Ⅵ  関連資料


 

自治労・自治体入札・委託契約制度研究会と中間報告

 自治体が担ってきた地域公共サービスの外部化、民間委託化が様々な形をとってすすんでいる。 その際、自治体は、公社、事業団、民間企業、福祉法人、あるいはNPOなどとの間に、委託契約を結ぶ。 サービスの内容は、仕様書などによって規定され、そのサービスを実施するために必要な人件費や事務経費は、委託契約費のなかに含まれる。
 また、地方財政の危機、グローバル化、規制緩和の流れのなかで、一般競争入札が増加したが、同時にいわゆる不当廉売が横行し、公共サービスの質の確保と公正労働基準の確立 (労働者保護) が保障されないと思われる金額で落札されるケースが増加している。 他方、談合事件もあとを絶たない。 入札・契約制度が制度疲労を起こしているのである。
 公契約における公正労働基準の確保については、国際的にはILO94号条約があるが、日本政府は批准をしないで今日に到っている。 しかし、公共工事や製造部門では、「最低制限価格制度」 があり、福祉では 「措置費」 制度があるものの、いわゆる清掃業務、事務作業などの労務提供型の請負 (業務委託) においては、こうした法的基準は一切なく、下に向かった競争がすすみ、公共サービスの低下が懸念される現状にある。
 自治省は99年2月に地方自治法施行令改正を行い、地方自治体においても、価格とその他の要素を総合的に判断する 「総合評価方式」 が可能となった。 しかし、契約における公正、公正労働基準、サービス業務の評価など、総合評価を導入するための前提が確立はできていない現状にある。 また、環境、人権、男女共同参画についても、地域社会において自治体がリーダーシップを発揮するという役割が増しており、さらに公共事業が大きく見直される中で、NPO・ボランティア等による市民参加型の新たな公共サービスの提供が多方面にわたって不可欠となりつつある。 自治の現場において、入札・契約制度の改善がきわめて重要でかつ緊急の課題となっている。
 自治労は、公共サービスと民間委託について、1992年から調査・研究をすすめ、94年には 「地域公共サービスの諸相と自治体委託事務事業の実態」 としてまとめた。 その後も、民間委託労働者の自治労参加がすすみ、雇用不安、自治体職員との大きな労働条件格差・低賃金、公共サービス研修体制などが問題になってきた。 こうした中で2000年3月、本研究会を立ちあげ、「民間委託の実態と自治体契約の現状」 について、ヒアリングを行い、現状における入札・契約制度の問題点、自治体が配慮すべき社会的価値や労働基準について研究をすすめてきた。
 本報告は、その中間的なまとめであり、問題提起である。 さらに今後1年間、調査・研究をすすめ、諸外国における自治体委託・契約制度や生活可能な自治体最低賃金 (リビング・ウェイジ) 条例なども参考にしながら、公正な入札と契約基準づくり、さらにモデル自治体契約条例などへの政策提言をめざしていくものである。

 2000年10月

自治体入札・委託契約制度研究会 
主 査  武 藤 博 己

 

自治労・自治体入札・委託契約制度研究会中間報告

 

 1. 研究の趣旨と課題

(1) 膨大な金額にのぼる政府調達
   国および地方自治体は、国民あるいは住民に対して行政サービスを提供することがその主要な任務の一つである。 行政サービスの提供方法については、直営や三セク方式、あるいは民間委託、民営化、民間化などの多様な方法があるが、いずれの方法であっても、物品やサービスを民間から購入したり、民間に一部の業務を委託したりしながら、その任務を遂行している。 このような政府による物品やサービスの購入等は 「政府調達」 と呼ばれているが、その金額は国・地方をあわせると、平成12年度では少なくとも65兆円を超える膨大なものになっていると試算されている。 特殊法人や政府系公益法人を加えれば、もっと膨大なものになることは明白である。

(2) 入札と談合
   この膨大な政府調達を決定するのが入札という方式である。 入札とは、一般に、競争契約の締結の際、競争参加者に文書 (入札書) により価格等について意思を表示させ、最も有利な内容を表示した者を相手方として契約を締結する方式である。 この入札に関して、競争参加者を限定しない方法が一般競争入札であり、会計法や地方自治法ではこの一般競争入札が原則とされている。
   しかしながら、一般競争入札は金額が大きい場合などに限定され、現実にはむしろ指名競争入札が原則となっている。 指名競争入札は、入札参加者を行政が予め指定して行われる競争入札の方法であるが、談合の温床となっていると批判されてきた。 そのため、この指名基準を客観化する方法が検討され、条件付き一般競争入札などの方式が試みられている。 とはいえ、談合等の不正競争はまだまだなくなっていないのが現状である。

(3) 入札と価格、社会的価値
   競争入札が原則とされていることの意味は、できる限り安価な価格で購入するためであり、安価な価格で購入することによって税金の無駄を排除するという考え方に基づいていると考えられる。 現在の入札制度では、最終的に価格によって決定されるため、最も安い価格を表示したものが自動的に選択されることになっている。
   ところが、購入する物品やサービスに関して、政府として配慮すべき社会的価値は価格以外にも多様に存在する。 たとえば、契約を行う相手方としての企業が、雇用者として障害者・高齢者・女性の雇用を積極的に進めているかどうか、雇用者として労働安全基準などの労働条件を適正に維持しているかどうか、廃棄物の再生利用を促進しているかどうか、危険有害物の管理を適正に行っているかどうか、環境への配慮を行っているかどうか、などである。 これらの社会的価値を政府は施策や事業として追求するのみならず、入札手続の中でも追求することができるのではないだろうか。
   しかしながら、現状では、契約の相手方の提供するサービス等について、一定の基準を満たしていることを条件に、価格の面のみが重視されているといえよう。 その結果、社会的に重視すべき価値が看過され、労働の側面においても安いだけの民間委託が推進され、不安定な就労、低賃金、消費者・利用者の権利侵害などの行政として排除すべき行為が行政の契約によって生じる、むしろ行政によって支えられるという状況が生じている。

(4) 対応策
   このような状況において、入札制度の改革案として、総合評価による一般競争入札方式が登場してきた。 しかしながら、この方式は、後述するように、自治体にとって十分にこなされた方式とは言い難い。 その理由は、落札者を決める基準、すなわち地方自治法施行令第167条の10の2第1項でいうところの自治体にとって 「価格その他の条件」 が 「最も有利なもの」 とは何か、がまだ明らかでないからであろう。
   本研究会は、落札者を決める基準を、従来の価格重視から多様な社会的価値を含めた基準に変更する必要があると考えている。 すなわち、自治体ごとに地域の状況を踏まえた独自の方式を開発する必要があるのではないかと思われる。 地方自治法施行令の基準をどのように解釈し、運用するのか、あるいはそれを超えて新たな包括評価とか、複合評価制度と呼べる方式を考えるのか、いずれの方法であっても、総合的な観点から入札・委託契約を検討する必要がある。 また、こうした新しい社会的価値を組み込んだ入札方式が導入されれば、そこには地域経済のあり方を本質的に変えるほどのパワーが潜んでいるかもしれない。

 

2. 入札・委託契約の現状

(1) 価格指標の呪縛
   そもそも自治体が、委託、請負、物品購入・販売、貸借等々の契約を外部と結ぶ際には、そこに何らかの目的があるはずである。 しかし、現在の制度では、原則として相手方の提示する価格のみを考慮して契約相手が定まる。 自治体の運営は当該地域住民の税金等の負担ばかりによって成り立つものではないとはいえ、確かに自治体は意味なく高い買い物をしてはならない。 しかし、ときには政策的意図をもって価格以外の指標に基づく契約をすることが有意義な場合もあるのではないか。 ところが、現行制度原則においては、たとえばワンマン社長の下、公害を発生させたり性別格差賃金で有名なA社と、環境・人権・労働条件等に十分な配慮を心がけるが故にギリギリの経営を余儀なくされているB社が、競争入札において同額を提示した場合でも、自治体は落札者を選ぶことはできず、抽選によることになっている。 当該自治体が環境自治体を謳い、環境政策を重視している場合であっても、A社B社の環境に対する負荷を考慮に入れられないシステムは公正であろうか。 金銭的指標としても、目先の契約価格だけを見て、A社が汚染してきた環境の回復にかかる費用などを無視するシステムでよいのだろうか。

(2) 地方自治法における契約の4類型
   地方自治法第234条第1項は、「売買、貸借、請負その他の契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする」 と規定している。 続く第2項において、指名競争入札、随意契約、せり売りの3種は、政令で定める条件を満たす場合に限るとされ、一般競争入札を原則とすることが示されている (せり売りについては対象が限られるため、以下では触れない)。
   よく知られているように、最も多用されているのは随意契約である。 随意契約の条件は、一定の額を超えないもの、契約の性質・目的が競争入札に適さないものなど、施行令第167条の2に限定列挙されている。 詳細は省くが、「時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき」 (第5号) という規定には留意したい。 契約価格指標の最重視がここにも貫徹していることがわかる。
   指名競争入札の条件は、契約の性質・目的が一般競争入札に適さないもの、その必要がないもの、および 「一般競争入札に付することが不利と認められるとき」 の3項目が限定列挙されている (施行令第167条)。

(3) 競争入札制度の意味
   競争入札制度においては、例外を除き、自治体側があらかじめ設定した予定価格の範囲内で、契約の目的に応じて最高または最低の価格を提示した者が契約の相手方として選定される。 この<相手方候補提示価格競争原理>には、主に二つの効果が考えられる。 まず一つは、契約相手の選定に際して、自治体側に自由裁量の余地をなくす効果である。 自治体側の恣意的選定の可能性を絶つことには、汚職事件等を防止する狙いが込められていると思われる。 もう一つは、契約額の提示責任を相手方に専属させることにより、自治体側は契約金額そのものに対して基本的に責任をとらずに済む、という効果がある。 ただ、工事・製造の請負契約において、明らかに契約事項の履行が困難な金額が提示された場合や、公正な取引秩序を乱すおそれがある場合など、例外的に最低価格入札者以外の者を契約相手にし得る場合の規定もある (施行令第167条の10第1項)。 まったく無責任といえないのは当然である。

(4) 入札制度の揺らぎ
   ところで、原則的契約先決定方式とされている一般競争入札の入札参加者については、禁治産者等および入札事故者を制限する消極的要件の他、首長が、契約の種類および金額に応じて、実績、従業員数、資本額その他の経営の規模および状況を要件とする資格を定めることができる (施行令第167条の5)。 この資格の定め方によっては、有資格者が極めて限定され、事実上指名競争入札と同様の効果を果たす場合もあるのではないか。 また、コンペ方式、提案方式など、デザインあるいは最低限の機能に付加される価値が競われる場合等には、新しい競争方式も編み出されているが、これらは現行4類型においては、随意契約の範疇で扱わざるを得ない。 とりわけ最先端技術をめぐる契約では、自治体独自に仕様書を作成することすら困難な場合もあり、価格指標による評価が正当かどうかが不明な場合も生じてきている。

(5) 総合評価競争入札制度の可能性
   そこで、昨年2月に国の制度に倣い導入された総合評価入札制度に着目したい。 同制度においては、競争入札によって自治体の支出の原因となる契約を締結しようとする場合、あらかじめ定められた落札者決定基準により、「価格その他の条件が当該普通地方公共団体にとって最も有利なもの」 を選ぶことができる。 実施、落札者の決定、または落札者決定基準を定めようとするときには、あらかじめ学識経験者の意見 (地方自治法施行規則第12条の3) を聴かなければならないとはいえ、何が 「当該普通地方公共団体にとって最も有利なもの」 かを最終的に判断するのは首長の責任である。 ここに政策的価値判断を反映させる可能性があるのではないか。
   自治体は、その必要 (政策的価値) を実現するために、最も有利な条件 (多角的コストパフォーマンス) を提示する相手方と契約を結ぶ、という姿勢を確立することはできないか。 契約に至る過程の透明性を確保することと合わせて規範を定立することはできるのではないか。 自治体の契約制度自体が政策目的を実現する手段として機能していくことが展望できるのではあるまいか。

 

3. 配慮されるべき社会的価値

(1) 社会的価値の実現は自治体の責任
   自治体はより良い地域社会づくりをすすめる責任を負っている。 言い換えれば、自治体にはさまざまな社会的価値を実現する責任がある。 その社会的価値とは、たとえば公正な労働基準であり、男女平等であり、福祉であり、環境である。 それらの社会的価値を実現するために、自治体は率先して地域社会の変革をリードしなければならない。
   企業は地域社会のもっとも重要な構成要素の一つである。 だから、より良い地域社会をつくることは、多くの場合、地域の企業それ自体が変容することである。 たとえば男女平等をすすめることは、とりもなおざす企業において女性が働きつづけることができ、子育てや介護と仕事を両立することができ、セクハラを受けることがなく、どんどん管理職に起用されるようになることである。 障害者の自立を促進する大きな柱の一つは、企業が積極的に障害者の雇用を拡大することである。 少なくともそれは障害者の自立にとって極めて重要な要件である。 このように、地域社会を良くすることと企業の変革はおなじではないが、企業の変革は地域社会を良くするための極めて重要な要件である。
   企業は一般に社会的責任を負っている。 行政と協力しつつ、社会的価値を実現するために行動しなければならない。 とはいえ自治体の企業に対する働きかけの手段は限られている。 自治体は一般に地域の企業の労働条件などに直接強制力のある指導をすることはできない。 たとえば男女平等についていえば、せいぜい出前講座の受け入れを要請したり、優良企業を表彰したりするくらいである。

(2) 契約の相手方を選ぶ基準
   ところで、自治体が事業者と結ぶさまざまな委託契約は、地域社会がより良い方向に向けて変化することをうながす実効性の高い手段となりうる。 なぜなら、自治体が積極的にNPOに委託すれば、地域のNPO活動はさかんになるであろうし、男女平等に取り組んでいる企業と優先的に契約すれば、他の企業も男女平等に対して積極的な姿勢になることが期待できるからである。
   自治体と委託契約を結んでいる企業や、自治体から補助金を受けたり税の優遇を受けたりしている企業は、税金の支払いによって利益を得ている。 その分社会的責任も一段と重いというべきである。 したがってそれらの企業に対して、自治体は社会的価値の実現に関して一般の企業に求める基準より高い基準を要求することができるし、またそうするべきである。 もしISOの認証を取得するなど環境問題に熱心に取り組んでいる企業と、そうでない企業が同じ価格で入札すれば、他の条件が同じである限り、当然環境問題に取り組んでいる企業に落札するべきではないだろうか。
   このように、自治体が民間業者との間で結ぶさまざまの契約は、地域社会における社会的価値の実現をうながす実効性の高い手段として活用することができる。 そのために必要なのは、自治体の入札・委託契約制度において、公正であり、かつ社会的価値の実現をうながすような競争のルールをつくることである。 それはすなわち、契約の相手方を決定するに際して、社会的価値を取り入れた総合評価方式によることにほかならない。

(3) 自治体が配慮するべき社会的価値
   では自治体はどのような社会的価値を配慮することが適切なのだろうか。
   この点を考えるときに、真っ先に浮かび上がるのは、ILO94号条約や90年代になってアメリカの自治体に広がりつつある生活賃金条例 (リビング・ウエイジ条例) である。 前者は、公契約の相手方となる企業に対して、その地域における賃金相場以上の賃金を雇用者に支払うことを要求するものであり、後者は、たとえば雇用者が一人の子どもを扶養できるだけの賃金を払うことを要求するものである。 すなわち賃金を中心とする労働条件が第一に考えられるであろう。
   この数年来、行政のスリム化の流れの中で、ビル清掃などのアウトソーシングがすすんでいるが、こうした役務提供型の委託契約の分野では、最近ダンピングまがいの契約が横行している。 役務提供型の場合、人件費の割合が大きいから、いくら税金の支出が削減されたといっても、その反面このような契約のもとでは、賃金が不当に圧縮される可能性が高くなる。 労働者の権利を守り、労働者が働きやすい社会をつくることは、自治体の重要な役割である。 そのために、役務提供型の委託契約を結ぶ相手方となる企業に対しては、雇用者に一定水準以上の賃金を払うことを要求することが、極めて有効である。
   このほかに、男女平等、福祉、環境も盛り込むのにふさわしい社会的価値である。

(4) 男女平等
   男女平等の分野では、意識啓発、エンパワーメント、子育て支援、高齢者介護、女性に対する暴力など、自治体が取り組むべき施策や事業は極めて広い範囲にわたっている。 推進体制の整備など、自治体自身の自己改革も、ないがしろにできない課題である。 しかしながら、女性の社会参画はなかなかすすまないという現状があり、実効性の高い政策が求められている。
   男女平等を実現するための最大の課題は、企業における男性優位を解消することといっても過言ではない。 企業に対する取り組みとしては、優良企業の表彰、補助金などのほかに、条例を制定して報告することを義務づけるといった手段も考えられる。 これらは一般的に地域の企業に対する手段である。
   自治体と取引を求める企業に対しては、さらに一歩踏み込むことができる。 たとえば業者登録の際に、女性問題への取り組みを申告することを求めるとか、入札区分のランクを上げるとか、随意契約で優遇するといった手段が考えられる。 女性問題への取り組みを落札者決定のための総合評価の基準に盛り込むことも、きわめて有効な手段なのではないだろうか。

(5) 福 祉
   福祉もまた考慮すべき社会的価値である。 たとえば、分かりやすい要素として、障害者の法定雇用率を達成しているかどうかがある。 障害者の法定雇用率を達成している企業は、必ずしも多くない。 むしろ、未達成でペナルティを払っている企業が少なくない。 このような現状に鑑みると、法定雇用率の達成を総合評価の対象とすれば、障害者雇用を促進する効果的な手段となるだろう。

(6) 環境問題
   環境問題は根本的には国の法律によって対応するべき問題である。 ドイツは1996年、循環経済・廃棄物法によって、行政と企業と市民がそれぞれに責任を負う仕組みをつくった。 これに対して、日本の容器包装リサイクル法では、自治体の負担がたいへん重いかたちになっている。 このように環境問題は法律でいかなるルールをつくるかが決定的な役割をはたす。
   これに対して、自治体には環境税などの法定外目的税の導入という手段があるが、契約の相手方に環境問題への取り組みを求めることも有効な手段であろう。 たとえばISO14000シリーズの認証取得も考慮するべき重要な要素である。
   以上のような考え方が一般的になっていけば、労働条件、女性、福祉、環境に関する企業の取り組みに対する総合的な格付けを考えることも可能になるかもしれない。 自治体入札・委託契約において、総合評価方式は社会的価値を実現するための実効性の高い手段なのである。

 

4. 入札・委託契約において配慮されるべき労働の問題

(1) 入札価格と賃金水準
   建設事業のような例を除くと、落札価格あるいは受注価格について下限は制度上設定されていないため、ダンピング受注の発生する余地がある。 これが極端な場合には、受注価格を当該業務の就業者数と労働時間で割ると、最低賃金以下の数値を示す場合がある。 そうした受注を行う側の動機として、官公庁が発注先であることを看板にしたいということがあるが、もし受注業者が最低賃金法に違反せずに適法な賃金を就業者に支払っているとすると、自治体から受注した業務のために発生する人件費は、その受注業者に対して他の民間の発注者から支払われる受注価格へ余分に転嫁されていることになる。 このような場合に民間委託は、あたかも民間活力の増大に寄与するかのような言説とは裏腹に、民間企業の健全な取引を阻害し、ひいてはその就業者の賃金水準や雇用環境全体を不安定なものにする。

(2) 雇用継続
   労働者派遣などでよく指摘されることであるが、受注業者がある年度末で交代すると、その就業者の雇用は継続されないことが多い。 しかしながら、自治体の委託業務を新たに受注した業者にとって、自らの就業者を当該業務に適合するように新たに訓練するコストは軽視できないし、引き継ぎをスムーズに行うという観点からも有形・無形の負担が発生するはずである。 この場合、受注業者が替わっても就業者は従来どおり当該業務に従事し、新規受注業者のもとで雇用が継続されるという形態をとればコスト面でも有効であろう。

(3) 交渉の相手方
   前項の雇用継続という考え方にも現れていることだが、就業者の労働条件を基本的に決定づけているのは受託業者よりもむしろ発注者、すなわち自治体ではないかと思われる場合は多い。 そのため受託側の就業者の労組が実のある交渉をすすめるための相手として、受託業者よりも自治体に目を向けるのは自然の流れである。 ところが、一般的にいってこの点についての労働委員会の解釈には杓子定規な解釈も多いようで、発注者と受託側就業者の間に 「支配・従属関係」 がないから、また 「使用者」 ではないからと、発注者側のとる団交拒否的な態度に寛容なように見える。 現実的な方策としては、発注者・受託者・受託側労組の三者機関のようなものを設置して、委託料の交渉に労組も関与できるようにすることで、安値受注に起因する低賃金を回避するというやり方が、よりよい選択肢ということになろうか。

(4) 安全衛生管理と発注者責任
   安全衛生面の責任は、当然のことながら、直接の雇用者が負うのが原則であるが、建設業においては例外的に元請責任が強調される。 これは、就業者の労働環境の大部分を事実上元請が決定づけるという事実認識に基づくものであるが、業務委託についても、この考え方が最大限活用されるべきである。 例えば労働安全衛生法第3条第3項は、これも主に建設工事の発注を念頭においた条文ではあるが、その有効な活用法を検討することは無駄ではないだろう。 もっとも、建設事業においては、元請で責任の流れが止まってしまい、発注元である自治体の責任が追及しにくいということもある。 また、重大災害に伴う指名停止などのペナルティが、かえって 「労災隠し」 を招いたり、事後的なものにすぎなかったりするので、発注側としての権限はなかなかその 「防止」 にまで実効が及ばない。 そこで、同一事業への就業者としての自治体側と受託側の交流が災害防止に資する面も大きいように思われる。

(5) 物件費と身分
   委託業務の発注部門にとって、見た目の物件費が所期の範囲内に収まれば、その業務がどのような人的資源によって遂行されるかは、事実上どうでもよいことである。 この点は、臨時職員や非常勤職員について問題視されてきたことと同様で、自治体の人事部門は、就業者の名前はおろか就業者数も把握する動機がない。 このことと公務員正職員に一般的に見られる身分意識が結びついて、受託側の就業者の労働条件もまた、どうでもよいように見なされがちである。 さらに、仮にある業務の民間委託化が進行していても、正職員が不補充というかたちで減員されると、既存の正職員の労働条件にとって直接の脅威とは映りにくい。 したがって、自治体職員の要求のなかに受託側の就業者の労働条件を組み込むことには困難が伴って当然である。 しかしながらそうした状況は、業務内容にもよるものの、少なくとも自治体職員自らの労働条件を受託側就業者の労働条件と比較検討するには打ってつけの位置にいるのであって、何が 「効率化」 され、どのように労働が強化され、あるいはどんなコストが陰に隠れるかを描写できる立場にいるであろう。

(6) 賃金相場と調査
   受託価格に相場が存在しないとも言えるような状況下では、当然賃金や労働条件においても相場が形成されにくく、事実上は底這いに近い状態になる。 この相場の底上げ、というよりも公務員賃金との格差の縮小に役立つと思われるのは、米国で広がりを見せるリビング・ウェイジ条例である。 米国の公契約では、連邦最賃を別にすると、大雑把にいって、デイビス・ベーコン法 (1931年) に基づく相場準拠の賃金を求める規準がすでに存在するが、リビング・ウェイジ条例では、地域ごとの最低生活ニーズの充足の規準となるところに特徴がある。 もちろんそれらの背景には相場形成の主体としての産業別労働組合があって、これが日本との決定的な差異となる。 だが、さしあたり委託業務に関していえば、日本において年功的ながらも固定的な賃金相場を形成しているものとして、公務員賃金も大きな位置を占めるのではないだろうか。 すなわち、自治体の委託契約において想定する人件費は、自らの職員が行った場合の人件費として積算することが必要であり、もしそれ以下の人件費を想定している場合には、明らかに厳しい労働条件を強いることになる。

(7) 派遣と請負
   請負契約に基づいてすでに行われている委託業務の中には、労働者派遣の性格を色濃く持っているものが少なからず存在する。 ある業務を請負と見なすか、派遣 (あるいは労働者供給) と見なすかという線引きは、その根拠となる職業安定法の歴史のうち、かなり初期の段階ですでに揺らいでいたようである。 また、労働者派遣法の改正に伴い、ほとんどの業務について、派遣が認められるようになった。 この状況を踏まえると、委託の契約形態を請負から労働者派遣に切り替えるという方策には一考の余地があろう。 というのも、労働者派遣においては、発注部門が受託側の就業者に対して一定の責任を持たざるを得なくなるからである。 もっとも、派遣には期間の限定など細かな規制があり、これが雇用の継続とどのようにして両立されるかという難しい問題もあろう。 だが少なくとも今日の状況としては、「委託=請負」 という固定的な構図で考える必要はなくなった。

研究会の構成

研究者

武 藤 博 己〈法政大学法学部教授〉 (主査)
清 水   敏〈早稲田大学社会科学部教授〉
広 岡 守 穂〈中央大学法学部教授〉
吉 村 臨 兵〈奈良産業大学経済学部助教授〉
宮 﨑 伸 光〈地方自治総研研究員〉 (事務局)

自治労

本 部  川端邦彦産別建設局長、松永徳芳産別建設局次長
      笠見猛政治政策局長
県本部
埼玉県本部  青 木 衆 一 (オルガナイザー)
東京都本部  藤 岡 一 昭 (八王子市職書記長)
大阪府本部  島 村 啓 二 (組織部長)
兵庫県本部  市 来 信 弥 (執行委員、オルガナイザー)

事務局

堀 江 紀 一  政治政策局書記・自治体改革担当
小 畑 精 武  産別建設局オルガナイザー
          (公共サービス民間労組協議会事務局長)
開   暁 生  産別建設局書記

研究会の活動

2000年

3月 第1回研究会 (これまでの経過、目的、活動予定の確認)
4月 第2回研究会 (論点・問題提起)
5月 第3回研究会
    (ヒアリング:八王子市、多摩環境組合、八王子市職労)
6月 第4回研究会 (ヒアリング:東京都財政局)
7月 第5回研究会 (WTOの社会条項等について)
8月 第6回研究会 (論点整理について)
10月 第7回研究会 (中間的なマトメについて)