Ⅰ 「アクティブな市民社会をつくる」ために


コーディネーター 田村 静子

はじめに
 表記のテーマは、他でもない地方分権の目的である市民自治の確立にある(注1)。「市民社会」や「市民参加」を考えるとき、市民自治の確立という目的に向けて「市民」と「自治体」が相互に果すべき役割は何か、が問われている。また、これらを可能にする環境や条件づくり、さらには市民参加が可能となるためのシステムづくりが重要となってくる。この分科会では、このような問題意識のもと「市民が参加する社会」ということを市民、行政、首長それぞれの立場で考え、かつ実践にむけた具体的な理解の機会にしたいと考える。とりわけ、市民が参加するプロセスで見せる目的遂行に向けた意思の現れやその集約、異なる考えやスタンスの中から合意形成をはかる際の考え方など、それぞれの自治体に引き寄せて検討する際の手がかりにして欲しい。

1. 市民社会を理解する
 自治体職員によっては、「アクティブな市民社会をつくる」という表題を目にしたとき、具体的な市民の顔やその市民に対する具体的な対応方法などを思い描くものもあろう。ただし、市民社会の市民とは、誰を指し、どのような役割を持ち、自治体との関わりをどのように持つ者を指すのかとしたとき、明確な回答が示せるものは限られてこよう。 
 東京都三鷹市では、行政が計画素案を作成する前段から市民が関わることの必要性を感じた市民によって、自律的な組織「みたか市民プラン21会議」(注2)が結成され、市民自らが市民に対し、関心のある市民の自主参加を呼びかけ、その機会を担保し、そこでの議決権を持つことを示すなど画期的な取り組みが行われている。 
 この一連の取り組みは、「市民とは何らかの機関や考え方に帰属し、その代表たる者だけが自治体との検討機会に参加する」のではないということを示したし、自治体に在る、1個人としての在住者や、在勤者、在学者などが、意見を出し合う場に自由に参加し、市民自身が相互の意見相違や異なった考えを共有化し、集約し、合意形成まで成長させていくプロセスを担おうとしていることに他ならない。この取り組みを通して市民とは誰であるかを最も理解したのが市民自身だったのではないだろうか。一市民が参加できるということは、より多くの人々に情報へのアクセスと参加の機会を提供しただけでなく、参加・関与する責任、参加・関与しない責任に気づき、市民相互の関係基盤を築く第一歩になったと言えよう。 
 自治体は、市民とはその自治体にくらし、働き、学び、事業を行う者など個人であることを再認識し、様々な立場の市民や市民集団の意見や合意が今後の自治体経営と政策執行に重要であり、実行された施策の適否の評価についても市民の意思とは無関係でありえないことを十分に認識すべきであろう。 

2. 市民参加を進めるために
 すでに多くの地方自治体は、市民参加を具体化するものとして、情報公開条例を設置したり、それに基づく手続きや広報活動、各種委員会・審議会への公募による市民参加機会やそれら会議の公開などを進めている(もし、実施していないのであれば、まず第一歩としてはじめなければならない)。だから、自治体は強引な政策決定を行ってはいないと自負するであろう。しかし、市民への情報提供やアクセス機会の提供は十分であろうか。そして、市民から「何も言ってこない」市民の動態を自治体の意思決定や政策への「了承」や「保守化」と解釈しているとするならば、それは誤りである。多くの市民は鮮明な対決姿勢は望まないが、全てを「お上にお任せする」ものではないという態度が、現在の市民サイドの社会に対する参加の姿勢であろう。自治体から提示された政策には賛成できない、こういう意見があるという態度が原動力になって「皆で何とか良い方法を考えよう」という動きに繋がるという指摘(注3)があるが、まさにみたか市民会議そのものであると私は思う。 
 こうした、市民の潜在的な原動力を生かすような自治の仕組みの上に市民が参画し得る装置を持っていることが市民社会の条件であると私は考える。市民自身ができるだけ多くの市民の参加や賛同を得る参加のありかたを選択していこうとしているのであるから、自治体は動員力や統制力があるように考えられがちであった団体の長の参加だけでなく、自治体政策に必要な基礎知識や技術、地域での活動経験といった市民社会づくりの核となる人材が広く参加できる条件を整えていかなければならない。 
 市民が的確な情報提供・情報公開に基づき、それぞれの考えや利害のもとに、相互に説明しあい、議論することによって意見の集約や市民満足度の度合いの高い合意形成をはかることができると思う。 

3. 自治体と市民の役割の変化
 地方自治体は意見の集約や合意形成にあたって、市民の立場や意思表示が当然のごとく多様であることを前提にする必要がある。こうした前提は、自治体職員から見れば、多様な市民および市民集団に応えるとはどのような対応を意味するのか。現状では「基準がない」という思いに行き着くのではないだろうか。例えば、Aという意見Bという意見の板挟みになり、折衷案を用意してみたり、「専門技術や専門分野」ごとの対応となり、いわゆる技術的な調整や「権威の押しつけ」になってしまうことはないだろうか。 
 様々な意見から解決方策や政策を導き出すには、今起きている現象や事実の中から問題の体質やニーズを掴み、どのような意見利害があろうとも譲れない人権や安全、「人として暮らしていく基本的権利」(セイフティネット)の視点を欠落させることなく、共通認識を見いだし、合意形成をはかっていかなければならない。 
 市民及び市民集団相互の合意形成を促しつつも、自治体は守るべきセイフティネットや財政的裏づけ、国や広範な地域レベルの客観的条件など基礎的情報を提示すべきであろう。その上で、地域にくらし、タックスペイヤーである市民が、自主的に地域の経営に参加していくことが求められている。 

おわりに
 市民を主人公とした自治のシステムを実現していくには、市民も自治体もこうしたダイナミックな変化のプロセスを受け入れていかなければならない。そのためには、行政内部をはじめ、市民への説明と納得が行き届くための手立てを確認していく必要がある。そして、市民サイドにも、論理立てた政策選択とそれに伴う行動が求められていることや市民社会を獲得するために、行政及び市民の論理のどちらか片方にだけ都合が良い論理では市民社会を獲得することはできないことを共有することが重要である。 
 市民は、暮らし・働き・学ぶ・事業を行うなどあらゆる機会を通して地域社会に参画し、育まれるのであるから、自立した市民としての育成環境を積極的に整備することも自治体の責務である。


注1)「地方分権セミナー記録」1999年11月9日~10日
地方分権推進委員会第2次勧告や地方分権推進計画において、市民参加の拡大・多様化が指摘されている。 
注2)東京都三鷹市「みたか市民プラン21」http://www.city.mitaka.tokyo.jp/siminplan/
注3)「参加社会の心理学」穐山貞登監修第1章社会参加・林理執筆・川島書店2000年4月多変量解析により導き出される心理学的論拠に基づき、住民参加意識や活動について論理立てされている。