Ⅲ 2010年の市民社会をつくる90の公共事業
1  2010年の市民社会をつくる公共事業

  地域計画研究所・国立市まちづくりサポート会議 西 田   穣

 

はじめに
 いわゆる「公共事業」に対する風当たりが強い。実際、社会的な条件の変化により陳腐化してしまった事業や環境に与える影響が過大な事業も少なくない。箱物施設は有り余っているし、戦後55年を経過し、ナショナルミニマムとしての都市基盤整備はほぼ行き渡った、というのが国民の実感であろう。
 たとえば、高規格道路の整備延長は約7,300㎞(表1)で整備率は約5割にすぎない。しかしながら、総延長14,000㎞の現計画は、昭和50年代末の民活華やかな時期に制定された四全総フレームであり、当時の担当者も「望ましい路線はすべて網羅した」と説明するようなバブリーな計画であった。実際、必要性の検証はされておらず、代替的な路線があるものも少なくない。計算上は昭和41年に作られた国土幹線道路網の当初計画(7,600㎞)の95%が完了したことになり、採算割れしている路線も少なくない。
 都市計画施設(表2)について言えば、平均整備率は6割に充たないが、人口が集中し整備の必要度の高いDID区域(A区域)内についてみれば、街路70%、公園75%、下水道73%の整備率となった。地域住民の感覚としては、20年前に比べて都市施設に対する満足度は大きく変化したであろう。
 たしかに、まだ用途未指定区域(C区域)の整備率は非常に低く、地方の中小都市を中心に公共事業に対するニーズは高い。大都市も、防災的に危険な密集市街地を広大に抱えているところが少なくない。しかしながら、農村地域に大都市の計画水準による過大な都市施設を造る必要はないし、市街地の改善にはハード面よりソフト面の対策の方が重要となっている。
 つまり、これからは、事業の量が問題になる時代ではなく、地域特性や環境に合った事業手法や運営などの、事業に伴うソフトや質が重要な時代になった。市民や生活者の視点から従来型の公共事業を見直し、新しい時代要請に則した事業を創設するとともに、既存手法の質的な転換を図ることが求められている。

表1 高規格道路の整備状況

  整 備 計 画 整備延長(H10.3) 整 備 率
4全総(S62) 14,000㎞ 7,265㎞ 51.9%
当初計画(S41) 7,600㎞   95.6%
整備量(S62→H10)   2,985㎞  

*国土幹線道路法に基づく指定

表2 都市計画施設

区 域*1

合 計*3
幹線街路 計 画  ㎞
供 用*2 ㎞
整備率  %
31,243
21,858
70.0
15,265
8,981
58.8
18,392
8,635
46.9
64,900
39,474
60.8(54.8)
公  園 計 画 ha
供 用 ha
整備率 %

28,357
21,361
75.3

15,000
9,497
63.3
60,694
25,883
42.6

104,264
56,674
54.4(47.6)

下水道 計 画 千ha
供 用 千ha
整備率 %
1,024
749
73.1
519
180
34.7
254
62
24.4
1,797
992
55.2(41.2)

*1 A:市街化区域または用途地域内のDID区域
   B:      同上     のDID区域外
   C:その他の都市計画区域
*2 幹線道路の供用延長=改良済み+概成
*3 ( )内は、H1.3

1. 「公共事業」の課題(一般的な論点整理)
 従来型公共事業について指摘されている課題を整理すると、つぎのとおりである。
 (1) 制度疲労
 ① 小子高齢社会における、財政負担力の限界
   2000年度末には国・地方を合わせた長期債務が645兆円(GDPの1.3倍)を超えるという。財政主導で、ユートピア的な基盤整備需要に応えることはできなくなる。
 ② 予算システムの硬直化(省庁間・事業種別間)など、制度疲労の発生
 ③ 財政再配分を「公共事業」で行うことの限界
   財政が国民経済を支えた高度成長期と違い、地域経済の中での財政の割合は大幅に縮小している。
 同時に、ビッグプロジェクトの対象はいくつかの地方に限定されるなど、事業量の偏在がますます進むだろうし、地方重視に対する都市住民の不満も強まっている。
 (2) 事業ニーズの変化
 ① 豊かさの中での市民の価値基準の転換
   バブル崩壊やダイオキシン問題を経験し、自然環境の大切さや環境問題への再認識が進んだ。地域社会の国際化、高齢者・障害者を含めた地域社会の多様化を背景に、多文化・共生など新しい価値観の定着も見られる。
 ② 地球温暖化問題など地球規模の新課題の発生
 ③ 地域ニーズとマクロプロジェクトのかい離
   環境破壊など従来型公共事業への批判を契機に、公共事業の見直しがルール化されつつある。NPOなどの市民サイドの事業能力の向上も著しく、地方分権とともに違いが拡大していくであろう。
 (3) 事業評価に関わる問題
 事業実施する環境が制度的に大きく転換している。ともすればユートピア的であった行政部門の計画を市場の目で評価したり合意形成の新システムが導入されつつある。計画策定のシステム全体が変わらざるを得ない時代になった。
 ① 市場経済的な視点で評価する「費用対効果の分析」等の義務づけ
 ②「時のアセスメント」等の放置事業の取り扱いについての新たなルールの整備
 ③「計画アセスメント」等の合意形成の新システムの試行
 特に、計画アセスメント制度は、事業の必要性についての説明責任(アカウンタビリティ)を義務づける一方で、行政が地域の知恵を活用して代替的な計画を策定するシステムにもなるもので、公共事業を転換する大いなるツールとなるであろう。

 市場経済においても同様であるが、あらゆる面において供給型事業に限界が生じており、公共事業においても、お仕着せ事業ではなく、コンシューマ指向で、パートナーシップ型、クロスオーバー型事業への転換が求められている。

2. 多文化共生、循環型社会を目指し、市民と共に進む社会資本整備の方向
(1) ナショナル・ミニマムから、コミュニティ・マキシマムへ
 ① お仕着せ事業から、地域の選択へ
   松下圭一氏は、都市政策には、個人が責任を持つ「市民責任」、行政が保証する「シビル・ミニマム」、市民が自由に選択する「市民選択」の3分野があり、自治体行政は「市民責任」でまかないきれない「シビル・ミニマム」の公共整備の範囲にとどまると述べている(岩波新書『自治体は変わるか』)。
   基盤的な条件が整った成熟社会では、お仕着せ型でなく、コンシューマ指向の立場に立って社会資本の整備が求められており、上記の「市民選択」の領域が拡大したと考えることが出来る。それは、地域が、その個性・環境条件の中で政策を自己選択し、自らのまちづくりを行うことであり、「コニュニティ・マキシマム」を追及する時代となっている。
 ② ハード・インフラから、ソフト・インフラへ
   先に述べたように、道路、下水道、箱もの等、都市のハード面の水準は大幅に向上した。今後は、ハードの施設ではない、社会の仕組みを支えるソフト面の事業支援や施設の運営面での知恵が求められている。
   一方で、大都市の密集市街地等、社会関係から改善できない地域が拡大している。活力低下している中心市街地問題も同様である。ハードを伴う都市の改造にもソフト面の施策が大きなウェイトを持つ時代になった。
   また、既存計画を否定するだけではなく、地域の特性や環境に合わせて整備内容を見直す、環境共生型の手法を導入するなど、従来事業を質的に改善する工夫も重要である。
 ③ ビッグ・プロジェクトから、無数のマイクロ・プロジェクトへ
   環境破壊が批判されている従来型公共事業には、地域スケールを越えた巨大事業(ビッグ・プロジェクト)が多い。自然環境だけではなく、地域の社会関係とのフリクションも大きく、地域ニーズからかい離し、もはや国土レベルの“ユートピア計画”では十分な説得力を持っていない。
   そもそも、これらの多くは計画思想が古く、自然環境への配慮の欠如、地球環境問題等の新たな社会理念に適合していない。事業目的が適正であっても、地域の環境に合わせた代替技術の選択など、計画全体の見直しが必要となっている。
   たとえば、都市河川対策を河川区域内だけで行うことは、市街化の進行との追っかけ子になるなどの限界に来ており、都市の保水力や浸透力を高めるなどのソフト施策が重要であるし、都市河川から表流水を奪ってきた流域下水道の地域分散システムへの再開発なども今後の課題である。ソフトな施策を含めた、多様で分散的な小規模事業を多数組み合わせていくことが重要である。
   そのことにより、財政移転(地域活性化)手法としての“公共事業”の役割も、巨大な事業を一部の地域に投下することでなく、小さな事業を広く薄く展開する事によって日本全体が活性化する、新しいシステムに転換できるであろう。

(2) 地球環境時代の新たな視点
   後に事例で示すように、地域社会では市民自身により、あるいは市民と自治体が連携して、多文化・共生社会、循環型社会の形成に向けた社会資本整備の試みが行われている。公共事業を転換していくためのキーワードを整理しておきたい。
 ① 持続可能で循環型社会の形成
   フロン(オゾンホール)、ダイオキシン、地球温暖化等の新たな環境問題は、無限の許容力を持つ地球から「有限で劣化する地球」へと、地球観の180°転換を促した。資源多消費型社会、車型社会からの脱却には、ライフスタイルの転換についての合意形成が課題である。と共に新技術への過度な期待やモラル・キャンペーンだけでは持続的な都市政策の実現は困難で、コンパクトシティ形成に向けた都市構造の再編など、社会システムのハード面での転換が必要となる。
   環境にやさしい都市の形成には、「自然への配慮」、「ゼロエミション」、「グリーンコンシューマ」、自転車や自然エネルギーなどの「エレガントな技術」などの、小規模分散型でオールタナティブ技術の視点から既存事業の見直しを行う必要がある。また、市民参加を通してライフスタイル転換への合意形成を図るなど、地域積み上げ型のマイクロ・プロジェクトを推進する必要がある。
 ② 多文化・共生型の生活を支える基盤整備
   今や地域社会においても生活のグローバル化が進み、草の根レベルでの国際化も進行している。政治を含む社会参加、教育・社会保障・情報などの社会サービスなど、あらゆる側面で多文化・多国籍の人々が共に住む地域社会を前提とした社会システムへ転換することが求められている。
   また、地域社会には高齢者、障害者、学校に行きたくない子供たちなど、多様な人々が暮らしている。バリアフリー法の制定などハード面のバリアフリー化は進んできたが、ソフト面での施策やシステムは充分とは言えない。人々が多様な価値観で生活する権利を認め、これらの人々が自立し共生することを支える、地域レベルにおける多文化・共生型社会を実現する社会システムの整備が必要である。
 ③ 市民事業への委任、パートナーシップ型事業
   福祉分野の社会サービスに市民が事業主体(ワーカーズ、NPOなど)として参加することは一般化しているが、地域オリエンティドなマイクロ事業、多文化・共生社会や循環型社会を形成する新たな事業は、行政のみではできず、市民の参画が重要である。
   再開発事業など具体的なまちづくり事業分野においても、イギリスのパートナーシップ事業が紹介されるなど、市民参画型事業への関心が高まっている。日本でも、千本地区(京都)のまちづくりなどで、NPOがコーディネートするまちづくり事業を行政が支援する形態が見え始めている。
   併せて、地域ベースの市民活動を支援するインターミディエイトなNPO(中間組織)を育成し、それらとパートナーをとって地域支援を行うシステムを形成する必要がある。
   *イギリスにおいては、アフォーダブルな住宅供給など、まちづくり分野においてNPOが事業主体として積極的に参加している。政府も、地域の持続的な再生(再開発)にはコミュニティの再生や住民の就業開発が重要であるという認識を深め、市民との協働作業を制度化している。
(イギリスの実験をベースに、EUでパートナーシップ型事業への助成を制度化した)
 ④ 地域分権、地域の自立を支えるシステム
   多文化・共生社会、循環型社会の形成には、市民の主体的な参画と地域の改革が必要である。そのためには、コミュニティの現代的な再生や地域の自律的な管理力などが課題となろう。里山の保全に象徴されるような、「結」、「入り会い」などの共同作業を通じて培われてきた「地域の力」を再評価する必要があり、地域分権を進めるとともに、地域が、コミュニティの特性や環境に合わせて、自主的にまちづくりや市民サービス事業が行えるような、地域まちづくり財源の創設が必要でないだろうか。