審査業務の第一線の立場からみた中小企業経営革新支援法の現状と問題点

大阪府本部/自治労大阪府職員労働組合・商工支部

 

1. 中小企業経営革新支援法とは

 中小企業庁は、これまでの業種団体や集団を中心とした中小企業者全体の底上げから、意欲のある中小企業者等の自助努力を支援する方向に政策転換を進めており、この一連の動きのなかで、「中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法(略称「中小企業創造活動促進法」)を平成7年4月に施行したのを皮切りに、「新事業創出促進法」を11年2月に、また同年7月には「中小企業経営革新支援法」を施行している。
 三法のうち、中小企業者に最も大きな影響を与えると考えられるのが中小企業経営革新支援法である。同法は、「我が国の中小企業を取り巻く経営環境は、グローバル経済下での競争激化、経済構造のサービス化、情報技術の進展等で大きく変化しており、一層の高品質化や市場指向性の向上等経営課題への方向転換が求められているが、業種全体として設備の近代化やスケールメリットを追求してきた「中小企業近代化促進法」は中小企業の今日的な経営課題に十分に対応できない」という状況認識の下に、中小企業近代化促進法と、支援対象が限定されている「中小企業新分野進出等円滑化法」を発展的に統合したものである。このため、その目的を「経済的環境の変化に即応して中小企業が行う経営革新を支援するための措置を講じ、あわせて経済的環境の著しい変化により著しく影響を受ける中小企業の将来の経営革新に寄与する経営基盤の強化を支援するための措置を講ずることにより、中小企業の創意ある向上発展を図り、もって国民経済の健全な発展に資すること」とし、中小企業者自らが経営革新を行う際に支援すると表明しているのであり、中小企業者の自助努力に対する支援をこれまで以上に打ち出していると言える。
 本稿では、中小企業者から大きく注目されている中小企業経営革新支援法について、審査業務の第一線の立場からその現状と問題点についてみることにする。

2. 支援策の整備等により申請企業数は急増したが、都道府県別の格差が大きい

 中小企業経営革新支援法は施行後わずか1年であるが、中小企業創造活動促進法に比べて対象が広がったこともあり、中小企業者の申請意欲は高まっている。その理由として、中小企業創造活動促進法が業界で初めてなどの「新規性」を大きく要求するのに対し、新規性(中小企業経営革新支援法では「革新性」という)をそれほど要求しないことや支援策が整備されていることによるものと考えられる。
 中小企業庁によれば、平成11年度の申請件数は1,611件で、このうち承認件数は1,347件となっている。同法の施行が7月2日であり、都道府県における申請手続きの開始は早くても8月以降であると思われることから、同月以降、日を追うごとに申請が相次いだと言えるだろう。
 申請件数は平成12年度に入って、さらに急増しており、6月30日現在の申請件数は2,232件、承認件数も1,992件となっている。このうち東京都が申請件数589件、承認件数514件でいずれも全体の26.4%、25.8%と4分の1強に達しており、大阪府も、申請件数219件(全体の9.8%)、承認件数185件(同9.3%)といずれも全体の1割近くを占めている。
 中小企業経営革新支援法による承認を受けた企業への支援策として、①政府系金融機関による低利融資制度、②中小企業信用保険法の特例による、信用保証協会の別枠保証制度、③設備資金貸付制度を利用する場合の、無利子貸付割合を一般の2分の1から3分の2に引き上げる制度(平成12年度より、設備資金貸付制度の基本的な対象企業が小規模企業者等に限定されたため、現実的に全ての中小企業者が利用できるとは言えなくなった)、④税制上の優遇措置、等が整備されているが、申請企業の多くは、設備資金や運転資金の融資を期待して申し込んでいるようである。その際、担保力のある企業は中小企業金融公庫などの政府系の金融機関を利用することが多く、一方、担保を提供できない企業は無担保で最大5,000万円の保証枠がある信用保証協会の制度を期待している。しかし、経営革新計画承認後の融資の利用実績について、大阪府を例にとると、信用保証協会の別枠を期待している企業のなかで、信用保証協会から信用保証を受けることができない企業が増えており、経営革新計画そのものを実施することさえ難しい企業もあるようだ。経営革新計画の承認は支援施策を必ずしも保証するものでないとはいえ、承認された企業が経営革新計画を実施できないということは今後に大きな問題を提起することになると懸念される。

3. 各都道府県によって審査手続き・内容に違いがみられる

 上述した東京都と大阪府の承認件数の格差は事業所数の多寡によるものだけでなく、両者の間で経営革新計画を審査する事務手続きが大きく異なっていることも一因である。
 事務手続きのなかで、最も時間を要するのが調査業務であるが、東京都では、受付業務を担当する労働経済局の各課・係が受付時に調査も行うことにしている(平成12年度に、専任チームを設けているが、受付業務等は従前どおり各課・係が行う)。それは、「経営革新計画は経営のプロである中小企業者自身が提出するものであり、素人である我々が判断するのはおこがましい」というスタンスによるものである。審査会は、事前に受付を行った職員が作成した「経営革新計画承認事前審査表」(要点を簡潔に記入)をもとにして行っているとはいえ、月1回の審査会で審査件数が平均約60件(最大90件)というのでは、十分な審査は期待できないのではないだろうか。
 一方、大阪府では、受付業務は商工部の各課・係(平成12年5月以降、商工労働部内の専任チームに窓口一本化)が行うが、調査業務は中小企業診断士の資格を有する産業開発研究所の研究員が申請企業に出向いて行っている。産業開発研究所では、経営革新計画の承認基準に基づいて申請企業に係る調査内容を作成しているが、革新性について厳しく評価するなど、中小企業創造活動促進法に準じた取り扱いをしている。審査会についても、産業開発研究所において毎月第2・4水曜日に行っているが(繁忙期は毎週実施)、1件当たりの審査時間に25~30分程度(問題がある案件は1時間以上)を要している。しかし、基本的に調査業務を特定の課(課長以下5名)が行う(繁忙期は他課の応援を得る)ことから処理量が限られているという問題点を抱えている。中小企業庁が言うように中小企業者の経営革新計画を広く承認するという方針に照らしてみれば、大阪府のように手間をかけて行うやり方は単なる自己満足、極端にいえばナンセンスであるという批判があるかもしれない。しかし、承認企業に対するフォローアップの重要性が増すなかで、企業に対して的確なアドバイスを行うには、その前提となる承認時に詳細な審査を行うことは不可欠であると考えられることから、そのような批判は的外れと言ってよいだろう。
 このように、東西を代表する東京都と大阪府で承認手続き・内容に大きな違いがみられるのであるが、他の道府県をみても同じように若干の違いがあることがわかる。これは、中小企業庁が大枠での指導にとどまり、詳細は都道府県に任せるという方針によるものと思われる。中小企業者はどこに所在しようと、その経営革新計画は同一基準に基づいて判断されるべきであり、少なくとも各通商産業局において管内都道府県の連絡協議会等を密に行うなど運用面の是正が必要ではないか。

4. 経営革新計画の承認基準はこれでよいのか、その現状と問題点は何か

 中小企業者からの経営革新計画の申請に際し、承認基準は3項目である。それは、①新たな事業活動を経営革新の内容としていること、②計画の実行により、「相当程度の経営の向上」が見込まれること、③新たな事業活動が、申請書記載の内容から判断して、実現可能であること、というものである。以下、順にみることにする。

(1) 新たな事業活動を経営革新の内容としていることについて
 ここで、「新たな事業活動」とは、申請企業にとって新たな事業活動であり、①新商品の開発又は生産、②新役務の開発又は提供、③商品の新たな生産又は販売の方式の導入、④役務の新たな提供の方式の導入その他の新たな事業活動、のうち複数の事業活動を組み合わせてもよいとされている。
 また、申請企業にとって新たなものであるから、たとえ既存技術や方式を導入する場合であっても、同業他社において既に相当程度普及しているもの以外は対象になるとしているが、ここで問題となるのが、「相当程度普及している」とはどの程度の普及率をいうのかということである。一般的に、相当とは、かなりの程度であることを意味するが、これを普及率でいえば「大体」に相当する80%水準ではなく、少なくとも50%水準以下に当てはまるのではないだろうか。あるいは、経営革新という言葉のニュアンスからみて、20~30%程度の普及率が妥当と言えるかもしれない。いずれにしても、経営革新計画の審査において最も基本的な項目が抽象的であるために、審査業務の第一線で相当の戸惑い、混乱がみられることになる。
 このほか、新たな事業活動を解釈される範囲に、設備の高機能化や共同化が大きな経営課題となっている業種の場合は、設備の高機能化や共同化によって新たな生産方式を導入し、生産やサービス供給効率を向上するための取り組みも対象となる。さらに、事業活動全体の活性化に大きく資する生産や在庫管理のほか、労務や財務管理等経営管理の向上の為の取り組みについても広い意味での商品の新たな生産方式、あるいは役務の新たな提供方式として対象になるとしている。
 このような点を勘案すると、余程のことがない限り、革新性について幅広く認められることになる。しかも、上記の4つの事業類型別にあげている具体的事例をみると、単なる設備の更新など革新性に乏しい事例が少なくない。特に、平成12年度に新たに追加された事例は低レベルなものが多く、これが中小企業庁の真意なのかとがっかりさせられてしまう。
 具体的事例を4類型別に詳細にみることにしよう。
 「新商品の開発又は生産」についてはいずれも妥当といえるものがあげられている。しかし、「新役務の開発又は提供」の項で示されている事例のうち追加されたものをみると、いずれも革新性というレベルは非常に低い。例えば、引越し業者が低燃費で二酸化炭素排出量の少ない新型トラックを導入する場合については、単に新型トラックの導入に過ぎない。鉄骨加工業者の例も、「全構連鋼構造物製作工場認定制度」(建築鉄骨の品質を約束する制度)にいうグレードをMにあげるために、新鋭機械を導入しただけと考えられる。また、ガソリンスタンド業者が車検工場を設置することについても、大阪府内ではガソリンスタンド業者が生き残るために当然の業務であり、目新しさはあまりないと考えられる。
 次に、「商品の新たな生産又は販売の方式の導入」については、当初から事例としてあげられているものに、革新性が非常に低いものがある。地方都市の郊外で中小スーパーを3店も経営している業者が、大型スーパーの出店による影響をカバーするために移動販売車(2台)による巡回販売を行うというものであるが、これは単に移動販売に当たるのではないかと考えられる。また、食品衛生法で示される「危害分析・重点管理点方式」(HACCP)の導入による競争力の向上を図る例があげられているが、このようにHACCPを導入することが経営革新の内容とするならば、ISO9000・14000シリーズの取得を目的とすることも経営革新ということになるだろう。これらは、あくまでも手段であって、目的ではないはずだ。手段と目的を混同しないでほしい。このほか、今回新たに追加された事例の中では、洋服小売業者の海外生産委託工場(恐らく、中国と思われる)への大量発注による低価格販売があるが、このような事例は他業界を含め非常に多く、また、単に外国への生産委託に革新性を見いだせるのか甚だ疑問である。また、金属プレス加工業者の例として、新鋭機械の導入例があげられているが、これも既に他の項目で述べたように単なる新鋭機械の導入であると考えられる。
 最後に、「役務の新たな提供の方式の導入その他の新たな事業活動」については、今回新たに追加された事例はないが、当初の事例としてあげられているものに、ファミリーレストラン・チェーンを経営する企業でセントラルキッチン方式の導入による事例があげられているが、チェーン展開を行っている企業として当然の選択であり、これが経営革新というほどのものなのかは疑問であると言わざるを得ない。
 このように中小企業庁から具体的事例として示されたもののうち、革新性があると判断できるようなものは少なく、しかも今回の追加事例ほど革新性が非常に乏しいものとなっている。

(2) 計画の実行により、「相当程度の経営の向上」が見込まれることについて
 企業の経営成果を表す指標として種々のものがあるが、企業の真の経営努力を最も的確に示す数的尺度は付加価値であるとするのが合理的な考え方であり、中小企業庁もそのような判断をしたものと考えられる。そして、付加価値額は営業利益と人件費と減価償却費の合計額であるとしている。ここで、人件費には売上原価に含まれる労務費(福利厚生費、退職金等を含んだもの)、販売費及び一般管理費に含まれる役員給与、従業員給与、賞与及び賞与引当金繰入れ、福利厚生費、退職金及び退職金引当金繰入れや派遣労働者、短時間労働者の給与を外注費で処理した場合の当該費用が含まれ、減価償却費にはリース・レンタル費用のうち損金算入されるものと繰延資産の償却費が含まれる。
 次に、新たな事業活動による成果がどの程度であれば、「相当程度の経営の向上」と判断できるのかということであるが、これについては、「企業全体の付加価値額」か「一人当たりの付加価値額」のどちらかについて、3年計画であれば9%以上、4年計画の場合は12%以上、そして5年計画の場合は15%以上増加するのであれば認められるとしている。この目標をクリアするには、計画の伸び率が各年とも同じとすると年率2.9%以上の伸びが目安となるだろう。ただし、この増加率は新規事業だけでなく既存事業をも併せたものであることから、既存事業の伸び具合が相当程度の経営の向上の判断に際し大きく反映することは避けられない。通常、既存事業の売上高や付加価値額が大きければ、新規事業の実施による付加価値額の伸び率もあまり大きくなることはない。しかし、既存事業の規模が小さければ付加価値額の伸び率が相対的に大きくなる傾向が強く、企業によっては、夢物語的な伸び率を示しているところもある。
 また、申請企業がその経営革新計画を実施することにより相当程度の経営の向上が見込まれるかを判断する場合には、同様の事業を行っている企業の業績の推移から判断できれば容易であるが、新たな事業である場合、意外と同様の事業を行っている事業者を見つけることは難しい。見つけることができたとしてもその業績を把握することは不可能に近いため、的確な判断を下すのはそれだけ困難となる。
 したがって、申請企業にその経営革新内容の業績見込みについて積算根拠を数字で示してもらったり、その企業の体力を決算書によって把握したり、あるいは、これまでの診断・指導等の経験により蓄積した業界・企業情報やインターネットをはじめ各種の情報ツールから収集した情報をもとにして、経営革新計画による経営の向上が見込まれるかどうかを判断することになる。この場合、調査者によって判断基準に若干のばらつきが生じることは避けられないが、それを是正する場として審査会が位置づけられることを認識すべきである。

(3) 新たな事業活動が、申請書記載の内容から判断して、実現可能であることについて
 このほか、経営革新計画により相当程度の経営の向上が見込まれるという計画に対する実現可能性を判断しなければならない。
 それは、申請企業の体力、特に財務体質によって大きく左右されることから、決算書のほか申告書の添付資料である勘定科目内訳明細書による分析が不可欠である。というのも、いくら企業が経営革新の内容を実行しようとしても、その計画に係る設備資金や運転資金の調達に支障があれば、計画そのものを断念しなければならないことにもなりかねないからである。
 また、申請事業に対する企業の推進体制についても十分な考慮が必要となる。その推進体制が不十分な場合には、事業が計画どおりに遂行できるか懸念されるからである。

5. 結びにかえて

 以上のとおり、審査業務の第一線に立つ者からみた中小企業経営革新支援法の現状と問題点について概要を述べてきた。これまでの経験から、申請企業のなかに非常にすばらしい計画を持っているものが少なくないことが理解される。このため、現行の審査レベルを維持しつつ、審査のスピードをさらに高めることにより、このような計画を持つ中小企業者の推進を妨げることのないように、できればより的確に推進してもらえるよう努力することが求められよう。また、承認を受けた企業への支援策のメニュー強化は当然のこと、各企業の交流会を積極的に推進することにより、各企業の一層のネットワークの広がり、ビジネスチャンスの拡大に寄与できるよう、承認業務全般の一層の充実が必要と言えるだろう。