は1996年に「行財政改善に向けての提言」を出した、三原市行財政改善懇談会の会長をした人であり、「民間の経営感覚を行政にいかす。」として当選しました。市長は就任後、新たに行財政懇談会を再度発足させるといっています。
   今後、ますます自治体財政の危機と効率化を前面に出しながら、公立保育所つぶしの攻撃が強まってくることが予想されます。

3. 保育所「公設民営化」を考える

(1) 中之町東保育所の廃所を経験して
  ① 1994年、当局より「町内に2ヵ所、それも近距離に保育所がある」という理由で、中之町東保育所の廃所の提案がありました。市職労としては「職場を守ること」「保護者の地域の中で子どもを育てたい、安心して働きたいという思いや、存続して欲しいという願い」を保育所行政に反映させるため、取り組みをすすめてき、一定の条件を認めさせたものの、廃所提案を撤回させることはできなかったという苦い経験があります。この取り組みの中で「財政的効率化」を追求した当局の考え方に対し、「公立保育所の必要性」「地域に根ざした保育所の必要性」など当局に訴えきれなかった弱さや市民へのアピール不足を痛感し、現在、今ある職場・仕事がなぜ公的でないといけないのか、必要性など「保育」を問い直すことをしています。
    子どもの保育を受ける権利、預ける側の労働権の確立、保育労働者の労働条件の確立という三位一体の運動の在り方を考える時、保育からも利潤を追求しようとしている今の社会の中で、「どんな保育をしていったらいいのか」「どんな保育環境(物的・人的)を整えていったらいいのか」「子どもの生活基盤である家庭・保護者の望ましい生活はどうあるべきか」「保護者の子育てはどうあるべきか」「安心して預けられ、いつでも利用できる保育所づくり」などについて考え実践していくことが重要です。
    社会情勢や保護者ニーズが目まぐるしく変化する中で、長時間保育、一時預かり、育児支援事業など保護者や社会のニーズに応えながらも、一方では、親の子育て能力が低下している現状も直視し、保健士や子育て支援センター、幼稚園、各施設とのつながりをつくり、より良い子育て(保育)をしていく中心的役割を持つことが必要なのではないでしょうか。
  ② 保育のニーズにあわせて
   ア 保育時間の延長について
     保育時間は今まで7:30~17:30までとして、職員が時差出勤をしながら対応してきました。保護者によっては17:30までのお迎えは難しい状況もあったので、そこについては各所で対応してきました。
     しかし、育児福祉法の改正や少子化減少の中で、「育児相談」「土曜日の午後保育」「園庭開放」など、保育所が地域で必要とされることをする必要があると意識統一する中で、保育時間の延長にふみきりました。
     当局は、保育時間の延長について今の社会状況からして18:00までの保育は必要と認めたものの、実施にあたっては、今の条件で対応し、市民に対し積極的にアピールしないというものでした。職員からは不安な声も聞かれましたが、工夫して取り組み、実状によっては当局との協議をしていく方向性をもちながら、1998年5月から保育時間を7:30~18:00までとしました。
   イ 年度末の開所について
     年度末・年度始めの休み3日間についてどう考えていけばよいのだろうかと部会で話し合いを進めている中、当局より「保育所の保育実施について」年度末及び年度始について改正したいとの提案を受けました。「年度末・年度始の3日間の休みは既得権ではないか」「3日間の休みは弱者へのしわよせのみで成り立っていた。当局はまったく痛まない」「保護者のニーズを労働組合として考えていく必要がある」等の考えがありましたが、保育時間について積極的に考えてきたように、意思統一し協議に臨みました。その結果、次のように決まりました。
    ・年度末 3月31日は通常の保育とする。
    ・年度始 4月1日、2日は保育準備のため休所とする。
    (どうしても保育が必要だと保護者のほうから申し出があった場合は所長が相談窓口となり、保育をしていく方向で考える。保育をする場合は弁当を持ってきてもらう。おやつは最小限、できる範囲内でする。)
    ・実施期間は1998年度末からとする。
   ウ 土曜日の午後保育について
     土曜日の午後については、研修時間確保のため一部の家族を除き、保護者に協力のお願いをして保育はしていませんでした。
     私たちは、今の社会情勢の中で利用者の側にたった公立保育所のあり方が問われている中、保護者が安心して働かれる体勢づくりが求められていると痛感しながらも土曜日の午後保育については一歩踏み出せないものがありました。
     しかし今回、「幸崎保育所公設民営化」の提案があり、その闘いを進めていく中で、保護者のしんどい姿は受け止めていても、それに応えようとしなかったことへの反省と、私たちが担っている役割の重要性と責任、いわゆる「公立保育所の役割」を改めて考えた時、土曜日の午後保育は切ってはいけないことをみんなで確認しあいました。
     そして、2002年度から土曜日の午後保育を実施することにしました。今後は、午後保育が必要な家庭全てを受け入れ、不公平感のない内容にする取り組みを進めていくことを意識統一し、次への取り組みへとつなげていきます。

(2) 幸崎保育所(公立保育所)の公設民営化反対の取り組み
   2002年6月、三原市当局は「幸崎保育所の運営見直しを図る」として、2003年4月1日から公立幸崎保育所をなくして、幸崎町内の個人立の保育施設に運営を任せるという提案をしてきました。個人立の保育所は、無認可園なので、三原市当局は幸崎保育所の土地と建物を提供して、法人が認可を受ける手助けをするというものです。
   三原市当局がこのような提案をしてきたのは
  ① 運営の効率化を図り、住民に必要なサービスを提供をすることは行政責任である。
  ② 行政のスリム化及び、行財政改革の観点から、民間で可能な部分は民間活力を導入し、柔軟な保育サービス提供体制を活用して延長保育、地域活動等のサービスの拡大を図る。
  ③ 全市的な要保育児童分布等における適正規模による適正配置は、事業実施上の大事な視点であり、幸崎地域は30名定員規模2ヵ所の認可設置は無理があり、この際「60名定員保育所1ヵ所」としたい。
  という理由からです。
   三原市職労は今回の当局提案に対して
  ① 個人立の保育所が法人格を取るためになぜ公立の保育所をつぶさないといけないのか。
  ② 地域で子どもたちを育てたいという保護者の願い・住民の声を切りすてようとする行政姿勢と子育てについて、三原市として責任を持とうとしない行政姿勢。
  ③ また、これが公設民営化の突破口になるという危機感。
  をもって取り組みをしています。
   この間の取り組みとして、保育所部会全体集会、組合と保護者会との交流会、団体交渉、組織内議員と連携しながらの議会対策、ワッペン闘争、立て看板、街頭宣伝、ビラ配布、署名活動、新聞投書などに取り組んできています。
   前回の中之町東保育所の保護者への対応の弱さを反省し、団体交渉へ保護者会も入ってもらい、当局の対応を実感してもらっています。
   民間とのコスト比較による採算性だけで保育の方向性を決めようとする当局に対して、「何もせずにやられまい」「一人の首切りもゆるすまい」「子どもや親の権利を守ろう」を合い言葉に労働組合のあり方を再点検し、みんなできめてみんなで実践していく労働組合の基本に立って取り組みをすすめてきています。

(3) 今後に向けて
  ① 今後、新市長のもとで公設民営化反対の取り組みをしていくわけですが、今までしてきた街頭宣伝、団体交渉、ワッペン闘争など保育所部会が中心となりながら三原市職労全体として粘り強く取り組みをすすめていくと伴に、幸崎町内会へのビラ配布、町内会での街宣活動など、住民と共に保育所を守っていく取り組みをしていきます。
  ② 規制緩和、コスト比較で民間対公立という構図がつくられ、公立つぶしとともに子育てがもうけの対象となっています。そして、その中で子どもが犠牲になっています。
    私たちは、毎日の保育の中で子どものしんどさや喜びを肌で感じています。私たちは保育のプロとして子ども一人ひとりのことがよくわかっているからこそ、色々なニーズに対応しながらも、子どもを中心にした保育をつくっていくことが必要です。そのためには、行政組織内や市民団体と連携しながら、社会全体で子育てや親育てのシステムをつくっていくことが求められていますし、同時に保育一元化に向けて取り組みを開始する必要があるのではないでしょうか。