地域エイジレス社会対応促進モデルについて
~高齢社会を支える地域産業のあり方~

大阪府本部/自治労大阪府職員労働組合・商工支部

 

  キーワード   

 ● エイジレスライフ
 ● 地域生活者対象ビジネス
 ● バリアフリー・ユニバーサルデザイン
 ● ニーズとシーズ
 ● マッチングセンター

1. はじめに

 長期間にわたる景気の低迷と、市場の成熟化により、既存の製品やサービスでは、産業の振興は難しいのが現状である。一方、急速に進展する社会の高齢化と、それに伴うエイジレスライフ(年齢にこだわらず、自分の持つ経験やノウハウを社会に役立てようとする、自立的・積極的な生き方)の広がりが注目されてきた。
 事業所といえども地域社会の一員であり、それなりの役割(地域貢献)を果たしていくことが求められるのは、当然のことである。ならば、地域貢献をボランティアとしてだけでなく、「事業」として実現できれば、地域住民の生活ニーズが満たされ、かつ雇用創出・産業振興にも直結することになる。
 そこで、高齢者市場を地域産業振興の一つの突破口とし、高齢社会にふさわしい地域産業の構造改善、経営基盤の強化を図るとともに、地域の新産業の創造を促進するための、産業界と高齢者の新たな関係作りを提言することを目的として、平成11年度、当研究所と守口門真商工会議所が共同して、モデル的な仕組み作りを試みた。
 本レポートでは、高齢者市場の概要と、守口・門真両市の生活者アンケートと事業者アンケート調査結果の一部、そして本事業で提言した「エイジレス社会対応マッチング・センター」(以下、マッチングセンターと呼ぶ)の機能について紹介する。

2. シルバービジネスの市場について

 高齢者を意味する「シルバー」という言葉は、1975年に旧国鉄がお年寄り優先座席を設けたときの愛称、「シルバーシート」から生まれたといわれる。さて、高齢社会の進展は今後、どれほどのシルバービジネス市場を生み出すのだろうか。
 国連の定義では、総人口に占める65歳以上の高齢者の占める割合が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」と呼んで区別している。わが国では、既に平成6年に14.1%に達しており(総務庁統計局の「平成6年10月1日現在推計人口」による)、高齢社会に突入したことになる。
 その後も、わが国の人口における高齢者の比率は、加速度的に高まりつつある。国立社会保障・人口問題研究所の平成9年推計値によると、全国で平成27(2015)年には老年人口(65歳以上の人口)が全人口の25.2%を占めるとされる。つまり4人に1人が高齢者となる計算である。
 また、厚生省簡易生命表によると、日本人の平成10年における平均寿命は男性77.16歳、女性84.01歳となっている。昭和20年代半ばまでは、日本人男性の平均寿命が50歳代、女性は60歳代前半だったので、戦後50年の間に20年も日本人の寿命が伸びたことになる。従って、定年が延びつつあることを鑑みても、現役を引退した後は、長い高齢期が待っているのである。
 もはや老後は「余生」といった、「付け足し、余りもの」的なニュアンスで語られていた時代とは異なり、老後をいかに過ごすか、このことが人生を考える上で非常に重要性を増していることは、容易に理解できよう。しかし、現実はどうだろうか。特に都市部に暮らす住民は、核家族化が進み、隣近所の助け合いといったコミュニティ性も希薄な中で、独居老人の増加など、老後の生活に不安を覚えないわけにはいかないのが現状といえよう。
 さて、大阪府立産業開発研究所が行った、大阪府における平成12年度の介護需要の推計結果は、介護需要だけで約2,900億円、府内各産業への波及効果により、最終的には5,295億円という規模の生産を誘発し、労働力換算では延べ46,000人分もの雇用を生み出す規模となることが予測されている。さらに平成12年度2,900億円の介護需要は、4年後には1.5倍に成長するとみられている(資料:大阪府立産業開発研究所、『大阪における福祉分野の市場規模と経済波及効果』、平成12年3月)。介護需要に限定しても、これだけの波及効果があるのだから、元気な高齢者を含めたシルバービジネス市場全体では、かなりの規模となるはずである。

3. 高齢者のライフスタイル

 年をとれば後進に道を譲り、楽隠居といった、自らの行動範囲を縮めてしまうような生き方は、今日では少なくなり、元気な間は社会との接点を保ち続け、自立した活動的な生活を送りたいと願う人が着実に増えているとみられる。さらに最近の高齢者の活動は、映画や読書といった受身的な楽しみ方から、スポーツや創作活動などで自己表現をして、能力の向上を図り、自分の可能性を試す人々が増えているといえよう。
 当事業では、高齢者のライフスタイルを、
● 身体的関心…健康、介護
● コミュニケーション…家族、地域コミュニティ、仲間
● 自己実現…スキル(熟練技術)を活用した社会貢献、スキルを活用した労働、スキルを活用した起業、新たなスキル獲得、知的好奇心充足
の各キーワードを用いて整理している(それぞれの内容については割愛するが)。ここでいう高齢者市場は、福祉・介護分野だけを意味するのではない。シルバービジネスの立上げに際しては、高齢者といえども、その8割は元気なお年寄りであることを認識し、バリアフリー(障害となるものの除去。たとえば段差の解消、車椅子が通れる通路幅の確保など)やユニバーサルデザイン(誰もが利用しやすいデザイン)に配慮しつつ、キーワードを縦横に組み合わせて、自在な発想であたることが不可欠である。

4. 守口・門真の地域特性

 当事業のモデル地域となった大阪府守口・門真両市は、次のような特徴を有している。
● いわゆる高度成長期に急速に発達した地域であり、昭和45年以降は人口の停滞傾向が続いている。
● 1世帯当たりの人員が、大阪府下市町村中で最小レベル(守口市2.46人、門真市2.50人)にある。つまり、核家族や単身者世帯が多い。
● 人口密度が、大阪府下市町村中で最高レベルにある。
● 両市ともほとんど平地である。
● 大阪市中心部から至近の距離にある。
● 大手家電メーカー(松下・三洋)の「企業城下町」である。
● 工場の集積密度は全国最高レベル(1平方km当たり製造工場数は守口市が全国第2位、門真市は第7位)にある。
 これらの人口特性や地理的条件から、地域生活者へのサービス提供を中心とした事業展開には、当該地域は好都合な条件を備えていると考えられる。また、昭和60年のプラザ合意後の円高進展により、家電産業は最も海外生産が進んだ業種の一つであり、当該地域の中小製造業は、家電産業の街ゆえに、産業の空洞化の影響を大きく受けてきた。従って、「脱家電」の取り組みは、当該地域の中小企業にとって、生き残りを賭けた最重要課題である。
 一方、商業・サービス業については、小規模企業が多く、大型スーパーやディスカウントストアとの競合激化などにより、経営環境は厳しい。特に商店街では、通行量・客単価などが全般に減少し、大きな影響を受けている。こうした流れには、個店単独の努力では限界があるため、商業集積全体としての集客力向上が、急務の課題となっている。
 また今回、守口・門真地域がモデルとなったのは、こうした地域特性に加えて、地元商工会議所の関心の高さによるところが大きい。

5. 生活者が望む商品・サービスとは

 守口・門真両市に居住する40歳以上の生活者に対するアンケートを行った結果、主だったものを抜き出すと、「(現在住んでいる住宅は)身体が不自由になったときに安心して住める住宅構造か」に対しては、「安心」はわずか12.1%で、大多数の回答者が何らかの不安を抱えていることがわかった。不安な点としては、「階段(昇り降り)」、「段差が多い」、「防犯に不安がある」などがあげられている。また、「不自由になったと感じること」については、「ものの修理や部品交換」、「新聞を読む」、「電気製品の操作」などであった。
 自宅の修理・改造については、56.7%は依頼先が「決まっている」と回答し、その理由は「なじみだから」が最も多かった。自宅以外の消費財の修理・リフォーム・保守点検の依頼先については、電気製品や自転車・バイクなどの耐久消費財は「買った店」が7割前後、衣料品や靴・かばんについては「買った店」と「修理しない」が3割強ずつの回答となった。なお、「修理・保守点検で一番困ること」は、「値段が高い」ことが52.5%で最多であった。
 次に、「あれば利用してみたい店・商品・サービス」については、「ちょっとした修理・改造をしてくれる便利屋」、「高齢者の必需品が何でも揃う店」、「自分の身体状態に合ったメニューのある食堂・惣菜店」、「買物の宅配・代行」などを求める声が高かった。
 また、「若い頃と比べて自由に使える時間が増えたか」については、半数近くが「増えた」と回答している。そして、「自由な時間を使って自分の持つ技術や知識を生かしたいか」という問いに対しては、「現に生かしている」が21.1%、「そう思うがまだ生かしていない」が57.9%で、自己実現に意欲的な回答が8割近くを占めた。

6. 事業者の人気の高い高齢者対象ビジネスは

 守口門真商工会議所の会員企業を対象としたアンケートの結果によると、「事業化が可能なニーズ」としては、「住宅の修理・改造」、「書類や手紙の代書」、「健康器具などの製造・小売」の順に多い。しかし、採算性などの問題から、それを実際に事業化したいと考えているかどうかは別問題であって、「事業化したい」ニーズのトップは「家事・生活をサポートする器具・装置・ソフトの開発」で、「高齢者の必需品が何でも揃う小売店」、「住宅の修理・改造」と続いている。しかし全般に、事業化したいとする回答は少なく、技術・ノウハウ不足や採算性などの問題から、高齢者対象ビジネスには慎重な態度が感じられる。
 それでも、地元の生活者と事業者との交流拠点(後述のマッチングセンター)があれば、活用したいと思うかという問いに対しては、56.8%が「思う」と回答し、その運営に協力したいと思うかについては、「積極的に」と「できることがあれば」を合わせて69.1%が「協力したい」と回答しており、当事業への関心は高いことがわかる。
 労働力としての高齢者の能力活用については、「既に活用している」が18.7%、「今は活用していないが活用できる業務はある」が31.9%で、約半数が高齢者の能力活用に前向きである。
 両アンケートから、生活者と事業者の考えを比較してみると、「修理・改造」関連サービス、「高齢者の必需品が何でも揃う小売店」については、生活者のニーズと事業者の事業化意欲の一致度が高かった。なお、生活者のニーズは高いが事業者側の事業化意欲が低いものとして、「自分の身体状態に合ったメニューのある食堂・惣菜店」、「買物の宅配・代行」があげられる。また、高齢者の社会参加意欲と、事業者の高齢者能力活用意向はいずれも高く、両者をうまくマッチングさせることで、高齢者自身によって高齢者対応ビジネスが実現されることが期待される。
 高齢者自身による高齢者ビジネスのメリットは、過去に培った信用・技術・人脈を統合し、高齢者でなければ気づかないアイデアを、製品やサービスに生かせる点にある。商店街の空き店舗を使って、高齢者の手で4つの店舗(野菜工房・おかず工房・リサイクル工房・井戸端工房)を運営する、滋賀県長浜市の「プラチナプラザ」や、「シルバーの、シルバーによる、シルバーのための商品づくり」の経営理念のもと、介護用品を開発・製造販売する、佐賀県武雄市の「ジーバ」などが好例である。

7. エイジレス社会対応促進モデル(図参照)

 このモデルは、商工会議所内に「守口・門真地域エイジレス社会産業振興研究会」を設置し、地域生活者・一般企業・福祉関連事業者・NPO(非営利組織)・学識経験者・企業OBの技術者などを統合したシステムである。そして、ハード(モノづくり)系・ソフト(商業・サービス)系別に、地域生活者と地域産業をつなぐ橋渡し役として、マッチングセンターを機能させる(イメージ図参照)。商工会議所の役割は、高い地域密着度を生かし、産業のシーズ(事業者が提供可能な新しい商品やサービス)と地域生活者のニーズをつなぐことと、1社単独ではできないことを集団組織化することである。
 マッチングセンターでは、地域生活者のニーズを持ちこんでもらい、事業者は自社の試作品のモニター調査やニーズに対する対応策を講ずる。そうした中から、新製品や新サービスを創出し、事業拡大や新分野進出、OB技術者の自己実現の場を創造していく。
 事業者アンケートによると、「地元の生活者との交流拠点(マッチングセンター)があれば、活用したいか」との問いに対しては、「活用したいと思う」が56.8%にのぼっていることから、事業者の関心も高い。
 たとえば、生活者と事業者の思惑の一致度が高かった「修理・改善」に関連して、ハード系事業部門の福祉機器メンテナンスを例にとって、既存の福祉機器メーカー・新規参入を目論む事業者・福祉機器のユーザー(生活者)の三者ごとに、どのような課題を抱えているかをまとめてみよう。
① 福祉機器メーカー:迅速で低価格のメンテナンスサービスの提供が課題であるが、自前でサービス拠点を設けたりサービス要員を抱えることには採算上難しい。これを効率的に行うためにアウトソーシングを期待していると思われる。
② 福祉機器業界に新たに参入しようとする事業者:既製品の構造理解や流通・ユーザーニーズに関して十分なデータを持っていない。
③ 福祉機器のユーザーである生活者:故障するとたちまち生活が不自由になるので、すぐに修理してほしいと考えている。
 そこで、マッチングセンターの業務部門として、福祉機器メンテナンス・サービスセンターを設置する。このセンターは複数のメーカーから業務委託または代理店契約を結び、会員が共同運営する。この事業を通じて得られた修理・改造の情報は、メンテナンス委託業者へフィードバックされるが、同時に会員企業にとっても、製品開発のノウハウ蓄積・新規参入に役立つのである。
 また、マッチングセンターは、地域で腕を振るいたいと希望する企業OB技術者と、人材を求める事業者の出会いの場としても活用する。収入のためでもボランティアのためでもない、何よりも仕事の内容や、やり甲斐を重んずる高齢者と、高齢者の持つスキルを求める事業者との出会いの場としては、従来のような公共職業安定所やシルバー人材センター等にはなじまない。マッチングセンターこそがそれを担う意義があると考える。
 なお、マッチングセンターの立地としては、当然のことながら、人の集まりやすい場所であることが望ましい。その意味では、商工会議所内に設置したのでは、一般生活者にはなじみが薄く、適切とはいえない。たとえば商店街の空き店舗などを活用できれば、賃借料・常駐スタッフの人件費といった固定費の財源確保などの問題はあるにせよ、商店街の活性化にもつながることから、実現させたいところである。

8. おわりに

 これまで、特に自治体の立場で、産業振興の視点による高齢者市場についての議論は、社会福祉政策との兼ね合いなどから、十分に行われてきたとはいえない。その点では、今回の取り組みはかなり画期的であったといえる。しかし、介護保険など新しい福祉制度の局面を迎えた今日、こうした議論はセクションを超えて、さらに活発に行われるべきではないだろうか。
 事業者のほとんどが地元に本社を置き、その従業員も多くが地元に居住することから、事業者も生活者としての側面を有する。従業員も経営者も地元で暮らし、年老いていく。そのとき、生活の基盤である地域社会が住み良い場であって欲しい、また老後も何らかの形で社会と関わりを持ちつづけたい、そして自らの存在価値を実感しながら生きていきたいと思うのが自然であろう。そのための仕組みを準備することは、地域産業の振興と都市の魅力度向上の一挙両得につながる。
 このモデルはあくまでも試案であり、実施が決定しているものではないが、上記の主旨から、こうした試みが各地で行われることを、大いに期待したい。また、地域商工会・商工会議所と連携を深め、コミュニティビジネス振興のための、地域生活者ニーズの把握、企業間連携、人材育成などの様々な支援を担う機関として、長年、大阪府下の中小企業の経済調査や経営支援に携わって来た、当研究所が果たすべき役割は大きいと考える。
 なお、当モデル事業は、地元企業、商工会議所、市、府からのメンバーによる委員会を設け、委員会の議論をふまえながら各種調査を行い、取りまとめを行った(大阪府立産業開発研究所・守口門真商工会議所、『地域エイジレス社会対応促進モデル事業報告書』、平成12年3月)。報告者は主担とはいえ、その一構成員にすぎない。ただし、本レポートに関しては、一部に報告者の私的見解も含まれている。よって、本レポートにおける一切の責任は、報告者にあることを申し添えたい。