【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第12分科会 新しい公共のあり方「住民協働」理想と現実

 地方においては、「まち」は縮小、「ひと」と「しごと」は都市圏に流出という現実的な問題に直面しています。これまでのような自治政策では対処しきれない時代となり、より地域に密着したまちづくりが求められています。滋賀県地方自治研究センターでは、このため地域で支え合う仕組みづくりが将来につながるものであるとして取り組みを進めてきました。このときの行政の役割とは何か考えてみました。



地域共生社会に向けた住民協働のあり方について
―― 2017年度しが自治研の活動から行政の課題を考える ――

滋賀県本部/滋賀地方自治研究センター・理事 鈴木  裕

1. はじめに

 滋賀地方自治研究センター(以下、「しが自治研」といいます。)は1993年に設立され、「住民、自治体職員、研究者が対等の立場」で「地方自治に関する制度、政策」に関して、「自由な議論と研究」を行う機関とすることが趣意書で定められています。当センター役員も住民、自治体職員、研究者などで構成しています。
 近年、注視しているのは、少子高齢化から人口減少に向かう自治体が置かれている環境の変質に伴い、地域が将来に向けて持続可能なものへと存続・発展していくために、「まちづくり」の考え方、手法が急速に変わろうとしていることです。地域共生社会の実現には不可欠となる「住民協働」ですが、"モデルなき近代化"などと言われるようにいまだ模索が続いています。地域を共生社会へと発展させていくため、これに対応した仕組みづくりが求められていると考えており、2017年度はこれに即した活動に取り組んできました。
 これらの活動から見えてきた課題を「行政」に焦点をあてレポートします。

2. 「地域」をめぐる国施策の展開としが自治研の取り組み

(1) 地域包括ケアシステムから地域共生社会への展開
「地域」をめぐる国政策の流れ
2010年 社会保障審議会介護保険部会
⇒地域包括ケアシステムの構築
2011年 障がい者基本法改正⇒地域社会の共生等
2012年 生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会
⇒生活支援戦略
2013年 社会保障制度改革国民会議報告
⇒・すべての世代が相互に支え合う仕組み
 ・地域づくりとしての医療・介護・福祉・子育て
2014年 まち・ひと・しごと創生基本方針
⇒・多世代交流・多機能型生活サービス支援
 ・高齢化・単身化を地域で受け止める「地域包括ケア」
    医療・介護総合確保推進法⇒地域包括ケアシステム
2015年 生活困窮者自立支援法
    新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン
⇒全世代・全対象型地域包括支援
2016年 一億総活躍国民会議[一億総活躍プラン]
⇒生涯活躍のまちづくり 「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部
⇒地域共生社会の実現に向けて(当面の改革工程)
【出典】しが自治研センター理事作成
    滋賀県職員研修資料(一部修正)
 2010年に提唱された地域包括ケアシステムをきっかけに、2013年には社会保障制度改革で「すべての世代が相互に支え合う仕組み」づくりと「地域づくりとしての医療・介護・福祉・子育て」へと発展し、その翌年2014年にはまち・ひと・しごと創生基本方針で「多世代交流・多機能型生活サービス支援」「高齢化・単身化を地域全体で受け止める地域包括ケア」へとなりました。
 その後、医療・介護総合確保推進法や生活困窮者自立支援法を経て、2015年の新たな時代に対応した福祉の提供ビジョンで「全世帯・全対象型地域包括支援」、一億総活躍プランで「生涯活躍のまち」へと、さらに「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部による「地域共生社会」へとつながっています。
 「地域」をめぐる国政策が急激な展開を見せています。当初は「地域包括支援センター」を拠点に、医療・介護・福祉・子育てを地域の助け合いで支援するという方向でしたが、その「地域」自体が人口減少で消滅危機を迎えるかもしれないという状況により、コミュニティの成り立ちを重視した地域づくりへと展開しています。
① 地域共生社会の実現
 「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部の「地域共生社会への実現に向けて」では、地域共生社会を「制度・分野ごとの『縦割り』や『支え手』『受け手』という関係を超えて、地域住民や地域の多様な主体が『我が事』として参画し、人と人、人と資源が世代や分野を超えて『丸ごと』つながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」としています。
 この改革工程としては、2020年までに一定の制度等を確立して、以降、地域共生社会に向けた本格的な取り組みが始まることとなっています。したがって自治体に求められているのは、「制度・分野ごとの『縦割り』」の解消、「『支え手』『受け手』という関係」を超えた施策の実施、「地域住民や地域の多様な主体が『我が事』として参画」するシステム、「人と人、人と資源が世代や分野を超えて『丸ごと』つながる」制度を、それぞれの地域実態に合わせてどのように作り上げるかということになります。
 また、新たな福祉の提供ビジョンでは、「包括的な相談支援システム」、「効果的・効率的なサービス提供のための生産性向上」「総合的な人材の育成・確保」「高齢、障害、児童等への総合的な支援の提供」という新たな時代に対応した4点の視点があげられています。つまり、それぞれの自治体が現有する運営システムを、これらの視点でどのように変革できるかということにかかっています。


(2) しが自治研の2017年度事業から
BIWAKO曼荼羅
SIMふくおか2020
① 滋賀県自治研究集会(2017年8月20日)第1分科会より
 2017滋賀県自治研集会(しが自治研・自治労滋賀県本部共催)の第1分科会は、「"平成の大合併"から10年、自治体の課題と展望」と題し、東近江市職員労働組合による組合員意識調査の結果報告、しが自治研から「地域自治組織の動向と今後の考察に向けて」を報告し討論しました。
② BIWAKO曼荼羅寄席(2018年1月14日)より
 滋賀県内の地域づくりに取り組む30団体200人が参加。参加団体からのパネル展示とリレースピーチによる活動紹介で、相互の活動内容の理解を深め、異種分野ながら互いの連携の可能性を探る交流を深めました。
③ SIMふくおか2020(2018年5月20日)より
 県内外から100人が参加。福岡市の財政をモデルに2020年の地域の将来像を予見しながら、まちづくりに必要な予算の組み立てを体験しました。行政職員だけでなく、市民や地域づくり団体のメンバーが参加し、税をどのように配分すべきか議論し、それぞれの立場を乗り越え、どのような地域にしたいか熱心に話し合われました。
④ しが自治研第26回定期総会(2018年6月30日)記念講演より
 東近江市三方よし基金の事例を中心に、地域における社会資本形成の取り組みについて、龍谷大学政策学部・深尾昌峰教授から講演していただきました。このなかで行政の役割として、市民力を生かすことの重要性が述べられました。


3. 「住民協働」に関する課題とあるべき姿

(1) 見えてきた課題
 2017年度のしが自治研の活動から見えてきた課題は次のとおりです。
① 活発化する多様な主体の体系化
 「地域共生社会」の実現に向けて具体的に施策が動こうとしているなか、この重要な要素となる多様な主体が地域にどのように存在し、それぞれの主体が地域共生社会の一員として互いに連携し、チームとしてより大きな力を発揮させるネットワークを作り上げることが不可欠です。
 2018年1月14日に開催した「BIWAKO曼荼羅寄席」は、制度・分野を超えて参加してもらい、互いの理解を深めながら、それぞれの立ち位置を確認してもらうため行ったものです。その結果として、琵琶湖を取り囲む曼荼羅絵図のようにネットワークを完成させたいとの願いを込めています。活動団体からは、行政に対して「どのように相談してよいかわからない」「予算がないといわれる」など不満の声が聞かれましたが、その姿勢に一定再認識したなど、地域づくりのパートーナーとしての期待は高いものがあります。また行政職員からは住民活動がこれほど組織的に動いているのかと新たな発見があったようです。
 今後必要となるこの体系化は、地域によってはすでに取り組みが始まっているところもありますが、全く手つかずのところもあり、地域の格差が大きいものがあります。
② 地域経営の視点の欠如
 2018年6月30日のしが自治研定期総会記念講演では、こうした地域共生社会の実現に向けて、これを持続可能な地域づくりとしていくためには、その地域での社会資本の循環がいかに大切かを学びました。講師からは、最初に協議に入ったときに行政からの拒否感を崩す大変さがあった半面、理解が進むと予想外の部局から協力を得られるなど職員の熱心な姿勢が評価されました。また参加者からは「県の役割は何か」など質問がありました。しが自治研では、これを"生業(なりわい)としての成立"と呼んでおり、これにより多様な主体の活動が確保され、地域経営が成り立つと考えています。これは先細る補助金・交付金行政からの脱却を可能にするものですが、長い自治の歴史から行政、住民ともなかなか理解が進みません。しかし地域系という視点に立った「住民協働」のあるべき姿を考えるとき、これを実現しないと行政にとっては先詰まりとなり、一方住民にとって「住民協働とは行政の押し付け、下請けの増加」という意識から脱却することができないと考えられます。
③ 住民協働システム形成への行政の迷走
 滋賀県内の自治体のほとんどが「住民協働」をその基本計画に書き込んでおりその必要性を認識しています。ただその位置付けは千差万別で、地域経営の視点とするものや、一事業とするもの、事業の実施方法とするものなどがあります。担当は総務部局にあるところや市民部局にあるところなど様々です。
 その原因としては、コミュニティ施策としての「まちづくり協議会」や福祉としての「地域包括ケア」「地域共生社会」など新たな「地域」に対する行政の考えが生まれてきて、これに対する地方自治体の受け取り方に差異があり、このような状態が「住民協働」に対する職員の意識を混乱させていると考えられます。しが自治研が自治体に対してアプローチする際には、政策としてとらえて企画部門が関心を示すところや事業部門に回されるところなどかなり自治体によって差異があると感じられます。

(2) 行政が取り組むべき課題
① 住民協働においては、行政も多様な主体の一つであること
 「住民協働」とは、多様な主体が参画する地域経営システムのことです。この線上に新たな住民と行政の関係が生まれるわけですが、住民対行政の関係ではなく、住民も行政も多様な主体の一つで対等な立場になります。そして「地域共生社会」の実現をめざすには、それぞれの主体が制度・分野ごとの『縦割り』や「支え手」「受け手」という関係を超えて参画することになります。多様な主体の一つとして存在する行政は、そのシステムの中で保有する機能から役割を自覚して立ち位置を確立する必要があります。
② 「生業」が成立する地域経営システムの構築
 行政の重要な役目は、行政が持つ条例制定や制度構築などの機能で、地域経営のシステム構築を主導することにあります。右図は、東近江市で制度化しているソーシャルボンドである「三方よし基金」を軸にした地域経営のシステムの模式図です。このシステムにおいては、行政や他の主体の役割が明確になっています。
 このように地域経営システムを持続可能なように稼働させるためには、これに参加するそれぞれの主体が生業として成立させる必要があります。もちろん、行政も同じです。人口減少、地方経済衰退といった地方を見舞う危機の最中にありますが、それでも地域にある「ひと・もの・かね」を見直し、あらたに地域を活性化させようとする事例があります。
③ 地域の情報収集蓄積力、企画力の向上
 これまで国制度に関する情報収集蓄積が主要な力を注いでいた行政は、地域に関する「ひと・まち・しごと」に関する情報を収集蓄積し、これを地域づくりに還流させる企画力を向上させる必要があります。つまり地域づくりにおいて行政はコーディネーターとしての役割が重要になります。例えば、税滞納が深刻な高齢者のその原因を探ると、生活そのものが困窮に陥っている場合があります。これは督促事務だけでは解決できないもので、法務など行政の様々な分野の支援の実施や地域での関係づくり、就労など行政や地域による包括的な支援が必要になります。 
④ 「住民協働」を進めるための組織機構への反映
 住民協働に関して、「まちづくり協議会」や「地域包括ケアシステム」「地域共生社会」などで混乱していると述べましたが、これに対して行政はいち早く考え方を整理し、事業を執行するために組織機構に反映させる必要があります。現状では、これを理解する個々にアプローチし行政との連携を図っていますが、行政は組織として取り組む体制の構築が求められます。これを解く鍵は「地域共生社会の実現に向けて」でいう「制度・分野別の『縦割り』の解消」などの考え方にあります。住民協働では行政目線が「上級官庁」から「地域」に変わりますので、そのままでは齟齬が生じます。
 このことは自治体の規模や職員構成にもよりますが、単に部署の看板掛け替えやパーティションの移動ではなく、意思決定や執行権限、指示命令系統も含めた組織機構への反映が求められます。いずれにしても、「住民協働」は職員の意識の問題ではなく、地域経営システムであり、行政運営システムであることには間違いありません。


4. おわりに

 しが自治研の2017年度に取り組んできた事業の結果から「住民協働」に関して見えてきたことは、少子高齢化・人口減少が進んでいても「ひと・もの・かね」といった地域づくりの資産は確かにあるということです。
 しかしこれから先の地域づくりは、右肩上がりだった時代の行政サービスの提供というものだけでは限界となっています。それは人口減少が進めば同時に「ひと・もの・かね」が地域外に流出し、サービスを提供する行政自体の「ひと・もの・かね」が縮小していくからです。「予算がありません」というような行政の釈明が陳腐化する時代がそこに来ています。それが当たり前になるからです。
 これを持続可能なものとしていくためには、地域の力で新たなシステムをつくることが必要になってきています。行政サービスの提供と受益、企業誘致と就労機会の確保、地域の要望と補助金交付といったような地域の構図を、多様な主体の参加によって「地域」で「共生」する社会へ転換していくことが求められます。
 「住民協働」とは、これまでの住民と行政の関係をどうするかではなく、これからの多様な主体が参画する地域づくりにおいて、行政もその一員として参画するということではないかと考えています。そのために行政が自ら解決すべき課題が山積しています。その延長線上にそれぞれの自治体で「住民協働」とは、に対する回答があります。「モデルなき近代化」時代において、今後、自治研活動の重要なテーマになっていくのではないでしょうか。