【代表レポート】

吉野川第十堰問題への組合の対応
~組合内でどのような合意形成ができるか~

徳島県本部/徳島県職員労働組合・
エコシステム研究会 藤枝 主市

1. はじめに

 第十堰の可動堰化をめぐる住民運動は1993年9月の第1回吉野川シンポジウムの開催に始まる。以後、1999年2月に吉野川・第十堰可動堰化計画の是非を問う住民投票条例制定を求める署名活動、さらに2000年1月23日の記念すべき住民投票の成功を経て、2002年4月の徳島県知事選挙で市民が擁立し職員組合も推薦した大田知事が大型公共事業の見直しを訴えて当選し、第十堰問題は最終ゴールに近づいた。この間の住民運動は、事業の妥当性を1つ1つ検証した上で代替案を提起したり、さらには「あるべき環境アセスメント」の実現を目指すなど、提案と対話を基調にした住民運動は徳島方式と呼ばれて全国的に注目を浴びてきた。
 しかし、第十堰問題が公共事業全般に共通する課題を浮き彫りにしたことで、徳島県民の公共事業に対する批判が強まった。そして同時に、県行政全般に対する不信感につながり、政治・行政の変革を目指す方向にも住民運動が向かうようにもなった。
 そこで、個人的に住民運動に接してきた経験から、第十堰問題について労働組合の対応、今後どのような合意形成や取り組みが可能かについて、市民の目線に近いところから、また個人的立場で自由に意見を述べることとする。

2. 第十堰可動堰化計画の概要

 第十堰は今から約250年前に別宮川(現在の吉野川)を堰き止め吉野川(現在は旧吉野川)に水を流す目的で造られた。もともとは青石組でできた洗堰と呼ばれる高さの低い堰であった。ところが、昭和30~40代の高度成長期に大量の川砂利が採取されたことによって、川底が低下し第十堰が度々損壊した。復旧には強固なコンクリート構造が用いられたため、一部に青石組を残すものの大部分がコンクリートで覆われてしまった。
 国土交通省はこうした歴史を持つ第十堰を撤去し、新たに可動堰を建設することを計画した。いわゆる可動堰化計画であるが、国土交通省によると可動堰への改築を必要とする理由は主として次の3つである。

(1) 老朽化
   現第十堰は老朽化しており、損壊するおそれがある。

(2) 堰上げ
   固定堰(河床から約4m突き出した構造物)であるため、洪水流下に支障となり、堰上流の水位が高まり、計画高水位(堤防の危険ライン)を最大で42cm上回り堤防の安全性を脅かす。このため、固定堰を撤去する必要がある。

(3) 深掘れ
   第十堰は斜めゼキであるため、堰下流右岸に深掘が生じ、堤防の安全を脅かす。

3. 市民団体が可動堰化に反対する理由

 これに対して、市民団体から以下のような反論があがるとともに、事業の進め方、情報提供のあり方に対しても疑問の声が起こった。

(1) 可動堰化計画そのものについて
  ① 可動堰化の必要性に対して
   ア 老朽化
     これまでの補修によって、堰の大部分が強固なコンクリート構造に改修されたため、近年は損壊することはなくなった。したがって全面改築は無駄であり、老朽化に対しては部分補修で対応すべきではないか。
   イ 堰上げ
     国土交通省が計画高水位(堤防の安全ライン)を越えるとしているが、水位計算そのものに問題がある。また、仮に正しいとしてもその量は僅か42cmある。
   ウ 深掘れ
     深掘れは斜め堰だけが原因ではなく、川が蛇行していることや砂利採取が原因である。また、深掘れはどこでも起きる現象であり、根固め補強で対応可能である。
  ② 自然環境の悪化やふれあいの場、歴史・景観の破壊
    可動堰化により、巨大な貯水池ができ水質の悪化が起きること、施設付近は立ち入り禁止となるなど、ふれあい空間がなくなる。また、250年間存在してきた歴史的建造物が失われるとともに、吉野川に巨大な構造物ができることで自然環境が損なわれる。
  ③ 巨額の事業費が必要
    可動堰化には約1,000億円の建設費と年間7億円の維持管理費用が必要となり、将来世代に負担を押しつけることになる。これに対して、堰の補修や堤防補強は約200億円(市民団体の試算)と僅かの費用で済み、可動堰化は非常に不経済である。

(2) 事業の進め方や情報提供について
   国土交通省の情報提供や事業推進のあり方に対して、住民団体は「可動堰化推進に都合の良い情報でしか出さなかったり、あるいは洪水の恐怖を煽ることで反対意見を封じ込めようとする」と批判した。
   また、国土交通省は第十堰改築事業の必要性などを審議するとともに民意を反映させることを目的に、第十堰建設事業審議委員会(以下審議委員会)を設置した。この審議委員会についても、別の住民団体は委員構成が推進側に偏っていること、審議の進め方においても国土交通省いわゆる推進側の説明を聞くだけで、住民が対立意見を述べる機会はほとんど与えられず公平性を欠いていることの問題点を指摘した。

4. 住民投票に向けて……(吉野川の未来は自分たちで決めよう)

 住民団体は第十堰建設事業審議委員会が、住民側から出された様々な疑問に答えることも住民意見を反映させることもなく可動堰推進の決定をしたことに大きな憤りを募らせた。そして、「吉野川の未来は自分たちで決めたい」として、徳島市民が中心となって住民投票を求める運動へと展開していった。
 98年11月に始まった吉野川・第十堰可動堰化計画の是非を問う住民投票条例制定を求める署名活動においては、直接請求に必要な法定数(有権者の50分の1=4,163人)を遙かに超える101,535人の署名が集まった
 そして、住民投票条例案は一度は徳島市議会で否決されたものの、紆余曲折を経て2000年1月23日に住民投票が行われることが決まった。しかしながら、吉野川・第十堰可動堰化計画の賛否を問う住民投票は、可動堰化を推進する保守系議員の意見によって、投票率が50%を下回った場合は開票しないという条件が付されていた。
 このため、可動堰化を推進する人たちは、投票をボイコットすることによって住民投票そのものを成立させない運動をした。しかしこのことが返って市民の反発を呼んだり、危機意識をもった市民団体が中心となり投票呼びかけたことによって、投票率は50%を上回る55%となった。開票結果は可動化反対が9割を超すものであった。

5. 労働組合の環境問題への対応……(できたこと、できなかったこと)

(1) 第十堰改築事業に関して
   県職労は職場内に公共事業に関わる職員がいること、職員の意識としても推進か反対か相半ばすることが予想されたことから、第十堰問題に関わることで組織が分裂することを恐れたようであった。このため、第十堰問題では個人として参加することは自由であるが、組織としては関わらないという対応をとっていた。
   しかし、住民投票の成立に向けては、機関誌で住民投票への参加を呼びかけた。また、県職労に表現の自由や民主主義を守る姿勢が見えたので、批判を恐れず署名活動において受認者となって署名を集める職員も現れた。さらには、積極的に市民運動に参加する職員も存在し、そうした職員を通じて県職労の存在が少し市民に見えたように思う。

(2) 制度・政策研究活動の一環としての環境保護の取り組み
   個別の事業に対して賛否を問うたり、関わるといった運動を行うことは困難であったが、広く環境を守るための活動を制度・政策研究活動の一環として行ってきた。
   県職労は自治体労働者の立場から、制度・政策研究活動を「県職労自治政策研究会議」として取り組むことを第80回定期大会(1994年)で決定している。その1つの研究会が「エコシステム研究会」で「徳島の自然環境を守ること」をテーマに組織内外の参加者も得て学習・研究・実践活動を行っている。
   1996年8月水郷水都全国会議が徳島で開催された際には、エコシステム研究会は分科会の1つである「川と技術」担当し、徳島県民とともに会議の成功へとつなげた。
   高速道路の建設に伴う環境対策の一環として、道路斜面へのエコロジー緑化を学校関係、地域住民等約1,000名とともに、1997年から植樹祭という形式で5回行ってきた。なお、この植樹祭には、県職労のボランティアスタッフ約100名が活躍している。

6. 大規模公共事業に対してどうあるべきか……(反省の意味を込めて)

 結局、県職労としてできたことはエコシステム研究会活動を通じて、職員の意識改革や地道な自然再生の活動であったり、賛成にしろ反対にしろ個人として自由に表現できる民主的な環境を醸成することであったように見えた。
 現在、第十堰問題を巡る厳しい対立は終局に近づき、今だからどうすべきだったかについて冷静に判断することができる状況になった。そこで、大型公共事業に関する職員への簡単なアンケート調査結果も紹介しながら考察することにした。

(1) アンケート調査結果について
   徳島県では第十堰問題以外に空港拡張やマリンピア事業など大型公共事業がある。そこで、こうした大型公共事業について、土木職場や林務職場などの組合員に対して定期大会などを通じて、意識調査を行っている。ただし、調査対象となった組合員は組合活動に協力的な若手職員で、問題意識や批判精神が旺盛とも考えられ、職員全体の意識を完全に代表してはいない。
  <調査結果(回答者数 93名(内土木職場 39名))>
   ・住民への説明は十分であったか

   ① 十分である
   ② 不十分である
   ③ わからない、どちらでもない
6名(5名)
52名(24名)
35名(10名)
  ・大型公共事業についての意見は
   ① 事業は計画どおり進めるべき
   ② 見直すべきだ
   ③ わからない、その他
28名(14名)
42名(20名)
23名(5名)
  ・計画を見直すべきとした理由について(複数回答)
   ① 県民の支持がない
   ② 自然破壊が起きる
   ③ 事業効果が低い
   ④ 財政負担が大きい
12名(3名)
12名(5名)
16名(9名)
22名(12名)
  ・組合として今後どうすべきか
   ① これまでどおり関わらない
   ② 提言を行う程度の活動
   ③ 積極的に取り組む
28名(11名)
36名(13名)
29名(15名)
  ・住民団体と労働組合の関係について
   ① 積極的に連携する
   ② 自然体で接する
   ③ わからない、その他
28名(11名)
57名(22名)
8名(6名)

(2) 調査結果について
   アンケート結果を分析すると、まず住民に対する説明は十分でなかったと考えている職員が非常に多いということである。これは住民との合意形成を十分に図ってほしいという気持ちが表れたと考える。次に、大型公共事業について聞いたところ、見直しを求める意見がそのまま推進するという意見を上回っていた。理由については、財政問題をあげる割合が高かった。
   また、組合としても大型公共事業に対して、問題点があれば提言を行ったり、積極的に取り組むべきとの意見が、これまでどおり関わらないでよいとした意見を上回った。しかし、住民団体との連携については自然体で接するという意見が多かった。
   この結果から大型公共事業については、住民合意を得るための努力が必要と考え、労働組合にも何らかの活動を求める組合員が多くなってきたと言えよう。

(3) 労働組合として今後の取り組みは
   第十堰の可動堰化計画では、住民からは事業計画そのものが巨大な施設整備に偏重しているように見えたこと、合意形成に向けての情報提供のあり方や事業者とは異なる価値観を持った住民意見を事業計画に反映できなかったという点で問題があった。このため、事業者がいくら推進のために努力をしても理解が得られなかった。どのように住民の合意を得るかは第十堰問題だけでなく、他の公共事業にも共通する課題であるように思える。
   こうしたことから、1つには事業計画をどのようにして民主的に決定するか、情報提供のあり方や住民意見をどのようにしてくみ取るかといったことについて、住民の立場に立ったルールを確立することが課題となっている。もう1つは事業計画そのものの妥当性について、第3者による客観的で公平、しかも透明性の高い評価システムが求められる。これらは住民の意見が反映できるよう計画の早い段階から取り組む必要がある。
   同時に「住民のために」という方向で職員の意識改革を進めることが非常に重要で、それが伴わないと制度はできても、従前と同じく住民の合意を得ることは相変わらず困難な状況が続くと予想される。また、住民要望に機敏に対応するためには地方分権や補助金改革等を進める必要がある。さらには職員の人件費を確保するためには多くの事業費を消化しなければならない、いわゆる「事業費職員」ともいうべき制度上の問題も存在し、これもハコモノ事業を増大させる一因にもなっている。
   こうした課題について具体的な政策提言を行い、県民から支持される公共事業の実現に取り組むことは労働組合が社会的責任を果たすということだけでなく、行政ひいては職員に対する信頼を回復する上で重要になろう。第十堰問題を通して公共事業をめぐる厳しい状況が顕わになったが、これは組合員の共通認識になったと想像している。このため、個々の事業についての取り組みは、当事者となる場合もあり難しいとしても、一般的な課題の解決については組合員に受け入れやすくなっていると考える。

7. 終わりに

 第十堰問題にかかる住民運動は県行政全般にまで影響を及ぼすほどの存在感を示すようになってきた。これは、巷でささやかれているような単に環境問題から可動堰化に反対する運動にとどまったのではなく、「持続可能な郷土の未来を造るため、情報公開、自己決定、自己責任の原則により徳島に県民主体の本物の民主主義を育て広げる」(県民ネットワーク「民主主義のがっこう」規約)運動にまで高めていったことが、広範な県民の支持を得たことである。
 県職労運動と「徳島に真の民主主義を確立」しようとする住民運動とは一致する部分が多くあり、住民投票運動などを通じて住民との関係を維持できたと考える。また、環境を守る取り組みなど県民のための行政の実現にも力を注いできた。だが、個別の大型公共事業には関わらないという対応が、住民から社会的責任を果たしていないように見られたことは非常に気がかりである。
 しかし、労働組合が「表現の自由」を守ることに取り組んでいることは大いに評価されてよいと考える。その上で、今後の課題として大型公共事業に対しても活発な議論ができる場を設けたり、組織内外のネットワークを活用し合意形成に向けた役割を果たすことを期待している。