【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
地元企画分科会 「ふるさと」を次の世代へ~「犠牲者ゼロ」の防災まちづくり~

 小松島市では2014年2月に策定した「津波避難計画」の中で、地震発生から津波が到達するまでに避難することができるよう、津波避難可能距離を設定し、この距離を基に、抽出した津波避難困難地域の避難対策を図ってきたところである。
 そこで、徳島県沿岸10市町村の津波避難可能距離や津波避難に関するアンケート調査結果等を収集・検証し、小松島市が設定している津波避難可能距離の再検討を行う。



小松島市を対象とした津波避難可能距離の
再検討について
―― 小松島ニュータウン地区における
津波避難困難地域の解消の確認 ――

徳島県本部/小松島市 中野 大輔

1. はじめに

 小松島市では、市民等の生命及び身体の安全を確保することを目的に、「津波対策の推進に関する法律(2011年法律第77号)」第9条第2項の規定に基づき、2014年2月に「津波避難計画」を策定している。当該計画の中では、地震発生から津波が到達するまでの間に確実に避難することができるよう、津波避難可能距離(※1)を設定しており、この距離を基に、シミュレーションを行い、津波から避難することが困難な地域(以下「津波避難困難地域」という。)を抽出し、優先的にその地域の津波避難対策を図ってきたところである(※2)
 2016年8月、小松島市和田島町字松田新田に、西日本初の盛土式の緊急避難場所「小松島ニュータウン地区津波避難施設(以下:希望の丘)」の整備を行い、周辺の津波避難困難地域は解消された。
 そこで、他市町村の津波避難可能距離の設定や津波避難に関するアンケート調査結果等を収集・検証し、小松島市が設定している津波避難可能距離の再検討を行う。
(※1) 避難可能距離[m]=歩行速度[m/秒]×(津波到達時間[秒]-避難開始時間[秒])
             =1.0[m/秒]×(2,460[秒]-300[秒])=2,160[m]
(※2) 小松島市の津波避難対策

 対策時期対策内容
和田島町(松田新田)2016.8月津波避難施設(希望の丘)の整備
小松島町(井利ノ口)2018.1月病院駐車場を避難場所指定
日開野町(高須)2018.5月小松島高等学校を避難場所指定

2. 研究方法

 県内自治体や被災自治体の津波避難可能距離の設定状況、津波避難に関するアンケート調査結果等を基に、避難開始時間・避難速度・避難限界距離について整理し、小松島市の条件に見合った、最適な津波避難可能距離を検討する。なお、今回の研究では、より地域の実情に合った津波避難可能距離の検討を行うため、対象地区を絞ったうえで検討を行うこととする。

【研究フロー】

① 徳島県内自治体・被災自治体の津波避難可能距離の整理
② 避難開始時間・避難速度・避難限界距離の検討
③ 小松島市が設定する津波避難可能距離との比較
④ 研究の対象とする地区の選定
⑤ 選定地区の最適な津波避難可能距離の検討
⑥ まとめ

3. 津波避難可能距離の基礎となる要素

 津波避難可能距離を検討するにあたっては、次の3要素が要点となる。

(1) 避難開始時間
 地震発生から避難を開始するまでの時間。
【増減要因】
・事前の準備(非常時持出品、避難場所の確認、集合場所の確認など)
・時間帯(勤務時間帯、就寝中、入浴中など)
・揺れの継続時間(兵庫県南部地震:15秒程度、東北地方太平洋沖地震:3分強など)

(2) 避難速度
 避難時の単位時間当たりに進む距離。
【増減要因】
・避難手段(徒歩、自動車、自転車など)
・体力・体の状態(幼児、若者、老人、障がい者、けが人、病人など)
・同行避難(乳幼児、車いす、障害者、けが人など)
・避難路の状況(家屋の倒壊による障害物、液状化、渋滞、天候など)

(3) 避難限界距離
 避難可能時間内を一定の速度で避難し続けることは困難であるため、体力等を考慮したうえで設定する上限距離。
【増減要因】
・津波の到達予想時間(影響開始時間、最大波など)
・体力・体の状態(幼児、若者、老人、障がい者、けが人、病人など)
・同行避難(乳幼児、車いす、障害者、けが人など)
・避難路の状況(家屋の倒壊による障害物、液状化、渋滞、天候など)

4. 他自治体の津波避難可能距離の設定

 徳島県内の沿岸自治体及び東日本大震災の津波被害を受けた自治体の津波避難可能距離設定の条件をまとめ、次項以降の検討の参考とする。

【徳島県内】
 到達時間
[min]
避難準備時間
[min]
歩行速度
[m/s]
避難可能距離
[m]
策定
年月日
徳島市41100.81,000(※1)2014.9
鳴門市4851.02,5002014.3
小松島市4151.02,1602014.2
阿南市12~3051.0(※2)420~540(※3)2014.3
牟岐町1151.0(※2)3602014.3
美波町7~130~31.0(※2)420~600
7~10min
2014.4
海陽町5~5551.0(※2)0~500(※4)2014.3
松茂町4550.62(※5)1,488(※6)2016.1
北島町4551.01000(※7)2014.3
藍住町6051.01000(※7)2014.3
(※1) 直線距離で津波避難可能距離を設定(算定値(道のり)を√2で除す。)。
(※2) 坂・階段0.45m/s、狭い道0.5m/s。
(※3) 避難限界時間(9min)を設定。
(※4) 避難限界距離(500m)を設定。
(※5) 坂・階段0.45m/s、狭い道0.5m/s、避難行動要支援者0.5m/s。
(※6) 避難可能時間(40min)を設定。
(※7) 避難限界距離(1,000m)を設定。

 小松島市と他の県内沿岸自治体の津波避難可能距離を比較したグラフを次のとおり示す(X:時間[分],Y:距離[m])。

 
 
 
 
 
 
 
 
  

【被災自治体(東日本大震災)】
 到達時間
[min]
避難準備時間
[min]
歩行速度
[m/s]
避難可能距離
[m]
策定
年月日
釜石市30150.5(住宅地)
1.0(住宅地外)
300(※1)
840(※2)
2015
気仙沼市141.0333(※3)2014.3
石巻市30151.1(市街地)
0.56(北上川河口)
0.75(リアス式海岸)
500(※4)
500(※4)
500(※4)
2015.1
仙台市4515(※5)1.09002013.3
女川町101.0(※6)4802013
(※1) (到達時間-開始時間-昇降時間)×歩行速度=(30min-15min-2min)×0.5m/s=390m≒300m
(※2) (到達時間-開始時間-昇降時間)×歩行速度=(30min-15min-1min)×1.0m/s=840m
(※3) (到達時間-開始時間)×歩行速度=(14min-5min)×1.0m/s=540m
     避難限界距離:500m
     直線距離としているため、迂回率1.5で除す。500m×1.5=333m
(※4) 避難限界距離(500m)設定。
(※5) 高所への避難時間(15min)を設けているため、避難可能時間は15分。
(※6) 避難行動要支援者0.5m/s

 小松島市と被災経験のある自治体の津波避難可能距離を比較したグラフを次のとおり示す(X:時間[分],Y:距離[m])。なお、釜石市と仙台市については、避難開始時間の他に、高所への昇降時間を避難可能時間から差し引いている。

 
 
 
 
  

5. 津波避難可能距離の検討

(1) 避難開始時間・避難速度・避難限界距離の検討
① 避難開始時間
 徳島県内の自治体は、5分の設定が大半であるのに対し、今回データを収集した被災経験のある自治体では、15分の設定が多い。これは、東日本大震災後に津波避難計画等を策定・改定していることから、実際の経験やアンケート調査の結果等から徳島県内の自治体より避難開始時間を長く設定していると考えられる。
 東日本大震災時の津波の浸水区域内に居住している個人を調査対象とした「東日本大震災の津波被災現況調査結果(第3次報告)」(※1)では、地震が発生してから最大波の津波が到達するまでに避難した62.6%の方のうち、地震発生後30分以内に避難を開始した方が約80%という結果が出ている。また、地震発生後10分~15分の間に避難を開始した方が最も多いという結果も出ている。
 さらに、「宮城県沿岸部における被災地アンケート調査報告書」(※2)によると、地震発生から避難開始まで平均で17分要しているという結果も出ている。
 これらのこと、そして、揺れが長く続くこと、「津波避難を想定した避難路、避難施設の配置及び避難誘導について(第3版)」(※3)によると「震災の前に何も備えをしていなかった」方が35%であったこと、夜間に地震が発生した場合は避難開始時間が遅くなること等を考慮すると、平均避難開始時間の17分にプラスαの時間を上乗せし、地震発生から20分程度を目安に避難開始時間を設定することが望ましいと考えられる。
② 避難速度
 徳島県内の自治体、今回データを収集した被災経験のある自治体ともに、避難時の歩行速度については、ばらつきがある。地形や道路幅等によって歩行速度を分けている自治体も多くみられるが、「東日本大震災の津波被災現況調査結果(第3次報告)」(※1)によると、平野部では平均2.9km/h(0.8m/s)という調査結果が出ている。さらに、「南海トラフ巨大地震の被害想定について(第一次報告)」(※4)によると、北海道南西沖地震の実績から夜間の避難速度は、昼間の避難速度の8割であったことが調査結果として出ている。
 これらのことから、特殊な地形を除く一般的な地形では、0.64m/s(0.8m/s×0.8)程度を目安に設定することが望ましいと考えられる。
③ 避難限界距離
 徳島県内の自治体、今回データを収集した被災経験のある自治体ともに、約半数が限界距離の設定を行っている。これは、避難可能時間内を一定の歩行速度で避難し続けることは、体力面等から現実的ではないためで、「東日本大震災の津波被災現況調査結果(第3次報告)」(※1)では、徒歩による避難者のうち72%が500m以内の避難距離であったという調査結果が出ている。
 また、「公益社団法人日本地震工学会 津波などの突発大災害からの避難の課題と対策に関する研究委員会報告書」(※5)でも、1,000m以内の避難が約90%、500m以内の避難が約70%、平均移動距離474mという調査結果も出ている。
 しかし、避難限界距離については、津波の到達時間や避難対象地域の避難能力等により、大きく影響を受けると考えられるため、一概に設定できるものではなく、個別具体的な条件の下、設定する必要があると考える。
(※1) 東日本大震災の津波被災現況調査結果(第3次報告) 2011年12月26日 国土交通省
(※2) 宮城県沿岸部における被災地アンケート調査報告書 2011年5月 株式会社ベイリサーチセンター
(※3) 津波避難を想定した避難路、避難施設の配置及び避難誘導について(第3版) 2013年4月 国土交通省
(※4) 南海トラフ巨大地震の被害想定について(第一次報告) 2012年8月29日 中央防災会議 防災対策推進検討会議 南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ
(※5) 公益社団法人日本地震工学会 津波などの突発大災害からの避難の課題と対策に関する研究委員会報告書 2016年3月 津波などの突発大災害からの避難の課題と対策に関する研究委員会


(2) 小松島市の津波避難可能距離との比較
 「(1) 避難開始時間・避難速度・避難限界距離の検討」より、特殊な地形や人口分布等の地域特性を考慮しない、一般的な津波避難可能距離の設定を小松島市に適用する場合、次のとおりとなる。

津波避難可能距離[m]=避難速度[m/s]×(津波到達時間[min]-避難開始時間[min])
           =0.64[m/s]×(41[min]-20[min])=806.4[m]≒800[m]

 この結果と現在の小松島市の津波避難可能距離を比較すると、小松島市が設定している津波避難可能距離(2,160m)は、2.7倍も長い設定となっており、避難者にとっては厳しい設定となっていることがわかる。

(3) 研究の対象とする地区の選定
 津波避難可能距離は、津波の到達時間や避難経路の状況、人口分布等により異なると考えられるため、今回の研究では対象地域を絞り、「(1) 避難開始時間・避難速度・避難限界距離の検討」で検討した結果に地域特性等を踏まえ、より地域の実情に応じた津波避難可能距離の検討を行うこととする。
 そこで、今回は、2016年8月に「希望の丘」を整備した和田島町字松田新田及び間新田町(以下「小松島ニュータウン地区」という。)を研究の対象地域として選定する。
 小松島ニュータウン地区は、下図の緑枠内である。

(4) 対象地区の実情に応じた津波避難可能距離の検討
【小松島ニュータウン地区等の状況】
 小松島ニュータウン地区の状況は次のとおりとなっている。
・当該地区においては、対象住民2,143人が居住している(※1)
・65歳以上の高齢者の割合は、全国平均の約27.9%(※2)に比べ、約30.8%(※3)とやや高い。
・全域的に液状化の危険度が極めて高い(※4)
 この他、「平成27年度 徳島県地震・津波県民意識調査」(※5)と「宮城県沿岸部における被災地アンケート調査報告書」(※6)の調査結果を基に、現在の徳島県内の防災対策状況と東日本大震災発生前の宮城県の防災対策状況を比較する。

○家具を固定していた(している)
徳島県(沿岸部)48.5%宮城県(沿岸部)27.1%
○非常持ち出し品を準備していた(している)
徳島県(全域)36.7%宮城県(沿岸部)26.4%
○ハザードマップを見て地域の危険性を確認していた(している)
徳島県(沿岸部)35.4%宮城県(沿岸部)4.2%
○避難場所の確認をしていた(している)
徳島県(沿岸部)54.8%宮城県(沿岸部)28.4%
(※1) 2005年国勢調査・事業所統計リンクデータ 総務省
(※2) 人口推計(2018年2月確定値) 2018年7月 総務省
(※3) 町別・年齢階層別人口(住民基本台帳) 2018年3月 小松島市
(※4) 徳島県南海トラフ巨大地震被害想定(第一次)液状化危険度分布図 2013年7月31日 徳島県
(※5) 2015年度 徳島県地震・津波県民意識調査 2015年3月29日 徳島県
(※6) 宮城県沿岸部における被災地アンケート調査報告書 2011年5月 株式会社ベイリサーチセンター

【避難方法の検討】
 今回は、次の理由により、自動車等を使用した避難は行わず、徒歩避難を前提とする。
・家屋の倒壊、落下物等により、円滑な避難ができない恐れが高いこと。
・多くの避難者が自動車等を利用した場合、渋滞や交通事故が発生する恐れが高いこと。
・自動車等の利用により、歩行による避難者の円滑な避難を妨げる恐れが高いこと。
・自動車等での避難を開始し、通行不可や渋滞が起きた場合に、乗り捨てが発生し、道路の通行が更に妨げられる恐れが高いこと。
 なお、南北を分けるように太田川が流れているが、県道に架かる橋以外は南海トラフ地震発生の際は落橋が想定されていること、橋を渡って太田川以南へ避難することは出来ないこととする。

【津波避難可能距離の検討】
 「(1) 避難開始時間・避難速度・避難限界距離の検討」及び「(4) 対象地区の実情に応じた津波避難可能距離の検討【小松島ニュータウン地区の状況】」の内容を踏まえて、小松島ニュータウン地区の津波避難可能距離の検討を行う。
① 避難開始時間
 家具の固定、非常持ち出し品の準備など、事前の防災対策については、東日本大震災発生前の宮城県より対策実施率は高い。これは、近年発生した大規模災害の教訓から、防災への関心度が高くなったためと考えられる。
 このことから、避難開始時間は、「(1) 避難開始時間・避難速度・避難限界距離の検討」での検討結果である20分より、多少短い設定とすることも可能であり、本研究では、15分で設定することとする。
② 避難速度
 ブロック塀等の倒壊、家屋の倒壊、落下物等による障害物の発生、地域全域で液状化の危険度が高いこと等を勘案すると、非常に避難に関しての障害が多い地域となっていることがわかる。また、若干ではあるが全国平均よりも高齢化率が高いため、さらに避難に関して困難な条件となることが予想できる。このため、「(1) 避難開始時間・避難速度・避難限界距離の検討」での検討結果である0.64m/sよりも若干遅くなると考えられることから、今回の研究では0.50m/sで設定することとする。
③ 避難限界距離
 避難限界距離については、津波の到達時間により大きく影響を受ける。+20cmの海面変動の発生が41分。液状化や障害物等の状況を勘案すると、体力的にも長距離の避難は大変困難となることが見込まれる。このことから、今回の研究では、東日本大震災時の平均移動距離474m(※1)、「津波避難対策推進マニュアル検討会報告書」(※2)等で示されている500mの設定を考慮し、500mの設定とする。
 以上、①、②、③から、小松島ニュータウン地区の津波避難可能距離は、次のとおりとなる。

津波避難可能距離[m]=避難速度[m/s]×(津波到達時間[min]-避難開始時間[min])
           =0.50[m/s]×(41[min]-15[min])=780[m]→500[m]
※ 避難限界距離の500mよりも長い結果となるため、≪津波避難可能距離=避難限界距離≫となる。

(※1) 公益社団法人日本地震工学会 津波などの突発大災害からの避難の課題と対策に関する研究委員会報告書 2016年3月 津波などの突発大災害からの避難の課題と対策に関する研究委員会
(※2) 津波避難対策推進マニュアル検討会報告書 2013年3月 消防庁

6. まとめ

 「(4) 対象地区の実情に応じた津波避難可能距離の検討」の結果である、小松島ニュータウン地区の津波避難可能距離(500m)を実際に地図上に反映させると下図のとおりとなる。


※ 今回は避難場所からの直線距離で避難可能距離を示すため、避難可能距離から1.5(※1)を除した数値を直線距離の津波避難可能距離(333m)とする。また、避難場所の収容人数は、今回の研究では考慮していない。
(※1) 津波避難を想定した避難路、避難施設の配置及び避難誘導について(第3版) 2013年4月 国土交通省 より

 以上のとおり、本研究の結果(道のり500m)では、現在、小松島市が「津波避難計画」で定めている津波避難可能距離(道のり2,160m)より大幅に短い結果となり、「希望の丘」を整備しても津波避難困難地域が小松島ニュータウン地区で発生することとなった。
 一方で、津波避難可能距離は、避難開始時間を短縮させることで、最も効率的に伸ばすことが可能である。このため、自治体としては、津波避難困難地域の解消に向けた避難場所の整備だけではなく、避難開始時間を短縮するための取り組みにも重点を置く必要があると考える。

≪避難開始時間を短縮するために、自治体として取り組むべき事項≫
○避難のための事前準備率の向上
 →非常時持ち出し品の準備、浸水想定・避難場所の把握など
○避難の準備にあたっての障害となり得るものへの対策率向上
 →家具の固定、ガラスの飛散防止対策、耐震化など
○緊急情報の入手方法の確保
 →プッシュ式の情報伝達手段の充実