【論文】

第37回土佐自治研集会
第2分科会 まちの元気を語るかよ~町ん中と山ん中の活性化~

 これまで提言してきた「環境支払い」を、具体的に行政施策に落とすことを想定して、制度の組み立て、必要な財政規模、財源確保の可能性等シミュレーションしてみた。その結果、支払額に上限を設ける当面の制度設計に必要な予算は5,903億円で、一方、その財源は現行事業の組み替えで7,553億円まで確保できると試算したため事業の拡大も可能と考えられた。



環境直接支払いを軸とした、農業・農村政策の模索
―― 政策提言の実現を見据えた必要予算・財源確保を
シミュレーションしてみた ――

茨城県本部/茨城県職員労働組合連合・自治体"農"ネットワーク 須之内浩二

1. 自治体"農"ネットワーク(農ネット)が提唱する「環境支払い」制度

(1) はじめに
 自治体"農"ネットワークは、1994年に「自治体みらい農業政策提言」で「人が地域で人間らしく生きるために最低限必要な農的環境を守り育てるしくみづくり」を提言し、運動を展開してきました。また、2014年には、政策提言No.3「環境支払い提言編」を発表し、具体的な制度、直接支払いメニューを世に出しました。
 この論文では、提言を実際の施策に落とし込むために、必要な予算、財源などのシミュレーションを行いました。

(2) 環境支払い制度の全体像(政策提言No.3)
① 従来の政策と大きく異なる三つの点
 ・農業の非経済的な価値が地域と国家を支えていることを評価する
 ・地域の実情と発想と工夫を重視し、地域に評価委員会設立
 ・多彩なメニューから農家自身が選択して請求する
② 地域環境評価委員会の設立
 ◎地域の判断で支払い対象、内容を決めます

委員会構成単位役割・活動内容
地域環境評価委員会集落地域環境保全計画立案・アグリチェック実施
地域の環境支払内容を定め広域委員会へ報告(提言)
広域環境評価委員会 市町村(JA、農委、普及等)「地域環境支払」を検討決定。県委員会へ報告
環境支払の上限額を定める
都道府県環境評価
委員会
都道府県環境支払の効果測定を目的に監査実施
必要に応じて、広域委員会へ提言
環境支払審議会 国(農家、消費者、学者、NPO等)環境支払メニューを検討、地域へ提言・普及
県委員会提言を検討し、国の政策へ反映

③ 支払いの構成
 ◎ふるさと支払い(基礎支払い)    農地の保全等基礎的な支払いです。
 ◎めぐみ支払い (多面的機能支払い) 農的環境の構成要素ごとに項目を設定します。

④ めぐみ支払いの具体的なメニュー
 ○グループごとに支払いメニューを決め、支払い単価を設定します。

(水田の例)
 支払い対象内      容
生物多様性の保全水田の生き物調査 20,000円/農家 等
伝統技術の保全 レンゲの緑肥栽培5,000円/10a、架け干し10,000円/10a 等
環境技術の実施 有機農業50,000円/10a、輪作10,000円/10a 等
農家自らの調査研究の実施 土壌、水質分析5,000円/農家、環境技術試験田50,000円/10a 等
風景の保全・創造 畦、農道への植栽2,000円/10a、緑地空間50,000円/10a 

⑤ 支払い対象
 ア 水田作の営みへの環境支払い
 イ 畑作・果樹作の営みへの環境支払い(茶園や花の栽培も含む)
 ウ 畜産の営みへの環境支払い
 エ 農家の経営・暮らし・集落の活動への支払い

2. 農業保護の国際比較

 日本の農業は過保護との批判があります。たしかに米・麦など重要品目で高関税が残っていることが目立つのでしょう。でも、農業保護政策は欧米など輸出国でもとられていて、日本の農業保護額は必ずしも高額ではありません。農業保護の質の違いに目を向ける必要がありそうです。
 WTOをはじめ、貿易自由化交渉の中で特に問題にされる保護策に、高関税によって国内農産物の価格を維持する政策があります。かつて日本の農産物は、関税による価格維持の政策をとってきました。一方EUは、価格競争力を強化するため、関税引き下げによって農産物の価格を引き下げる政策に転換してきました。その国内対策として直接支払いにより農家の所得を補償する政策に転換してきたのです。つまりこの過程でEUの国内補助金は、生産を刺激する「価格支持」政策から農家の所得を支える「直接支払い」にシフトしてきました。このような農業保護策は、WTOのルールでも削減しなくてもよい「緑の政策」と認められてきました。

3. 日本型直接支払いの現状

 農業保護を関税に依存する政策を続けてきた日本ですが、欧米各国の直接支払い拡大の動きや、環境保全型農業の浸透などにより、直接支払い制度が生まれてきています。また、農業保護予算が農家に届かない(農家所得につながらない)という問題意識も強まってきました。
 このようなことを背景に、農業のもつ多面的機能、環境保全機能に対する支払いや、農業者戸別所得補償制度のように、経営を持続するための基礎的な所得に充当する直接支払いも予算措置されました。

(1) 日本の直接支払いの歴史
① 日本型直接支払い導入の経緯
 新たな基本法制定により、農業政策に「環境保全」が位置づけられることになり、翌年日本で初めての直接支払いである「中山間地等直接支払」制度が始まりました。
 日本の環境支払いの構図は、(ア)条件不利地の中山間地支払いからはじまり、(イ)農地及び関連施設の保全に対する支払いが続き、(ウ)環境に配慮した農業への支払い、が辛うじてぶら下がっているというかたちです。
② 日本型直接支払いの現状
 日本の制度における基本的な考え方は、「中山間地を始め、効率の悪いことによるかかり増し経費の部分を税金から補填する」性格をもっています。税金から支払うため、国民の理解を得るための努力が必要です。しかし、何をもって国民の理解を得るかが重要で、しっかりした議論が必要です。
 我々は、農の持つ国土保全、環境保全の機能や、農業生産活動によって育まれる生物や景観、農をとおした人間の社会活動によって育まれる地域の文化など、ひっくるめて「農的環境」と呼んでいます。農的環境を支える農の営みに、お金にならないものも含めて価値を見出し、それを直接支払い(環境支払い)で支えるべきだと考えています。その観点からみると、日本の制度は、おカネで説明しやすいところから手をつけたものになっています。
 2017年度の日本型直接支払いの財源は以下のとおりです。
 ・多面的機能支払     482億5,100万 円 (62.7%)
 ・中山間地域等直接支払  263億     円 (34.2%)
 ・環境保全型農業直接支払  24億1,000万 円 ( 3.1%)
  ※(参考)農林水産省2017年当初予算は、2兆3千億円。

4. 環境支払いを利用した農業経営のイメージ

 農ネットが提唱する環境支払いメニューにもとづいて、平均的な水稲農家の経営をシミュレーションしてみました。水稲単作では、2~3haの規模がないと所得は発生しません。この経営の場合、兼業収入をつぎ込むことで経営が持続可能となります。小規模兼業の仮想経営1では、直接支払いがなければ70,000円の赤字のところ、640,000円の所得を得られることになります。そうすることで、兼業経営の継続が可能となります。水田12ha中規模専業の仮想経営2では、282万円の直接支払いによって、所得590万円と、50歳代サラリーマンのレベルが確保できます。

表1 環境支払いに取り組む経営のシミュレーション例
氏  名(仮想経営1)(仮想経営2)
経営類型
耕地面積 ha
水稲 ha
転作田 ha
経営概況  販売額 円
      経営費 円
      環境支払い
      農業所得円
水稲単作(兼業)
2.0
1.5
0.5
2,060,000
2,130,000
710,000
640,000
水稲単作(専業)
12.0
10.0
2.0
13,200,000
10,094,300
2,820,000
5,925,700
(環境支払い除く所得3,105,700)
グループ等支払いメニュー単価 円数量支払額単価 円数量支払額
【水田の営み】       
◎基礎支払い10,0001.515,00010,00050500,000
◎めぐみ支払い      
・生物多様性生き物調査20,000120,00020,00010200,000
 草花調査20,000120,00020,00010200,000
 指標動物10,000110,00010,00010100,000
・伝統技術堆肥利用5,0001050,0005,00050250,000
・環境技術減農薬栽培20,00015300,00020,000501,000,000
 湛水管理5,0001575,0005,00050250,000
・調査研究土壌分析5,000525,0005,0001050,000
・風景の保全景観作物栽培5,000525,0005,00020100,000
        
【農家の経営・暮らし・集落活動】      
◎基礎支払い20,000120,00020,000120,000
◎めぐみ支払い      
・環境表示看板10,000110,00010,000110,000
・交流体験教育50,000150,00050,000150,000
 農家の研修費用30,000130,00030,000130,000
・集落活動農道草刈30,000130,00030,000130,000
・伝統の保持食料の自給20,000120,00020,000120,000
・風景の保全屋敷林等手入10,000110,00010,000110,000
        
合 計   710,000  2,820,000

5. 日本型環境支払いを核とした農業政策の組み立て

(1) 日本の農業政策
 既に触れたとおり、1戸あたりの経営面積が欧米各国に比べ桁違いに小さな日本において、スケールメリットを追求した「強い農業づくり」が展開されています。このまま、自由競争にもとづく経済優先の政策が進められれば、ねらい以上に農家数は激減し、一部の大規模経営では担えずに、農地も地域社会も崩壊するのではないかと危惧します。そして、いつまでも農業は「時代に取り残された、衰退産業」との扱いを受けることになるでしょう。
 貿易自由化交渉においても、一部とはいえ高関税を維持することは難しく、むしろ現政権では、農産物交渉が貿易交渉の障害になることをきらって、主体的に関税引き下げ、廃止に動くのでないかとさえ感じます。そのような状況で、国内の農業対策が、競争力強化だけに走れば上述した事態になることでしょう。それでは、政治も行政もあまりに無責任です。

(2) 生産と所得の切り離し
 行き過ぎた資本主義に対する見直しの機運はあるものの、世界的な貿易自由化の流れを止めることは現実的に考えて難しいことです。そのような状況でも、農家経営が貿易自由化による影響を受けずに、安定して持続できるようにするため、「農産物価格」から所得を切り離す必要があります。
 EU共通農業政策(CAP)に代表される、デカップリング(生産と所得を切り離す)政策がひとつの手本になります。農ネットの提唱する環境支払いは「環境」に焦点を当てたデカップリング政策です。

(3) 環境支払いを本格的に導入した場合の必要な財政規模
 政策として進めていく上で必要な財政規模見通し、財源の確保は不可欠です。今回初めて試算してみました。まだ基礎数値の設定根拠が不十分ですが、試算の前提を明らかにすることにより、多くの人の手で現実に近づくことを期待します。
【試算にあたっての考え方】
① 所得額のどの程度を補助金でまかなうべきか。〔所得の50%相当、上限支払額を250万円に設定〕
 EUの中でも共通農業政策からの支払いが多い主要国では、所得額の9割以上が補助金で占められています。加盟国全体でも半分以上(62%)を補助金が占めています。特に畑作経営においては主要国で110~130%、全体でも98%と所得のほぼすべてが補助金によって確保されているといえます。
 これらを踏まえて、所得額と同額を補助金の額にしたいところですが、財源の確保と国民の理解醸成の必要性を勘案して、補助金の比率を所得額の50%に設定します。また、当面1経営体当たりの補助額に250万円の上限を設けます。
② 対象の経営規模を考慮した制度とするか
 EUでは、規模が大きいほど恩恵を受ける制度になっているようです。基本的には、経営規模を問わず、取り組み内容を評価する制度にします。しかしながら、財源確保の必要もあることから、上限額を設定し(250万円/戸)、財源の確保状況に応じて上限額を引き上げる必要があります。
③ 価格政策をどのように転換するか
 直接支払いの本格導入は、農産物価格の引き下げを伴います。価格引下げによる消費者保護と直接支払いによる農家保護は表裏の関係だからです。
 この際考えなければならないのは、250万円の上限設定をした場合に、価格引下げが先行すると大規模層ほど影響が大きくなることです。上限額の積み増し、財源の拡大、経過措置として、一定の価格支持政策の維持等の検討が必要です。
 なお、一方で、多くの支払いメニューが面積に応じた支払いとなっているため、小規模農家が持続可能な経営を展開する上で必要な支払い水準を確保できないことも推定されます。小規模農家の支払い水準を上げる検討が必要かもしれません。経営規模、専業兼業等に関わらず多様な担い手を維持・確保することが政策の目的であるからです。

(4) 環境支払い実施に要する財政規模は当面5,903億円(畜産除く)と試算
 農林業センサス2015のデータを用いて、平均数値を用いての試算を行います。厳密な計算を行うには配慮しなければならない事項は多岐にわたると思われますが、今回はおおまかな雰囲気を把握するために行います。
 畜産を除いた耕種部門で計算します。基本となるデータは、「販売金額規模別の経営体数」です。
 試算した結果、所得の50%相当を支払うとした場合は、1兆143億円の財源が必要です。
 一方、農ネット提言に従い、1戸当たり250万円を支払い上限とした場合は5,772億円が必要という結果が出ました。以上の試算をした結果が表2です。
 なお、支払額が250万円を超える販売金額規模は1,500万~2,000万円の層です(表2)。水稲専作で試算すると約10ha~15ha規模の経営が想定されます。

<計算の方法(表2の見方)>
① 1戸当たり販売金額=販売金額規模別に、販売金額各層の中間値×0.88(補正値)
② 1戸当たり直接支払額=販売金額×所得率(0.374)×50%
③ 所得の50%直接支払の場合の支払額合計(億円)=1戸当り販売金額×戸数の合計
④ 上限額250万円の直接支払額合計(億円)=販売金額規模別に、所得の50%が250万円を上回る区分は、支払額250万円で再計算します。

表2 販売金額規模別合計額と直接支払い所要額(試算に使用した表の抜粋)
2015(H27)農林業センサスから試算

(5) 環境支払いの財源確保の見通し
① 環境支払いに振り向ける事業
 2017年度予算から、環境支払いに振り向け可能と思われる予算を拾ったのが表4です。さらに詳細な検証が必要ですが、現行直接支払いの予算はすべて振り向けます。そのほか、大胆な政策変更により、行き過ぎた「競争力強化」予算は振り替えます。農地の集積、水田の大区画化、強い農業づくり交付金の一部などがそれにあたります。
 中山間農業ルネッサンス事業のように、中山間地対策を謳っていても、単に中山間地に平地農業の競争力強化を持ち込んだような事業は、環境支払いに振り替えます。
② 従来の使途を維持する事業
 公共事業として批判も受ける土地改良関係予算では、条件の悪い水田の整備、老朽化した設備の改修等基礎的な財源は維持します。また、水田の畑地化等にかかる予算も維持します。
 園芸関係は、当面、水田に比べて環境支払いへの対応が進みにくいことが想定されます。また、価格及び品質の市場競争力をもつものも少なくないことから、市場経済の中で経営展開しつつ、環境支払いを受けられる取り組みを追求し、より安定した経営の樹立をめざすことも必要と考えます。そのような前提で、共用施設の整備、生産施設の整備に一定の予算を維持します。
③ 確保できる財源規模
 現行予算の振替で対応する前提では、7,553億円が確保できます(表4)
 農ネット環境支払いの主旨に近い補助金として、EUの「農村振興支出」を見ると、主要国の支出総額はドイツで7,210億円、フランスで7,263億円(表5)となっており、おおむね妥当な水準と思われます。
 また、支払額に250万円の上限を設けた場合の必要な予算額が5,903億円であることから、上限の引き上げ等が可能な水準で財源確保が見込めます。

表4 財源の確保(2017年度予算のうち環境支払いに振替可能と思われる予算)
事 業 名予算額 備 考
○日本型直接支払い 769億円
 ・多面的機能支払い482億円 
 ・中山間地域等直接支払い263億円 
 ・環境保全型農業直接支払い24億円 
○水田フル活用と経営安定対策の実施 6,560億円
 ・水田フル活用の直接支払い交付金3,150億円 
 ・畑作物の直接支払交付金1,950億円 
 ・収入減少影響緩和対策交付金746億円 
 ・米の直接支払い交付金714億円 
○担い手への農地集積・集約化による構造改革 1,189億円
 ・農地中間管理機構による担い手への農地集積155億円 
 ・農地の大区画化等の推進(農業農村整備事業内)1,034億円 
○人口減少社会における農山漁村の活性化 224億円
 ・中山間農業ルネッサンス事業2億円 
 ・強い農業づくり交付金等5事業内の優先枠213億円 
 ・再生可能エネルギー導入等推進9億円 
 7,553億円

表5 EU主要国の農村振興(2000-2006)の支出構成
単位:%
 農業環境支払条件不利地域助成投資助成・青年農業者・技能研修農産物加工販売促進早期引退奨励地域振興・適応推進支出総額
(億円)
構成比
ドイツ49.916.73.62.70.122.0(7,210)16.6
フランス28.629.310.85.02.212.9(7,263)16.7
イギリス43.429.41.52.30.07.4(1,576)3.6
EU15 *143.620.86.63.44.510.6(43,479)100.0
*1 EU主要15カ国平均

6. むすびに

 農ネットは、早くから「環境支払い」を提言し、実現に向けての方法論も提示してきました。そのことによって、生き物調査の手法や考え方などが生協運動や行政の施策に反映されてきたと自負しているところです。しかし、その効果は限定的で、我々の主体的な取り組みが直接政策を動かすまでには至っていません。なおかつ、経済優先に特化した現在の政府にあっては、様々な規制撤廃の中で自由競争のできる環境整備に猛進しており、実現の見通しはさらに不透明になりました。
 農ネットの提言している「環境支払い制度」は、農家の所得確保策ではありません。あくまでも、国民が「農的環境」の価値を評価し、タダではないことに気づいてもらうためのものです。しかしながら、「カネにはならない価値」といいつつ、それを維持するためには、それを担っているヒトの営みに経済的な保障が必要です。「カネを生まないものに、なぜ税金を投入するか」ではなく、国民が主体的に税金で支えようとする社会を望んでいます。
 そんな私たちの思いをよそに、日本の政策は、欧米と同じ土俵でたたかうために競争力強化一辺倒で盲進しています。このままでは、競争に勝ち残った個別の経営体は残っても、多くの農家と守られてきた農地や地域社会は崩壊の道をたどることになるでしょう。今の政策に明るい展望をもつことはできません。
 農ネット政策提言の実現に向けて最も重要なのは、消費者のみならず農家自身に、いかに「農的環境」の価値を気づいてもらうかだと考えています。もう一度、ボトムアップの農業政策を展開するための原動力を、「環境支払い」に期待しています。具体化に向けた運動の広がりが必要です。