【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第10分科会 みんなで支えあおう 地域包括ケアとコミュニティー

 全国各地で取り組みが開始されているフレイル予防事業について、都内で最初に着手し、市の重要施策として取り組んでいるところです。
 ここでは、事業開始までの経緯から、今後の展望まで、当市のフレイル予防事業の全体像を現場の職員の立場から詳しく紹介します。



市民と共に作り上げる予防事業
―― フレイル予防を起爆剤にした地域づくり ――

東京都本部/西東京自治研究センター 徳丸  剛

1. 西東京市の現状

(1) 市の概要
 西東京市は、2001(平成13)年に旧田無市と旧保谷市が合併して誕生した市です。都心から20㎞圏で区部に隣接しています。市の面積は15.75平方キロメートル(東西4.8キロメートル、南北5.6キロメートル)、人口密度は区部を除く東京都多摩地域で2位の過密さとなっています。

図1 西東京市の位置

(2) 市の課題
 人口は2018(平成30)年4月1日現在20万1,292人、今後、団塊の世代が75歳以上となる2025(平成37)年には人口が減少する一方、高齢化率は、25.1%に増加します。そのうち75歳以上の後期高齢者の占める割合は58.2%と予測しており、急激な高齢化と単独世帯数の増加、認知症高齢者の増加への対応が求められています。
 また、地域活力の低下や地域コミュニティの衰退といった状況も懸念され、地域コミュニティの再構築が求められています。このため、多世代にわたり健康でいきいきと暮らすためには、こころと体といった保健医療の分野にとどまらず、社会や経済、住まいや教育など行政のあらゆる分野における健康水準の確保が課題となっています。

(3) 市全体の目標
 上記課題を踏まえ、当市では、「健康」応援都市の実現を戦略の機軸に位置づけ、2014(平成26)年7月にWHOが提唱する健康都市連合に加盟しました。2016(平成28)年3月には、行政サービスを提供する職員の働き方改革の一環として、市と職員労働組合で「健康な職場環境を目指す健康市役所」宣言を締結。2017(平成29)年5月には、市長、管理職が、『「健康」イクボス・ケアボス宣言』をしました。
 このように、「地域・住民が互いに支えあう(応援する)まち」=「『健康』応援都市」の実現をめざし、地域包括ケアシステムの構築に向けた施策を進めています。

2. 市民のための、市民の手によるフレイル予防

(1) フレイル予防研究
 しかし、地域包括ケアシステム構築のためには、地域づくりに関して更なる取り組みが必要だと感じていましたが、有効な解決策が見つからない状況でした。そのような状況の中、東京大学高齢社会総合研究機構(以下「機構」という。)において研究が進められていた「フレイル予防研究」を知る機会を得ました。
 現地視察では、後に述べるフレイルサポーターさんや参加した市民の方たちの生き生きとした顔が、すごく印象に残りました。
 私は、それまで主に庁内の管理部門ばかりで市民とのふれあいは少なかったのですが、現在の部署に移って最初の夏のことでした。同行した部長とも「これは素晴らしい」と一致し、急遽取り組むことになりました。

(2) フレイルとは?
 いわゆる虚弱状態のことを指すフレイルは、健康な状態と介護が必要な状態の間を指す言葉であり、より早く気づき予防すればするほど健康な状態に戻る幅が大きくなると言われています。
 また、機構のフレイル予防研究の結果、これまでの介護予防で盛んに注目されてきた身体の虚弱からではなく、社会性の低下がフレイルの最初のきっかけとなることが分かってきました。

(3) 市民のための市民の手によるフレイルチェック
 このため、自身のフレイルの状態を確認するために機構教授の飯島勝矢の研究チームが考案した「フレイルチェック」は、参加者自らが、シールを張り、記入して、自分の今の状態を認識することで、自身のフレイル状態を自分事化することを目的に作られています。
 また、フレイルチェックは、これまでの介護予防のように専門職や行政職員が講座を開いて行うものではなく、「市民のための、市民の手による」ことを目的とし、一般の元気高齢者からフレイルチェックの運営者として「フレイルサポーター」を養成し、活躍の場を提供することが画期的でした。
 我々は、市民自ら担い手になることで、担い手となった人達を地域づくりの核となる人材に育てることにつなげていきたいと考えています。

3. 西東京市が取り組む理由

 フレイルチェックと出会って私たちが考えた、西東京市が取り組むべき理由は大きく3点が挙げられます。

(1) 介護予防事業に継続性を持たせ効果検証が可能となる
 フレイルチェックによって、フレイルの状態を定期的(半年程度)にチェックし、半年ごとにフレイルの状態が数値化されます。これによって、このフレイルチェックの受講者自身の気づきと共に、チェックとチェックの間の活動(既存の介護予防講座等)への参加をうながすことによって、それぞれの取り組みの効果検証が可能となり、参加者の予防意識の継続性も持たせることができます。

(2) 参加者を仲間づくり、地域づくりの核として活用できる
 フレイルサポーターは、これまでの他自治体の事例から特に男性高齢者が多く、今まで地域へ出るきっかけが無かった意欲のある男性高齢者を獲得できます。これによって、退職後の男性など、これまでの経験を活かして地域づくりへの核となってもらえる人材を呼び込むことができます。実際、当市のサポーターも半数近くが男性です。
 また、フレイルチェックへ参加した市民に対しては、社会参加の一環として地域のサークル、高齢者クラブ、ミニデイ等を紹介することで、本人のためのみならず、紹介した団体の活性化につながり、ひいては仲間づくり、地域づくりを促進し、孤立する高齢者を減らすことにつながります。

(3) 将来的な介護給付費を減らすことが可能
 フレイルの段階で予防することで、高齢者が要介護状態になるまでの期間を延伸することができます。このことによって、将来的な介護給付費の伸びを抑制する効果が期待できます。

4. フレイルチェックを開始するまで

(1) 東京大学高齢社会総合研究機構と連携協力に関する協定を締結
 市が抱えるいくつもの課題について、フレイルチェックをきっかけに解決できると考えたことから、2016(平成28)年12月に、主にフレイル予防を目的に機構と市で連携協力のための協定を締結しました。
 今後はこの協定の趣旨も踏まえながら、機構とフレイル予防に止まらない地域づくりに向けた協力をしていきたいと考えています。

写真1 連携協力に関する協定締結式(2016(平成28)年12月20日撮影)
(左側)東京大学高齢社会総合研究機構教授 飯島勝矢 氏
(右側)西東京市長 丸山浩一

(2) フレイル予防講演会を開催
 2017(平成29)年1月には、フレイルチェックを始めとするフレイル予防事業を西東京市内で進めていくために、「フレイルとは何か?」から市民と専門職が共に学ぶための講演会を開催し、飯島教授を講師としてお招きしました。
 終了後の参加者アンケ―トの御意見には、「非常に具体的なお話でわかりやすく、フレイルにならないぞ!!という気持ちになれた」、「フレイルチェックも、楽しそうでぜひやってみたいと思った」、「自分を知ることがまず大事、気付くことで変わる、自分自身で考える」などがありました。
 この講演会をキックオフとして、フレイル予防事業を市の重要施策の一つとして取り組んでいます。

(3) フレイルサポーターを養成
 実際のフレイル予防の事業としては、2017(平成29)年4月に行われたフレイルサポーターの養成研修が始まりです。その後、同年9月、2018(平成30)年4月にも養成研修を行いました。
 この養成研修で募集したフレイルサポーター候補は、市内ですでに様々な活動をされている市民の方や、先に述べたフレイル予防講演会でサポーターになりたいとアンケートに回答された方にお声掛けし、計45人の方を養成しました。現在は、この方たちが市内で行われるフレイルチェックを運営しています。

写真2 第1回フレイルサポーター養成研修終了後の記念撮影
(2017(平成29)年4月20日撮影)

 

(4) フレイルトレーナーの選出
 フレイルサポーターを養成、指導していく役割を担うフレイルトレーナーとして、市内の理学療法士と柔道整復師の計3人を選出しました。
 このフレイルトレーナーも先の養成研修に参加し、フレイルサポーターと共に市内のフレイルチェックを始めとするフレイル予防事業の運営の中核を担っています。また、他自治体の講演会や養成研修への派遣も行っています。

5. フレイルチェックを開始して―西東京市の取り組みの特徴―

(1) フレイルチェックの開催状況
 2017(平成29)年5月に、市内第1回目のフレイルチェックを行いました。
 当日は、飯島教授をはじめとする機構の研究チームにお手伝いいただきながら、フレイルトレーナーとフレイルサポーターが運営しました。
 2017(平成29)年度中は、市内8カ所で1回ずつの新規フレイルチェックを実施し、2018(平成30)年度以降に順次開催回数を増やしていく予定です。

写真3 フレイルチェックの様子(2018(平成30)年5月22日撮影)

(2) フレイルチェックのリピート率向上に向けた取り組み
 フレイルチェックは1度受けて終わりではなく、何度も受け、自身の状態の変化を自覚していくことが重要です。
 このため、当市では、半年後の2回目のフレイルチェックでは新規の参加者募集は行わず、1回目のフレイルチェックを受けた市民のみに参加いただくことにしています。
 これは、当市ではフレイルチェックを地域に分けて実施しており、会場ごとに参加者の対象地域も限定しています。このため、同じ地域の市民同士が集まることになり、その市民同士でも仲間づくりを行いたい、という狙いがあります。
 この狙いの実践やリピート率向上に向けた取り組みとして、2回のフレイルチェックの間に、独自の取り組みとして「フレイル予防のためのミニ講座」を開催しています。内容は、参加者同士の仲間づくりや、フレイルチェックで自身の弱点に気づいた方向けに、自宅で出来る運動・栄養・社会参加についての簡単な講座です。
 さらに、2回目のフレイルチェックの前に、郵送で再通知も行っています。
 このような取り組みを進めた結果、当市における2回目のリピート率は平均60%以上を達成しています。

(3) 地域活動情報誌の作成
 フレイルチェックを受けて、自身の改善したい項目が分かった後、どのように既存の予防活動等につなげていくのかが重要です。
 このため、当市は、フレイル予防の三つの柱ごとに講座や地域活動をまとめた地域活動情報誌「Keep Going」を、フレイルチェックをすでに導入している神奈川県茅ヶ崎市様の取り組みを参考に作成し、フレイルチェック参加者に配布しています。

(4) フレイル予防出張講座の開催
 当市では、市の広報誌、ホームページ等の様々な媒体を通じて、フレイル予防の普及・啓発に努めています。その結果、地域の団体から「フレイル予防について知りたいので講座をやってほしい」という要望が寄せられるようになりました。
 しかし、フレイルチェックは、計測のためにある程度の広さの会場のスペースを確保する必要があり、全体で2時間以上の時間がかかるなど、一定の制約があります。このため、フレイルチェックの体験版として、既存の地域団体向けに、フレイル予防の説明と簡単なチェックのみの1時間程度の出張講座を実施しています。この講座の狙いは、本番のフレイルチェックへの誘導や、後に述べる、地域団体サポーターの機運づくりとしても活用しています。

6. フレイル予防に取り組んでみて

(1) 既存の行政の予防事業との連動
 以上のようなフレイル予防の取り組みを開始するにあたって、当市では庁内検討チームを立ち上げ、介護予防を担当する部署、健診等の若年予防を担当する部署が参加し、フレイル予防についての各種検討を行っています。この中で出た提案から、フレイルチェックを行う会場のいくつかを市の福祉会館で行い、そこで行われている既存の予防事業につなげる取り組みも進めています。
 この検討を進める中で、フレイル予防は市役所内の連携を進めるツールにもなりうると実感しています。

(2) 市民の関心の高さ
 2018(平成30)年度から始まった第7期の介護保険事業計画の策定にあたっての市民調査で、「市が取り組むべき介護保険・保健福祉サービス」として要望のトップが「介護が必要な状態にならないための予防に関する事業」であり、全体の4割を超えています。実際に、フレイル予防講演会も応募が殺到して断らざるを得ない状況になりましたし、フレイルチェックも毎回定員オーバーの状況です。
 また、先に述べた出張講座は、口コミなどで拡がり多くの団体から開催要望が来ています。
 このように、フレイル予防というキーワードをきっかけに、確実に市民の健康に対する「予防の意識」が高まっていると実感しています。

7. 今後の課題と展望

(1) 急増する高齢者への普及
 最初に述べたように、当市においても急速な高齢化により、フレイルチェックの対象となるべき高齢者が増加し、潜在需要は大きいものと考えています。しかし、今後、その全ての需要に市の取り組みだけで対応していくことは、事実上、難しいと考えています。
 また、もともとフレイル予防では第一に「人とのつながり」が重要であり、さらにフレイルチェックは「市民による市民のための事業」をめざしています。
 そのため、フレイルチェック自体を既存の高齢者クラブや団地自治会などの住民団体が主催し、所属する会員や周辺住民が継続して参加するモデルを作っていきたいと考えていました。
 そのような中、出張講座を受けたことでフレイルチェックに興味をもったいくつかの団体から、「自分のたちの団体でも自主的にフレイルチェックをやってみたい」という要望が自然と上がりました。
 そこで我々の構想と団体の要望が一致したことを受け、ある一つの団体と話し合いを重ね、2018(平成30)年3月に、最初の住民団体向けのサポーター養成研修を実施し、フレイルチェックも開催しました。

写真4 住民団体でのフレイルチェック

 これまでフレイルチェックは市が主体となって運営してきましたが、先に述べたフレイル予防事業の大きな目的である「地域づくり」のためには、このような住民団体によるフレイルチェックの自主化の取り組みが非常に重要だと考えています。
 今後は、市が実施するフレイルチェックと並行して、すでに地域で自主的に運営され地域に根差している住民団体自らがフレイルチェックを実施することで、地域のつながりの強化、実施団体の活性化等につなげ、地域づくりの起爆剤としていきたいと考えています。

(2) 専門職への普及啓発
 専門職への普及啓発も重要です。
 フレイルという言葉自体が新しいこともあり、市内の専門職でもまだ十分な周知ができていると言える状況にはありません。このため、市の専門職団体会員へのフレイル予防の関連資料の配布はもちろんのこと、専門職向けの勉強会等での周知活動や講演、市で最大のイベントである「西東京市民まつり」においてフレイルをキーワードにした専門職同士のコラボイベント等を実施しました。

写真5 西東京市民まつりの様子(2017(平成29)年11月12日撮影)
※ 左から柔道整復師会、薬剤師会、医師会、歯科医師会のブース

 将来的には、医師、歯科医師、薬剤師など、市内のあらゆる専門職が、フレイル予防について熟知し、市民がフレイルチェックシートをクリニックや薬局に持参すれば、専門的なアドバイスを受けられる状況にしたいと考えています。

(3) 庁内の連携体制の構築
 フレイル予防は、単なる予防事業ではなく、まちづくりそのものの起爆剤になると考えています。今後は、自治会・町内会を担当する部署や、都市計画に関する部署等、直接的な関係部署以外とも連携していく必要があると考えています。

8. まとめ

(1) やらされていない事業
 フレイルチェックでは、参加した市民から、わざわざ尋ねなくても「受けてよかった」という感想が聞かれます。本当に楽しんで受けてもらっているのだと思います。
 ある日のフレイルチェックで、たまたまその日が誕生日の80代の参加者がいらっしゃいました。最後の振り返りの後、「今日誕生日の方がいらっしゃいます」とサプライズでプレゼントをしました。握力を鍛える簡単なボールです。「最近ずっと、祝ってもらったことがなかった」とすごく喜ばれ、温かい笑顔につつまれたことが印象に残っています。
 みなさんの笑顔を見られるからそこに行きたい。だから"やらされている感"はありません。

(2) サポーターさんと共に
 サポーターさんも熱意をもってやってくださっています。市民の方と窓口でのつきあいもなかった私が、初めていっしょにやってみると、どんどんと改善のアイディアが出てきて、市民の方々の力は本当にすごいと感じています。その方々と仲間になれていると感じられて、すごくやりがいがあります。

写真6 今後のフレイル予防事業について話し合うトレーナーとサポーター

 実際、サポーターから「市の職員が一生懸命取り組んでいるのがわかるから自分達はやっている。事業をこなすというような態度だったら自分達もそれなりの態度でしか取り組まなかった」と言われた言葉が耳に残っています。別のサポーターさんからは、「同じ目線で接してもらえるので、我々サポーターも助かっている。行政というとどうしても上から目線になりがちだが、そうじゃなくて本当に同じ目線で、これまで何十年もつきあってきた仲間のように感じる」と言っていただいたこともあります。

(3) 最後に
 以上のように、西東京市は2017(平成29)年度から本格的にフレイル予防の取り組みに着手し、少しずつですが市内に広まっている実感はあります。今後は、この取り組みをしっかりと効果検証し、他の自治体の事例も取り込みつつ、さらに体系化されたシステムとして完成させていきたいと考えています。
 そして、このフレイル予防は目的ではなく、あくまで予防をキーワードに新たな切り口でまちづくりをめざしていくきっかけとなる手段であり、市民がより長く健康に暮らし、安心して最期を迎えられる、地域包括ケアシステムの基盤とするため、今後もさらなる改善と普及に努めていきます。