自治体職員にとっての市町村合併

基礎的自治体のあり方・自治研作業委員会委員 
地方自治総合研究所研究員 島 田 恵 司 

 

1. はじめに

 はじめに、本稿の性格について述べておきたい。この作業委員会は2000年2月以来、市町村合併について検討を続けてきたものの、作業委員会としてまとまった結論を得るに至っていない。にもかかわらず、本稿では自治体職員にとって「市町村合併」をどのようなものとして捉えられるべきかの提起をおこなっている。この作業委員会としての結論でない以上、内容は当然、筆者個人の責任に帰されるものと考えていただきたい。
 ところで、筆者は今回の市町村合併の全体像は未だ明らかでないと考えている。周知のように、今回の流れは97年7月の地方分権推進委員会(以下、分権委員会とする)・第2次勧告に始まったわけだが、本格化したのは自治省内の市町村合併研究会(森田朗座長―以下、自治省研究会とする)報告を経て99年8月の自治省通知文「市町村合併の推進についての指針」からといってよいであろう。都道府県は、99年7月の合併特例法の改正で市町村に対する法定合併協議会の設置勧告権が明示されたが、自治省はこの指針で都道府県に合併パターンの提示を含む推進要綱の作成を要請した。市町村と対等関係にある都道府県に市町村が存続し続けるか否かを誘導させるという危険な要素をはらんだ方法である。その指針の直後に明らかになった合併に係る財政措置がケタ外れであったことも、自治省がこれまでの施策から大きく踏み出したことを意味していた。合併建設計画の実施に伴って発行が認められる合併特例債は、小さな町村の合併であっても数十億~数百億円に達する額である。自治省はこの段階で明らかに「ハンドルを切った」のである。しかし、それでもなお、当時、与党三党(自自公)は、合併後の自治体数を明示してはいなかった。また、人口4,000人未満の小規模自治体についての段階補正を廃止し小自治体への交付税を減額したのも、98~2000年までの3年間に限定されていた(対外的には交付税制度の簡素化策と説明された)。
 しかし、政府の施策はその後さらに、奨励・誘導策から強制策へと傾きつつあるといえるであろう。与党三党(自公保)の政策合意では、1,000という自治体数が明示され(与党行財政改革推進協議会「年内実施の可能性を検討すべき当面の事項」2000年7月27日)、このほど出された第26次地制調答申でも懸案の住民投票制度を合併推進にだけ稼働するものとして導入することを求めている。合併促進のため交付税制度を改革すべきだという有力政治家の発言もたびたび出されている(野中広務自民党幹事長8月18日、武藤嘉文自民党税調会長・9月15日いずれも自治日報)。さらに、合併の動きとは一応脈絡を異にしているが、小規模町村が窓口業務に純化できるよう都道府県の役割を見直すための検討も自治省内部で始められている。現在のところ、これらはあくまで「予定」の範疇を出ていない。合併推進策を促進するための「ブラフ」の可能性も否定できない。市町村合併施策の評価はこうした一連の施策が現実のものとなったとき、トータルに行われるべきであろう。
 このような制約があることを前提としつつ自治体職員にとって「市町村合併」とはなにか、以下考えてみることにしたい。

 

2. 今回の市町村合併にみる職員

(1) 経常経費の削減
  今回の市町村合併が必要とされている根拠は、広域行政の必要性、地方分権の推進、少子高齢化の進展、財政状況の悪化の4点である。このうち、財政状況の悪化については、国地方とも膨大な財政赤字を抱え行政効率化を要請されていることから、特に重要な観点であるといわれることが多い。しかし、市町村合併によって財政状況を好転させるというのはいささか短絡的な見解である。合併に際して策定される新市町村建設計画によって、新庁舎の建設をはじめ膨大な建設費用が投じられるからである。
  しかし、合併によって複数の首長が一人で済むように、企画総務系の経常経費が大幅に節約できるのは事実である。そもそも交付税制度は、市町村が小規模になるほど行政経費が割高になることをカバーするために補正を行っているので、逆に人口規模が拡大すると人口の一人あたり経常経費は減少する仕組みになっている(ただし、減額が合併の阻害要因とならないように、現在の合併特例法では10年間は旧自治体の合計と同額の交付税が交付され、その後5年間で新自治体の額へと徐々に減額される)。首長、議員とともに職員の「数の削減」が合併のメリットとされていることは、当たり前といえば当たり前であるが改めて指摘しておきたい。
  自治省研究会報告では、そのことを「市町村合併の一般的な効果」のうちの「行政の効率化」の一例として掲げ、次のように述べている。
  「総務、企画等の管理部門の効率化が図られ、相対的にサービス提供や事業実施を直接担当する部門等を手厚くするとともに、職員数を全体的に少なくすることができる」
  同様の記述は、ほとんどの都道府県推進要綱に見られるが、宮城県要綱では特に数字を示してメリットの一つに挙げている。そこでは、類似団体と比較しつつ職員人件費の削減額を試算し、職員130人のA町と70人のB町の合併によって職員数を200人から175人にすることで年間予算を1億9千万円削減できると例示している(宮城県市町村合併推進要綱・10頁)。

(2) 専門職員の配置
  自治省研究会はまた、合併の一般的な効果として「住民サービスの維持、向上」をあげ、小規模町村では確保できていない女性政策などの専任の職員、建築技師などの専門職を置くことができる、という。そして、実際、女性政策部門の専任組織については、市のうち3万人未満の場合、約7割が該当する組織を持っていないこと、同じように環境政策についても約3割がないという調査(日本都市センター97年3月)を掲げている。保健婦や土木技師など専門職の調査でも、町村など小規模自治体で配置が少ないという意味で同じような傾向を示している。合併すれば専門職員が配置できる、という見解は、これまで出された県の推進要綱の大半が採用するところとなっており、注目しておくべきであろう。
  専任の職員はともかくそのような「専門」の職員は、現在は当該自治体にいない。合併自治体の職員採用は、今後そのような方向にシフトしていくのであろうか。しかし、当該自治体が、専門職を採用していないのは単純に規模の大小だけの問題ではない。地域における住民ニーズの優先順位や職員異動など複合的な要素を勘案しなければならない。これまで分権の議論のなかでは、省庁による「必置規制」がそうした観点から批判されてきたことを想起するべきである。

(3) 合併特例法9条
  以上のように、合併に関わる職員は一見非常に厳しい状況に置かれている。しかし、合併特例法は、地公法と別に身分保障規定を置いた。すなわち、合併特例法は職員の身分取扱いについて、第9条で
  第1項 「合併関係市町村は、その協議により、市町村の合併の際現にその職に在る合併関係市町村の一般職の職員が引き続き合併市町村の職員としての身分を保有するよう措置しなければならない。」
  第2項 「合併市町村は、職員の任免、給与その他の身分取扱いに関しては、職員のすべてに通じて公正に処理しなければならない」と規定している。
  したがって、合併に際して職員の免職等が行われることは原則としてないはずである。

(4) その他、今回新たに導入された措置に関わる事項
  1965年に制定された合併特例法は10年の時限法であったが、75年85年95年とこれまでに三度延長されている。そして1999年の分権一括法に伴って再度、合併特例法の改正が行われ、これまでになかった新たな制度が導入されている。①地域審議会の創設、②財政支援措置の強化、③都道府県の役割の強化、④住民発議制度の改正、などである。このうち、職員の仕事に関わる①、②、③の事項について検証しておこう。
 ① 地域審議会の創設
   地域審議会は、旧市町村の区域に設置される首長の諮問機関である。諮問事項に制限はなく、期限も(建設計画期間が推奨されているようだが)定めはない。建設計画を変更する際に意見が求められることから、旧市町村にある不満などを受け止める受け皿として考えられているようである。職員の仕事としては、さしたるものにはならないであろうが、旧市町村の議会のような存在であり政治的な意味では大きな存在になる可能性を含んでいる。
 ② 財政支援措置の強化
   これまでも指摘したように、合併特例債の創設など今回の財政支援措置の強化は、格別である。手続きという意味での職員の仕事はともかく、支援措置によって作られる施設の維持管理が大変である。たとえ、第三セクター方式なり民間委託方式であろうと、後年度の財政負担は相当過大なものになるであろう。バブル時の過剰な投資が今回の財政危機の一因であるのに、自治体において再びモラルハザードが起こらないともかぎらない。
 ③ 都道府県の役割の強化
   今回の市町村合併における都道府県の役割は、特別である。要綱の策定と合併パターンの提示(実際の作業は、ほとんどの県で委託されたようである)、合併協議会の設置勧告など、今回の改正によって、都道府県に与えられた任務は多い。それは、市町村を包括する広域的自治体という自治法上の都道府県の役割から説明されている。しかし、一歩間違えれば、都道府県は市町村の上部団体となり、国の出先機関的機能を果たすことになりかねない。どのような立場で要綱を策定し、パターンを提示するのか、市町村間調整という立場から外れることのないよう都道府県は常に自覚する必要がある。
   市町村による広域行政は、その対象とするエリアが清掃、福祉医療、道路、農林などそれぞれの分野でバラバラであった。その点は行政の不統一性として、これまでよく指摘されてきたところであり合併推進の一因ともなっている。しかし、そのことは実は、県庁内の部局ごとの不統一性でもある。それは、中央省庁の縦割りの弊害が県庁の各部局にそのまま持ち込まれていることと無縁ではない。今回、都道府県が作成する要綱で合併パターンが提示されているが、それは部局間の調整をどのようにおこなった結果なのであろう。都道府県は、これまでの広域施策の具体的見直し策を含め市町村に説明する責任があるはずである。
   このように都道府県の職員の仕事も、市町村合併に決して無関係でないことを指摘しておきたい。

 

3. 問われている課題とその内容

(1) 何が問われているのか
  これまで行われた市町村合併では、明治の大合併が小学校の建設、昭和の大合併が中学校の建設といわれるように、特定課題を達成するのに一定の行政規模が必要なことがその根拠とされてきた。今回の合併では、自治省研究会や自治省の指針において、5段階(①人口50万人超、②人口20・30万人程度、③人口10万人前後、④人口5万人前後、⑤人口1万人~2万人程度)の類型が提示され、「少なくともこの人口1万人~2万人程度という類型の規模は期待される」と記述されたところである。しかし、特に、なぜ「少なくとも」1~2万人なのか、その根拠が明らかになっているとは言い難く、数字のみが一人歩きしている。
  なぜ、今回、市町村合併が求められているのか、その根拠を自治省研究会報告があげている4点(①市町村行政の広域的対応等の必要性、②地方分権の推進、③少子・高齢化の進展、④国・地方における財政状況の悪化)に立ち帰り、検証してみることにしたい。

(2) 市町村行政の広域的対応等の必要性
  市町村行政において、広域的対応の必要性が説かれて久しい。古くは、1960年代から自治省が推奨してきた広域市町村圏がそうであるし、95年に施行された広域連合の創設に際しても広域的対応の必要が言われた。自治省研究会は、「交通・情報通信手段の発達」など「住民の日常社会生活圏」の拡大によって、市町村は現在の区域にとらわれることなく行政を展開することが必要になっており合併が求められているという。
  最近の具体的な広域行政課題として、介護保険の運営やダイオキシン対策がある。介護保険の運営のために、協議会や一部事務組合など多くの広域組織が作られ、すでに認定審査が行われているわけであるが、さらに安定経営のためには一定量以上の多数の住民によって支えられることが必要であり(大数の法則)、規模の拡大が求められているということである。ダイオキシンについても、これを発生させないためには高温でしかも24時間稼働の焼却炉が必要であり、そのためには人口10~30万人分の可燃性廃棄物(日量100t~300t)が必要とされている。しかし、これらは「規模」の問題であり「機能」の問題ではない。一部事務組合なり広域連合によって規模を確保するという方法もあり、必ず合併が必要とされる根拠とは言いがたい。
  ただ、自治体の仕事において機能の面からこうした広域対応が必要なものが増加していることは確かであろう。例えば、産業振興策もその一つである。ひと頃どこの自治体でも行われた工場誘致、観光開発については、近隣自治体同士が似たような施策を競い合って共倒れが進行中である。農産物でも同じ様な事態が起こっている。商業についても近隣自治体(特に国道沿い)への大店舗の進出が商店街を存続の危機に陥れている。これまで、このような市町村間調整は都道府県の役割と考えられ、市町村同士が自ら調整を行うことは少なかったと言えるであろう。この点については、後に再び論じることにしよう。

(3) 地方分権の推進
  広域行政の必要性は、権限委譲や税財源の委譲という地方分権の進展に伴って、より高まるのは確かである。ただ、今回、権限委譲や税財源の移転が行われたわけではなく今回の分権改革を理由に合併の必要性を説くのは、少し筋が違う。
  しかし、今回の分権改革の過程を通じて、現行の市町村行政の問題が浮かび上がっている。例えば、分権委員会が第五次勧告(97年11月)で、国の直轄事業に焦点をあて国の事務から都道府県の事務に切り替えようとしたときのことである。中央省庁の反対運動と並行して、いくつかの県域の市町村が権限委譲に反対し分権委員会などに意見書を提出した。本当の分権は、「権限」を「分ける」、すなわち国の権限を自治体に委譲することから始まる。そのことは十分に分かっていたはずだが、それでも権限委譲に反対する町村が数多くあったことは分権推進勢力に大きな衝撃を与えた。もう一つ重要な問題が生じている。2000年4月の分権一括法施行に当たって、自治体の条例制定・改廃が求められた際の問題である。全国市町村の半分以上、一千数百あまりの自治体が条例作成作業そのものを民間業者に委託したのである。突発的でかつ膨大な作業であるので無理からぬ面はあった。しかし、これからの分権時代は自治体ごとに法務能力が問われることは間違いなく、そのことを考えるとあまりに重たい現状である。このような事態を繰り返さぬよう、十分な対策が講じられるべきである。

(4) 少子・高齢化の進展
  高齢化については、介護保険の運営を軌道に乗せることが当面自治体において最重要課題であろう。介護保険では広域連合などの方法論もあり、合併を前提にした施策にはなっていないのですぐに合併論が出てくるとは考えにくい。
  しかし、小規模な自治体にとってむしろ深刻なのは少子化の進展であろう。社会減はもちろんのこと、自然減もごく普通に存在する事態になり今後自治体は本気で人口縮小を前提とした自治体運営に迫られる。成長管理すら定着していない行政運営にあって、縮小管理を前提に行政を運営していくことは非常に困難なことだろう。

(5) 国・地方における財政状況
  最後は、財政状況の悪化についてである。国・自治体を通じた645兆円という財政赤字は尋常な数字ではない。第二臨調の開始時においてすら、国・自治体を併せて約100兆円の赤字であったことを考えるならばその規模の大きさに呆れるばかりである(だからといって第二臨調が正しい解決であったかどうかは別問題であるが)。
  しかし、マクロ的にいえば、今回の財政状況の悪化は国主導による財政運営がもたらしたものである。公共事業のあり方一つをとっても明らかなように、国の財政状況の悪化については国政が責任を負うべきである。自治体の財政状況が悪化したことについても、100兆円を超す国の景気対策や必置規制に代表される国による硬直的な行政運営に引っ張られた面が強い(義務教育の教職員基準は法律に定めがあり、警察官の定員は政令で決められている)。
  しかし、自治体の中にはバブルに踊ることなく健全運営を続けていたところも少なくない。逆に、大型公共施設の建設など、明らかに自治体自身の判断から財政を悪化させたところも多い。状況は、自治体ごとに異なっているのである。したがって、アカウンタビリティーの観点から自治体ごとに政策評価を行い住民に公表していくべきであろう。それを見て合併推進に動くか、反対に動くか、それは住民が決めることであろう。
  以上のように、市町村合併に際して問われているのはこれまでの自治体運営そのものである。それに関わってきた自治体の職員として、どう答えを出すかが課題となっているのではないだろうか。

 

4. 市町村の広域行政課題への対応

(1) 一部事務組合、広域連合、都道府県と市町村合併
  答えに向かうために、今一度これまでの、市町村の広域行政課題への対応を見ておくことにしよう。
  これまで市町村は、消防や清掃、病院などは、一部事務組合を作って対応してきた。しかし、一部事務組合は直接請求など住民からの直接統制制度を整備しておらず、議員や首長も直接選挙でない上に議会運営そのものも形式的であるなどの住民統制の観点から問題が多く、その機能は特定事務のサービス提供機関という位置づけから出ていない、と言えるだろう。住民から見たサービス提供に対する統制という意味では、民間事業者への委託とあまり変わりはない。
  そうした問題があったことから、95年から広域連合制度が施行された。先に述べたように介護保険の認定審査事務にこの制度が利用されたことから全国に広がっている(67-2000年9月現在)。しかし、広域連合は自治法上は議員や首長の直接選挙ができることになっているものの、実際に直接選挙を採用しているところはひとつもなく、実態はこれまでの一部事務組合についての運営とほとんど変わっていない(制度上、直接請求は行えるが)。
  これまで市町村間調整は、一般には都道府県の仕事であった。市町村を超える広域行政課題も第一義的には都道府県の仕事であったと考えられる。自治法にそのような規定がある(都道府県の連絡調整機能 ― 2条5項)とは言え、市町村側が都道府県に安易に調整を依頼していたともいえなくはない。
  (これまで都道府県による市町村間調整を行う場面は少なかったという論者もいるかもしれない。しかし、そうであるなら市町村に責任がある広域行政課題などそもそも存在していなかったといわなければならない ─ したがって、広域行政が合併の必要性の一因に挙げられること自体おかしいということにもなる ─ 。実際には「調整」と意識しないほど都道府県による「市町村にまたがる関与」は常態化していたということであろう。)
  逆説的に考えるならば、市町村合併が課題になるということはこの都道府県による調整が機能し得ない状況が生まれているのかもしれない。都道府県の調整機能が万全であれば、広域行政の必要性という意味での「市町村合併」は必要のないことだったはずだからである。実際、自治省研究会報告が広域的対応の例として挙げている、都市計画、交通、生涯学習などは都道府県の役割が問題になってくる分野であろう。都道府県が本当にこれらの調整機能を放棄するというのであれば、市町村としても正面から受け止めることを考えてよいのではないだろうか。
  つまり、広域行政としてこれまで行われていた分野は、限定されかつ特別な行政運営がなされてきたか、もしくは都道府県に委ねられていたものである。市町村合併が行われたからといって、どのような処理が行われるかはまだ定かではないといえるであろう。

(2) 市町村間協議の欠如と市町村の自己決定機能
  広域行政における市町村と都道府県のあり方について述べれば、自己決定・自己責任が自治の原則であり市町村同士のお互いの努力による調整(交渉・協議)が本来第一に行われるべきである。第三者である都道府県が登場するのは、協議が滞ったり交渉が決裂したりした次の段階である。
  したがって、重要なのは市町村の基礎自治体としての自己決定であり自己責任である。それがあって初めて、他の市町村との間で決定し、お互いが責任をもつという関係が生まれると考えられるからである。これまで市町村間協議があまりなく都道府県にお任せであったということは、現行市町村の自己決定機能に疑問を抱かせるものであろう。
  仮に住民が自治体をサービス供給体としてしか見ていないのであれば、住民はもっともよいサービスを提供する組織を選択するであろう。いままでのサービスに満足しているなら、新たな組織(合併など)は必要ない、というであろう。しかし、これまでのサービスに不満であればまったく新たな組織を選択するかも知れない。サービス提供の主体は、新たな「合併自治体」、都道府県、広域連合、あるいは民間業者、と実に多岐にわたっている。
  ただ、住民にとっての市町村は、本当はサービス提供だけではない。首長や議員を通じて他者に意思を表明できる組織体でもある。サービス提供がなくとも、別次元の問題として自治体は政治的機能を持ちうるはずである。合併によって、その機能を失ってもよいというのは民主主義にとって重大な選択である。その意味で市町村合併は、日本の民主主義の根本を問うていると思えてならない。

 

5. おわりに

 市町村合併とは、新しい自治体の創設である。その意味では、文字通り住民が主人公となって「自治体を設立する」必要がある。したがって、住民が新たに自治体を設立するという観点に立って、住民参加によって新しい自治体の執行機関のあり方、議会のあり方、地域組織のあり方など行政運営にあたっての基本、原則が議論されるべきであろう。その上で、さらにやはり住民参加によって当面の自治体運営方針が決められるべきである。合併する市町村が、それぞれの地域の住民参加を経て決めたことを協議し相互に議論を深めていくことができれば、本当に新たに自治体を設立したということになるだろう。いずれにせよ、壮大な自治の実践が根底になければならないということである。
 しかし、現行合併特例法によれば新自治体のマスタープランとなる「市町村建設計画」に住民参加の手続きは規定されておらず、実際は合併協議会と都道府県との協議が終了してから初めて住民に知らされるという運用が行われている。基本計画の策定に当たってすら、策定委員への公募などさまざまな住民参加が行われている時代である。当然、このような実態は改めるべきであろう。
 自治体職員は、地域生活に欠かせないサービスの提供者であると同時に、民主的な統治制度を運営する担い手でもある。(地域生活民主主義と統治民主主義 ― 横山桂次「民主主義にみる自治の姿」月刊自治研2000年8月号参照)。合併論議の中にあって自治体職員が抱える困難な課題は、そうした職員の仕事の二面性によるものが多いと言えよう。しかし、職員として住民に対し十分な情報提供を行うことは、最低限の責務である。いずれにせよ、職員は住民とともにしか存在しえないのである。