【代表レポート】

地球温暖化対策「長野モデル」
~第1次提言書~

信州・地球温暖化対策研究会

1. 2010年の長野県

 峠を越えると他ではあまり見かけない木製のガードレールが目立ち、長野県に入ったことが分かります。
 そう言えば、信号機も省エネ型で見やすい発光ダイオード製が使われているようです。学校や公共施設等の屋根には必ずと言っていいほど太陽光発電太陽熱温水器がみられます。教室の机や椅子も県産材製のものだとか。
 車窓に広がる唐松林は以前に比べてずいぶん手入れが行き届いているように感じます。
 間伐材をペレット燃料として利用し始めてからのことと聞きました。帰りに立ち寄る友人宅も県の融資制度を利用した県産材利用の省エネ住宅と聞いています。地場産エネルギーの利用地産地消ができるなんて、都会に住む私達からすれば羨ましい限りです。
 今は朝のラッシュ時のはずなのに、長野市内の車は意外なほど少なく、スムーズに流れています。マイカー通勤を半減させ、公共交通機関に切り替えた結果だとバスの運転手さんが説明してくれました。観光地に入ってもバス等は優遇されているので、快適な旅が楽しめます。さっきから思っていたんですが、長野県には飲料用自動販売機が少ないですね。
 観光地はもとより市内でも街並みがすっきり美しく見えるのは、そのせいかもしれません。それから、コンビニや大型店舗なども午後11時には店を閉めるそうですね。信州の美しい星空も、今回の旅の楽しみの1つなので、期待できそうです。
 さっき立ち寄った書店で買った経済誌に「長野県の産業界は、企業ごとに温室効果ガス削減のための自主計画に取り組み、省エネ・省資源を実現させたおかげでコストも削減でき、企業益も上がって、県内経済の活性化にも役立った」と書いてありました。
 そう言えば友人が言ってましたっけ。「長野県は変わったよ。ここに暮らしてほんとうによかった」と。

2. 提言の趣旨

(1) 温暖化防止へのアプロ-チ
   日本は資源のない国だと言われ続けてきましたが、本当でしょうか。
   石油など地下資源に乏しいわが国は、反面、世界一の緑の循環系の中にあります。
   中でも私たちの住む長野県は、全国トップレベルの日射量と、県土の78%を被う森林、そこから沸き出る豊富な水等、太陽の産物である豊かな自然に恵まれています。
   然るに、20世紀の後半は、これら足元にある資源を生かしきれずに、無いものねだりをしながら、都会的な文明を追いかけてきました。そして、地球温暖化。
   これからはちょっとだけ時間と手間をかけてみる。そんな贅沢を楽しみたいものです。
森林が再生し、河川が豊かさを取り戻し、田畑が潤い、食料とエネルギーの自給が県民の共通目標となった時、脱温暖化型社会が見えてきます。
   その時きっと、心の豊かさも取り戻していることでしょう。

(2) 現状分析から長野モデルづくりへ

   COP3以後、国の温暖化防止策が講じられてきたにもかかわらず、温室効果ガスは現在
もう既に、90年レベルから6.8%も増加しています(全国値)。また、長野県においては12.6%と全国値に比べ高い伸び率を示しています。
   根本に手を付けずに、国民に対して最終段階での節約を呼びかける、従来からの普及啓発型防止策の限界が、はっきり見えてきたと言えると思います。
   今私たちは、改めて我が国の地球温暖化問題に対する責任を自覚し、具体的な削減を着実に実行していく必要性を痛感しています。
   これらの点を踏まえて、長野県地球温暖化防止活動推進センターでは、県内の学識経験者、NPO、企業、行政などの16名の委員からなる「信州・地球温暖化対策研究会」を設け、更に、委員以外の多くの方々の協力を得ながら、主に、温室効果ガスの約90%を占める二酸化炭素の排出を削減するための長野県における温暖化対策について検討してきました。その結果として、ここに、提言として、4項目を挙げ、「長野モデル」として発信します。

3. 温室効果ガス削減の長野モデル

私たちはこう減らす!

 全国トップレベルの日射量、豊かな森林など信州らしさを見つめる中で、私たちは2010年の実現を目指して私たちらしい脱温暖化のための取り組みを始めます。そして京都議定書に定められた責任を果たします。
 これが私たちの温室効果ガス削減“長野モデル”です。

(1) 信州らしさを極めてゆく中で見えてくる脱温暖化型社会
  ① 地場産再生可能エネルギーの活用による削減
   ア 県内全ての小中学校、高等学校に10kW以上の太陽光発電を導入する。
   イ 県内のすべての小中学校・高等学校の暖房にぺレットストーブもしくはぺレットボイラーを導入する。
  ② 地場産再生可能資源の活用による削減
   ア 県産材利用住宅の普及、ガードレールへの県産材使用等、県産材を積極的に使用する。
   イ 県内全ての小中学校・高等学校の机・椅子を県産材製のものとする。

(2) ライフ・スタイルの転換を促す新しいシステム創り
  ① 自動車中心の交通手段からの転換による削減
   ア マイカー通勤を市部で50%、郡部で25%削減する。
   イ 公共交通機関や自転車を利用しやすい交通体系を創造する。
  ② 省エネルギー施策による削減
   ア 県内全てのコンビニエンスストアー、郊外型大型店舗の営業時間を午前6時から午後11時以内とする。
   イ 県内の飲料自動販売機設置台数を半減する。
   ウ 県内の水道凍結防止対策をエネルギー非使用のものとする。
  ③ 経済的手法の導入による削減
   ア 長野県独自の環境税を導入する。
   イ 削減活動に対し経済的支援をする。

(3) 削減こそ企業益・地球市民益との認識に立った産業活動
  ① 産業界の削減自主計画の強化と排出量の把握等による6%削減
   ア 一定規模以上の企業は削減目標達成のための計画を策定し、公表する。
   イ 海外生産分も含めた企業(一定規模以上)の温室効果ガス排出量報告公表制度を確立する。
   ウ 製品等についてライフサイクルアセスメントを実施し、それに基づく改善を図る。
   エ 新エネ・省エネ機器の技術開発を支援する。

(4) 県全体で脱温暖化施策に取り組み、確実な実施を推進するための体制
  ① 県および市町村に部局横断的な温暖化対策専門部署を設置等
  ② 自治体などの全ての事業について財政面だけでなく温暖化防止など環境面からのチェックを実施
   ア 全ての事業について温暖化アセスメントを実施し、結果を公表するとともに、排出抑制策のコンサルティングや技術支援・情報提供などを充実させる。
   イ 公共建築物及び一定規模以上の事業所は、建物そのもののみならず、その建物の使い方を含めた温室効果ガス削減計画を提出し、実績を毎年公表する。
  ③ 地球環境の未来を洞察し、新しい社会を構想する力を培う環境教育・環境学習の推進

コード番号 1―(1)― ① プロジェクト名 地場産再生可能エネルギー対策
目  標 県内全ての小中学校、高等学校に10kW以上の太陽光発電を導入する
削 減 量  2010年算定結果 1999年算定結果
2,496tCO 2,567tCO
提案理由 * 長野県はNEFがまとめた太陽光発電の都道府県別年間発電力量実績で全国第9位。中でも東信、中信地方は全国トップクラスの適地である。
* 小中高校生に環境教育の一環として、身近で再生可能なエネルギーを創る事を体験させる事ができる。
目標達成のための施策 ① 設置者において、予算措置をするように促す。
② モデル地区を設定し、順次施行する。
③ 太陽光発電設置ファンドを設立し、建設資金を学校に提供する。(売電によって得られた収入から出資者へ配当)。
克服すべき課題 * 民間の設置実績は、人口あたりで見ると全国1位。これに対して公共施設での設置が著しく遅れている。
副次的効果 * 太陽光発電は、増設が容易である。
* 10kWの設置を呼び水に、各校、記念事業などを利用し自前での増設が期待できる。
* 授業の一還として設置工事に参加するなど、環境保全行動の機会を得られる。
* 子ども達の意識が高まる事による各家庭への効果が期待できる。
* 災害時における非常用電源として活用できる。
提案を裏付けるデータ  「長野県新エネルギー活用指針」(H・11年長野県企画局)
* 1995年──2000・3月都道府県別1kW当たりの発生電力量と売買電量(NEF資料)

4. 温室効果ガスの削減目標

 国際社会における約束である京都議定書の遵守のためには、全国で6%の温室効果ガスの削減を行わなければなりません。この目標は森林によるCOの吸収や国際的な排出権取引などを含めて達成されるべきものとされていますが、私たちは、長野県においては森林吸収による削減値に頼らない、信州らしい形で6%以上の削減目標達成を目指すべきだろうと考えます。

温室効果ガス排出削減目標 6%以上(1990年比)
  (1990年に比べ、1999年は12.6%増加しているため、上記目標を達成するためには、1990年の排出量の18.6%(6.0%+12.6%)削減する取り組みをこれからしなければならない。)

目標年 2010年
  (京都議定書第1約束期間2008年~2012年中間年)

削減目標達成のための取り組み

*温暖化防止長野モデル 16.2%(1990年比)
   (3.で述べられた信州らしい温暖化防止の取り組みのうち、削減量が計算可能なものが14.0%、企業の自主的取り組みによる削減量を2.2%(産業界のCO排出量の6%は全体排出量の2.2%相当)とした。これらにより、16.2%の削減を図る。)
*国の地球温暖化対策に準じた取り組み 2.4%(1990年比)
   (国が2002年に決定した地球温暖化対策推進大綱による取り組みについて、長野県内においても、これに準じた取り組みの推進を図る。

5. 削減対策の推進体制

<基本的な考え方>
 長野モデルの各施策に長野県らしい特徴を持たせるとともに、その施策の進め方にも特徴を持たせ、長野モデルを確実に実施します。その特徴のキーポイントは次の5つです。
  ① 各主体は温暖化防止施策に対して責任ある部署を設置。特に県は、リーダーシップをもって長野モデルの推進。
  ② 温暖化アセスメントを徹底し、排出抑制コンサルティングを普及。
  ③ 計画と実績およびデータの、把握と公開を行い、課題と方針を県民が共有。
  ④ 民産官学、幅広い県民層で議論を進め、衆知を集めて具体的対策を立て実行。
  ⑤ 対策実施を支援する仕組みを作り、県民自らのアイデアで温暖化防止を進める風土や環境の創造。

(1) 温暖化対策担当部署の設置
   県は温暖化対策の専門部署を設置し、市町村も温暖化対策窓口を設置する。企業・法人においても、温暖化対策担当を明確にする。
   県は市町村及び企業などの対策責任部門に対しリーダーシップをとり、さらに必要な技術的支援を実施する。

(2) 目標達成のための進行管理
  ① 温暖化アセスメントの徹底
    事前評価・予防策の必要性を認識し、温暖化アセスメントを徹底する。
  ② 排出抑制コンサルティングの普及
    対策の円滑な実施を促進するために、技術的支援や情報提供などのコンサルティング事業を普及する。
  ③ 温室効果ガス排出状況の把握と公表
    県内の温室効果ガス排出状況を部門別に把握する体制を整え、目標値に対する排出状況を公表する。
  ④ 計画の策定及びその進捗状況の把握と公表
    自治体は対策計画を策定し、計画の進捗状況を定期的に把握・公開し、課題を明確にする。
    企業・法人は計画を策定し、計画の進捗を公表する。
  ⑤ 情報提供
    温室効果ガス排出状況及び計画の進捗状況のみならず、温暖化の現状や、有効な温暖化対策例など、温暖化に関する情報を広く公表・提供する。
  ⑥ 見直し
    目標年次である2010年に向け、温室効果ガス排出状況、対策の実施状況、社会経済情勢の変化、国内外の動向等を踏まえて、広く県民の意見を把握し、追加的な削減策を随時盛り込みながら、見直しを実施する。
    初回の見直しを2004年に行い、その後、2007年、2010年に見直しを実施。

(3) モデル市町村の指定
   施策の内容に応じてモデル市町村を設定することにより、県と市町村の連携を密にして、モデル基礎自治体の市民、企業も参加し、先導的な取り組みを推進する。

(4) パートナーシップ組織の設置と計画推進
   以上の推進体制が機能し、計画が確実に進むよう、県民、企業、市町村、県からなるパートナーシップ型推進組織を設置し、計画の実地状況の点検を実施する。また、各個別施策の実行計画も策定する。

 以上が温暖化防止対策「長野モデル」の抜粋です。全文は以下でご覧いただけます。
 http://www.janis.or.jp/users/nace/
 (長野県環境保全協会)

 なお、この提言を研究会として田中康夫長野県知事に提出したのは5月27日(月)でした。知事はこれを高く評価し、翌日から徒歩通勤に切り替えました。またこの後の6月県議会初日の議案説明においても、冒頭で本提言書について以下のように述べました。
 「過日、信州・地球温暖化対策研究会から「地球温暖化対策『長野モデル』第一次提言書」を頂戴(ちょうだい)しました。県内の経済人が数多く集う長野県経営者協会、長野県環境保全協会、長野県トラック協会等の代表と、一般市民やNPO、信州大学の研究者らが議論を重ねて纏(まと)めたものです。その内容は、大変に刺激に満ちています。
 <略> 趣旨を冒頭で述べ、目指すべき具体的な姿を記しているのです。
 <略> 数々の提言は、時計に代表される精密機械のメッカとして“東洋のスイス”と呼ばれた長野県が、21世紀において目指すべきは“日本のスウェーデン”であると示唆しているように思えます。」
 さらに、長野県議会での不信任決議を受けての失職後の知事選では、選挙公約のなかに「二酸化炭素等の排出を削減するために『長野県地球温暖化防止条例(仮称)』を制定し、“日本のスウェーデン”を目指して規制内容や技術基準を具体化します」とうたいました。
 田中知事が再選されたことで、この「長野モデル」を基にして温暖化防止対策が、長野県において取り組まれていくことが期待できます。