【要請レポート】

第37回土佐自治研集会
第9分科会 子どもと地域社会~子どもの居場所をつくるのは誰?~

 「学力・体力日本一、福井」、「幸福度日本一」大きな見出しが地元新聞を毎年のように飾ります。「働く女性58%福井が日本一」(2016年社会生活基本調査)という見出しも2018年の新聞の見出しです。そんな福井県ですが、越前市では経済的理由はもとより、色々な理由でちゃんと食事がとれなかったり、学校に行きづらくなったりする子ども達が一定の割合で存在します。2018年度より越前市では、官と民が一緒になって「子どもの居場所づくり」に取り組み始めました。「福祉のまちづくり」ではなく、「福祉でまちづくり」です。



子どもの居場所づくりは、市民の居場所づくり
―― 福祉のまちづくりから、福祉でまちづくりへ ――

越前市地域公益活動推進協議会・子ども応援隊わくわーく運営委員会・コーディネーター 佐竹  了

1. はじめに

 福井県越前市は、2018年4月1日現在、人口8万3,000ほどの小さなまちです。小中学校児童生徒数は約6,700人余。市内17小学校校下に27の学童保育(児童クラブ)があり、主に低学年の児童を中心に放課後の保育が展開されています。学年進行に伴い、学童保育を卒業すると、放課後はスポーツ少年団の活動に参加する子と家に帰る子に分かれます(4年以上で約2,300人)。共稼ぎ率の高い福井県ですから、三世代同居率が高いとはいえ、家族が仕事から帰るまで子どもだけで待っている家庭も多く、「子どもの居場所づくり」が課題となっています。

2. 越前市の学校現場における福祉活動を教材にした体験学習

 日本の学校教育はナショナルカリキュラムです。掛け算は2年生という具合に、学習する内容は全国津々浦々どこにいっても共通です。そのような中、『福祉』も子どもたちに学ばせたい事項として位置づけられてから15年以上たちます。福祉を学ばせる手立てについては、子どもや地域の実態に即した展開が認められており、越前市においては、体験的・実践的な福祉の学習を展開してきています。
 1歳未満の赤ちゃんが中学校に来て展開する『命のぬくもり赤ちゃんだっこ体験学習』。中学生による視覚障碍者ランナーの伴走ボランティア、お年寄りと秋の一日を菊人形会場で過ごす『菊人形deデート』など、疑似ではない本物の福祉体験を通しての学習です。誰かのために役に立つ自分を実感できるこの活動は、自尊感情や自己有用感を育み、且つ、福祉的な視点とシチズンシップを醸成してくれ、16年目を迎える伴走ボラには、社会人になった卒業生が、指導者となって活動に参加し続けてくれています。

  
命の温もり赤ちゃん抱っこ体験学習伴走ボランティア菊人形deデート

3. 公的支援を待たずに

 2016年5月。誰でも気軽に寄れる居場所「でまり茶屋」(野尻医院内)に市民有志が集まり、市民からの支援を募り、月二回の「みんなの食堂」が立ち上がりました。佐竹は2017年3月末で公立学校を退職し、4月に相談室に着任しました。そこで、ひとり親家庭の子どもへの学習支援『宿題しっかり「やるゾウクラブ」』を立ち上げ、5月中旬からスタートしました。教員OBと学生ボランティアを募って、週二日の開催です。「やるゾウクラブ」スタートと同時に、前の「みんなの食堂」からも学習支援立ち上げの協力を求められました。「みんなの食堂」の学習支援は、別途教員OBを募り、食堂開催日を外して設定して7月に仮スタートしました。Bto F(before to future)と参加生徒たちが名づけた学習会は、不登校の子、特別支援学級の子、特別支援学校の子など食堂に来ていた子ども達に声掛けして始まりました。1人親家庭限定の『やるゾウクラブ』とちがって、参加資格に制限のない「誰でも来ていいよ」の『Bto F』でした。

4. 市内全中学校校下に(明らかになる課題)

 2017年度途中に、今後市内全中学校校下に一か所は子どもの居場所として、学習支援の場を設けるという市の方針が示されました。「やるゾウクラブ」も「Bto F」もまだ手探りで毎回の教室を開催している時期でした。1年が見通せないという中で、一番の不安材料は指導者の確保でした。次に、実施会場の確保問題があがってきました。

5. 課題解決に向けて

(1) 地域に貢献する教員OB……教える原点の楽しさを
 「やるゾウクラブ」、「Bto F」で指導にあたる教員OBは、子どもたちの前や横に座って見ていきます。その子のつまずきを見つけて、その子がわかるまで寄り添う姿があります。「わかった」「あっ、そうか」そんな子どもの声は、教員OBが「教える原点」に戻れる瞬間です。放課後に残して教えたくても、会議や安全上の都合で子どもを残せないことの多い今の学校があります。あともう少し関われたら……そう思っている現職教員は多いと思います。また、今後10年間、福井県は教員の大量退職の時代を迎えます。現役時代は忙しくて地域貢献もなかなかできなかった。そんな教員が退職して居住区の子ども達の学習支援にあたることは、長年のキャリアが生かされ、教員OBが自己有用感を感じることのできる一番の活躍の場になると同時に、地域にとっても大きなプラスになります。退職したら、週に一日90分ほど地域の子ども達のために活動する。このことを、越前市退職教員のモデルにしていきたいと考えています。子どものためにと立ち上がった教員OBが『教える楽しさ』に再び出会う……ウインウインリレーションです。

(2) 学生ボランティアの確保……単位化できないか
 やるゾウクラブには福井高専と仁愛大の学生にも指導に入ってもらい運営をしてきました。しかし、年度が替わると卒業し、安定的に指導者を確保することが課題となっていました。
 そこで、越前市にある仁愛大については、市と大学でプロジェクトチームを立ち上げ、子どもの居場所づくりについての連携を模索していくこととなりました。そのバックアップの一つが、学習支援の学生ボランティア参加を単位として認めるというカリキュラム化です。
 2018年問題として全国の大学の課題になっている学生の確保にむけての一方策にもなります。子どもの教育に関わる仕事をめざす学生が地域で地域の子どもに関わることで、子どもたちはもとより、地域にもそして学生にも大学にもメリットを見出していく「地域がキャンパス」というコンセプトの具現化にむけて、2018年度から動き始めました。

(3) 決まった形を求めない。無理しない。その地域だから、その地域でしかできない展開を
 子ども食堂に集まってきていた子どもを中心に始めた地域。お寺で行っていた子ども座禅会を発展させた地区。地区集会所を会場にした地域、道具屋跡を教室にした地区など、狭い町とはいえ無理をせずに、ある人材、ある施設、地域の特色をいかし、無理のない運営が継続発展につながると考えています。地域の持つ力を最大限に活かし、足りない部分をサポートするというのが、コーディネーターの基本的立ち位置です。

(4) 市内全社会福祉法人19団体が一つになって「笙ネット」
 社会福祉法人制度改革に伴い、社会福祉法人にあっては地域における公益的な取り組みを実施する責務が生まれました。そのような背景の中、市内19の全社会福祉法人が加入し、越前市地域公益活動推進協議会(笙ネット)が立ち上がりました。多様な「地域公益取組」を協働で実施するための自主組織です。気がかりな親子を学習支援の場につないだり、実施団体の求めに応じて、活動場所や移動手段を提供したりしていきます。
 その笙ネット傘下に、学習支援実施団体への運営支援・助成活動と、学習支援団体の育成活動、福祉でまちづくりを企図した市民啓発活動に特化した「越前市子ども応援隊わくわーく運営委員会」を組織して、2018年4月から市内各所での子どもの居場所づくり開設への支援活動を開始しました。8月1日現在、7中学校校下で3か所はすでに活動を行っており、9月には新たに4か所が開設の運びとなる予定です。

  
片屋あつま~れ(ゼミ生と) 平出 Bto Fみんなの勉強室くにたか

(5) 新たな課題
 学習活動の回も重なり、子ども達と支援の大人の距離が近くなる中で、子ども達は少しずつ「自分」を出してきました。「自分を出してもいいんだ」「本当の自分を知ってほしい」そんな気持ちが伝わってくるようになりました。一口に不登校と言っても、背負っている問題は一人一人違います。経済的困窮、DV、発達障害、その他……。学校でも家でも言えないけれど、ここでは……。学習が終わった後の自由な時間が、ピアカウンセリングルームのようになりつつある場面も感じています。緩やかな繋がりが生む居場所が、居場所として認知されてきていることを喜ぶと同時に、期待される責任の重さに改めて身が引き締まります。要保護児童対策地域協議会につながる専門の相談機関との更なる情報共有と連携・役割分担が喫緊の課題です。

6. 高校合格を祝う会に集う

(1) 経験できなかった学び
 3月29日。2017年7月からスタートしていた野尻医院内の「Bto F」で、学習会に参加していた中3生10人の、高校合格を祝う会が開催されました。「年長組」と呼んでいる学習支援のサポートに来ていた元不登校の社会人や高校生が発起人となって準備が始まりました。進行シナリオ作成から会場の飾りつけまで、学校祭や学級お楽しみ会準備のようでした。ただ、不登校だった生徒たちにとって、誰かのために役に立つ活動は初めてであり、1人の高校生は当日の夜中2時まで母親と一緒にクッキーを焼くなど、貴重な学びなおしの場となりました。

(2) みんな役に立ちたい……できることを持ち寄って
 祝う会には、学習会の時に毎回おにぎりを握ってくださっていた方や、みんなの食堂に調理に来てくださっていた方々も、「せっかくなのでご飯を作ろう。」「お祝いのケーキも作ろう。」と、次々に集まってくださいました。また、地域の大人も、「誰かの役に立つ自分」を求めていることがわかります。
 高校進学をお祝いする会でしたが、年長組の計らいでお世話してくださったスタッフへの感謝のサプライズステージも設けられ、参会者みんなが達成感を持って一年目の取り組みを振返ることができました。
 この年長組の経験が、2018年5月に敦賀市で開かれた「広がれ子ども食堂の輪 全国ツアーinふくい」でのパネル展示作成や、市内民生委員研修会におけるスライド資料を不登校の中学生が作成するという活動につながりました。
 不登校経験のある社会人や高校生の存在は、不登校や相談室登校の生徒にとってはロールモデルであり、つらい思いに共感してくれ、その思いをしっかりと受け止めてくれる存在でもありました。私たちが年長組と呼んでいる不登校経験者は、そんな中学生からすれば頼れる大人の社会人や年上の高校生です。しかし、その社会人や高校生も、実は仕事上のことや学校のことなど色々な心配を抱えており、「かつての自分」のような中学生との交流で、自分を取り戻す場になっていることを伝えてくれた元不登校の社会人がいました。不登校経験を経て大学を卒業し、2018年社会人になった一人も、退社後40分かけて学習支援が終わった会場に駆けつけてしばらくの時間を過ごしています。この場が、子どもたちの場であると同時に、地域の色々な大人の集う場になっていることを改めて実感しています。

7. 居場所づくりはまちづくり

 伴走ボラの練習会に、社会人になった卒業生が中学生のサポートに入ってくれるように、地域の大人たちに「大切にしてもらった記憶」をしっかり刷り込まれた子ども達は、将来、どこで生活をすることになっても、支える側にまわり、自身の弱さを地域とつながる力に変えて、地域を作っていってくれる一人になると思います。そのことはやりがいがあって楽しいことだと、刷り込まれているからです。
 夏休み前の7月初めのことです。Bto F代表の野尻さんの携帯に、中学時代の不登校を乗り越えて高校進学した1人から「明後日、国語の県模試。漢文が全然わからん。助けて」とメールが入りました。佐竹にヘルプの連絡があり、「やるゾウクラブ」に入っている国語専科の教員OBに急きょ入ってもらいました。中学時代の抜けていた部分を学ぶ姿勢は、対応させてもらったスタッフが見ていてもすがすがしいものがありました。
 また酷暑の今夏、特別支援学校高等部に在籍する兄が弟を夏の学習会に送ってきては、迎えの時間までどこかに行ってしまいました。心配をしたのですが、彼の行先は先出の「みんなの食堂」の会場を共用しているお年寄りの『手まり茶屋』でした。兄弟も通うみんなの食堂で顔がつながり、食堂の開催日や時間帯でなくても、「誰か」がいてくれる「場所」にやってきてすごす。そこには、「迎えてくれる人」がいる。
 福祉でまちづくりの所以です。

 
お祝いケーキ作り
平出Bto F 高校入学おめでとう会 3月22日 『いつでもかえっておいで

菊花マラソン スタートとハーフ折り返し地点の「勝手に応援隊」による応援演奏
 
花筐子ども太鼓「勝手に応援隊」
南越中吹奏楽部「勝手に応援隊」
武生二中吹奏楽部「勝手に応援隊」
指揮は顧問の息子