【代表レポート】
箕面市国際人権感覚養成モデル事業の
事例から見えてくるもの |
前(財)箕面市国際交流協会事務局次長
(特活)多文化共生センター理事 阿部 一郎 |
|
1. 3つの土壌と箕面市の歩み
今回のレポートでは、箕面市教育委員会と(財)箕面市国際交流協会が複数のNGOとともに企画・実施した『箕面市国際人権感覚養成モデル事業』(以下、モデル事業)を通して、日本の地域社会における多文化共生について考察していきたい。
ここではまず箕面市を例にとって、地域の国際化に対して大きな影響力を及ぼす3つの要因について検証し、その後にモデル事業の報告と成果について述べようと思う。
(1) 地域の土壌
すべての事象を理解するためには、そこに至るまでの歴史や文化背景をしっかりと認識する必要があり、これを飛ばすと事象を正しく伝えることができない。地域の国際化についても同様であり、たとえば箕面市の取り組みを検証する場合でも、箕面市とはどのような街なのか、それまでどのような国際化の取り組みを行ってきたのかを言及することは、必要不可欠な作業である。
箕面市は、他の多くの大都市近郊都市が過去にそうであったように、農業や林業などの第1次産業の街であり、同時に箕面国定公園などで有名な観光都市であった。ところが1950年代から始まった日本の高度成長期には、大阪のベッドタウンとして人口が急増し、さらに1970年に千里で開催された万国博覧会の隣接地として都市化が急速に進んだ。特に東部地域では、大規模な住宅開発が進み、その結果高度成長期に企業戦士として日本の国際化に関わった人々や大学関係者が新住民として加わった。このことは、その後の箕面市の国際化が多くの市民ボランティアによって支えられることにつながっていく。
1979年には、大阪市から箕面市に大阪外国語大学が移転し、箕面市と隣接する吹田市では大阪大学の千里キャンパスが拡充された。1991年には箕面市が誘致する形で、大阪で唯一のインターナショナルスクールである千里国際学園が誕生し、1994年にはこれも隣接する茨木市に国際協力事業団大阪国際センターが移転してきた。
これらの施設はすべて箕面市の東部地域または隣接地域に集中しており、大阪外国語大学、大阪大学、インターナショナルスクール、そして国際協力事業団が、車で10分の範囲の中に点在することになった。そしてその範囲の中心に、箕面市国際交流協会(以下、協会)が設立されたのが1992年のことである。
これらの施設に通う留学生や研修生などの外国人市民と、大学や協会などが保有する国際的機能などが、前述した市民ボランティアと有機的につながる形で箕面市の国際化は進んできた。このような国際資源は、国際化を進める「地域の土壌」とも呼べるもので、全国津々浦々で見られる姉妹都市交流は、いわば違う「地域の土壌」に目を向けたものであることからも、地域のどのような国際資源に着目し活用するのかは、その地域のその後の国際化に大きな影響を及ぼすことになる。
(2) 組織の土壌
これからの地域の国際化の主体は、地方自治体や国際交流協会ではないことはもはや明白である。外国人市民の多様化・定住化につれて、国際化の課題も多様化し、また継続的な取組みが求められる今、地域のさまざまな団体や市民は従来の縦関係ではなく、横関係(ネットワーク)を構築して、課題解決に向けての取り組みが求められている。
そうなると縦関係のとき以上に各団体は、いろいろな段階で他団体と信頼関係やパートナーシップを作っていく必要が出てくる。たとえば窓口となる職員の人権意識が希薄であったり、専門的なノウハウが欠如していれば、相手の団体から信頼を得られることは難しい。また国際交流や国際協力の団体も、広い意味では人権団体であり、セクシャルハラスメントのような重大な人権侵害が起きた場合は、活動そのものを続ける資格すらないと見なされる。さらに組織として、どのようなビジョンやミッションを持っているのかも、相手となる団体から厳しく観察されることになるだろう。
このように具体的な国際交流や国際協力の活動内容を考えるとき、その前にまず活動を生み出す土壌となるべき組織や職員のあり方、つまり「組織の土壌」を見直す必要があるのだ。
(3) 対話の土壌
箕面市の国際交流の歩みを振り返ったとき、行政や国際交流協会はどのような役割を果たしてきたのかを検証することは重要である。大阪外国語大学が移転してきてしばらく後の1980年代前半には、すでに市民による国際交流は始まっていたことから、いわば出遅れた形となった行政は、1987年に大阪外国語大学留学生と市民との交流をコーディネートする活動を、初の国際交流事業として始めた。その後行政は『留学生との交流』をテーマとして、『市民活動の側面的支援』を手法として事業拡大を進め、1992年以降は協会の活動として引き継がれた。
ここで問題になるのは、行政をはじめとする各団体は、今まで地域の様々な国際資源とどのように向き合い、対話の構造を創ってきたのかということである。このことは、今後の行政や協会、NGOやCBO(Community
Based Organization)との関係づくりに深く関わっている。わかりやすく言えば、今まで市民の声に耳を傾けることなく、また時代の流れを予測することなく活動を進めてきた組織が、また組織内部で市民参加を進めるなどの民主的な運営をしてこなかったところが、ある日突然CBOやNGOとの良い関係を作れるはずがないということである。これを、「対話の土壌」と呼ぶ。
国際化の話になると、どうしても具体的な実践事例の発表に終始することが多いのだが、活動を進めるための「アイデア」や「スキル」よりも、むしろ活動を生み出す「土壌」に注目するべきではないだろうか。その中でも、「地域の土壌」においては「NGO・CBO・ボランティア」といった活動の荷い手としての市民、「組織の土壌」においては「人権感覚」、そして「対話の土壌」においては「コミュニケーション能力」がこれからは特に重要になると思われ、これらをモデル事業の中心コンセプトに据えた。
また前述したモデル事業に至までのプロセスの他にも、行政や市民団体による人権の取組みのプロセスもあるが、これについては「月刊・自治研」の2001年11月号に記しているのでご参照いただきたい。
2. モデル事業の内容
(1) 子どもの未来応援キャンペーン
モデル事業では、冒頭でも紹介したように、箕面市教育委員会(以下、教育委員会)と協会、さらには関西に拠点を置く5つのNGOと1つの大学が実行委員会(別表1)を組織したが、その母体となったのは、協会が中心となって進めている国際理解教育活動「子どもの未来応援キャンペーン」(以下、キャンペーン)である。この活動でも、協会は複数のNGOや国際交流協会と実行委員会を構成している。
ここではキャンペーンの具体的な内容について詳しく記述することはできないが、簡単に紹介すればNGOが国際理解教育のプログラムを企画し、協会はそのプログラムを学校などの地域団体に紹介・提案する、そして関係者による数度の協議を経て、学校などで実践するというものである。
しかしキャンペーンは、もともとは国際理解教育の活動が中心ではなく、NGO活動の周知とNGO活動への参加を地域住民に呼びかける目的で1998年に始まったものである。その後2002年より新しい学習指導要領のもと「総合的な学習」が始まることを受けて、国際理解教育の色彩が強まってくるのだが、特筆すべきことは5年目を迎えた本年度も活動は継続しており、実行委員会を構成している団体間の信頼関係は年々強まっていることである。そして教育委員会、というよりは、人権感覚豊かな教育委員会の職員による熱い呼びかけによって、「子どもの未来応援キャンペーン」の実行委員会はモデル事業にも取り組むことになったことをここに記しておきたい。
(2) 内容の特徴
別表2のプログラムを参照していただきたい。ご覧のように活動のスタイルはセミナー形式で、取り上げているテーマも「留学生交流」から「地球市民教育」「国際協力」「多文化共生」など多岐に渡っている。しかもプレセミナーやオープンセミナーも含めると、全18回にもわたる“大作”である。当然のことながら、委員会や協会だけで実施できるものではなく、随所にNGOも主体的に関わっている。実行委員会形式で進められる活動の中には、実際には「事務局」を担う団体だけが運営を担当しており、その他の団体は会議に参加するだけであったり、ひどい場合には名前貸しという場合も多々見受けられる。多少手前味噌にはなるかも知れないが、モデル事業は行政や国際交流協会とNGO・CBOとの「協働」のモデルにもなり得るものである。これがまず第1の特徴である。
第2の特徴は、全セミナーに一貫して取り入れた「参加型学習」の教育手法である。従来からのスタイルである講師が参加者にありがたいお話をするといった講演型ではなく、講師はあくまでも参加者の想いを引き出し、気づきを支援する「ファシリテーター」である。また部屋の中で行われるワークショップだけでなく、積極的に街に出て現場を見たり、当事者の人々と交流するフィールドワークも数回実施した。特に豊田市国際交流協会や日本財団の協力によって実現した愛知県豊田市でのフィールドワークでは、参加者は外国人市民の集住地域に出かけ、日系ブラジル人の方や課題に取り組んでいる現地のNGOから直接お話を聞く機会に恵まれたことで、どちらかと言えば人事になりがちな外国人市民が抱えている課題についてリアリティを持ってとらえることが可能となった。
第3の特徴は、「実践」というキーワードである。知識、情報、最近ではスキルまで学べるセミナーが、全国各地で毎日のように開かれている。しかし、である。これらのセミナーの参加者たちは、日本の地域社会が抱える課題を解決するためにどの程度実践活動に参加しているのだろうか。おそらく彼らは、セミナーに参加することによって課題の現状や背景について一定の知識を持ち、「何とかしなければ」という想いも抱く善意の人々であろう。しかし彼らにとって課題を「何とかする」人は、残念ながら自分でないのである。「想いがあって、しかも何とかしなければならないと感じているのに、なぜあなたは動かないのか?」という質問を投げかけてみると、返ってくる答えはいつも同じである。それは「今は忙しい」なのだ。まるで禅問答の世界にでも迷い込みそうであるが、要はこのような状態を「何とかしたい」と考え、モデル事業の随所に「実践」のキーワードを散りばめた。実際に活動しているNGOのスタッフと語る場を設定したり、NGOの事務所で日々の業務を体験する機会も設定した。最終回には、「自分サイズのNGO活動」と称して、参加者に今できることを考えてもらい、社会を変えるためには市民一人ひとりの実践が大切であることも訴えた。しかし「社会を変えるためには、あなたが変わることが大切」というメッセージは、果たしてどこまで参加者に伝わっただろうか。
そして最後の特徴は、言うまでもなく「NGO」である。全編を貫くこのメッセージは、今後地域社会を変革していくためには、市民が主体的に課題の解決に当たり、市民が決定のプロセスに関わることの重要性を訴えることに他ならない。そのためには課題解決を明確にしたNGOの活動が、地域社会に認知され、支えられ、そして地域住民が参加する形で進められる必要がある。さらにもう少し視野を広げると、地域社会の変革は、地球社会の変革とまさに相互依存関係の中で進められるべきなのである。
もちろん市民やNGOが大きな役割を果たすことは、決して多文化共生の分野に限ったことではなく、街づくりにおけるすべての分野に言えることだ。一般論として述べれば、もはや行政が独断専行する形で、莫大な予算を費やす事業を決定する時代は終焉を迎えつつある。しかし一方で、このような旧態依然とした日本の地域社会の体質は、内部からの努力だけで変化することは難しく、NGOなどの市民活動がもう一方の対立軸を形成することによって初めて実現することである。さらにつけ加えれば、ここに労働組合の新しいフィールドが存在すると考えるのだが、いかがなものだろうか。
これら4つの特徴を持つモデル事業であるが、それぞれのセミナーについての詳しい説明は、参加型学習で進められたこともあり、さほど意味があるとは思われないので割愛する。また参加者の感想の一部を別表3として付けておくので、ご参考にしていただきたい。
3. 多文化共生社会の実現に向けて
モデル事業が実施に至るまでの経過や背景、そしてモデル事業の特徴について述べてきたが、随所に企画者の一人である筆者の想いを盛り込んでいることをご容赦いただきたい。さてこのレポートのまとめとして、多文化共生の今後について簡単に触れておきたい。
日本で暮らす外国人の数は、2001年末現在で177万人(総務省統計)を超え、総人口の1.4%に達している。これには超過滞在者や合法的ではない方法で入国した人を含めていないので、実際に日本で暮らしている外国人は200万人をはるかに超える人数になることが予想される。その中で注目されるのは、外国人市民の「多様化」「定住化」「集住化」の3つの傾向である。
まず「多様化傾向」であるが、国籍別の動向を見てみると、韓国・朝鮮が最も多く63万人で外国人市民全体の36%を占めているが、年々構成比は減少しており、代わって中国が38万人と前年比で4万5千人余り増えており、ブラジル人が27万人、フィリピン人が16万人、ペルー人が5万人と、いずれも増加傾向にある。
また「定住化傾向」については、たとえば日本人と結婚して、たとえば家族を母国から呼び寄せて、また本人は日本で暮らすことを望んでいなくても、さまざまな理由で日本で暮らし続ける外国人は増えおり、国際結婚は婚姻件数総数の4%を占め、在留資格の一般永住を求める外国人も驚異的な伸びで増加している。
さらに近年顕著になっているのは、「集住化傾向」である。都道府県別の外国人登録者数を見てみると、上位10都道府県で全体の7割を占めており、関東、東海、関西の3地域に集中していることが分かる。
このような注目すべき外国人市民の動向があるにもかかわらず、日本人市民や行政はその事実すら知らず、結果として外国人市民が抱える課題に対して無策に近いのが現状である。「言葉の壁」「制度の壁」そして「心の壁」と象徴化される外国人市民が抱える課題は、いずれのも早急な改善が望まれ、特に外国人市民の子どもに対する教育問題は深刻である。モデル事業は、「人権」つまり「心の壁」の部分で、日本社会のマジョリティである日本人市民を主な対象として実施されたわけだが、課題を抱えている当事者である外国人市民にとっては、むしろ「言葉の壁」や「制度の壁」の改善を望む声が強く、特に行政サービスの変革に対する要望は、納税者として当然の権利と言えよう。今こそ、行政とNGO・NPOとの協働による課題解決に向けての取り組みが求められているのである。
※参考文献
「多文化共生」(特定非営利活動法人・多文化共生センター機関紙)
|