弘前市における容器包装リサイクルの取り組み

青森県本部/弘前市職員労働組合連合会

 

1. はじめに

 弘前市は青森県の南西部に位置し、東には八甲田連峰、西には秀峰岩木山、南には白神山地に続く山並み、北には岩木川が流れる津軽平野の中核的都市である。藩祖津軽為信以来約400年の歴史を持ち、「お城とさくらとりんごの街」をキャッチフレーズに「学都弘前」をもアピールし、国立弘前大学を中心に多くの学校や社会教育施設が充実している街である。
 人口177,569人(2000年4月現在)、総面積273.80㎞、2000年度の一般会計予算は627億5,000万円で、県都青森市、産業都市八戸市とともに、「旧三市」と言われ、りんごと米作を中心とする第1次産業が主産業となっている。
 近年、行政の広域化に伴って既存の一部事務組合の他に広域連合も設立された。一部事務組合として、「弘前地区環境整備事務組合」、「弘前地区消防事務組合」、「津軽広域水道企業団」があり、広域連合としては、1998年2月に設立された「津軽広域連合」がある。
  「弘前地区環境整備事務組合」は、1市5町3村(弘前市、大鰐町、平賀町、藤崎町、板柳町、岩木町、相馬村、西目屋村、碇ヶ関村)で構成され、し尿処理施設、ごみ処理施設の設置及び管理の事務を共同処理するものと規定されている。ごみ処理施設とは焼却施設であり、現在、中央清掃工場と南部清掃工場の2施設がある。埋立て施設いわゆる処分場はそれぞれの自治体で独自に確保しているものの、近年のごみの増加に対応すべき新たな処分場の確保が困難となっている。また、ごみの収集についても、各自治体がそれぞれの責任(民間委託も含む)で実施している。

2. リサイクル法施行以前の状況

 法施行以前の分別は、一般ごみを、①燃やせるごみ(生ごみ、紙類)、②金属製粗大ごみ・金物ごみ(ナベ・やかん、冷蔵庫、ストーブ、缶)、③燃やせないごみ・粗大ごみ(ガラス類・せともの類、タンス、机、ベッド、ペットボトル、プラスチック)の3種類に分別し、その収集回数は、①の燃やせるごみが週2回、②の金物ごみが月1回、③の燃やせないごみが月2回となっていた。
 収集体制は、直営と19社の委託許可業者とで、収集量はそれぞれ50%と50%ということで組合との協定に基づいて行われている。地域的には、市街化地域が直営で、新市街化地域が許可業者となっている。
 直営の体制は、収集車が16台、技能技師(運転手)が20名、技能主事(作業員)が35名の55名となっており、この55名の内から技能技師3名が埋立て処分業務に従事している。
 焼却業務は、先に述べたように「環境整備事務組合」で行われており、2施設で36名の職員体制となっている。ただ、南部清掃工場が半民半官の変則体制である。
 中央清掃工場は、運転開始から22年が経過し、容器包装リサイクル法の施行に合わせ、現在、「新清掃工場」の新築が計画されており、2003年4月の稼働を予定している。

3. リサイクル法施行に向けて

 2000年4月の実施が法律的に要請されていることから、弘前市は1998年(H10年)秋に、12分別の実施を決定した。その背景には、法律の要請もさる事ながら、秀峰岩木山山麓に設置している最終埋立処分場のこれ以上の拡大を事実上断念したことにある。市が確保している処理能力(土地の確保面積)は、数十年間のごみ処分を可能とするものであるが、財政問題や処分場近くでの環境問題(反対運動も含む)や環境アセス等クリアしなければならない問題が山積し、この問題を解決するためにもごみの減量化が緊急の課題となっていることがあげられる。
 全国的にも例を見ないごみの12分別は、その実施がスムーズに行われるか不安がつきまとったという。しかし、背水の陣を敷いて市民意識の啓発に努めたのである。これを担った職員の苦労は、並大抵ではなかった。
 市民意識の啓発の始めとしてモデル地区を設定した。98年(H10年)は、城西地区をモデル地域に設定し、当面、びんとペットボトルの分別を行い、99年には、城西地区に続いて和徳地区、城東地区、裾野地区を指定し、びんとペットボトルの分別を徹底するというものであった。このモデル地域の活動は、市の広報やマスコミでも取上げられ、市民の大きな話題となった。
 また、99年6月から2000年3月まで町会ごとの説明会を実施した。説明会は、主に夜間に行われ、教員がごみの実物と容器包装リサイクル法の説明ビデオやテレビを持参しながら243回も実施した。出席者はその町会の世帯数の約2割となった。この2割という数字が多いか少ないか判断は別れるところであるが、夜間に243回も行った職員の苦労はだれもが労うことであろう。
 市は、2000年4月からの12分別を円滑に行うため、以上述べた他に「ごみ分別辞典・ビデオ」を配布して市民意識の啓発に努めた。
 ごみ分別辞典は、「ごみの分け方・出し方」の詳細を50ページにわたって説明した冊子で、その特徴の1つは品名(395種類)ごとに素材とどの分別区分に該当するかの50音別索引を載せていることである。弘前市の全世帯数は約65,000世帯で、冊子は9万冊作成し、全世帯にこれから使用する透明なごみ袋20枚とともに配布した。また、ごみの出し方についてのビデオ「さあ始めよう、分別収集」を5,000本作成し、各町会の「班」数分4,500本を貸出したり、小・中学校や希望する団体・個人へも貸出したりして草の根からの意識啓発に全力を傾注した。そして、1999年度に「廃棄物減量等推進員」として563人を委嘱し、ごみ置場で実際に分別を指導し、市と住民が一緒になってごみ減量化を目指した。
 市は12分別に向けて、1999年6月から率先して市役所及び公共施設での12分別を実施した。市役所庁舎内の各フロアーと給湯室には大型ごみ箱が役置された。しかし、各フロアーに全てのごみ箱が設置されてなく、ごみの種類によっては階段をおりて捨てにいくということにもなった。不便だと感じるか、ごみの減量化にあたっては受認限度の範囲と思うか。根本からの意識改革が必要となったのである。
 インスタントラーメンの容器、清涼飲料水の缶は、洗って所定のごみ箱に捨てることになり、インスタントラーメンの包装容器は何種類にも分けて捨てなければならないのである。個人の家庭ではいざ知らず、職場でラーメンのスープが入った袋を洗ったり、缶やビンを洗うことに相当の戸惑いがあった。市役所での先行12分別の結果は、なんと市民には公表できないほど悪いものであった。市は、12分別の周知を数回に亘り徹底した。市職員が率先して容器包装のリサイクルを実践しなければならないと。

4. 12分別実施後の状況と問題点

 2000年4月、いよいよ12分別のスタート。事前の準備はしてきたものの、担当者にとっては、若干の不安を持ちつつのスタートであった。
 容器包装リサイクルにあたっての収集体制は、事務レベルでは直営での収集を含めて検討したが、結果的にリサイクル関係は委託許可業者が全て収集することになった。このことに関して、組合としても職場組合員の意見を聞いたところ、現行の労働条件に変更がないのであればあえて問題とすることもないであろうとする意見が多数を占めた。しかし、このことが後に、大きな問題となってくるのである。そのことは、後で述べるとしよう。
 12分別が実施され、市民の意識はどうなったのであろうか。担当者にいわせると、町会ごとの説明会等の実施で、それなりに高揚したのではと判断している。果たしてどうなのかは、ある程度の時間を経過してからの判断となるであろう。
 4月に入って、ごみは減量化されたのか。確かにごみは減ったという。収集を担当する職員も考えられない程ごみが出されてないと言うし、焼却施設での搬入量にも表れている。大成功か。ちょっと待てよ。実態は違うのでは。各家庭では、12分別の実施にあたり戸惑いがあった。その結果、家庭に大量のごみを一時保管して置いていただけで、その後の時間の経過とともに、出されるごみの量は元に戻ったのである。ただ、生ごみなど燃えるごみの量は、極端に減少したという。今まで、いかに燃えるごみのなかに「その他プラスチック」類が混入していたかが分かる。
 この燃えるごみの減少により、収集体制に問題点が発生したのである。収集については、直営・委託それぞれ50%という協定があることを紹介した。リサイクルの実施により、現行の収集体制では、直営体制の見直しは必須となるであろう。将来的にも直営収集を維持するのであれば、50%を確保するための措置を真剣に考えなければならない。例えば、収集区域の見直しや、リサイクルごみを委託業者から取り戻すなどである。
 市民の立場からしても、「生ごみ」の減少、「その他プラスチック」の増加という状況の変化にともなって、収集回数の見直しの声が出始めている。市も2001年度からの見直しを検討するとしている。
 また、財政的にも当初予算に計上した以上に「収集運搬委託費」や「中間処理委託費」が増加しているという。「中間委託処理委託費」は、1億5,400万円から2億4,000万円位になると試算されている。
 収集体制の見直しや財政の膨脹という状況を考える時、労働組合としての今後のありかたも真剣に考えなければならない時期にきているのであろう。
 ご承知の様に、容器包装リサイクルは一般の家庭から出るごみをリサイクルし、ごみを減量化しようとするものである。事業系ごみは除外されている。一般的な意識としては、一般のごみ、事業のごみと区別する必要もなくむしろ統一して取り組むべきであると思う。ところが、青森県は当初は事業系ごみを除外して指導にあたった。市もその指導に基づいて事業系ごみを除外したものの、説明会での批判が相次いで出され説明に窮したという。ところが、実施直前になり、県も事業系ごみをも「お願い」ということで指導するようその方針転換を図った。慌てたのは、担当者である。
 ごみの減量化、リサイクルという視点からいうと、結果的には「良」とするものの、一貫した方針の確立が行政や住民の混乱を回避する第一歩であろう。

(資料)