自治体国際化への試み
─ 東京都本部国際交流センター・多文化共生の取り組み ─

東京都本部

 

1. 国際交流センターの発足

 東京都本部は、自治労本部の40周年記念事業として展開されたアジア子どもの家事業に積極的に関わると共に、国際交流事業を見直し組合員が直接参加できる運動を目指し、1997年に「国際交流センター」を発足した。
 発足までの具体的な活動として、アジア子どもの家へのスタッフ派遣(白坂さん、町田市職)、子どもの家への訪問、ヨーロッパ地域における福祉・環境事業の視察、外国人登録問題に関わる人権問題などを取り組んだ。特にアジア、ヨーロッパの海外交流事業については、形式的な「表敬訪問」等は極力避け、事前学習、現地視察・交流に力点を置き、アジアについては旧日本軍の侵略問題について学ぶなど平和問題に意識的に関わりながら一般組合員の参加できる体制作りを目指してきた。このため、参加組合員が帰国後自治研に参加したり、執行体制に加わるなどの成果も一部現れている。
 国際交流センターの活動の中心は以下の4点である。
 ① NPO、NGOとの支援・連帯
 ② 海外交流活動(相互交流)
 ③ 「アジア子どもの家」事業への参加
 ④ 外国籍住民の人権への取り組み
 国際交流センターの活動の転機となったのは昨年行った「国際化・人権・in Japan」だったといえる。このシンポジウムで、労働組合に対して鋭く具体的な行動提起が突きつけられたからである。内容は以下のとおり。
 ● 基調講演 呉 在一 氏(韓国・全南大学教授)「朝鮮と日本の交流の歴史」
 ● パネルディスカッション
 ● コーディネーター 李  節子氏(東京女子医大助教授)
 ● パネラー      鄭  香均氏(東京都管理職選考試験訴訟原告、自治労都職労)
               中川 英子氏(在日ブラジル人、ムーンジアル記者、浜松市在住)
              マニー・P・ロサレス氏(滞日外国人と連帯する会・フィリピンデスク)
 講演とパネルディスカッションの中で日本人の人権意識の弱さ、外国籍住民への行政の対応の遅れなど多くの問題提起がなされ、李 節子氏からはこれらの問題解決に向けて6つの提起がされた。
 ① 自治体が外国籍住民の政策の基本理念を明らかにすること
 ② 自治体が住民の多様化・国際化の現状把握をすること
 ③ 自治体が外国籍住民の人権保障の担い手である自覚を持つこと
 ④ 自治体が外国籍住民の文化的・民族的・宗教的背景の尊重すること
 ⑤ 自治体が外国籍住民への情報提供を充実すること
 ⑥ NGO、市民団体、自治体間の協力体制の確立
 この提起が切実であることからもよく見えるように、外国籍住民の人権問題について行政の認識の不十分性は明らかである。また、同時に、行政をになう自治労組合員も実態は充分把握していないし、問題意識も低く、これまでの運動展開も観念的であったといわざるを得ない。

2. 都本部自治研集会の取り組み

 そこで、具体的な取り組みとして、同年「バリアーをはずしまちの自治を市民の手で」をテーマに東京自治研集会を開催した。全体集会で再び李 節子氏に基調講演をお願いし、同様の提起を受けた。
 課題別集会としては、1地球を作る市民の力、2環境自治体 ― 子どもたちに未来を手渡すために、3社会福祉基礎構造改革 ― あなたの施設では、利用者の人権は守られていますか、利用者は施設やサービスを選べますか、4福祉のまちづくり ― あなたの町のバリアフリー、5自治・分権、6国際連帯と人権 ― あなたのまちの「国際化・人権」度をチェックしてみませんか、の6つを設定した。
 課題別集会「国際連帯と人権」の中で私達は4つの試みをした。「国際化」先進自治体へのフィールドワーク、外国籍住民に対する自治体施策の実態調査、公務員国籍条項についての都庁職アンケート、そして国際化への展望を込めた「国際化・人権」チェックリストの作成である。
 古くて新しい問題「国籍条項」のアンケートでは、組合員の大部分が、外国籍住民が採用されともに働くことに支障はないとしながらも、国籍条項があること自体は3割程度が仕方ない、必要であると回答したという「日本人公務労働者」の限界を再認識した。
 フィールドワークについては大きな成果があった。住民の多くがブラジルからの移民である群馬県大泉市や太田市では教育・福祉・清掃などあらゆる分野で多言語での行政の周知に努め、住民サービスの向上を追及している。東京都東村山市では多言語での防災放送を実施、介護保険についてもパンフレットを準備するなど住民の割合は少なくとも、行政の判断として「国際化」を目指している。実質的なチャイナタウン、コリアンタウンを持つ新宿区は実務的な部分で具体的な対応にめざましいものがある。庁舎内の証明写真ボックスの設置、外国籍住民に対する生活保護・国民健康保険などの適用の運用、外国籍住民のニーズに応えるべく進められてきているといえる。
 これらの内容を検証しつつ「国際化・人権」チェックリストを作成した。歴史的背景の説明も踏まえて細かく行政実務を点検できるものを目指した。
 東京集会を準備して行く中で、先行している自治体と問題意識のない自治体の格差も見えてきた。自治体間の連携をどうつくるか、チェックリストの徹底とチェックアップの体制づくり、市民団体との連携のあり方など、今後の取り組みの課題が明らかになってきたといえる。

3. 三国人発言と「行政の国際化」

 こうした取り組みを進めている最中、行政全体の流れとしては「国際化」は後戻りできない政策決定となっているにもかかわらず、今年4月の石原東京都知事の「三国人」発言があった。この三国人発言は外国籍住民への行政サービスを前進させていく上でも非常に重要で深刻な問題をはらんでいる。
 外国籍住民の問題を考える際いわゆる「オールドカマー」と「ニューカマー」という2種類の住民の存在を前提にしないわけにはいかない。「三国人」発言はこの両者に対し異なる角度で住民としての人権を脅かす作用を及ぼしたと言えるだろう。1つにはニューカマーの外国籍住民が「不貞外国人」であり「犯罪者予備軍である」と意識づけることによって彼らに対する行政サービスの圧倒的な低下を招かせるであろうこと。もう1つはオールドカマーである在日韓国・朝鮮人に対して現在の彼らの不当な無権利状態を恒常化させる口実を自治体に与えることである。
 それでは、東京の首長の三国人発言は「日本人」にとって何を意味するのか。日本社会総体のこの発言に対する反応は外国籍住民に比して大変に鈍い。反対に不気味な勢いで彼に賛成する人々が増加していると聞く。何故なのか。石原都知事の発言は「日本人」の深層にある「排他的な心性」と共鳴したとでもいうのだろうか。
 オウム真理教信者の子どもたちの就学拒否問題は記憶に新しい。この事件は様々な課題を内包し、一概に論じることはできないが、あえてある一面から捉えると「排除の論理」の恐怖がうかがえる。「日本社会」(マスコミ・世論といわれるもの)は法律や子ども達の人権といった視点を一切捨て去り、「危険に見えるもの・異質なものに対する排除の論理」で裁こうとした。かろうじて自治体が踏み止まり就学を迎え入れる決定をしたが、自治体に働くものとして大変に辛い思いがしたと同時に、「日本人」、行政機関の人権感覚が格段に鈍化している事に恐怖を感じた。
 三国人発言に対する「日本人」の反応はオウムの問題の時と変わらない。それ以上に排除の論理は歴史的重みを帯びて完成する可能性を孕んでいる。問われているのは「日本人の人権意識」である。そして、特に自治体労働者にとっては「住民」を「誰」と捉えるべきかが突き付けられている。「血統」としての日本人以外は日本住民と認めない、住民サービスの対象としないことが当然であるという姿勢に公務労働者自らが賛同するなどという事ができるはずもない。行政の国際化を求める立場として、公権力を行使する立場に連なるものとして、今すべき事は何か、答えを出すことが求められたとも言える。
 三国人発言の後どの様な事件が起きてきたか、あげてみると
 ● 外国籍住民に対する怪文書の流通
 ● アルバイトなどの国籍を理由とした解雇
 ● 外国籍住民であることを理由とした強姦
 ● 反石原知事の運動体に対するいやがらせ
 見のがす事のできない恐ろしい事件が増加して来ている事が分かる。また、こうしたことを「普通の」市民がやり始めたことが恐ろしいと、ある外国籍住民は話してくれた。このような流れを見過ごすことは住民の人権を守る立場のものとして2度と許されることではない。これまで私たちが主張してきた「多文化、共生の自治体作り」の方法論を対峙するものとして確立していくことが急がれる。自治体を変えること、行政を動かすことが急務となっていると認識しなければならないだろう。私達はこう考える。住民である権利、日本に住む権利、住民としての権利は「血」で、国籍で、保障する必要はない、と。自治体労働者が揺るぎなくそのことを体現し、政策要求としていく事が、流れをかえる一助となるだろう。
 そうした認識のもと、2000年夏、「多文化たんけん・多文化防災実験」と銘打った2週間にわたるイベントを、企画した市民とともに、新宿の歌舞伎町・大久保など外国籍住民の多い地域で取り組み、東京での実践の1つとして位置づけてきた。

4. 市民と共に創造する「多文化共生の新宿」の取り組み

 「多文化たんけん・多文化防災実験」というイベントが構想された発端は「三国人発言」である。この発言に危機感を持った外国籍住民からの発案であった。都本部としてその構想の段階から賛同を表明し事務局の一端をになうこととなった。実行委員会が結成され新宿区の後援、歌舞伎町振興会の協賛を得、連合東京、生活者ネットワーク、民族共生教育を目指す東京連絡会、ピースボートなど様々な団体の協力を得ている。新宿区職労が全面的バックアップを行った。
 8月15日のオープニングコンサートから9月2日の「多文化共生防災実験」まで60を越える大小のイベントが用意された。
 ● 出入国管理の現在を問う  ● 区役所見学ツアー  ● 第二次世界大戦を考える「歴史ツアー」
 ● 他言語介護保険講座  ● 保育園見学  ● ホームレスの人と話そう  ● 安くてうまい安心な店の見分け方
 ● 外国籍住民の地方参政権について  ● 外国人女性シェルターについて聞く  ● ニカラグアの人から見た日本
 ● 映画上映会  ● 電車で行くラテンアメリカ(大泉市視察)  ● 多文化共生防災実験
 など「多文化共生」が地域で実際に始まっている新宿、日本一「国際色」豊かな街ならではの企画を揃えることが出来た。新宿の様々なお店で、顔の見える規模で時にはエスニツク料理を食べながら、討論したり、体を動かしたりしながら多くの交流と発見があった。
 自治体労働者が「多文化共生」の鍵を握っていることを痛感する。職場で出来ることの多さを痛感する。自治体が地域コミュニティの核となろうとする時、まちづくりに関わる時、行政が柔軟であるかないかで住民に提供できるサービスの内容は大きく左右されるのだから。
 例えば、在日韓国人一世の老人などが要介護となる時、本人が日本語を話せない場合も有る。そうなれば、介護者にハングルの知識がなければ本人の意志を叶える事は難しい。望む介護が提供されないという実態が出て来ている。それだけでなく習慣の違い、宗教の違いなどへの理解が求められている。担当者の私たちがその視点を持つことで実態を変えることが出来るはずだ。
 特に今回試みた「多文化共生防災実験」などはその最たる例であって、防災計画に「市民の意志」を反映させる事は大変に困難だ。
 9月3日に東京都では大規模な防災訓練が実施された。自衛隊7,100名、3億円の東京都予算を投入するが、実際の救助活動と言うより、治安維持を目指す性格の濃いものとなったようだ。この訓練のために、災害が現に発生している三宅島から、自衛隊は部隊を撤退させている。阪神大震災の時も1万2,000名の自衛隊員が救助に参加せず、「治安維持」のための待機をしていたと言う事実もあった。
 しかし、今日要求されているのは「治安の維持」などではなく「人命の救助」であり、特に新宿のような外国籍住民が多い地域にとっては日本語・日本人向けの防災計画のみでは人命救助は成り立たないと言うのが真実である。極端な例を言えば、深夜震災が襲ってきたとき新宿歌舞伎町で日本語だけで何が出来るというのか。今回の東京都の訓練で他言語での対応に割かれた人数はたった30人である。東京の人命こそが危機に晒されていると言えるのではないだろうか。
 「多文化共生防災実験」では、市民が手作りで多言語の防災訓練をシュミレーションした。7ヵ国語で防災放送を流した。消火器訓練も通訳が配置された。ほとんどの組合員参加者にとって新鮮な驚きだったという。自治体労働者こそがこうした試みを参考にし、力量を付ける必要があるだろう。実行委員会として今回の「実験」を報告にまとめて今後の資料としていきたいと考えている。
 同時開催のシンポジウムでは神戸の経験が語られた。行政を担うものとして、二次災害を防ぐことの重要性を痛感する。仮説住宅に移ってから多くの方がなくなっている。身体の弱い人も、宗教的理由で一般的な食事がとれない人もいる。画一的な平等ではなく、多様性を認めた平等でなければ人命が守れないことを認識した。

5. 多文化共生への行政レシピ作成試案

 今回の新宿イベントの主要なテーマは、外国籍住民と日本籍住民との共同行動、それによってもたらされる相互理解の獲得ということになるだろうか。群馬県大泉市でのフィールドワークでも住民相互の交流・理解はなかなか進まないと報告されている。共通のイベントに参加する事で交流ができ、発見があり、後に市民としてのお互いを認め合う事ができるのではないか。地域コミュニティの再生もこうした「交流と発見」が基礎となるといわれている。「排除の論理」が振りかざせる背景には「交流と発見」がないことに注目しておきたい。となれば私たちの仕事の1つは「交流と発見」の場を提供していく事になるだろう。それをいかに「市民参加型」で作り上げる事ができるかが住民主体の行政を行うポイントとなるのではないか。
 現段階で見えてきた展望をあげてみると

(1) 市民参加のあり方
 ● 外国籍住民との定期的な会議の開催の必要性
   外国籍住民当人でなければ見えない「不便さ」がある。広報でいかに周知しても新聞を取っていない住民も多い。ニーズをつかむための意見交換の制度は不可欠だろう。
 ● ボランティアとの連係
   外国籍住民との共生を目指すボランティア活動団体は多く有る。しかし行政はまだそうした団体を認知するに止まり、積極的に参画させるに至ってはいない。団体、個人のリストアップ、イベントなどへの企画段階からの参画、補助金の制度などが考えられる。

(2) 行政の変革のあり方
 ● 「住民」の解釈
   福祉、介護保険、年金、防災、参政権、など外国籍住民を無権利状態に置き、不利益を与えている課題の整理はついてきている。今後一番力を入れていくべき部分は「住民」の解釈の改革だろう。「住民」の解釈を「居住している者」と明確にし政策要求を自治体に突き付けなければならない。
 ● 地方分権
   国の意向、上級官庁の意向に反する事のできる自治体の育成が自治労の課題だろう。神奈川の川崎市を例に取るまでもなく地方自治体は様々な権限を持っているがそれを十全に行使していない。地方分権の取り組みの中に外国籍住民問題を取り入れていく必要が有るだろう。

(3) 実務的ガイドラインの作成
  三国人発言だけの問題ではなく日々のなかで排他的な「日本人意識」は指摘されているところである。自治体に働く労働者としてそれが切実に問題になるのは「この偏見」が行政権限の行使を歪ませるところにある。外国籍女性がドメステックバイオレンスによって家から逃れ生活保護を申請しても受理しない自治体も有ると聞く。言語道断であると思う。各種行政実例を検証し、現行法体系の中でもでき得る限りの努力をすべきである。業務の現場で、窓口でなされている多くの組合員の努力をまとめ、そのガイドラインを作成し、全国化する作業が必要だろう。防災訓練・介護の問題なども重要な課題だ。自治研をとおして具体化していければと考える。

(4) ネットワークを労働組合が発信する
  市民一人ひとりが出来ることと労働組合が出来ることは違う。新宿での体験の中で労働組合の持つ組織力、対外的なネットワーク、行政と市民をつなぐ窓口機能などが大変有意義であることが立証されたと思う。新宿区の後援は新宿区職労の尽力無しにはありえなかったし、後援があったことでどれだけ一般的な支持を広げることが出来たか計り知れない。地域で働く「役所」に勤める私たちこそ「地域コミュニティ」の人的核になれる可能性があると思う。労働組合として、様々な市民運動・個人のネットワークを仕掛け、対行政交渉の窓口になることが出来る。そうした取り組みの方針化を進める必要がある。

6. 最後に

 まだ多文化探検隊が終了したばかりの時点でまとめとして充分に提起は出来ないが、今回のイベントの参加者の1つの特徴は「地域再発見」を求めていたことが挙げられる。参加者の多くが「自分の街にこんなに外国籍住民がいたと知らなかったので参加した」と感想を述べている。心配した参加者も、毎回定員を上回る盛況だった。知り合うための情報提供として、成功したと思う。
 そこで、どうだろう、全国で「多文化探検」を試みては。
 日本の各地で私たちがこうした「再発見」を仕掛けていくことも、外国籍住民の人権尊重に繋がっていくと思う。