改正住民基本台帳法批判 PartⅡ

東京都本部/練馬区職員労働組合

 

1. 改正法成立後1年間

 一昨年の米子自治研全国集会でレポート「改正住民基本台帳法批判」を提出してから2年。
 昨年8月には、当時の「自自公」体制の成立により法案は可決成立してしまった。
 報告者は、練馬区において住民基本台帳事務に従事する職員として、前回レポートでもその問題点を克明に報告し、自治労全体の力でこの法案を廃案とすべきであると主張をした。法案成立直前には、埼玉県大宮市で開催された参院地方自治・警察委員会の地方公聴会において、6点(①各市区町村での営みの成果を算奪する、極めて問題の多い法であること。②住民にとってのメリットも極めて少ないこと。③政令・省令への委任が極めて多く、立法府である国会の権限を軽視したものであること。④閲覧に供される4情報と、本人確認情報(注)とは質的な違いがあること。⑤カードについて取りざたされる本人確認は、住民基本台帳法の趣旨とは馴染まないこと。⑥本人確認情報以外の情報の漏洩への対応など、個人情報保護に関する制度の欠陥、その他、法案の整合性の欠如。)を指摘し、すみやかに廃案とするよう主張してきたものである。
 法案成立以来1年。その間、自治省は、つぎのような動きを進めてきた。
 ①1年以内施行分について、99年10月1日、抜き打ち施行。②指定情報処理機関に財団法人地方自治情報センターを指定。③都道府県の企画部長を招集した「推進協議会」の設置。④地方自治情報センターは、システム作りを依頼する企業としてNTT2社、NEC、富士通の4社を指定。⑤4社から地方自治情報センターに対し基本設計書提出。
 更に、本報告作成時点では内容が不明であるが、本年9月には政省令案が示され、12月には制定の予定とされている。
 このように、カードとコードによる管理社会を実現するべく、自治省は着実に歩をすすめてきたかに見える。
 しかし、今、東京都杉並区の山田区長発言に見られるように、地方からこの「カードとコードによる管理社会」に対する反乱か始まろうとしている。
 改めて、申し上げたい。
 改正住民基本台帳法を白紙に戻せ。
 自治労はそのたたかいの先頭に立て。
 たたかいの現場は、3千3百のすべての自治体にある。

   注 本人確認情報とは、住所・氏名・性別・生年月日と住民票コード、そして政令で規定する「付随情報」の6情報のこと。市区町村に新たに設置するコミュニケーションサーバ(CS)に記録され、ここから都道府県のサーバ、指定情報処理機関(全国センター)のサーバにそれぞれ送信される。全国センターには全国民の6情報が集積されることとなる。

2. 山田区長発言

 上述のとおり。杉並区長山田宏氏は、ネットワークシステムヘの参加を保留する旨、杉並区議会で発言をした。その後も新聞等を通じたパブリシティ等を通じて、その意思をいよいよ鮮明に露そうとしている。
 山田氏のネットワークシステムヘの反対の論拠は、報告者の責任でまとめれば以下の4点であろう。
 ① 総背番号制そのものに反対する。
 ② 自治体のコストが極めて高い。
 ③ 住民のメリットは極めて低い。
 ④ 今後の更なる法改悪が想定される。
 まさしく正鵠を得た発言であろう。この4点をそれぞれに展開するだけで、私の報告など不要とさえ言えよう。
 本報告では、4社が提出した基本設計概要書に基づき、その問題点を指摘することで、上記4点の補足を行うことを目的とする。

3. 法・国会説明と基本設計の矛盾

 政府は、本ネットワークシステムがいわゆる「総背番号制」ではないという論拠として、法の厳格な運用を謳っている。全ての個人情報を住民票コードで名寄せしていくことを法が禁じていること、今後法を改正する場合には、当然国会での議決が必要であること、などがその根拠である。
 百歩譲って、この考え方を認めるならば、法の運用やシステム等については、法やその制定にあたっての国会での説明が厳格に遵守されなければならない。
 報告者が地方公聴会で指摘をしたとおり、政省令への委任事項が極めて多いのが改正住民基本台帳の特徴だが、これらの制定にあたっても、法の趣旨や国会答弁に即したものでなければならない。
 しかし、基本設計のものの考え方は、国会での論議その他を全く無視したものとしかいいようのない記述が満載なのである。
 紙幅の都合上、いくつかの例示に留めざるを得ない。他にも無数に批判すべき点があることについてあらかじめお断りしたい。

(1) 通信には専用回線を用いる、というウソ
  基本設計では、全国ネットワークシステムで全国センターと都道府県とを結ぶ回線について「高いセキュリティを保持しつつ経費圧縮の観点から、IP-VPNとします」としている。この表現は、「ベストの方法ではないよ」という意味合いが行間に滲み出ているものである。
  では、IP-VPNとは何か。インターネット・プロトコル、バーチャル・パーソナル・ネットワークの略である。「バーチャル」即ち「仮想専用回線」の意味である。
  詳細設計が明らかになっていない段階であり、どのような回線を示すのか明確ではないが、一般的には、暗号化の技術を用いて、専用回線と同様の機能を持たせる技術を指すものである。
  国会では、「専用回線と暗号化」によりセキュリティをはかる、と再三答弁をしているのであるが、その片方だけしか採用しない、ということではないのか。
  加えて、都道府県と各市区町村とをつなぐ回線としては、バックアップ回線としてISDNを使用する、としている。
  これで本当に大丈夫なのか。

(2) 保存される情報は6情報だけ、というウソ
  ネットワークシステムでは、後述するように、ヨコのネットワークでは本籍や続柄、介護保険や国民年金・国民健康保険情報等が市区町村間でやりとりされる。
  これらの情報は、市区町村 ― 都道府県 ― 全国センターという回線を通じてやりとりされるが、これらは「スルーするだけ」であり、都道府県や全国センターにはそれ以外の情報は蓄積されない、と言われていた。
  事実、法的にもそのような解釈しかゆるされておらず、東京都が都内市区町村に配付したQ&A(基本設計書の配付以降に作成された)にも同様の記載がされている。
  しかし、基本設計では、後述する住民基本台帳カードの交付状況や、これに事故が発生した場合の取り扱いをはじめとした情報もまた、全国センターに保存されることが明記されている。
  カードとパスワードを、全国センターに接続した端末により読み込ませ、全国センターに記録されている全国民の本人確認情報と照合することにより本人確認を行う、という事務。これ自体改正法には一字も記載されていない事務なのだが、カードの紛失等の事故があった場合に事故情報が端末上で把握できるように、という趣旨である。
  法に規定のない事務の利便性のために、法に規定されていない情報を記録する、ということになれば、「なんでもあり」ではないか。
  そもそも、カードの交付は任意であり、「16省庁92事務」に官公署等(「等」には運輸省の委託を受けた旅行業協会などの民間組織も含まれている)への本人確認情報の提供が法に規定されているだけだ。
  なお、本人確認情報等は政令で定める期間後は全国センター等のサーバからまっ消されるとしているが、システム上、データ抹消業務の記述は皆無である。

(3) カードの作成を地方自治情報センターに委任? 事実上の写真登録制度
  カードの作成は、小規模市町村では、地方自治情報センターに委任をしろ、大都市でも点字エンボス加工(実際には加工できる範囲は極めて狭く、ほとんど役にたたない。)のカードの希望があった場合には、やはり委託をしろ、と基本設計には記されている。
  カードには2バージョンあるが、本人確認情報6情報がIC部に記録されるほか、写真付きバージョンの場合には写真も一旦電子情報として記録されたものが印刷される。
  これらの必要な情報を市区町村のCSに読み取り、これを地方自治情報センターに送信または媒体入力したものを送付して、カードの作成を依頼する、とされている。
  これは、事実上の顔写真記録制度を意味する。
  そもそも、指定情報処理機関は、法第30条の30(本人確認情報の利用及び提供の制限)第2項の規定により、法に規定された事務以外に本人確認情報を利用することは禁止されている。市区町村の委託を受ける、とは言っても、カード発行依頼は、本規定に抵触するものである。

(4) カードに有効期限。氏名やコードが変更するとカードも使えなくなる。
  これは、厳密には「嘘」とは言いにくい中身ではあるが、説明のなかった点である、もという点では広義の「ウソ」に含まれよう。
  カードには5年間の有効期限が設けられる。また、市区町村内で転居をした場合以外の事由で6情報の変更があった場合、カードは無効となり、またあらためてカードの交付を受けなければならなくなる。
  セキュリティのため、と説明されているが、これらを政省令に規定することでどうしてセキュリティに役立つのか、意味が不明である。
  そもそも旧住民登録法を廃止し、住民基本台帳法を制定した趣旨は、住所の異動の際の様々な届出等の簡素化にあると説明されている。
  任意の行為であるとは言え、戸籍の届出により氏名の変更があったものが、あらためて居住地の市区町村にカードの再交付を求め、手数料を納めなければならない、あるいは、何の異動もない住民も数年毎にカードの更新をしなければならない、と言う規定は、これらの趣旨や住基法第1章の規定に反するものである。

4. 住民のメリット、自治体のデメリット

 住民のメリットとして、「住民票の写しがどこの市町村でもとれる。」「転入転出の事務が簡素化される」と謳われている。
 しかし、そのメリットは極めて小さく、また、それを保証するための自治体の負担はばかばかしい程大きいのだ。

(1) 住民票の広域交付
  住民票の写しに記載されている情報は、6情報だけではない。前住所や住民となった年月日、住所を定めた年月日等、様々な情報が記載されて初めて「住民票の写し」となる。4情報だけ記載した帳票は、「住民票記載事項証明書」と住基法中別の概念として説明されている。
  従って、住民票の広域交付のためには、全国センターに保管される本人確認情報だけでは足りず、自治体間でデータのやりとり(これをヨコのネットワークと呼ぶ)が必要となる。
  広域交付の実施にあたって、住民票コードや全国センターに全国民のデータを記録することは必要ない。
  つまり、回線の問題を別にすれば、コードを付定し6情報を集約するタテのネットワークと広域交付は無関係の代物なのだ。
  自治体のシステム開発に要する経費は莫大だ。また、他の市区町村との連絡には職員のチェックが必要なため、少なくとも全国で3千人を越える職員が勤務時間中ずっとCS端末を見張っているというばかばかしい作業をしなければならない。(3,250市町村×800万円として、人件費だけでも年間260億円かかる
  これにより交付される住民票の写しは、本籍省略に限定されるため、免許証・パスポート・年金裁定請求等には役に立たない。

(2) 転入転出の特例 …… 省略されるのは返信用封筒だけ
  転入転出の特例も同様である。
  改正前の事務では、(a)前住所地に転出届を出す。(b)転出証明書の交付を受け、これを添付して転入届を提出する。(c)新住所地で住民票を作成する。という流れとなっている。
  改正法では、カードの交付を受けている人に限って、(b)の転出証明書の提出が省略できる、という点が変わっただけだ。引続き転出届は必要である。
  現行でも転出届は郵送で行っている。
  窓口に転出届が出た場合、後の事務が煩雑となることから、まず、現行通り処理をすることとなる。
  つまり、住民メリットは、郵送で転出届を出す際、転出証明書の返送を求める必要がなくなる、80円切手と宛て先を書いた封筒が不要となる、というだけなのだ。
  転出証明書が省略された以上、ここに記載されている情報の受け渡しが必要になる。
  ここでも、広域交付と同様、市区町村間のヨコのネットワークで情報のやりとりを行うこととなる。
  さらに、カードが新住所地に提出されるが、これには条例で定めた事項などの個人情報が記録されているのである。これを前住所地に返送する事務が新たに加わるが、慎重な取り扱いが求められる。

5. 練馬区での取り組み

(1) 「改正住民基本台帳法資料集」の作成
  練馬区で住民基本台帳事務に従事する職員を中心に、「改正住民基本台帳法問題研究会」を発足、国会質疑を中心に、改正住民基本台帳法の逐条解説等の資料集を自費出版、全国の住民基本台帳事務従事者に対してダイレクトメールを発送、好評をはくしている。
  これは、本来事務についてもっとも熟知していなければならない市区町村職員に、実は何の情報も与えられておらず、極めて困った状態に置かれていることから止むに止まれず行った作業でもある。
  これらは、本来、自治労が中心になって進めて行くべき課題ではないのか。敢えて苦言を呈するところである。

(2) 個人情報保護条例の制定をめくる攻防
  練馬区では、本年3月まで電算条例は制定され、オンライン結合の全面的な禁止を定めていた。
  しかし、手書き文書を含む個人情報保護条例はなく、清掃区移管の関係で4月からの個人情報オンライン結合を余儀なくされたため、第1回定例議会で個人情報保護条例が上程された。
  議会構成では、岩波区長を支持する自公が24名、野党が26名である。
  区職労からの働き掛け等により、すべての野党会派合同の改正住基法の学習会がもたれ、オンライン結合の可否判断を行政が行うとする条例原案の問題点等が26名の共通認識となった。
  結果、26名全員の修正案が本会議に上程され、これが可決成立した。
  主な修正点は、①オンライン結合について条例別表に掲げるものに制限をし、改正住基法施行にあたっては条例改正を不可欠とした。②オンライン結合先での個人情報の使用状況について結合先に報告を求め、その結果の議会・審議会への報告を義務付けた。③その他、本人の了解のない個人情報の外部提供・目的外使用について、すべてその状況を審議会に報告することを義務付けた。などである。
  法と条例では「上下関係」が求められてはいるが、都道府県条例と市区町村条例とは対等平等である。今回の改正により、例えば都が都条例により本人確認情報を都公安委員会等に提供することを定めた場合であっても、その提供状況は練馬区条例により公表が義務付けられることとなった。

(3) 要綱等の整備、ストーカー要綱等
  個人情報保護条例の制定を受け、例えば自分の住民票の写しの交付請求の有無等の照会について、請求者の個人情報を除き開示する(法人情報は開示)、あるいは閲覧制度において、書き写しした個人情報についてその写しを保管し、書き写しされた住民から請求があれば、申請書類等の開示を認める等の要綱・要領の整備を行った。
  また、ストーカー被害者への支援として、ストーカー被害者の住民票の写し等の公開制限等の措置を開始した。

6. 地方分権の内実が問われるたたかい

 自治省は、改正住民基本台帳法によるネットワークシステムについて「地方分権に資するもの」という位置付けをしている。
 報告者は、この位置付けは根本的に異なっているという認識を持つものではあるが、この考え方が、例えばプライバシーを守る上では重大な問題を孕むのである。
 練馬区民である○○さんの個人情報は、タテ・ヨコのネットワークで各省庁や地方自治体等に往来する。これらの運営主体は、「地方分権」で各都道府県や各市区町村とされる。
 とある自治体が、もっぱら財政上の理由からチープな回線を用いることも考えられる。そこに練馬区民の○○さんの情報が流れるのである。
 区民の個人情報を防衛すべき練馬区は、どこまで主体性をもって漏洩を阻止することができるのであろうか。
 中央集権的な情報集中は、中央集権的な責任体制が欠如した運営形態では管理しきれないのである。
 その事を踏まえた上で、以下、何点かの指摘を行うことで結語としよう。

(1) 杉並を孤立させるな
  杉並・山田区長発言を孤立させてはならない。
  山田発言の根本は、総背番号制に対する批判であるが、仮に同一歩調をとらない(「総背番号制で何が悪い」)首長であったとしても、本報告で例示した問題だけでも「住民に対して責任がとれない」という立場から、ネットワークヘの参加を取り止めるべきである。
  自治省は、地方分権法により、この問題について杉並への直接の介入ができない。今後、他の自治体からの圧力も予想される。
  参加するのなら、少なくとも「参加しない自治体がある」ことを前提とした事務体制を構築すべきだ。

(2) 住基法そのものの現場からの見直しを
  現行の住基法においても、閲覧・写しの交付により個人情報が公開されている。これらの現場からの不断の見直し作業が必要だ。高槻市など、公用以外の閲覧を認めていない自治体もあると聞く。
  まだまだ不十分ながらも、練馬区での取り組みを報告したのも、それぞれの自治体で工夫・研究をしていこうという思いからである。
  電算システムではなく、現場の智恵のネットワークを作って行くことこそが肝心だ。

(3) 政令・省令・システムとのたたかいを
  自治研集会の開催される頃は、自治省から政省令等の案が出されている筈。システムの詳細設計を含め、12月までにはすべてを決めていこうという予定となっている。
  これらについて、詳細な検討と、「ダメなものはダメ」という声を挙げていかなければならない。
  法自体に矛盾があるのである。どのような政省令でも矛盾を覆い隠すことは不可能だろう、というのが報告者の「読み」である。
  たたかいは、まさに現場の中から作り上げるものだとしみじみ思う。
  自治労の仲間のみなさん。ともにたたかおう