【代表レポート】
神奈川における水源環境税の導入について
神奈川県本部/自治労神奈川県公営企業労働組合 小澤 憲司
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1. 新たな地方税
ほとんど全ての自治体において「環境自治体」というキーワードを政策目標に掲げるようになった近年、その多くの政策は実施の時期を迎えたといえる。
神奈川県では、「事業体」としての環境対策と、「自治体」としての独自の環境政策を打ち出すべく、2000年5月に知事の諮問機関である地方税制等研究会(以下、研究会)が「生活環境税制」導入に関する提言を行った。その制度内容はとりわけ「水」と「大気」に対して施策と負担のあり方を検討すべしというものである。この提言(報告)は、後の検討を義務づけるものではないが、負担のあり方として「税」での対応という方向性が打ち出された点においては、県独自課税導入への確実な布石が打たれたと言える。
この背景としては、同年4月に地方分権一括法が施行されたことによる地方税法改正で、住民税や固定資産税、事業税などの地方税税目以外に地方自治体が独自に課税することが出来る制度の裾野が広がっており、それまでの核燃料税などのような、税収の使途に制限のない法定外普通税に加え、新たに使途をあらかじめ定めておく必要のある法定外目的税が設置されたことが挙げられる。
同時に、両法定外税の導入に対して国の関与の仕方が許可制から協議制へと変わったことにより地方自治体の裁量が増し、結果、分権の流れを下支えする課税自主権が拡大したことを考えれば、逼迫した財政状況の神奈川県にとっては未検討では済まされない状況であったといえる。
2. 新税導入へ向けた研究会での検討
水の確保や水質保全をはじめとした水源対策を目的とするならば、どのような施策を行うのかという協議を進め、その後、望ましい負担のあり方が検討されるべきである。つまり、新しい財源の導入が必要かどうかは課題や目的から検証しなければならない。
これまで行われてきた神奈川県における水源環境保全に関わる事業費は、都市基盤の整備や林業振興なども含め、2001年度までの6年間で2,140億円に上り、実に県の一般会計予算の5%程度となるが、その執行は各既存事業に充てられて十分な環境保全への取り組みがなされていないと言える。
個別の既存事業見直しも否定するものではないが、既存事業の本来の目的が環境保全のみに限定されたものは非常に少なく、やはり純粋な環境保全に目的を限定した、新たな枠組みでの施策・目標が必要不可欠となることから、そのための負担のあり方を検討すべきと考える。
実際に研究会では水に関する現在の状況を鑑み、次のような課題を整理した。
まず、「水の安定確保」に向けては、水量を確保した上で森林、ダムや河川環境、地下水の保全を必要とし、さらに「水質の保全」に向けては、水道水源としての水質維持と水源地域での生活廃水対策を必要とした。また、水源環境に関する全県民の意識啓発や上下流域地区相互の連携も並行して行うべき課題であるとした。
このような目標(=施策)の実践に向けて、負担のあり方(=財源)を検討することとなる。
研究会では、一般財源の組み替えや行革などの内部努力と国からの税源移譲、国庫補助金や地方交付税の充実を求めるとしながらも、財源の不足が見られる場合は、県民への十分な説明と理解を前提に、新たな独自負担を県民に求めるよう検討が必要であるという考え方を示した。
具体的には、負担のあり方を考えるまでに次のように行政手法を検討している。
① 行政の直接事業(現行原資内)
② 委託等の契約手法
③ 条例等による規制
④ 広報媒体の活用による啓発
⑤ 水道事業者等の利水者による取り組み
⑥ 環境負荷行為への課税
⑦ 環境保全行為への優遇措置
このうち①と②は、現実的には既存一般財源の組み替え等に伴う行財政改革からの捻出となることから、目的が手法に左右されやすい。③では水源地域での行為限定が中心となり、積極的な取り組みとはなりにくい。④は、いかなる行政手法を用いたとしても重要な組み合わせとして必要だが、単独では現実的な効果は得られにくい。⑤では水道料金等の中で既に負担しているが、水道事業者としての事業経営もあり、県内各水道事業体でそれぞれに取り組んでいることから均衡を欠く場面がある。また、経営状況によっては安定的な事業実施が確保できないなど、安定面での不安材料が残る。⑥の課税を果たす前には、一層の行政改革への努力、国庫補助金や地方交付税に対する国への要求などが求められるが、より積極的な検討を見れば、望ましい財源措置といえる。⑦は⑥の反対で誘導的な税制といえる。
よって、今後具体性をもって議論される水源環境保全施策の積算規模によって、(ア)既存一般財源での対応で可能か、(イ)水道料金での対応が望ましいか、(ウ)税制措置が必要かが決まってくる。研究会では、(ウ)の税制措置を導入する場合でも、さらに3つの手法を挙げて効果と課題を示している。
まず第1に、「県民税の超過課税」による方式である。これは個人・法人共に均等割で乗せるものと、個人は所得割で法人は法人税割とするもののパターンが示された。
この方式は、超過課税により負担をすべての法人・県民で分かち合う前提条件となり、公平な負担が約束されるものの、県民税という、一般行政サービスの財源である為に、受益と負担の関係が示されにくい欠点がある。
第2に法定外普通税が挙げられた。この方式は、普通税として幅広い水源環境保全施策に柔軟に充てることが可能となるが、一方で本来の徴税目的がわかりにくくなるという欠点がある。
最後に法定外目的税が挙げられた。この方式では施策目的と税負担の関係が分かり易く、使途もつかみやすい。税負担をとおして環境意識の向上を図る上では望ましいと言える。
このように、研究会は生活環境税制のあり方に関する報告を「県民の負担」を伴うものとして位置づけている。確かに「負担」そのものを「施策」として活用する側面も意識されていることを考えれば、水源環境保全に向けた行政アプローチを抜本的に見直す大きな契機になることは間違いない。
研究会報告の結びに、一層の県民参加の必要性を訴えて、概ね1年間の内部論議へと駒を進めることになった。
新たな地方税導入までも視野に入れた検討が行われてきたことから、今後も税を取る議論が先行しないよう注視しなければならない。
3. 政策形成過程での見解と要請すべき考え
先述のとおり、県当局と知事の諮問機関において水源環境税(仮称)導入に向けて幅広い協議が重ねられてきた。
労働組合から見ても、水源地域を中心とした環境保全は利水・治水の両面で極めて重要な喫緊の課題である。先の研究会や行政当局ともこの点では認識が同じであることから、今後の議論の方向性に重要な関心を寄せている。
しかしながら、具体性を帯びた行政施策が打出されていない現状にあって法定外目的税の導入議論を先行されては、単なる財源確保案と捕らえられてしまいがちである。
そこで、望ましい協議のプロセスを次のとおり示していきたい。
はじめに、水源環境を保全するために何を行うかを検討すべきと考える。
シンプルな考えではあるが、既存事業の大幅な見直しと望まれる事業経費がどの程度になるか、原点に戻った積算が必要となる。「○○をするために△△円掛かります」といった費用対効果を併記した事業プランを広く県民に示すべきである。議論のスタートは、理想を追求した大胆なプランから始め、その後の取捨選択や現実との擦りあわせも、透明性の高い場面で検討されることが必要である。まさに政策評価システムの実践が問われる場面となる。
理想的な施策が現実味を帯びてきた段階で必要なのは、現在の「規制」との整合性である。水源地域を保全することの目的でさまざまな規制があるが、「上流域のみに負担を強いていないか」などといった、負荷が「特定」されるような施策については財源に直接影響しないものも含めて、この機に見直しが必要となる。
必要な経費が浮き彫りになった段階からは、いよいよ財源確保に協議のステップを移さなければならない。ここで、先述した研究会の報告が布石となるわけだが、いざ徴収となれば熱の入った議論が再燃することは容易に想定できる。よって相当に透明性・妥当性が求められるが、この点で現段階で今後検討が必要とされる項目をいくつか挙げてみたい。
まず、「負担」が与える影響である。
どのような負担であっても、法人・個人を問わず経済上の「機会損失」が問われることとなる。企業はこれまでの費用に加えて社会的費用として負担を負うし、個人は価格の上昇等による負担を負う。しかし、これまで負担していた環境汚染対策に必要だった費用負担がゼロに近くなるとしたら、場合によっては、新たな負担と軽減される部分との比較でメリットを生み出す可能性があることを示していかなければならないし、その需要と供給の均衡点は算出して明らかにする義務があると考える。新たな負担は、これまでの負担の見直し(二重負担の回避)が前提であるということを確かめなければならない。
次に、どのような形で財源徴収をするかが問われる。
何を根拠に負担を算出するかが最重要のテーマとなるが、「水」を対象に考えたとしても、答えは「営みの全て」と考えざるを得ない。つまり、上水道や汚水処理の利用、開発行為など、水循環に因果を持つあらゆる行為に公平に負担が存在しなければならないと考える。その行為の列挙は膨大なものとなるが、その検討には十分な議論を尽くすことを強く申し入れたい。
そして「税」か「料金」か? という議論がまっすぐにぶつけられるが、原因者負担・受益者負担双方の考えにあっても、広く公平な負荷を原則に置けば、料金としてでは徴収の偏りは避けられないと考える。つまり現行制度下では「税」という徴収方法しか選択肢に残らないが、目的を重視しての判断では、適していると言わざるを得ない。
研究会の報告では、税による誘導策も施策として位置づけられている。その点で求めるとすれば、水源地域の小規模自治体における財政基盤をサポートすべく、公共下水道や合併式浄化槽の導入整備支援、上下流域間の交流や協働作業などの啓発も含まれなければならないし、中下流域へは水循環に向けた意識向上が考えられる。
このような検討を進めた上で、徴収権者をどうするかが問われる。条件にもよるが、現在の状況では水道料金への上乗せで徴収することには反対せざるを得ない。
これは、負担意識が低下することと、すべての受益者への徴収が不可能なこと(受益者負担を原則とする水道事業のあり方になじまないこと)。そして、水道事業者として未納税分の負担や税の徴収に関わる費用を水道利用者が負担することとなり、公正な負担が果たせないことからである。では、具体的に今これに代わる徴収方法があるのかと言えば、当然に既存の納税形態以外に該当はないわけだが、納める金額のわかり易さや納付(=環境保全への参加)のし易さは少なくとも確保されるべきだろう。
4. あるべき負担への一考察
持続・再生可能な環境保全が求められている。環境課題は人間の生命期間の短さから即効性のある施策を求めがちだが、水環境問題などは世代を超えて広範な地域で取り組まなければ真の改善に繋がらない課題ばかりである。
一方で「水」を取り巻く環境は「水の商業化」が推し進められようとしている。国際協力事業団のレポートでは、途上国では死因の3割、病気の8割が不衛生な水にあるといわれている。世界資本の「水ビジネス」が招く弊害として、清潔な水にアクセスする権利を低所得者層から剥奪してきた結果といえる。グローバル化の波に乗って非常に短い期間で進んでいる。
今のところ、水に対して非常に豊かな環境にある我々も、環境政策に積極的に関わりをもたなければ、地方公務員を中心に構成される労働組合の役割が果たされているとは決して言えない状況である。健全な水循環の確保や良好な水源環境の保持は、負担と効果をしっかり検証できる組織作りから求めていかなければならない。自治労の提起する「水基本法」の中では、流域を単位とした組織を構築するよう求めているが、その組織と活動を支える財源では、今回の水源環境税構想は切り離せない議論となる。
また、問題の解決には、それを実行する主体(人間)を作り上げるために、まず教育が必要ではないか。様々な環境問題に関わりながら責任ある態度と行動が取れる人間を育成すべく、労働組合も取り組みを進めなければならないと考える。
水源環境税導入によるメリットとデメリットの充分な説明を果たし、導入後の税制の使途をあらかじめ明確にしておくことなどを要件に考えれば、行政任せのままでは、斬新で効果的な展開は残念だが望めない。人材の育成という視点も含めて、広く官民協働の呼びかけを行うことも、重要な協議の要素であることを忘れてはならない。
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