地域雇用と介護労働者の研修事業

東京都本部

 

1. 介護保険下での介護労働はどう変わったのか

 2000年4月1日、介護に携わる多くの労働者の期待と不安の中、介護保険制度はスタートをしました。介護支援専門員という新しい職が生まれ、社会保険制度となってそれまでの措置による介護サービスの提供から、利用者の自主的な選択によって介護サービスが提供されることになり、その供給主体は主に民間事業者となるというこれまでにない制度に、戸惑いは隠せないものがありました。
 しかし、3月に結成した東京都本部の介護の仕事をする労働者のための個人加盟組合「東京ケアユニオン」の介護相談室には、「時間が短くなり、忙しくなった。」「仕事の時間が長くなっても、収入が減った。」等の苦情が数多く寄せられています。労働条件に関わること以外にも、「ヘルパー2級の資格を持っていないので採用を断られた。」「ヘルパーの仕事とは思えない家族の食事の用意まで指示された。」等という苦情も寄せられています。
 介護保険制度が新しい社会サービスを供給する制度として、ケアプランや要介護認定などのこれまでにないシステムを導入したことにより、制度の趣旨や内容が現場で十分理解されていないことによる混乱が背景にあると考えられます。さらに介護保険制度の実施直前になって、訪問介護サービスについては「身体介護」「家事援助」の区分に加えて「複合型」が設定されたり、介護報酬単価の中で同一のサービスで複数の単価設定がされているなど、訪問介護をめぐっての独特の問題もあります。
 しかし、訪問介護サービスをめぐるホームヘルパーの問題については、介護保険下で訪問介護の内容を「身体介護」と「家事援助」に区分して介護報酬単価を区別したことや、「登録型」と呼ばれる働き方が圧倒的な部分を占めるなど、介護労働をめぐる雇用問題として新たな問題を提起しています。

2. ホームヘルパーの仕事のあり方の変化

 ホームヘルパーの賃金や労働時間、仕事上の問題などについてのまとまった調査から、今回の働き方の変化を考えてみます。1998年3月にまとめられた国民生活センター「ホームヘルプ活動実態調査」(調査対象首都圏)をもとに、幾つか実情をとらえてみます。

(1) 活動日数(1ヵ月)
             比率          《各団体別該当人員比率》
  21日以上  28.2%(株式会社 42.9% 家政婦紹介所 34.9% 自治体 34.4%)
  16~20日  30.3%(自 治 体 48.8% 在介センター 43.3% 公 社 30%)
  11~15日  18.5%
  10日未満  21.2%(生  協 74.3% 市民団体   42.2% 社 協 38.7%)

(2) 収 入(1ヵ月)
  26万円以上        6.1%(常勤 28.9% 非常勤・パート 0%)
  19~26万円未満  14.8%(常勤 47.6% 非常勤・パ-ト 28.4%)
  10~19万円未満  21.7%(登録  6.8%)
  4~10万円未満   30.5%
  4万円未満       25.5%(登録 34.0%)

(3) 各団体職員の主要な所得金額
  自治体         51.8%が22万円以上
  株式会社       43.7%が13~22万円
  家政婦紹介所   52.3%が6~13万円
  公 社          56.4%が8万円未満
  社 協                59.1%・市民団体51.8%が4万円未満
 このほかに調査の所見として、
 ① 経験年数と収入については、26万円以上を除けば連関はしていません。26万円以上は公務員常勤ヘルパーが91.2%を占め、ここでは勤続年数に収入が比例しています。
 ② 資格と賃金については、無資格者は2万円未満が多く、資格者は16万円以上が多いものの、特に関連性があまり見られません。
 ③ 登録ヘルパーの活動日数は、5日未満、6~10日、11~15日、16~20日のいずれも20%前後となっています。
 調査時点は1997年10月ですから、介護保険以前のホームヘルパーの労働の実態についての実情を知ることができると考えられます。
 介護保険がはじまって変化したことは、まず自治体のホームヘルプサービスが撤退したことです。このことは、訪問介護の仕事から常勤で高収入の層が姿を消したことを意味します。あわせて自治体関連の社協・公社も部分的には撤退しています。
 第2の変化は、登録型ヘルパーが圧倒的に増加したということです。したがって各事業所の職員構成は、常勤と登録ヘルパーで構成されるところとなりました。あわせて介護保険の下では、ヘルパーの一回の仕事時間が30分~1時間単位で刻まれることから、1回の仕事の時間数が少なくなっていることは介護相談室への「時間数が細切れになってしまった」という苦情が数多く寄せられることから推定できます。
 第3には、介護報酬による単価設定が、身体介護が4,020円、家事援助が1,530円となり、それまでの事業費補助方式の単価より引き上げられたにもかかわらず、ヘルパーの時間単価が引き上げられたという話は聞きません。実際の募集広告にのるヘルパーの時給は家事援助で1,000円前後、身体介護で1,200から1,500円程度となっています。実質的な時給の切り下げとなっています。
 4月以降、様々な要因からホームヘルパーの賃金面での処遇は、明らかに下降しているといわざるをえません。

3. 地域雇用情勢の変化と登録型ヘルパーの問題

 バブル崩壊以降の日本の雇用情勢は、これまでの戦後の雇用状祝と大きく異なった様相をみせています。失業率が4から5%の高水準を維持したまま、なお大手企業を含むリストラによって非自発的離職が増え続けています。ここ数年常勤労働者の数はほぼ横ばいとなっており、派遣・パート・非常勤労働者が増加しているといわれています。かつて日本は、景気の拡大と不景気を繰り返しながらも、景気が回復すれば常勤労働者の雇用も拡大してきた歴史を持っていますが、今回は景気が回復局面にあるとはいっても常勤労働者の雇用の拡大は見られないことが大きな特徴になっています。
 グローバル化を主張する多くの経済学者達は、また一方では規制緩和と市場経済の競争原理の強化を声高に叫んでいます。あわせて雇用の流動化を主張し、あたかも常勤労働者の雇用保障を経済の停滞の原因のように攻撃し、派遣・パート・非常勤という雇用形態こそが多様な働き方の表現のように主張しています。
 介護をめぐる市場も今後大きく期待される雇用の場といわれています。今回の介護保険では、多くの企業が介護保険の指定事業者として参入し、まだ制度が発足して3ヵ月しか経過していないのに、もうすでに多くの事業所の撤退や人員整理が取りざたされる事態となりました。そもそも介護の仕事について、民間の事業者に任せた場合に採算を重視することから、必要なサービスを十分提供できる供給体制を維持していけるのか疑問視されていましたが、その事が現実になる恐れが出てきました。規制緩和で、介護という社会サービスに民間事業者が参入し、雇用形態の多様化で登録型という働き方が大量に生まれることで、はたして介護サービスは高齢者の自立支援を進める事業としてその役割を果していけるのでしょうか。
 ここで登録型と呼ばれる働き方についてその問題点をみてみましょう。そもそも登録型のヘルパーとは、1987年に厚生省が自治体にホームヘルパーの仕事を行うものとして個人登録をするという制度を発足をさせたという経過があります。これは、1981年の中央社会福祉審議会答申で自治体の事業であったホームヘルプ事業を、社協や社会福祉法人、福祉活動団体に委託することができると決めたことと同時に、常勤以外のパートヘルパー制度を導入したことに始まります。
 登録型とは、自分の働きたい時間を登録し、利用者からのサービスの提供の希望がその時間に合致した場合に、その時間が働いた時間としてみなされる制度です。そもそもホームヘルプサービスの場合、相手の利用者に継続的に一定時間介護サービスを行っていても、利用者が入院したり、死亡したりすれば仕事がなくなってしまうわけですから、仕事として不安定な要素を抱えています。その上に登録型ではヘルパーと利用者の希望時間の調整が必要ですから、さらに仕事の確保自体が不安定にならざるをえません。
 この非常勤(登録型含む)のヘルパーについては、総務庁行政監察局が1995年に厚生省に対して、就労実態に応じた就労条件の整備をはかるよう勧告を出しています。この勧告で改善を要すると指摘されている事項の中には、①労災保険の適用を行うこと(33%が未実施・以下同様)、②労働条件の文書による明示(21%)、③年1回以上の健康診断の実施(21%)、④雇用関係を明確にする(28%)、⑤非常勤でも常勤同様の場合は社会保険の適用をすべき等です。この監察結果と勧告は、当時自治体が委託している団体について行われたものですが、介護保険下では自治体が直接的なサービスから撤退し、社協等もまた事業縮小をはかってすべて民間事業者にまかされるようになって、こうした就労実態の整備が見えなくなり、放置されるのではないかということが問題です。
 この総務庁の勧告には、現在問題になっている登録型ヘルパーの労働条件について、同様の問題がすでに指摘されています。自治労東京都本部のこの間の自治体の登録型ヘルパーの組織化の中でも、「登録型」を理由に雇用関係を認めない自治体があり、自治体の単組の協力がなければ交渉に応じないところもありました。

4. 地域の介護サービスと介護労働者の研修事業の役割

 介護保険下になって訪問介護事業に係わって変わったことの1つに、サービス提供者はヘルパー養成研修による有資格者でなければならないという点です。発足当初の都本部介護相談室には、「ヘルパー養成研修はいつからやるのか」という問い合わせが殺到しました。多くはこれまで無資格で家政婦紹介所等で働いてきたが、4月から無資格では仕事はないといわれたヘルパーの皆さんでした。またアテンド士といわれる資格を持っていながらもヘルパー資格ではないと断られたり、公立の職業訓練校のヘルパー講習を受けながらも、かつては資格を付与されなかったために「無資格」といわれた方々もいました。
 このヘルパー養成研修は、介護の仕事が専門的な知識を必要とする職業であることや、そのサービスは自立支援のための社会的サービスであるという社会的評価を獲得するためにも重要な事業です。様々なホームヘルパーの意識調査や相談室への苦情の中に、ヘルパーの仕事に対する社会的評価の低いことや、無理解であることへのヘルパーの皆さんの怒りや絶望の声が寄せられています。何よりもヘルパーの仕事の社会的評価を高めるためには、仕事の質の向上は欠かせない要素です。
 それとともに、このヘルパー養成研修については、この間の民間事業者のマンパワー確保の大きな道具となっており、その研修の質が問題となっているという事情があります。今日介護保険下では資格者以外に仕事につけないという事情から、大手民間事業者のみならず専門学校から学習塾、着物着付け業者までヘルパー研修に参入しています。これまでも大手民間事業者は、自らヘルパー研修を主催し、修了生を自社に登録して仕事の提供を行ってマンパワーの確保を行ってきました。しかし、厚生省がマンパワーの確保を急ぐあまり、養成研修の実務研修を実技ではなくビデオを認める等の規制緩和を行ったため、ヘルパーの質を問われるような実例が新聞紙上で報道されるようになりました。
 ヘルパーの養成研修や資格者のスキルアップのための研修は、ヘルパーの質の向上や職の確立のためには必要なものであるにもかかわらず、民間事業者にとって、研修事業は資金と人の投資を必要とします。これまでの日本の企業では長期雇用を前提とする男子正規労働者にはその機会を与えながらも、女性労働者や短期雇用者には研修を行わないできたという傾向があります。また介護保険下でのサービス提供事業者の規模は、厚生省の指定事業者の指定基準の影響で、小規模な事業者が多くいます。例えば東京都内の2つの自治体での実状は以下の表の通りです。

(2000年5月末現在)
A自治体 B自治体

常 勤

非常勤

団体比率

常 勤

非常勤

団体比率

1~ 9

24%

1~ 9

23%

1~ 6

19%

1~18

15%

0~20

38%

0~15

15%

0~14

19%

0~ 5

19%

0~64

  0%

0~64

27%

 厚生省が決めた訪問介護事業の施設の基準は、常勤換算で2.5人が最低ですので、上記の表にあるように常勤1~2名と非常勤という事業者が40%を占めています。B自治体の常勤5名以上の事業者は、家政婦紹介所から介護保険事業に参入してきている事例です。この規模の事業体では、全国規模の企業の支社であれば別ですが、とても自前で研修事業を実施することは困難であると思われます。
 ヘルパーの皆さんへの意識調査などでは、研修への参加を求める要望が多くあげられています。よい仕事を自信を持って行うために、研修の機会があれば参加したい、孤独で肉体的にも厳しい仕事であることから仲間との話し合いや励まし合いの機会が欲しいという声はよく聞きます。やりがいがありながらも対人関係の難しさや、処遇の悪さ、社会的評価の低いことなどでヘルパーの仕事を離れる人も増えています。長期にわたって仕事をすることが必要であるにもかかわらず、短い期間でヘルパーを辞めてしまい、利用者から「たびたび人が変わる」といわれる事態も生まれています。
 介護の仕事については、マンパワーの確保と資質の向上を図る研修事業の充実は欠かせない問題です。そして雇用の確保の問題からも、この研修の質が今後の介護保険事業の充実に欠かせないものでもあります。地域での介護の事業を定着させ、質の高い訪問介護事業をつくって介護保険制度を充実させるためには、地域のNPO諸団体と連携した協同事業として研修事業を作り上げることが必要です。そこに自治体も基盤整備を促進するために、何らかの援助がなされてしかるべきでしょう。こうした積極的な地域の介護力を充実させる運動がなくては、地域でささえあう介護、社会的サービスとしての介護を充実させることはできません。労働組合も、この事業に積極的に参加する事が問われています。