【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第6分科会 「ごめん」と「いーの」で支え合う みんなにやさしい公共交通

 高齢化社会が進み利用者の減少が見込まれるなか、自治体や事業者が、地域住民が求めるニーズにどのように対応できるかが、公共交通存続のキーワードと言えます。1912年(明治45年)から市内に路面電車を走らせてきた京都市交通局では、労働組合とともに、市民ニーズを把握し、質の高いサービスの提供をめざしてきました。このレポートでは、その軌跡と、未来永劫「公営交通」として走り続けるための取り組みを紹介します。



京都市交通局の現状と交通


京都府本部/京都交通労働組合 梅田  涼

1. 公共交通について

 現在、日本の公共交通の課題として挙げられるのが、赤字路線の廃止によって生まれる「交通難民」が増加傾向にあることです。対策には、小型のバスを用いたコミュニティバスの運行を、地域住民と行政が中心となり、路線計画や運行時刻を決定したり、デマンド形式と呼ばれる運行などを用いた対策を考案しています。デマンド形式とは、基幹系統からマイクロバスやタクシーなどの小型車両へ乗継ぎを行い、より細かな地域にまで運行を可能にして過疎地域対策として有効だとされています。しかし、そのような対策をとっても今後、高齢化社会が進み利用者の減少が見込まれるなか、自治体や事業者が、地域住民から求められるニーズにどのように対応できるかが公共交通存続のキーワードと言えます。

2. 京都の自治体交通計画、地域住民等と観光について

 京都は、観光都市として国内外から高い評価を受け、年々観光客が増加し、交通局では順調に乗客数を伸ばしています。しかし、そのことでバスの遅延や地元住民が通勤・通学時にバスに乗車出来ないなどの課題も浮き彫りになっています。京都市交通局では、混雑緩和や外国人対策が課題となっています。

(1) 交通局の歴史
 
 
 京都市営交通事業は、1912年(明治45年)6月11日、壬生車庫前~千本丸太町~烏丸丸太町~烏丸塩小路間および四条西洞院~四条小橋間の計7.7キロメートルに、市営電車の営業を開始したことに始まります。これよりさき、1895年(明治28年)2月1日には京都電氣鐵道株式会社が、日本で最初の路面電車の営業を始めていましたが、1918年(大正7年)7月1日、京都市は市内交通一元化の方針からこれを買収し、順次路線を拡大し、大正・昭和にかけて「市民の足」として、活躍しました。また、バス事業は、産業の発展に伴い人口が都市部に集中したことや、市内の輸送需要も著しく増加したこともあり、市周辺部の交通便益と市電の補助機関として、1928年(昭和3年)5月10日、出町柳~植物園間2.5キロメートルでバス路線が開業し、市バス事業が始まりした。その後、地域の発展とともにバス路線が拡張していき、1932年(昭和7年)4月1日には、全国に先駆けて、四条大宮~西大路四条間1.6キロメートルにトロリーバスを開業、「市内は市電、新市域は市バス」と、市電・市バスの有機的ネットワークが利用者の増加をもたらしました。
 しかし、第二次世界大戦の勃発により、交通事業は物資・労働力等の面で極度の制約を受けることとなり、ガソリン車使用禁止措置など、致命的な窮地に追い込まれます。逸早く木炭車への切り替え路線の整理統合など、輸送力確保についてあらゆる施策を講じ、事態に対処しましたが、戦前の隆盛とは、ほど遠い惨憺たる状態に陥ります。ですが、1952年(昭和27年)には、地方公営企業法の制定により「経済性の発揮」と「公共の福祉の増進」を基本原則とする新たな経営方式をとり、都市の発展に伴って営業規模を拡大。昭和30年代に再び隆盛期を迎えます。最盛時の市電では、路線長が74キロメートル、376両の車両で1日約60万人が利用されていました。しかし、昭和30年代の後半になると、急速な経済成長にともなう自動車の急増によるモータリゼーションの発展により、人口のドーナツ化など、路面交通は年々厳しさを増し、市電・市バス事業の利用者が漸減すると、財政は年々悪化します。このことから、1966年度(昭和41年度)から1987年度(昭和62年度)まで、2次にわたる再建計画により経営の立て直しを計りますが、市営電車はその影響をまともに受け、1970年(昭和45年)の4月を皮切りに路線の廃止が行われ、1978年(昭和53年)9月末日、遂に京都電氣鐵道株式会社以来83年の歴史を閉じることとなりました。そして、後を引き継いだ市バスは、持ち前の機動性を発揮して、市電に代わる「市民の足」として活躍します。また、根幹輸送として1968年(昭和43年)に地下鉄建設計画がなされ、1974年(昭和49年)に起工し、6年6ヶ月の工事をへて、1981年(昭和56年)5月29日に市営地下鉄烏丸線(北大路~京都6.6キロメートル)を開業します。更に1988年(昭和63年)6月には竹田駅間、1990年(平成2年)10月には北山駅間が相次いで開通し、更に1997年(平成9年)6月には北山~国際会館間が開通します。また、同年10月12日には市営地下鉄東西線(二条~醍醐12.7キロメートル)も開業し、2004年(平成16年)11月に醍醐~六地蔵間、2008年(平成20年)に二条~天神川間が開通し、京都市を東西南北に横断する鉄道が完成しました。


(2) 京都市交通局が行う地域への取り組み
 交通局では、地域と密接したMM(モビリティマネジメント)に取り組んでいます。2014年3月から実施されている特37号系統の北区柊野学区の地域や、70号系統が運行されている右京区、南太秦学区では、順調に乗客数を伸ばしています。また、伏見区久我・久我の杜・羽束師地域、伏見桃山・中書島エリアや大型商用施設へのアクセスなど要望を受けた西京区松陽学区・福西学区で運行へと展開させており、今年度は更に試行運転として上京区仁和学区で52号系統運行がスタートしています。今後も地域住民の要望に耳を傾け市内中心部だけでなく、外郭地域の交通確保を大切にして、京都市全体の交通対策に貢献したいと考えています。

(3) 市バスの利便性向上と混雑緩和に向けてより便利で、快適な市バスへ
 交通局では、これまでから、より便利で快適な市バスとなるよう路線やダイヤの見直しに取り組み、利便性の向上に努めています。2018年3月17日から開始している新運転計画では、10両の増車を行い、市バスの混雑緩和に向け、混雑度合いが高まっているエリアを運行する主要路線を増便し、路線・ダイヤの拡充などを主な内容として実施しています。
① 通勤・通学での利用者が多い朝ラッシュ時間帯での増便。
② 大学との連携により、沿線大学を結ぶ系統の運行を充実し、増便や系統の新設を行いました。
③ 車内の混雑度合いが高まっているエリアを運行する路線で増便を行い、通勤・通学、買い物など日頃の利用の多い系統の混雑緩和をめざしています。
(主な取り組み)
・西大路通を運行する205号系統の増便。
・京都駅と東山エリアを結ぶ洛バス100号系統の増便。
・京都駅と金閣寺方面を結ぶExpressの増便。
・最終バスの時刻繰り下げや深夜バスの運行日拡大など夜間時間帯の運行を充実。
・地下鉄と便利に乗り継げるダイヤ編成の実施。


(4) 地下鉄事業の取り組み
 2018年3月実地の地下鉄新ダイヤについて
 ~もっと便利に もっと快適に!!
 8年ぶりのダイヤの全面改正
 (主な実施内容)
① 烏丸線
 ・朝夕の通勤通学時間帯に4往復の増便を実施(平日ダイヤのみ)。
 ・国際会館の始発を5分早め、市バスや烏丸線と接続する他社線との乗り継ぎをより便利に(平日・土休ダイヤ共通)。
② 東西線
 ・京阪列車の市役所止まりの解消(始発から9時台。土休は6時台を除く全時間帯)。
 ・烏丸線・JR山陰線・嵐電嵐山本線との接続の増加。市内の西部から東部地域、更にびわ湖大津地域を結ぶ鉄道アクセスを強化。
③ 地下鉄各駅の券売機で4箇国語対応の「地下鉄一日券」の発売。
  全国初の取り組みとして、お客様が選択された言語で印字したものを発売しています。


3. 労働運動について

(1) 都市交運動
 戦後労働運動の再生と「都市交通」の結成に向け、戦前に交総に集結していた活動家が終戦と同時に労働組合の再建に取り組み、都市交通労働者は日本の労働運動再建の先頭に立ちます。6大都市では1945年10月、神戸交通労働組合が結成され、これを皮切りに、1945年11月、京都市電気局労組と車両労組、後に合同して京都交通労組が結成されました。同時に大阪、東京、名古屋、12月に横浜と続きました。当時は、交通関係労組で全国組織確立の準備がされましたが、民間企業と公営交通との矛盾が生じ、私鉄と公営でそれぞれに結成し、1947年1月に日本都市交通労働組合連合会、後の都市交が結成されました。都市交の枠組みで戦後の労働運動は、身分・権利を制約する地方公企法・地方労法に対して労働基本権の確立をめざした闘争が軸でしたが、高度経済成長とは反し、公営交通事業は経営難に陥り、相次ぐ合理化攻撃に抗する反合闘争の高まり、公営交通を守る戦い「生存闘争」へと大きく舵を切ることになります。


(2) 京交運動
 京都市交通局も例外ではなく、利用客の減少と膨らむ人件費、更に地下鉄工事の建設費用が重なり、赤字が膨らみます。遂にバス事業では160億円を超える赤字を計上。地下鉄事業でも累積欠損金が3,000億円を超え、企業存続の危機に立たされます。このような状況に陥り交通局は、経営健全化に乗り出し、日本で初めてとなる管理の受託や総人件費の削減など、京交にとって厳しい条件を提案しました。京交は、全国の都市交を取り巻く環境を鑑み、職場を守るために生存闘争に逸早くシフトし、お客様サービスを向上させ、愛される「市バス・地下鉄」をめざすエンパワメント運動を展開します。まず、はじめに「都大路大作戦」と銘打ち、春と秋の観光シーズンに、京都駅や主要バス停留所、地下鉄駅構内でのお客様への案内業務を、組合員が率先してボランティアで活動を行いました。更に取り組みを広げ、バス・地下鉄、それぞれの支部が活動内容を考案し、地域イベントへの参加など、様々な方面にエンパワメント活動を広げ、活動を重ねます。このような取り組みの結果、バス事業は経営健全化からの脱却、16年連続の黒字、自立した経営を歩みだし、地下鉄事業においても、依然、厳しい経営状況は続いているものの、経営損益で黒字を計上し、経営健全化脱却に向け見通しが出来ています。

<これまでのエンパワメント活動の主な取り組み内容>
① 自動車関係(4支部)
 
 
・全車ピカピカ宣言と題して、直営車両全車を大晦日に清掃。
・100周年事業の一環で「デコバス」を各営業所で作成。
・御薗橋フェスティバルに参加し乗車体験を実施。
・支部独自で事故防止研修。
・バス車内にクリスマスデコレーションなど。
② 電車関係(4支部)
・節電にご協力頂いているお客様にウエットティッシュの配布。
・醍醐車庫見学でスタンプラリーを企画し缶バッチの配布。
・地下鉄5万人増客に向けた案内活動とキーホルダーの配布。
・100周年事業における運転シミュレーターの指導、合成写真の作成など。
③ 本局関係
・祇園祭に「浴衣で"はんなり"おもてなし」でお客様案内サービスなど。
④ 青年女性関係
・初弘法や初天神でお客様に「市バス・地下鉄」の利用促進PR。
・学生向けに特化した「案内チラシ」を作成し定期券のPR。
・四条通りの清掃活動など。


4. むすびに

 自治労と組織統合して5年、都市交運動を継承させつつ、都市公共交通評議会のもと、時代に沿った運動を広げ、順調な業績に決して甘んじることなく、世界の観光都市京都の公営交通を担う事業者として、質の高いお客様サービスを追求し、バス・地下鉄1日80万人達成と未来永劫公営交通として走り続けるために尽力します。