【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第8分科会 市民とともに「憲法」と「平和」を考える

 北方領土問題は戦後73年が経過した現在も解決できぬままである。北海道の釧根地方は北方領土問題が住民生活に大きく影響し、とりわけ根室市は多くの元島民が居住し、日ロ関係と市民生活が密着している街となっている。そのような街に住む自治体職員として、また、一市民として直近の北方領土問題をレポートする。



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―― 領土問題と共同経済活動 ――

北海道本部/釧根地方本部・自治労根室市職員労働組合 中澤 愛樹

1. ロシア大統領選を挟んでの日ロ首脳会談

 北方領土問題は2018年で73年目を迎えることとなるが、一向に解決の見通しはついていない。
 北方領土は1945年から、今日までの不法占拠が続いているが、ロシアは「北方四島の占有は第2次世界大戦の結果」という主張を続けている。
 日本における終戦の日は8月15日であるが、ロシアにとっての終戦は日本が降伏文書に署名した9月2日であり、これは、第2次大戦におけるソ連の参戦は、ヤルタ協定における連合国からの要請であり、北方四島についても国際法上引き渡しが約束された島々であるということ、さらには、ロシア人にとっては、ナチズムから世界を解放し、日露戦争の敗北により、長年に渡って味わわされた雪辱が晴らされた日でもあることがロシア人の認識であることは過去のレポートにも書いたが、日本が声高にロシアの不法性を訴えても聞き入れられない元凶はこの認識の隔たりから発生していると考える。
 いつまでたっても平行線をたどる中で、去る2016年12月に山口県で行われた日ロ首脳会談は「もしかするとこの会談後に、二島が先行して返還されるのではないか」という、日本側の強い期待の中で行われた。結果は北方領土問題解決に向けた新たな取り組みとして四島での「日ロ共同経済活動」実現のための協議の開始が合意された。これは、いわゆる今までの発想にとらわれない「新たなアプローチ」である。これは、日本は共同経済活動を行う際、双方の法的立場を害さない「特別な制度」を導入することを前提としているが、ロシアはロシア法適用下での活動を想定しており、双方の思惑には大きな隔たりがある中で、本当に「新たなアプローチ」による領土問題の解決ができるのか疑問を抱いた人も多いのではないか。
 2018年3月にロシア大統領選挙が行われたが、当初からプーチン氏の選挙での圧勝が確実視されていた中で、大統領選が終われば、プーチン氏は領土問題に正面から取り組むとの思惑が日本側にあったように感じられた。また、日本の政府関係者が「領土交渉は強いリーダーシップと求心力がなければ合意できない」と指摘していたことからも、大統領選で一層政権の基盤を強化したプーチン氏が、領土問題に指導力を発揮して解決につなげていくとの期待を持っていたことが感じ取れた。
 2018年5月、通算で21回目の日ロ首脳会談が行われ、両首脳は26日の共同記者発表において「平和条約締結に向け、着実に前進する決意を2人で解決した。容易ではないが、私たちの世代で終止符を打ちたい」と平和条約の締結をめざす決意をあらためて訴えた。
 しかし、山口県で合意された共同経済活動の協議開始から、既に1年半が経過しているが、事業はまだ1つも始まっておらず、さらには経済活動の前提となっているはずの「特別な制度」の合意についても調整すらできていないのが現状の中で、元島民らでつくる返還運動団体は失望感と不信感をあらわにし、今後の交渉について「目に見える結果を」と要望した。

2. 領土交渉は相変わらずの平行線

 日本側の描くシナリオは、北方四島を日本とロシア双方の法律とは異なる法制度が適用される「特別な地域」とすることで解決につなげていくものである。しかし5月の首脳会談において、ロシア側は北方四島にはロシアの法律を適用するとの立場を崩していない。また、領土問題につながる共同経済活動についても慎重な姿勢であり、3月の大統領選において4選を果たしたプーチン氏と領土交渉を本格的に進めようとしていた日本側とは、当初から平行線の状態だったと感じる。
 かつて、プーチン大統領が「われわれに妥協が必要だ。それは『引き分け』のようなものだ」と発言したが、その言葉を受けて、捻り出されてきたアイデアが「特別な制度」だったのであれば、議論しなければならなかった問題を棚上げにし、目先の成果を求めるようなこと自体、そもそも交渉が平行線に陥るのは必至で、『引き分け』にたどり着くこと自体が成り立たないことだったのではないか。
 共同経済活動の5項目については「海産物の共同増養殖」「温室野菜栽培」「島の特性に応じたツアーの開発」「風力発電の導入」「ごみの減容対策」が掲げられているが、その先の課題である領土問題の解決と平和条約の締結に結び付いてくるのかを疑問視する声も聴くことが多々あり、また、ロシア側には経済協力と引き換えに日本が領土返還を求めてくると警戒する声も根強い中、日ロ間の認識に大きな隔たりを感じた。

3. 共同経済活動について

 2018年6月に、北方四島より交流のために北海道に来ている、いわゆるビザなし訪問団のロシア人家族の受け入れ事業に携わる機会があり、直接四島のインフラ開発等に係る声を聴くことができた。
 四島においては各種の施設の建設が進み、インフラ整備も進んでいるとの報道がされているが、現ロシア人島民の間には「子どもの教育を考えると、学校に上がる年齢になったら子どもと本土に移る」「四島の開発が進み、観光に力を入れられてロシア本土からは遠く、また、本土の人間は近隣諸国に行く方が安価であることから、四島に足を延ばす人はそれほど多くない」「中央まで、我々の声は達していない」等、ロシア中央からの整備がそれほど行き届いていないことを感じさせる声も聞かれた。
 しかし、それが「やはりロシア人は日本の経済交流を必要としている」と思い込むのは短兵急である。それは「日本との経済交流を進めていくかどうかは、島に住む自分達には決定権がない」「日本との経済交流で、我々の生活が劇的に向上するとは考えていない」等、かなり現実的な声もあったからである。
 一方で、日本側の経済関係団体も国から何も説明がないまま、経済活動に参加できる目途を立てることができない為に困惑している状況が続いており、共同経済活動への道はかなり難航するのではないかと感じている。
 そもそも論であるが、共同経済活動が順調に進めば領土問題が解決するということが確約されているものではなく、戦略を見直し、対ロ交渉については抜本的に練り直すべきではないかとの声も聞こえてきている。

4. むすび

 日ロ関係については、米国の存在も影響力を持っており、ロシア軍は国後島と択捉島に地対艦ミサイルの配備を進めてきており、更に近年の米ロ関係の冷え込みも、日ロ交渉に影響を与えている。日本への島の返還後に米軍が駐留することにロシアは強く警戒しているが、日本の主権の問題であることを政府はロシア側に理解させていくことが重要である。
 2018年は日本とロシアの人的、文化的な交流を活発させることをめざした「日ロ交流年」と位置付けられている中で、両国において様々な催しが計画され、また、開催されているが、領土問題の進展にはやはり相互理解が不可欠であり、交流を通じた意思疎通を進めるべきではないか。
 この日ロ間の相互理解を大きく進めるこの節目の年に、北方領土問題の解決に向け大きく前進し、更なる友好の強化が図られることを期待したい。