いわての職業能力開発プラン21

岩手県本部/岩手県職員労働組合・職業訓練職員協議会

 

1. はじめに

 戦後のわが国の発展を支えてきた政治や社会経済の基幹的なシステムが、軒並み機能不全を来たし、新たなシステムの構築に向けて、行政、産業界、労働界とも悪戦苦闘している。職業能力開発行政も、現在の不況、雇用情勢の中で、安穏としていられる状況にはなく、今まさに県民の期待はピークに達していると言っても過言ではないだろう。一方、歴史的に見て今日の社会は、経済も文化も、科学技術も高度に発達した「豊かな社会」とも言え、「モノ」を造り、社会的なサービスを提供する技術や技能とそれを担う人材の育成は、この「豊かな社会」を築き維持してくための絶対条件である。
 このような情勢の中、私たち岩手県職業能力開発行政に携わる職員は、本県経済の持続的発展と県民の豊かな暮らしにとって欠くことの出来ない「技能・技術」、「人材育成」を主業務とする職業能力開発行政を推進することが任務と考え、業務遂行に努めている。そして、ひとり善がりに陥ることなく、県民・労働者の立場にたった機敏な業務運営を目指すためには、活発な議論を展開し、新しい試みを繰り広げるべきとの考えから、提言書「いわての職業能力開発プラン21」を作成し、県当局へ政策提言を行った。県内事業所および高等学校進路指導者へアンケート調査を実施し、この調査結果をふまえた職場討議および全体集会を経て作成した、提言書「いわての職業能力開発プラン21」の取り組みについて報告をする。

2. 取り組みの経過

 これまでにも私たちは、92年に『「第5次岩手県職業能力開発基本計画」に対する提言』として、地域の特性を生かした県立職業能力開発施設の再編整備、多様化した産業構造にマッチした科目の設定等を含む「7つの提言」を県当局に対して行っている。それ以降、県立施設の再編整備の推移は、冒頭で述べた情勢の変化に対応しているとは言い難く、今一度県立施設に対する県民の評価、職業能力開発行政への期待を検証すべきとの意見があった。そこで92年と同様に、県内事業所および高等学校進路指導担当者へのアンケート調査を元に討議・検討し、県当局に再度提言することとした。経過は次の通りである。

表1 提言書作成までの経過

時 期 活 動 内 容
98年7月 提言書作成までの日程計画、アンケート調査実施計画の立案
98年10月 アンケート調査・県内事業所および高等学校進路指導担当者
99年2月~ アンケート結果の考察、提言素案検討
99年4月 提言素案まとめ
99年5月 提言素案を各職場毎に討議、幹事会による意見集約
99年6月 全体集会において、提言書(案)承認

 

 アンケートの調査項目は、92年の提言の際に実施したアンケート調査とほぼ同様の項目を設定し、職業能力開発に対する事業所や高等学校の期待がどのように変化しているか検証できるようにした。また、事業所からの要望や訓練科目ニーズはできるだけ自由に記載できるようにした。紙面の都合上、全て掲載できないのでアンケートの概要のみ紹介する。

表2 アンケート調査の概要

 この中で、事業所に対するアンケート調査結果に注目したところ「小規模事業所では社内教育制度だけでは十分ではない・7割以上」「今後県立施設は拡充するべきと答えた事業所・5割近い」等の結果が得られ、以前にも増して職業能力開発施設への期待が大きいことが伺い知れた。また、多くの意見や要望が寄せられ、期待の大きさに勇気づけられると同時に、厳しい意見や批判、建設的な意見に耳を傾け且つ現行体制の検討改善に努力していくのが、私たちの任務であることを改めて強く感じた。これらの意見は、後述する提言内容の中の「多様な訓練コース」に取り入れて、具体的な訓練コースの提言をしている。
 99年2月からはアンケート調査結果の他に、日頃の業務や組合活動の中で取り上げられている問題点を勘案しながら、役員会・幹事会を重ねて素案を作成し、各職場討議を行った。労働組合が「業務拡大により労働条件の悪化に繋がる恐れのある提言をすることの是非」、「多様な訓練コース設定の現実性」等に疑問の声もあったが、最終的には、「県民本位に機能する施設でなければ存在価値は無く、即ち働きがいや魅力ある職場作りは出来ない」「提言内容の実現に必要な人員や予算は、当然要求して行く」「県立の施設だけで実現を目指すのではなく、民間の施設等と連携をとりながら進めるべき」等で意思統一し、全体集会で承認された。

3. 提言内容

 私たちの提言「いわての職業能力開発プラン21」の要旨を以下に紹介する。

(1) 総合的な基本政策
 ① 県立職業能力開発施設の年次別整備計画
   県立職業能力開発施設は、現在、短大を始めとして7施設がバランスよく配置されており、それぞれ地域の特性を活かした機能を有している。しかし、短大・学院以外の施設は老朽化が激しく、長期的スパンで年次別整備計画を作成し、それぞれの地域における「総合職業能力開発センター」にふさわしい施設、設備にすべきである。
 ② 民間訓練施設の再編整備計画の策定
   職業能力開発の今後は、民間が主体的になって企業主、事業主が積極的に人材育成を進めることが肝要である。民間活力を最大限に生かした人材育成をしていくために、県内の民間訓練団体の広域化も視野に入れて、効率的な再編整備を検討する時期に入っている。そこで、県立、事業団(現:能力開発機構)、民間の各施設の連携を図りながら、長期的な民間施設の再編整備計画を早急に検討すべきである。
 ③ 指導体制の充実強化
   現状は指導員の高齢化、職種のミスマッチ、県の人事異動等多くの障害があり、十分な指導体制となっていない。特に、県立の7施設の長(管理職)は職業能力開発促進法に基づく人事発令にはほど遠く、現場において苦労を強いられている。
   県としては、まず法律に基づいた施設長を配置することにより、地域の職業能力開発はどうあるべきかを職場内から模索する体制を構築すべきである。また、指導技法・技能、技術を持った退職指導員を「非常勤」で有効に活用することも検討すべきである。
 ④ 利用しやすい施設作り
   公共職業能力開発施設の使命の一つに、企業への職業能力開発に関する情報提供、相談、援助等がある。企業及び労働者が「いつでも、どこでも、だれでも」気軽に各施設に足をはこび、相談等ができる施設にする必要がある。
 ⑤ 環境をキーワードとした学科の充実
   全ての科目の中に環境に関する学科を設け、常に地球環境を意識した設計、製造、廃棄について学ぶことが肝要である。これにより、全ての産業、企業に公害を排除する思想が生まれ、住みよい環境作りへ向けて、県民あげて推進する気風が醸成される。
 ⑥ 緊急雇用対策への対応
   わが国は現在、今まで体験したことのない未曾有の大不況となっており、深刻な社会問題となっている。当面、職業安定機関との密接な連携のもと、委託訓練を基本としながら、考えられる全ての施策を早急に具体化していく必要がある。職業訓練の主要な柱である離転職者訓練の更なる拡大を図り、合わせて施設、設備、指導体制、委託先の確保等、緊急に対応する必要がある。

(2) 多様な訓練コース(新規学卒・離転職者・在職者)
 ① 在職者に対するオーダーメイド型専門研修システムの確立(企業の人材高度化支援)
   日々進展する技術革新のなかで「在職しながら専門分野を極めたい」という方々(卒業生・一般)が増えてきている。このような方々のためにフォローアップ、レベルアップ出来る体制を早急に確立し、多様なニーズに柔軟に対応していく必要がある。
 ② 短大の4年制大学構想
   平成11年度から事業団立短大は全国をブロックにわけ、その中心校に2年制の応用課程を設置し、さらに高度な技能・技術や企画・開発能力を持った人材の育成を目指している。本県短大は開校して間もないが、産業界における短大への期待は前述とほぼ同様と想定され、今後4年制大学構想を構築していく必要がある。
 ③ 知的障害者訓練の導入
   ノーマライゼーションの今日的課題は、「言うが安し行なうが難し」と言っても過言ではない。現にこれまで、岩手県職業能力開発計画に検討することが盛られながら、具体的に進められていない。難しい課題が想定されるものの、前述の精神を真剣に受けとめ、公共の役割の一つと認識し、実施の具体的検討をしていく必要がある。
 ④ 高年齢者、女性(子育て終了)の訓練
   高年齢化が急速に進展している状況下にあって、雇用の推進に役立つよう高年齢者の持つ経験等を配慮した訓練科目を設定し実施する必要がある。また、育児・介護等のために離転職した労働者に、訓練期間、時間等に配慮した訓練コースを設定実施し円滑な再就職の促進に努める必要がある。
 ⑤ 高校中退者コース
   岩手県において、最近では年間約1校分にあたる高校中退者が出ている。こうした若年者に対し就業意欲の喚起に繋がる訓練コースの設定について検討していく必要がある。
 ⑥ 多様な資格取得コース
   業種によっては資格そのものが雇用の創出を生み出すほど重要視されている今日、多くの資格取得講習の開催ニーズがある。これまで普通職業訓練の短期課程や高度職業訓練の専門短期課程において一部実施しているが、資格の種類や実施期間、実施時間等多様な対応を検討し拡充する必要がある。
 ⑦ ホテル・観光系の科目導入
   観光は本県の主要な産業となっているが、魅力ある観光地づくりや、観光サービスの向上が求められていることから、県立校に観光系の科目を設置し、観光産業から期待される人材の育成について検討する必要がある。
 ⑧ 全施設における能力開発セミナー(夜間、土日コース検討)
   技術革新等に対応した高度な職業能力を身につけられるよう、在職労働者向けに短期の多様なセミナーを開設しているが、夜間・土日コースを希望する方々が増えてきている現状にあり、このコースの開設に向け真剣に検討する必要がある。
 ⑨ 離転職者への多様な対応
   もとより雇用安定と密接な関係のある職業能力開発は、幅広く柔軟に対応することとされており、時代的ニーズに応えていくべきといえる。そこで、県立各校とも既存科目に離転職者コースを設置し、期間も3ヵ月、6ヵ月、1年と多様に設けるなど受講しやすい環境を整える必要がある。さらに、委託訓練や就職支援という観点から、再就職のための多様な職業訓練を機動的に実施できる体制を作っておく必要がある。
 ⑩ ユニット訓練の導入
   1つの訓練要素をユニット化し、個人のキャリア等に応じて必要なユニットを受講できる訓練方法で、既に東京都で「学習者指向の訓練ユニットシステム方式」を導入実施されている。メリットとして、個人による主体的な能力開発が可能、企業ニーズへのマッチングが考えられ、本県としても導入について検討していく必要がある。

(3) 職業能力開発情報ネットワークの構築
  県立職業能力開発施設が地域における総合的な職業能力開発センターとしての役割を果たしていくためには、各県立職業能力開発施設、他の公共職業能力開発関係機関、認定職業訓練団体および希望する企業との相互間で、容易に密接な情報交換が行える情報ネットワークの環境を構築し、密接な情報交換を行う必要がある。このネットワークの構築より、次のような効果が期待できる。
 ① 各種講習会、セミナー、技能検定及び指導員研修への便宜
 ② 訓練内容の充実を進めるための情報の共有
 ③ 職業能力開発に関する相談、情報発信
 ④ 事業主及び労働者の訓練ニーズ把握
 ⑤ 能力開発施設修了生のデータベース化によるキャリアアップ支援

(4) 技能重用社会をめざして
  日本経済はバブルの崩壊に伴って、国際社会で生き伸びていくためには、もう一度「モノ作り」を基本とした健全な経済体制を構築していくことが重要である。
  本県においても「技能・技術立県」を柱とした種々の施策を展開すべきと考え、そのために、第一に「技能が重用される機運醸成」、第二に「技能・技術者の人材育成」が不可欠である。そのための行政施策案を以下に示す。
 ① 技能五輪全国大会の早期本県誘致
   数年前から労働省は、技能五輪全国大会を地方都市で開催することとしており、本県の職業能力開発計画にも誘致が盛り込まれているが、その気運醸成は思うように進んでいない。言うまでもなく、このような大会は県が率先して気運を盛り上げ、民間と一体となった誘致運動が必要である。
 ② 技能殿堂館(仮称)の建設
   本県の技能を集大成する場所及び、これからの技能技術および、職業能力開発の拠点となるべき「城」を早急に本県に建設することを提言する。子供達に小さい時から「技能にふれ合う場」を提供することにより、「モノ作り」への関心が高まり、職業選択をする際にも理解が深まると思われる。
 ③ 市町村技能者顕彰制度の創設
   現在、技能者を顕彰する制度として国では「現代の名工」、県では「卓越技能者」「青年卓越技能者」制度がある。より技能の大切さを県民、市民に訴えるためには、市町村における技能者顕彰制度を広く創設していくことが大切である。
 ④ 技能尊重都市宣言の採択
   技能者不足が叫ばれている現在、県民の「技能」に対する関心をかん養することが重要である。特に、伝統産業においては後継者不足が深刻となっており、これらの解消を図る上でも県、市町村における「技能尊重都市宣言」の採択が強く望まれる。
 ⑤ 地域別技能尊重機運醸成促進協議会の設置
   現在、県においては「岩手県技能尊重機運醸成促進協議会」が設置され、今まで県議会への請願、技能フェスタ等の開催等の運動が展開されている。この種の協議会を地域別に設置し、地域の特性を生かした、キメ細かな施策を展開する必要がある。
 ⑥ 一級技能士の登録商標(岩手ブランド)の制定
   技能検定一級を取得しても具体的メリットが見えにくい状況となっている。そこで、職種毎にステッカー等を作成し、事業所及び、製品に貼付することにより、技能者の誇りを大切にし、又、品質の向上をめざすことができる。
 ⑦ 訓練生の技能五輪参加、技能検定受検の啓蒙
   全国的に、能力開発校の学生の技能五輪参加が増加傾向にある。本県においても一部職種で参加しているが、十分とは言えない。学生への目標を明確にし、かつ能力開発校のPRにもつながることから、積極的に参加できる体制の確立を図る必要がある。
 ⑧ 小、中、高への「出前技能教室」
   本県には100人以上の卓越技能者がいる。この技能、腕のすばらしさを是非、小、中、高生へ見せる場の提供が大切であり、教育委員会、市町村とタイアップし、定期的に「出前技能教室」を開催し、「技能」「モノ作り」の素晴らしさをPRすべきである。
 ⑨ 技能フェスタの充実
   技能フェスタが開催され4年を経過しているが、「技能」をPRする最大のイベントと位置づけて、より充実するよう県として積極的な対応が重要と考えられる。

4. 県当局への提言とその後

 「いわての職業能力開発プラン21」により、私たちは99年6月に、県当局(商工労働観光部)へ提言を行った。そして2000年3月には、県立職業能力開発施設再編整備検討委員会から県立施設の今後の在り方について、その検討結果が県に報告された。県立施設の望ましい在り方として、
(1) 公共、民間訓練施設の位置付けを明確にし、相互の機能分担、補完、連携を図るなど、効果的な職業能力開発の推進ができるよう再編整備を進めていくこと。
(2) 現下の厳しい雇用情勢に留意しながら、就職支援として離転職者の職業能力開発を強化するとともに、今後の雇用情勢の変化にも柔軟に対応できる職業能力開発の実施体制の整備を行うこと。
(3) 新規学卒者の職業能力開発においては、高度な技術・技能の教育訓練とともに、インターンシップ制度の活用や、ボランティア活動など、職業人としての素養を身に付けるのにふさわしい教育についても配慮すること。
が報告され、現行の県立7施設、各々の今後の具体的な方向が出された。
 総論では私たちの提言と相容れるものがあるし、また各論において全国技能五輪の誘致、知的障害者訓練の実施に関わる調査に動き出す等、現時点において県当局の取り組みは評価できる。しかし、今後私たちの提言がひとつでも多く反映され、実現することを切に願いながら、監視していく必要がある。
 また今後も産業界、労働界は目まぐるしく情勢が変わることは必至である。監視だけに留まらず、常に県民のニーズを把握しながら、県当局に対して更に積極的な要求をしていくことが求められるだろう。