【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第3分科会 どうする? どうなる? これからの自治体

 「縦割組織」と聞くと悪いイメージを抱くかもしれないが、権限とそれに伴う責任の所在が明確であって、メリットもある。反対に、ほかの課などと協力して成果をあげにくい点がデメリットである。そこで、自主的な職員の集まりである研究グループ(テーマはICT)を立ち上げ、デメリットの解消に取り組んでいる。



職員研究グループによる自治体組織の活性化
―― ねりまICT研究会の活動 ――

東京都本部/練馬区職員労働組合・ねりまICT研究会 漆原 政明

1. はじめに

(1) ICT職場で気づいた2つのこと
① ICTのメリットは仕事を効率化する
 自治体は2008年頃から、独自プログラムで動く大型コンピューターで動いていた基幹システム(住民基本台帳、税、保険料などを処理するシステム)をパソコン(Windows)に切り替えを始めました。これは、ダウンサイジングと言い、安価にシステム導入でき、あらゆる業務にICTが利用できることを意味していました。その後、インターネットの登場により、ICTという言葉ができ、一人ひとりに配られたパソコンで文書は作られ、庁内ネットワークを通じて受け渡しする時代になり、仕事は効率化しました。
② ICTにも問題はあるが、それはコストではない
 一般に、ICTは専門的な知識が必要であるため、導入費や改修費が高額になってもやむを得ないものと思われています。
 ところが、内情は同一業者と繰り返し契約しており、独占状態であることがわかります。自治体が新しい取引先を見つけようとしないこと、胡坐をかいた業者は高額な見積書を示している背景があります。さらに、見積書の検査もしないため、妥当な契約交渉ができていません。よって、競争入札せずに、見積金額のまま契約を結んでしまいます。
 ICTの問題はコストではなく、契約の結び方の問題、もっと言えば、自治体の仕事のやり方に問題があるのです。これでは、せっかくの効率化もコストによって台無しのため、いずれにしても、私たちの仕事のやり方を見直す必要があります。

(2) 職員研究グループの立ち上げと活動内容
 2014年4月、人事異動によりICT職場を離れましたが、契約を見直し予算削減を行い、新しい仕事にさらにICTを適用し、効率化していきたいという構想は消えず、つぎの人事異動を期待していました。
 その頃、本区は首長の急逝により、新しい首長が就任しました。ビジョン(中期計画)策定のため、各部に政策案を出す指示がきましたが、承認が得られず、困難を極めました。準備なしによいアイデアは出ないということです。そこで、自分なら政策案を出せるかと問い、そのための活動を継続しようと考え、自主研究グループ「ねりまICT研究会」(8人でスタート)を立ち上げました。2014年12月のことです。
① 活動の内容
 ア 定例会開催
   毎月、職員研修所の会議室を借りて、思いを伝えあいました。
 イ 持ち寄り事例の討議
   メンバーによる持ち寄り事例を使って、具体的なテーマを話し合いました。
 ウ 問題解決のための論理思考訓練
   テーマを出す難しさに直面。どのようなことを問題(や課題)というのか。問題解決はどのようにするのか、自問自答の結果、論理思考の必要性を感じ、訓練を行いました。
   手法は、TOC(制約条件の理論 Theory Of Constraintの略)とPDCAマネジメント。
② 庁内報(ねりコム通信)発行
 「自主研究グループはすべての職員にオープンであるべき」との思想から、活動内容を会報にまとめ、庁内パソコンの掲示板で発信しています。

(3) 講演会・学習会開催事業へと変遷
 2017年度から、メンバーであるかを問うことをやめて、完全公開型の活動に切り替えました。4,000人の職員は人財そのものであり、成果が出ないのは活用に問題があると仮定し、毎月開催を目標に、講演会・学習会を開催しています。職員も外部の講師も招いて、勤務中にはできない仕事に役立つ勉強を行っています。

2. 主な取り組みとその成果について

(1) 月1回の研究会
 研究会の運営自体に、ブレーンストーミング、TOC、PDCA、ODSCシートなど、以下に述べる様々な技法を用いることで、ICT研究自体を進めるとともに、その必要となる技法を自分たちで体験し、身に着けていく手法を常に工夫しながら進めてきた。
 規約の整備や、活動方針の検討においても、これらの手法を実際に使用しながら、効率的で目的を明確とした会の運営を進めてきた
① ブレーンストーミング
 ブレーンストーミング(略称は、ブレスト)とは、あるテーマに対し、参加者が自由に意見を述べることで、多彩なアイデアを得るための手法です。自分の考えと相入れない発言が出ても、否定しないというルールを加えました。
② TOC
 TOCは、Theory of Constraintsの頭文字を取った呼び名で、制約条件の理論とも言います。
 どんなシステムであっても、常に、ごく少数の要素または因子によって、そのパフォーマンスが制限されているという前提に立ち、制約に焦点を当て問題解決を行えば、小さな変化と小さな努力で、短時間のうちに、著しい成果が得られるとする、経営改善手法のことです。
 問題解決の成果は、個々の解決策の足し算にならないことが多いです。問題個所が連結して、最終的な結果を出しているからです。
 TOCは、工場のような現場で発達した思想ですが、自治体の職場には合わないものかといえばそうではありません。
 私たちは、問題解決力が不足していました。
 そこで、問題解決能力を身につけるために、研究会ではTOCを学ぶこととしました。
 なお、TOCは、経営改善思想を包括的に表すときに用いる言葉で、いくつかのツールが用意されています。これらのツールを、TOC思考プロセスと言います。
③ ODSC
 ODSCは、TOC思考プロセスのひとつであり、Objective(目的)、Deliverable(成果物)、Success Criteria(成功基準)の頭文字を集めたもので、事業計画書の一種です。
 実社会は学校と異なり、すべて100点を取ればよいというものではありません。70点を合格とするなら、それでよいのです。残り30点にこだわるあまり、投入する資源が無駄になる場合があるからです。
 なお、研究会は、ODSCの思想を包含した、事業計画シート(5w2hをA4シートにまとめたもの)を考案し、使用しました。
④ UDE
 UDEとは、TOC思考プロセスのひとつであり、Undesirable Effectを略した語です。意味は、「望ましくない状態」です。ウーディと読みます。反対に、DEという語があり「望ましい状態」です。
 UDEは、問題を解決する時の具体策を考えるためのツールです。
 問題とは、理想と現状のギャップを言います。理想を目標と置き換える場合もあります。UDEでは、望ましい状態。因みに、課題はギャップを埋めるためにやることです。
⑤ YWT
 YWTは、日本能率協会による振り返りツールで、Y(やったこと)、W(わかったこと)、T(つぎやること)を書きます。研究会では、ODSCの後につなげて用いました。
 YWTに似たものに、PDCAがありますが、PDCAは事務事業の改善思想であり、実務で使えるツールは指定されていません。
 そこで、TOC、ODSC(事業計画シート)、YWTをひとまとめにして、PDCAマネジメントと命名して使用しました。
 YWTはPDCAと同じように、各プロセスを明確にしながら、それらを一連の流れとして捉えており、成果を出すために使用することができます。
 研究会では、研究事業をメンバーに一つずつ割り当て、模擬的にODSC、YWTでマネジメントしました。
⑥ 変化の四象限を用いた分析技法
 具体策には、プラスの面とマイナスの面があります。立場によっては、正反対に 働きます。導き出された具体策が、相手に受け入れられるために、その相手に対してどのような影響があるのかを考えるのが、変化の四象限です。

(2) 「ねり☆コム通信」の発行
 2015年12月から、職員支援サイトに毎月「ねり☆コム通信」を掲載し、活動内容を広く職員に周知するとともに、自分たちの活動を文字化していくことで、更に上記手法を実践的に広めていくことができている。
 また、練馬区におけるICTの推進の経過について、連載記事で取りまとめを進めてきた。
 ここでは、創刊号に記載した「研究会 10の質問とその回答」を掲載する。

研究会 10の質問とその回答
 研究会の横顔を無理やり大公開 一問一答のQ&A形式でお答えします。
Q1 会の目的は何ですか? 2つあります。
 1つは、職務能力の向上。もう1つは、区政への貢献です。
Q2 参加資格はありますか?
 練馬区役所に勤務する常勤職員です。これ以外の方については、会員の紹介で参加することができます。ただし、いずれの方も会の事業内容に賛同いただくことが条件です。
Q3 ICTの知識がないと参加できませんか?
 なくても大丈夫です。
Q4 現在のメンバーは?
 以下の方々がメンバーです。
 なお、研究会の質的向上のため、会則にもとづき、顧問(または相談役)を招き、ご協力をいただいています。
Q5 どのような活動をしているのですか?
 月に一度、定例会を開催しています。
 定例会には、2つの目的があります。
 1つ目は、持ち寄りテーマについて話し合いを行うことです。
 2つ目は、グループ討議や発想力を高めるエクササイズをすることです。キワードから自由連想し、1分間の持ち時間で順番に発言するという、ブレーンストーミングを3月から行っています。
 定例会はいつも盛り上がりを見せます。時間がもっとあればいいのにと思いますが、冗漫にならないよう、2時間の枠で終わるよう進め方を工夫しています。
Q6 「持ち寄りテーマ」とは何ですか?
 研究活動は、主体性が大切です。このため、主たる活動は、参加者の「持ち寄りテーマ」を中心とすることとしました。
 「持ち寄りテーマ」とは、参加者が研究したいと思うテーマ(問題や課題)のことです。テーマを解決するための具体案(手段)を考え、簡易な「提案書」にまとめ、定例会で発表します。
 「持ち寄りテーマ」の具体案がまとまるよう、定例会で意見交換するなど、互いに手助けをします。テーマは重複を避けるため、分類表にまとめて管理しています。なお、守秘義務に抵触する情報は取り扱わないようにしています。
Q7 提案と言っても実現するのですか?
 「提案をまとめるための議論」と「提案の事業化」には深い関連性がありますが、話の次元が違います。
 小さなテーマであっても、問題意識を持ち、提案をまとめる経験は重要です。このプロセスにおいて様々な気づきと学びがあり、さらに反復練習することで、職務能力の向上に結び付くと確信しています。
Q8 どのようなテーマでもいいのですか?
 ICTに関係したテーマを主とします。行政に活用できることが重要です。たとえば、「ICTを活用できる人材育成」とすれば、ICT(のシステムや技術)が直接使われていなくてもOKです。
Q9 定例会の会場と日時は?
 会場は、練馬区職員研修所の会議室です。毎月第4木曜日、午後6時から8時まで。会場の都合により、日時は変わる場合があります。
Q10 会費はかかりますか?
 会費はありません。

 主要な連載記事として、以下のものがある。
① 会員が参加した、外部で行われた様々な研究会・講演会の報告
② 各定例会での開催内容の報告
③ メンバーによる「ねり☆コム・ペンリレー」
④ 「練馬区のICTを振り返る」
⑤ 「コラム さあ、困ったぞ
   システム担当者の困ってしまう事例について、「新さん」とICT関連事務経験が豊富な「ねこ丸」の会話形式での連載
 直近の「練馬区のICTを振り返る」では、全体を取りまとめた記事を掲載しているので引用する。

 練馬区のICTを振り返る
 練馬区におけるICTの歴史を振り返り、行政においてどのようにICTが使われてきたのか、そして、今後ICTをどうやって活用していくのかを考えます。
 
 最終回 ねりまのICTを振り返る 総集編
下間 竜也(情報政策課)
1 ICT導入の歴史
 練馬区の業務にICTがどのように導入されたのか、その変遷をまとめましょう。
 昭和39年の外部センター処理から始まります。その目的は事務処理の迅速化、正確性の向上でした。当時はコンピューターが非常に高価だったため、システムを自前で用意することが難しく、外部の時間貸しサービスを利用したのです。
 昭和49年、ホストコンピューターを導入し、住民基本台帳事務や国民健康保険事務、軽自動車税、住民税の賦課収納事務など、区の基幹業務を次々とコンピューター化しました。紙の簿冊や手書きしていた個票をコンピューター処理に切り替えていくと同時に、窓口業務をオンラインでつなぎ、区の出張所なら、どこでも同じ受付事務ができるというものでした。
 平成12年、庁内事務用としてWindowsパソコンを導入しました。ワープロからビジネスソフト(WordやExcelなど)に移り変わり、グループウェアや文書管理システム、財務会計システムの導入により、内部事務の現場にも電子化、自動化の波がやってきました。今となっては、パソコンなしでは何もできませんよね。こうした反面、大きな課題が生じました。情報システム経費の増大です。増え続けるシステムに比例して経費が増大していったのです。また、システムをまたいで機器を融通できないため、同じような機器がサーバー室に並ぶことになり、スペース不足の問題も生じました。
 打開策は、情報システムのクラウド化でした。平成27年1月、練馬区共通基盤、クラウドサービス型住民情報システムの導入により、システムの機能や性能、情報セキュリティを高めながら、コスト削減に成功しました。これは、何かを買って、安く出来上がったというものではありません。仮想化技術とは何かを良く理解したうえで、合理的に設計されたシステムを導入したのです。さらに、私たち自身の仕事への向き合い方も見直し、公正な事業者選定を組み合わせた恒久的な対策を編み出したのです。
 ここに至るまでの道のりには、住民情報システムのオープン化が欠かせないものでした。メーカー独自の仕様であるホストコンピューターから、仕様が公開され、多くのメーカーが製品化しているWindowsサーバーに切り替えたことは、まさに調達がオープンになったということだったのです。このように、先輩職員が困難な職責を全うし、私たちが引き継いで連携してきたからこそ、ワン・ツー・パンチで難題を解決できたのです。

2 過去から学ぶこと
 ICT業務では、専門的な知識の習得のほか、現場で2年、3年と従事する経験が重要です。勤務年数に応じて仕事ができるようになるのは、どこの業務でも同じですが、特にICT業務はそれが顕著に出るのではないかと思います。
 こうした事情があっても、ICT専門の職員を置かない以上、人事異動は定期的に行われます。同じ職員を長く留めておくことには限界がありますよね。知識、経験が豊富な職員が異動して、組織が戦力ダウンしてしまう現状をどう解決すればよいのでしょうか。
 皆さんはお気づきでしょうか。仕事の手順に、プロジェクトの取り組みを記録に残すプロセスがなく、そうした組織文化ではないということを。私たちの職場は、いわば「(良いことも、悪いことも)忘れる」組織だということに向き合う必要があるのです。
 この問題を解決する方法として、ナレッジ(知見、知識)を共有する仕組みがあると良いのではないでしょうか。成功事例の手法を参考にする、失敗事例の原因を分析して、そのリスクを取り除くといったナレッジが、プロジェクトを成功に導く鍵となります。情報システムの調達や運用には様々なプロジェクトがあり、成功もあれば、もう一歩ということもあります。こういう事例を余さず記録し、継承することが重要なのです。

3 シリーズを書き終えて
 平成27年8月から書き始めて1年半、全18回を書き終えました。学生時代に文系の授業が苦手だった私が、ここまでたどり着けたのは奇跡ではないかと思うほど。連載を続けられたのは、ねり☆コム通信編集長の後押しと「ねりまのICTの歴史を何らかの形で残したい」という気持ちでした。
 この連載によって、ねりまのICTの歴史をすべて書き表せたわけではありません。皆さんしか知らないICTの歴史もあるのではないでしょうか。事務改善に役立つのであれば、その歴史をナレッジとして残しませんか。ぜひ投稿してください。(公開できる情報が対象ですが)
 最後までお読みいただきありがとうございました。
(完)

(3) 各種の講演会活動
 上記(2)-①で報告がされた様々な講演会の講師を呼んでの講演会活動を行い、会員外の数十人の職員を集めている。
 2017年度からは、会員やその周辺にいる職員等を講師としての、2月に1度の講演会・学習会活動も実施している。
 2017度の実績報告は次の通り。

平成30年1月31日
ねりまICT研究会
平成29年度 実績報告書

1 役員
 (1) 代表 漆原 政明(大泉保健相談所)
 (2) 副代表 下間 竜也 (会計管理室)
 (3) 副代表 河野 一真 (情報政策課)
2 活動実績
 (1) ICT学習会
開催日参 加タイトル講 師会 場
H29.5.2610名Excelを使って、ぱっと見て、わかるグラフを描いてみよう漆原政明(大泉保健相談所)職員研修所会議室
H29.7.2811名ICTプロポーザルの秘訣下間竜也(会計管理室)職員研修所会議室
H29.10.2711名知って得する Excel VBAで始めるプログラミング中村美樹(豊玉北地区区民館)職員研修所会議室
H29.11.1725名分かりやすい 伝わりやすい 機能する資料の作り方窪正和(研究会顧問)職員研修所研修室
H29.12.1511名手取り足取り Excel講座(Live版)漆原政明(大泉保健相談所)職員研修所会議室
H30.1.2614名AIが区役所を変える AIの最新技術動向浅井洋史(㈱日立システムズ)職員研修所研修室
参加延べ人数79名

 (2) 特別講演会
開催日参 加タイトル講 師会 場
H29.9.2244名西井敏子さんに聞く大人の発達障がい「区民と職員の笑顔は職場づくりから」西井敏子(介護福祉学科教員)練馬区役所多目的会議室

3 会計報告(報告者:下間竜也)
 (1) 収入 18,650 円
   前年度からの繰越 7,300
   学習会参加費、ご厚志 9,000円
   特別講演会懇親会残金 2,350円
 (2) 支出 5,000円
   特別講演会懇親不足分充当 5,000円
 (3) 次年度へ繰越 13,650円
4 報告期間
 平成29年4月1日から平成30年3月31日まで

3. まとめとして

 「人生とは仕事であり、仕事とは人生である」という前提に立つなら、有意義な働きをすることが人生を充実させることにつながります。
 そのために、自主研究グループの活動はひとつの有効な方法です。
 なぜなら、時を変え、場所を変え、仕事の義務・責任から離れたところで活動することは、心理的にも思考的にもよい作用を得られるからです。
 そして、縦割組織の縄張り主義などデメリットを中和する意味からも、自主研究グループが持つ"横糸を通す"働きは重要です。主体はあくまで配属された職場です。自主研究グループは、職場と対になる存在です。
 問題の当事者になった時、人は問題意識を持ちます。講演会・学習会に参加したことのない人も、問題に直面した時、気軽に利用してくれるよう、活動を継続していきたい考えです。