環境自治体づくりの新たな方向
― 新価値の創造に向けて ―

市民運動全国センター世話人 須田 春海


1. 苦悩は業績である

 環境自治体づくりは順調とはいえません。特にこの概念を創造した自治労の歩みは、その努力の割には、遅々としたものです。その理由を考えてみましょう。
 まず、自治体サービス全体を環境主義の視点から改革する事が如何に困難であるか、ということです。どんな事業であれ、自治体サービスであれば、何らかの法(法律・条令など)に基づいています。行政の裁量権の範囲であっても、法の精神を超えることは著しく困難です。たしかに、多くの自治体に環境関係条例が生まれました。環境基本条例・環境アセスメント条例・自然保護条例・景観、土地利用、水源保全などです。しかし、環境基本計画が、まちづくりマスタープランや総合計画は無論のこと、個々の開発プロジェクト計画に優先したという事例を知りません。個別の事業はそれぞれに裏づけとなる法をその背景に持ちます。そこで奇妙な現象が起こります。環境先進自治体が頑張ると法の隙間だけがグリーン化されるという奇怪な事態です。まちづくりの基盤である土地利用、消費の構造を決める商品の生産・流通・販売・廃棄の仕組み、生活の場所である住居・建築物のあり方、人間生活を支えるエネルギー・水、人やモノの交流を図る情報・交通システム、などの基本にいまだ環境改革は達成されていません。財産権・営業権を環境の視点から制約するのはむろん困難がともないます。
 環境に熱心な職員がいたとします。しかし、その職員が素晴らしい環境行政を展開できるかといえばそうではありません。職員は、誰が担当しても均しく実行される事を前提にした「組織」の規律に従い、法に則り、選挙で選ばれた長の政治判断のもとに、仕事を実施します。その流れのなかで個人の選択できる範囲はきわめて限定されます。組織・法・政治のそれぞれがしばしば環境政策のバリアになります。政治のグリーン化はいまだ掛け声だけ、依然として環境は票にならないと判断する政治家が多いのです。憲法に環境条項を入れるべきだという飛躍した論は声高ですが、現実の個別法は環境主義の介入を認めません。行政組織の政策調整は依然環境配慮を劣位においています。
 ですから、環境自治体を目指す運動がはかばかしく進まないのは、ある意味では道理なのです。矛盾があればそれだけ職員の苦悩は深まります。理想が実現されず、改革が進まないのですから、良心的であればあるほどストレスは溜まります。市民からの非難を浴び、どうにもならない仕組みと格闘する職員の姿が全国各地に見られます。かたちにはなりませんが、この悩みの深さこそが実績なのです。体質も制度も不変のものはありません。事実、先行事例が生まれ、行政の価値観は随所で分裂し始めました。確実に運動の成果も現れ出しているのです。

 

2. 新しい価値づくりの展望

 1990年代を通して最も激しくかつ粘り強く運動が続けられているテーマに長良川河口堰問題があります。現実に河口堰は出来てしまいましたが、運動の波及効果はさまざまな局面に及んでいます。①公共事業計画の硬直性批判は事業評価システムの導入をもたらしました。②一方的な意思決定過程への批判は、住民投票制度の必要性やパブリックコメントと市民参加を一般化させつつあります。そして何より大きな成果は、③治水・利水しか目的としなかった法律が改正され環境配慮をも法目的とした新河川法へと改正されました。
 むろんひとり長良川の運動の成果というわけではありません。環境運動の潮流が時代を変えはじめたのです。まちづくりの基本法である都市計画法も、農業のあり方を決める農業基本法も、環境事項を取り入れた新基本法へと改正されました。林業のあり方も営利採算性偏重から環境資源としての側面を重視する政策へと大転換しつつあります。経済法や税法の領域のグリーン化はまだ遅れていますし、エネルギー政策は旧態依然ですが、環境税や自動車税のグリーン化の議論もはじまり自然エネルギー促進の法制度についても活発な検討が行われています。ただ、開発に関わるすべての法制度が見直されるまでにはまだまだ時間がかかりそうです。
 そもそも、社会を客観的に認識する方法を<科学>とするなら、その認識の体系として出来上がっている今の学問が新しい環境科学と整合していません。経済学の基礎理論が環境制約性を無視していることは広く知られるようになりましたが、経済政策を変更させるまでには至っていません。開発と環境の統合といっても、片や金銭ベース、片や生態系という生命ベースが評価基準ですから簡単に合成尺度をつくる事は出来ません。
 地球環境問題が世界規模で論じられるようになって約10年。人間が自然に与え続けるダメージの大きさはますます明示的になりました。生命基盤の破壊・撹乱、自然資源の枯渇・疲弊は地球全体を覆い尽くしています。その要因の多くが、先進国の企業・市民の豊かさを実現するためです。環境主義の確立は急を要します。そこで人間の活動を律するためのさまざまな提案がなされています。ナチュラル・ステップもその一つでしょう。また、ある場所では、身体を張った抵抗闘争が続いているのです。
 私たちは10年程前に環境自治体づくりを提案しました。その実践の経験に、更に各地の運動や提案を参考にさせていただき、環境主義の価値観の導入を分岐点として、導入以前を旧価値、導入後を新価値と分類し、自治体サービスの改革方向を明らかにする作業をはじめました。この作業の過程では、将来方向が見え始めただけでなく、自治体サービスの現状が位置づけられ、自治体改革の課題も把握することが可能になりました。この作業は、冊子にもまとめられていますが、これからの自治研活動の環境指針的役割も期待されているものと思います。