【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第3分科会 どうする? どうなる? これからの自治体

 2017年7月に発生した九州北部豪雨は、わが日田市にも人的被害や家屋の被害など、甚大な損失をもたらしました。
 このような災害時に行政が対応する被災者支援の適用の判断材料のひとつに「り災証明書」があります。本レポートでは日田市の取り組みや他団体の先進的事例を紹介し、被災者の生活再建の道のりの手助けとなるべく、「り災証明書」の発行に係る課題を検討します。



九州北部豪雨における災害対応について
―― り災証明書から見る住民サービスの向上とは ――

大分県本部/日田市職員労働組合 梶原 春香

1. はじめに

 2017年7月5日から6日にかけ、九州北部地方では歴史に残る大雨を記録しました。福岡県朝倉市や日田市では24時間降水量が「観測史上最多」を記録し、これまでの記録を更新する豪雨となりました。この記録的な大雨により、日田市では人的被害や道路・鉄道への被害、基幹産業である農林業への影響のほか、家屋の全半壊や床上浸水など甚大な被害が生じました。
 一刻も早い「生活再建」をめざすため、被災者支援策の適用を判断する材料となり、またその支援の適切かつ円滑な実施を図るうえで極めて重要な役割を担っているのが「り災証明書」です。本レポートでは、その「り災証明書」について、日田市の取り組みや他団体の先進的事例の紹介、そして住民サービスを向上させるための今後の課題について検討します。

2. り災証明書について

 自治労に結集する組合員のみなさんは当然ご承知である「り災証明書」とは、災害により被災した住家などの「被害程度を証明」するものであり、被災者生活再建支援金の支給や住宅の応急修理、義援金の配分など、支援措置の適用の判断材料として幅広く活用されています。
 2011年に発生した東日本大震災においては、その「り災証明書」の交付に期間を要したことが結果として被災者支援そのものに遅れを生じさせた事例が見受けられました。このことをふまえ、2013年6月に災害対策基本法が改正され、市町村長の義務として「被災者から申請があったときは、り災証明書を遅滞なく交付する」ことが定められました。さらには、以降に発生した2015年関東・東北豪雨、2016年熊本地震、2017年九州北部豪雨などの大規模な災害経験を基に、2018年3月に内閣府が制定している「災害に係る住家の被害認定基準運用指針」が改定され、被害認定が迅速かつ的確に実施できるように定められました。

3. 日田市の状況について

(1) 経 過
 7月5日(水) 九州北部豪雨発災
 7月8日(土) 税務課資産税係および各振興局振興センター、避難所において「り災証明書」の受付開始
 7月14日(金) 被災家屋の調査
 7月21日(金) 「り災証明書」交付開始

(2) 「り災証明書」申請件数(2018年5月31日時点)
 ・申請件数 836件
 ・調査件数 836件
 ・発行件数 818件
 ・損壊なし  18件

(3) 審査請求件数(2018年5月31日時点)
 ・申請件数      9件
 ・被害程度の変更なし 4件
 ・被害程度の変更あり 5件
  内訳:一部損壊  → 半壊    3件
     半壊    → 大規模半壊 1件
     大規模半壊 → 全壊    1件

4. 日田市における取り組みについて

 日田市では、「り災証明書」を発行する際には「現地調査」を必須としています。その調査にあたり準備するものの中で、調査票は判定を決定する基準となるため特に重要です。内閣府は「住家被害認定調査票」の一定の様式を示していますが、地方公共団体の判断によりその様式は修正することができるため、日田市においては以下の2点を修正し活用しています。
 1点目の修正は迅速性の観点に基づいたものです。被害認定の調査には2種類あり、外観から一見して全壊か否かを判定する1次調査と、外観目視調査に加えて傾斜や部位別による内部立入調査を行う2次調査があります。「内閣府調査票」では、1次調査、2次調査に応じて異なる調査票を作成しているため、被害状況に応じて複数の調査票を使用することが必要となります。一方、日田市では調査票を表裏1枚にまとめており、2次調査を行う場合でも使用する調査票は1種類で済みます。そのため、準備段階の煩雑さを軽減することができ、速やかな調査を行うことが可能です。
 2点目は、正確性、公平性の観点に基づいた修正です。2次調査においては、屋根・外壁などの建物の部位別に調査を行い、損壊程度を割合で算出します。「内閣府調査票」では、面積率に応じて点数が定められていますが、初任者では家屋全体に対する被害割合の判断が難しく、また、調査員の判断に較差が生じる可能性があります。そのため、日田市では損壊程度に応じて生じる被害を具体的に調査票に記載しています。例えば、床の損壊については「床下の汚泥除去のため床板の取り外しが必要」、建具の損壊については「浸水により開閉が不能、またはドア面材の膨張あり」などのように具体的に列挙することにより、判断較差を減らし正確な被害割合が算出されるようにしています。
 上記2点の修正のほか、発行する「り災証明書」に日田市独自の記載を行いました。調査の判定結果に納得できない方に対しては再調査を行っていますが、「り災証明書」の裏面に再審査請求が可能であることを記載しました。結果として9件の再審査請求があり、中には判定結果に納得がいかず何度も調査に伺ったケースもあります。いずれも最終的には判定に納得していただいたことは、被災者に寄り添う対応ができた証といえます。
 また調査に際しては、県の職員や他団体の職員のほか、土地家屋調査士会日田支部の方々の応援もいただきました。土地家屋調査士とは、土地及び家屋を調査・測量し不動産登記を行う専門家です。調査では、専門家としての知識を生かして被災家屋と調査資料との照らし合わせのサポートや被害判定の難しい家屋では、「下げ振り」という傾斜測定器を使用し家屋の傾斜被害を調査していただくなど、専門的な観点から調査を支援していただきました。なおかつ、この応援が土地家屋調査士会の方々の提案によってなされたことは、日常業務における良好な関係性の構築が災害という非常時の支援に繋がったといえます。全国では、土地家屋調査士会と自治体間で291の団体が防災協定を締結しているようです。静岡県内で締結した市町村においては、年1回の研修会や「り災証明書」に関する相談対応補助を調査士会が行っており、日田市においても今後の取り組みとして検討する必要があります。

5. 全国における取り組みについて

 全国各所で多発している大規模災害への対応から、全国の各自治体において独自の取り組みを行っており、迅速かつ正確に「り災証明書」の発行ができる体制づくりが進んでいます。そのような中、先進的な取り組みを行っている例をいくつか紹介します。
 まず、航空写真を活用し被害情報を収集している例について紹介します。被災家屋調査の方針の決定には、災害の規模や被害集中地域など、被害情報の収集が重要です。情報の収集に当たっては、市町村の災害対策本部、消防・警察・都道府県などの関係機関と連携するほか、住宅地図などを活用し実際に現場に出向き、被害状況を確認する方法があります。
 東京都大島町では、2013年の台風26号による土砂災害において、国土地理院から提供された航空写真をもとに調査方針や調査対象地区の設定を検討しました。被害が大きく立ち入りが制限されている地域や立ち入り困難な山間部の建物被害の把握が迅速に行われ、被災家屋調査を円滑に実施することができました。国土地理院では、いつ発生するかわからない自然災害に迅速に対応するため、通年で測量用航空機「くにかぜⅢ」を運航できる体制をとっています。地震、火山噴火、水害などの大規模な災害発生時には、その状況に応じて航空写真の緊急撮影などによる観測を行い、迅速に災害情報などを関係機関に提供しているため、被災家屋調査に関してもこれらの活用が求められています。
 次に、タブレット端末を活用し被災家屋調査を行った例について紹介します。京都府福知山市では2013年の台風18号による水害時に、全国初となるタブレット端末を活用したオンラインによる被災家屋調査が実施されました。この調査の特徴は、端末画面上に調査手順ガイドが示されるため、被災者に確認すべき事柄をもれなく調査することができ、詳細な調査を迅速に実施することが可能です。また、オンラインであることから、現場の調査職員が入力した結果を本部(市役所内)で直ちに確認することができるため、質問に対して即時に対応でき、判定結果に齟齬が生じていないかなどを確認することで調査の公平性が担保されています。
 また、茨城県常総市においては関東・東北豪雨の際にタブレット端末を活用しました。タブレット端末に内蔵しているカメラで現地の状況を撮影できるため、調査票と一体で管理が行えることやタブレット端末に航空写真を取り込むことで、現地にて災害前の状況と比較した調査が行えるようになりました。
 ほかにも、常葉大学社会環境学部田中研究室では、iPadで利用可能な無料の調査用アプリケーション「建物被害調査」を公開しています。建物の平面図をカメラで撮影し、その画像の上に発生した被害を描き込むだけで、損壊程度の評価が可能となりました。また、内閣府が示している損壊程度の例示の内容をアプリケーションで確認することもできるため、現地で判断に迷った際の参考になっています。
 これらのように、スマートフォンやタブレット端末の普及により、今後はデジタル機器を使用した災害調査が広がることが期待されています。紙ベースの調査とタブレット端末の調査はそれぞれ長所・短所がありますが、先進的な事例や適した災害を見極め、各自治体ともに検討していく必要があります。

<紙の調査票とタブレット端末の比較表>
  長 所 短 所 適した災害
紙の調査票 ・電源が不要
・通信インフラが機能停止していても影響を受けない
・入力データのチェック機能がない
・書類管理が必要
電源の確保が困難で、通信インフラも機能していない場合
タブレット
端末
・計算ミスを減らせる
・本部と調査結果の連携が円滑に行える
・リアルタイムでデータ更新、進捗管理ができるため、調査漏れや重複などを防止できる
・書類管理を省ける
・同様の災害が生じた際に、過去の災害での被害状況を確認しやすい
・電源が必要
・通信インフラが停止すると、オンライン調査機能を活用できない
・紙による図面作成が別途必要になる
・通常の被害認定調査の研修に加え、操作研修が必要
・調査班分の機材の確保が必要であり、費用が掛かる
電源の確保が容易で、通信インフラが機能している場合

6. 日田市における今後の課題について

 先述したとおり、日田市では「り災証明書」を発行する際には「現地調査」を必須としています。1件1件の調査に要する時間は膨大となりますが、被害状況を正確に把握するためには必要不可欠なものであるため、九州北部豪雨に伴う「り災証明書」の申請件数(836件)に対して、調査件数も同数(836件)で調査率は100%となりました。今回の水害による日田市の家屋被害状況は、大きな被害を受けた家屋が一定の地域に集中していたため、調査を完結することができました。しかし今後、市内全域に被害が生じるような災害が発生した場合、その対応が課題です。
 市内全域に被害が生じた場合に想定されることとして、まず「り災証明書」の申請件数とそれに伴う調査件数が膨大な数になるということと、比較的軽微な被害が増加する可能性があるということが挙げられます。すべての調査を行うことが最善の手段ですが、迅速な「り災証明書」の発行を最優先するならば、比較的軽微な被害の場合は現地調査を省略し「り災証明書」を発行することもひとつの手段となり得ます。例えば、瓦の破損や雨漏りなど被害認定が半壊に至らない場合は、被災者が持参した写真を元に被害程度の聞き取りを行い、被災者が判定に納得した場合は現地調査を省略し「り災証明書」を発行することができれば、調査対象件数を絞ることができます。
 このように、迅速な「り災証明書」の発行を遂行するため、市内全域に影響が生じる大規模災害を想定したマニュアルの整備や、職場内や関係部署を交えた定期的な研修に取り組むこと、さらにはデジタル機器を活用した調査を検討することが今後の課題であるといえます。

7. 災害対応を振り返って

 2017年の九州北部豪雨の後は、連日35度を超える猛暑となり、避難生活の住民や家屋の片付けを行う被災者の方、ボランティアの方はもちろんのこと、1日に十数件の災害調査を行う職員も疲れが極限に達していました。しかし、「り災証明書」は生活再建のスタートであるため、いち早く被災者のもとへ届けたいという思いからハードな業務を乗り越えることができたといえます。「り災証明書」の申請時などに被災者の方からいただく声や、マスメディアの注目度からも分かるように、「り災証明書」とは被災者のみなさんが強く待ち望んでいるものです。
 職員から見れば、何百件とある申請・調査の中の1件ですが、被災者の方にとっては大切な資産に関する唯一の1件です。そのことを胸に刻み、1件1件の申請・調査に真摯に向き合うことの重要性を痛感しました。先日、大阪府北部で発生した震度6弱の地震のように、自然災害は突然襲ってくるものです。災害がないことを願うばかりですが、どのような災害が発生しても、被災者の生活再建にいち早く応えることができるよう万全の体制を確保しておくことが地方自治に強く求められています。