自治体における公共職業訓練の現状と課題

自治労/全国職業訓練協議会

 

はじめに

 バブル経済の破綻以降、金融システムの不安等により景気の低迷が続き、雇用不安は一向に解消されていない。失業者数は321万人と僅かばかり減ったものの、6月の完全失業率は、4.7%と悪化しており、大手百貨店そごうの倒産を始めとして企業倒産やリストラの波は、今後も続くと見られ、依然として雇用情勢は厳しい。
 こうした雇用情勢のなかで、政府も緊急雇用対策の重要な柱として能力開発・職業訓練の様々な施策を予算化しており、改めて能力開発・職業訓練が注目をあびている。そこで、自治体における公共職業訓練の現状と課題を報告する。

1. 自治体の公共職業訓練の現状

 職業訓練に係わる基本法である職業能力開発促進法は、職業に必要な労働者の能力の開発のために、事業主が企業において行う教育訓練と国又は都道府県が行う公共職業訓練を柱としている。
 事業主が企業において行う教育訓練に対しては、認定職業訓練への助成や労働者に職業訓練を受けさせるために必要な経費の助成、また、労働者が自己負担で教育訓練を受けた場合の経費の支給などの支援が行われている。
 国又は都道府県が行う公共職業訓練は、別表1のような施設において新規学卒者、離転職者、障害者、在職者を対象に実施されている。その内容は、技能・技術の程度により「普通職業訓練」と「高度職業訓練」に区分されており、職業訓練の対象者、訓練時間、設備などが労働省令で定められている。
 さて、都道府県の技術専門校、職業訓練校、産業技術短大などの名称の職業能力開発校は、別表にあるような施設数と定員で実施されているが、6年度から10年度までの5年間でみても職業能力開発校が12校、訓練科目数が165科、年間定員が4,000人も削減されている。このことは、新規中卒・高卒者の減少により訓練科目や定員を見直さざるを得なかったことや、地域の産業や就業構造の変化と技術革新に応じた職業訓練を実施するために訓練科目の新設が必要とされたことにもよるが、地方財政の危機と官民役割分担の行政改革による職業能力開発校と訓練科目の統廃合が進められてきたことが大きな理由となっている。
 一方で、国が行う公共職業訓練は、雇用・能力開発機構(旧・雇用促進事業団)において11年度から短期大学校の大学校への転換、生涯職業能力開発促進センター(アビリティーガーデン)や職業能力開発促進センター(ポリテクセンター)でのホワイトカラーの職業訓練の展開、雇用促進センターでの民間委託訓練の拡大などを進めており、雇用保険の特別会計から12年度も1,100億の予算が支出されている。

2. 自治労・全国職業訓練協議会の取り組み

 自治労・全国職業訓練協議会は、都道府県の職業能力開発校の職業訓練指導員を中心に3,000名の自治労組合員で組織された職能組織である。都道府県の民間教育訓練への援助助成の義務付けや国の経費負担を補助金方式から事業交付金方式に変更するなどの職業訓練法から職業能力開発促進法への改正と、第2臨調行革による公共職業訓練の全国的な再編・統合が進められたことを契機として、1985年に結成された。
 その後、1991年の第5次職業能力開発基本計画の策定と1992年の職業能力開発促進法の一部改正、職業訓練基準の抜本的な見直し、1996年の第6次職業能力開発基本計画策定と1997年の職業能力開発促進法の一部改正などに対して、連合本部と連携しながら政策・制度要求の実現と毎年度の政府(労働省)予算要求の実現にむけて取り組みを進めてきた。
 ここでは、全国職業訓練協議会の今日の主要な取り組み課題の一つである職業能力開発校と訓練科目の統廃合問題についてふれてみたい。
 先にもふれたように地方財政の危機を理由とした行政改革により各都道府県で職業能力開発校と訓練科目の統廃合が行われ、公共職業訓練の縮小が急速に進められている。
 この間、北海道、福島、栃木、群馬、広島、徳島、佐賀などで職業能力開発校の統廃合が行われ、職業訓練対象者も中卒者から高卒者へ、訓練科目も基幹製造業職種からサービス業職種へ、訓練内容も基礎的訓練から高度訓練へと改廃が行われて、全体では訓練規模(年間定員)が削減される結果となっている。
 東京においても、財政赤字を理由として技術専門校の改築を契機に11年度に技術専門校2校が廃止され、13年度以降にも更なる統廃合が計画されている。この技術専門校の廃止に対しては、当該職員組合が連合東京や都議会各会派、地元区議会をも巻き込んだ反対運動を展開し、「過去最悪の失業率が続き、定員の3倍近い入校希望者がある技術専門校をなぜ廃止するのか」という意見に当局が答えきれず、当初3校の廃止計画が2校に変更をされることとなった。
 更に、訓練科目の統廃合を加速しているのが、民間専修学校の経営を圧迫するという官民役割分担を理由とした訓練科目の見直しである。これは、雇用・能力開発機構の短期大学校の大学校への転換や教育訓練給付制度新設のための1997年の職業能力開発促進法の一部改正の国会提出時に、労働省が文部省と「専修学校等との重複を避ける」ために政策協議を行う覚書を結び、労働省は、各都道府県にも職業能力開発校の整備を進める際は、専修学校等関係者の意見を十分配慮するよう通知したことが発端となっている。その結果、各県で民間専修学校と重複する経理や情報処理などの事務系科目や理容・美容科などの廃止が続いている。
 特にその動きが顕著なのが佐賀である。佐賀では、以前から競合する訓練科目の設置に対して専修学校側から県当局へ意見が出されており、高卒対象者の募集定員の制限や新規学卒者の推薦入校の廃止などが行われ、9年度から11年度まで連続して自民党佐賀県連合会から、「民を圧迫し運営の危機に直面している」として公共職業訓練で新規高卒者の受け入れを取り止めるよう要望書が提出されている。このような状況により県立産業技術学院の訓練科目の定員充足率が低くなり、行政監察において改善意見が出される結果となっている。
 全国職業訓練協議会では、各都道府県で進められている職業能力開発校と訓練料目の統廃合に対して、各県職労において県当局に地方の実情に即した訓練科目の新設や施設・設備の導入などによる能力開発行政の拡充・強化を求め、予算・人員・政策要求の取り組みを進めるとともに、労働省に対しても公共職業訓練の縮小再編を許さない取り組みを強めているところである。

3. 公共職業訓練の地方分権

 職業能力開発促進法によると「国は、職業能力開発短期大学校、職業能力開発大学校、職業能力開発促進センター及び障害者職業能力開発校を設置し、都道府県は、職業能力開発校を設置する」となっており、都道府県は「職業能力開発短期大学校、職業能力開発大学校、職業能力開発促進センター又は障害者職業能力開発校を設置することができる」が都道府県が「職業能力開発短期大学校等を設置しようとするときは、あらかじめ、労働大臣に協議し、その同意を得なければならない」とされている。「労働大臣の協議と同意」は、従前は「労働大臣の認可」であったものを本年4月の「地方分権一括法」の施行により改正されたものであるが、実質的に国の権限が変わるものではない。
 また、都道府県は中卒・高卒訓練、国(雇用・能力開発機構)は離転職者訓練、在職者訓練、高度訓練を実施するという役割分担についても変更する考えはない。
 全国職業訓練協議会では、この役割分担が新規中卒・高卒者の減少により訓練定員や対象者の見直しをせざるを得なくなったことが、各都道府県において職業能力開発校と訓練科目の統廃合が進む一つの理由となっことを指摘し、「県を越える広域的で高度な職業訓練を除いて都道府県の役割とすること」を強く労働省へ求めてきたところである。現に、都道府県における離転職者訓練の実施規模は、中卒・高卒訓練の2倍弱に増えており、地域のニーズに応じた職業訓練を実施しているのである。
 この職業訓練の実施における国と地方の役割分担を変更しない理由は、国が雇用対策として労働力の需給調整と雇用安定を図る責任を持っていることと合わせて、国からの財源補助との関係がある。職業能力開発促進法と雇用保険法に基づいて現在、都道府県が設置する職業能力開発校の施設・設備に要する経費は2分の1の負担(12年度予算50億)、職員の給与や教材などの運営に要する経費は、都道府県の雇用労働者数・求職者数を指標に配付される交付金(12年度予算143億)として国から補助されている。しかし、施設・設備の補助単価が低く、事業交付金も定額補助であるため、都道府県の負担割合は年々増額しており、運営経費においては、国の負担は都道府県の予算の20%前後となっている。
 この間の労働省の予算においても、都道府県関係予算は減額され、雇用・能力開発機構関係予算が増額しているのが実態であり、今回の地方分権推進において、税財源改革について極めて不十分であったことが、自治体における公共職業訓練の実施においても大きな課題として残されている。

4. 「緊急雇用対策」と公共職業訓練

 政府はこの間厳しさを増す雇用失業情勢に対して、10年度に3次にわたる補正予算を組み、11年度7月の補正予算では3,300億を計上して緊急雇用対策を進めてきた。能力開発についても10年度においては、「緊急雇用開発プログラム」のなかで企業内の職業能力開発を推進するために能力開発給付金の助成率の引上げ、離転職者の職業能力開発の推進のために生涯職業能力開発センターでのホワイトカラーの訓練の拡充、国から都道府県へ離転職者訓練の特別委託などを実施してきた。また、11年度は、10年度の補正と合わせて733億の「雇用活性総合プラン」を実施し、中高年離転職に対する「職業能力開発相談支援業」の一つである10万人規模の緊急中高年訓練(都道府県は5,000人)を実施し、補正予算による中高年の非自発的離転者を対象とした専修学校等の民間教育訓練を受講できる自主選択能力開発プラン、教育訓練給付制度の対象の大学や大学院への拡大、学卒未就職者の民間教育機関での職業訓練の実施などの諸施策を進めてきた。
 更に、12年度においては、年齢や離職理由による制限を廃止して3万人規模の緊急再就職訓練(都道府県は1万人)を実施するとともに、5月には35万人の雇用確保をめざして策定された「ミスマッチ解消を重点とする緊急雇用対策」において、職業訓練の拡大によるIT化対応や新規・成長分野雇用奨励金の雇入れ対象労働者の年齢制限の廃止、支給額の一本化などを実施している。これらは、この間の政府の緊急雇用対策の効果が上がっておらず、70万人雇用の達成が困難となったために打ち出された施策である。
 全国職業訓練協議会は、これらの「緊急雇用対策」に対して実施主体が国(雇用・能力開発機構)が中心であること、専修学校等の民間教育訓練機関に職業訓練の実施を委託していることを指摘し、地域において公共職業訓練の規模を拡大することなどにより離転職者の再就職を促進すること、専修学校等の民間教育訓練機関への委託訓練の拡大による公共職業訓練の縮小再編とならないように歯止めをかけることを労働省・県当局へ要求してきた。
 この「緊急雇用対策」による職業訓練は、多くが民間教育訓練機関への委託して実施する3ヵ月以下の短期間訓練であるため、技能・技術の習得が不十分であり、結果として再就職に結びついていないことが最大の問題である。このことについては、全国職業訓練協議会が調査した別表2の自治体が実施した11年度の緊急中高年訓練の実施結果を見ても、職業訓練を受講して就職できた人は約2割であり、再就職に結びつく効果的な職業訓練となるよう制度の見直しを労働省に申し入れたところである。
  「緊急雇用対策」として今必要とされる職業訓練は、地域において新しいニーズを掘り起こし、再就職に結びっく技能・技術を習得できる能力開発を自治体でいかに実施することができるか、その取り組みが求められている。