自治体の男女平等政策の具体化にむけて

中央大学教授 広岡 守穂 


 昨年6月に男女共同参画社会基本法が成立し、わが国が男女平等の実現をめざす方法の大枠が明示された。そしてこれによって、すべての自治体は女性問題に取り組むことを義務づけられることになった。
 そもそも自治体には、みずから社会のめざすべき方向を指し示し、地域社会の変革をうながす責任がある。その意味で自治体は女性問題の最前線である。女性問題は家庭の問題であり、企業の問題であり、地域の問題である。そして自治体自身の問題でもある。自治体は地域社会の先頭に立って女性問題に取り組まなければならない。
 自治体の男女平等政策を考えるには、3つの視点が重要である。
 第1に自治体自身の自己変革が必要である。すなわち職員の意識改革を推し進めつつ、しっかりした推進体制を構築する必要がある。
 第2に男女平等政策のいわゆる「メインストリーム化」にともなって、自治体は、これまでとはちがった発想からの実効性ある政策の展開を求められている。
 男女の平等な社会参画、男女の一人当たり平均所得の平等化、家事育児の平等な分担など、めざすべき社会の姿はきわめて明瞭である。しかしそれに対して、自治体にできることには限界がある。その限界の中で、実効性ある政策手段を見出すことが、これからの自治体にとって最大の課題といっても過言ではない。
 また基本法によって、都道府県は基本計画の策定を義務づけられた。計画の策定と、計画の進行管理と政策効果の評価測定も重要な課題である。
 第3に自治体は、市民の女性問題に取り組む活動をこれまで以上にしっかりとバックアップしなければならない。行政と地域の市民運動との緊密な連携が必要である。従来、自治体の男女平等政策は、各種女性団体に対するサービスという性格をもっていたし、また各種女性団体を受け皿にして事業を実施してきた。これからはさらに一歩すすんで、ドメスティックバイオレンス(DV)など女性に対する暴力の根絶においても、女性の起業支援や再就職支援などのエンパワーメントにおいても、市民活動との対等なパートナーシップを構築することが必要である。
 以上、自治体の自己改革、自治体の政策、自治体と市民活動の関係という3つの視点からながめてきたが、これをさらに具体的にみれば、①推進体制、②政策の実効性、③基本計画、④政策効果の評価、⑤意識改革、⑥エンパワーメント、⑦女性の人権擁護、⑧男女平等条例の8つの課題がある。

① 推進体制
  全庁的な取り組みをすすめるため、しっかりした推進体制を確立するとともに、仕事と家庭の両立支援、女性問題に関する研修、女性職員の登用など、自治体自身が率先垂範して女性問題に取り組むことが必要である。

② 政策の実効性
  男女平等の実現に最も重要なのは、事業者つまり企業や町内会・自治会などにおける女性の参画をうながすことである。そのために実効性ある男女平等政策を見出すことが自治体のきわめて重要な課題になっている。

③ 基本計画
  男女共同参画社会基本法により、都道府県は基本計画をつくることを義務づけられた。市町村には義務づけられていないが、やはり地域の特徴に合った基本計画をつくることが望ましい。

④ 政策効果の評価
  基本計画の進行管理と政策効果の評価が重要なことはいうまでもない。

⑤ 意識改革
  意識改革には、性別役割分業にかかわる部分と、男性の意識改革にかかわる部分とがある。理論的には2つは重なり合うが、実践的には別個の課題である。男性の意識改革とは企業の意識改革にほかならない。これからは企業に対する出前講座などに、ますます力を入れなければならない。

⑥ エンパワーメント
  起業支援、再就職支援、アサーティブネス・トレーニング、さらには制度融資やファンドレイジングの支援など、エンパワーメントの手法はさまざまであるが、エンパワーメントにとってとくに重要なのはキーパーソンやネットワークとの出会いである。その意味で女性センターはエンパワーメントのための重要な拠点である。

⑦ 女性の人権擁護
  男女平等政策の課題として女性に対する暴力の根絶を考える場合、重要なのは市民活動との連携を促進することである。たとえばドメスティックバイオレンス(以下DV)への取り組みでは、被害女性の支援に取り組んでいる民間救援団体の活動を活発にすることが重要である。

⑧ 男女平等条例
  以上7つの分野で実効性ある施策を実施するために、事業者の責任、オンブドまたは苦情処理、女性に対する暴力対策などの分野では、その根拠となる条例を制定することが望まれる。
 なお最後に、政策の実効牲について付言しておきたい。
 実効性ある政策を考える際に、ILO94号条約に定める公正労働基準やアメリカの自治体におけるリビング・ウエイジ(生活賃金)条例が、ひとつの考え方のモデルになるのではないかと思われる。
 ILO94号条約は公契約における労働条項を定めたもので、国または自治体が発注する公共事業や役務提供型の委託契約などに雇われる労働者に対して、雇用者が支払う賃金は、その地方において同一性質の労働に支払われている相場の賃金(プリべイリング・ウエイジ)を下回ってはいけないという内容である。
 リビングウエイジ条例は、一人の働き手(たとえばシングルマザー)が子どもを最低水準以上の環境で育てることができる賃金を払っている事業者でなければ公契約の相手方となることはできないという考え方にもとづくもので、1990年代の中ごろ以来、アメリカの自治体で広がっている。リビングウエイジ運動は「公民権運動以来もっとも興味深い草の根の運動」と評価されている。
 自治体が民間事業者と契約を結ぶ際に、公正労働条件の他にも、女性、環境、福祉、NPO支援なども、考慮すべき要素として位置づけるべきである。
 自治体はより良き地域社会づくりをすすめる責任を負っている。自治体がNPOに委託すれば地域のNPO活動はさかんになるであろうし、環境問題に取り組んでいる企業と契約すれば、他の企業も環境問題に対して積極的な姿勢になるだろう。このように、自治体が民間業者との間で結ぶさまざまの契約は、地域社会がより良き方向に向けて変化することをうながす有効な政策手段でありうる。本格的な地方分権時代を迎え、労働条件、女性、環境、福祉、さらにはNPO支援といった要素を公契約の新しいルールとして取り込む。そのことを本格的に検討しなければならない。