身近な環境である「堀」再生に向けて
~Think Locally, Act Locally.ローカルな視点からの提案~

福岡県本部/大木町職員労働組合 野田 昌志


■かつては町のライフラインだった「堀」に異変

 福岡市内まで電車で1時間。わが大木町は、平坦な田園が広がる小さな農業の町ではあるが、都会への交通の便もいい、住みやすい町といえる。しかし、多くの町民の間では、ただ田んぼがあるだけの「中途半端な田舎」というイメージが定着しているようだ。確かに海や山、ましてや特別な観光資源があるわけではないが、季節によって表情を変える田んぼと、「堀」が織り成す風景は全国的にも大変珍しいといえよう。
 堀は有明海沿岸地域に特徴的に見られる半人工的な水路である。大木町は筑後平野のほぼ中央に位置し、堀の密度が最も高い地域である。町内には堀が網の目のように縦横に走り、町全体の約16%を占める全国でも屈指の掘割地帯となっている。
 堀の起源は1000年前と古い。高低差のほとんどない低湿地に水路を掘ることによって乾田化と用水確保、排水処理を同時に実現化し、もともと水資源に乏しかったこの地で暮らすことを可能にしてきたといわれている。農業用水はもちろん、かつては飲料水、洗濯、風呂などの生活用水、食糧としての淡水魚を得たり、子供達の夏場の水遊びとなるなど、日常生活とは切り離せない重要な役割を果たしていた。そのほか内水の貯留、遊水地としての洪水の防御、保水機能による地盤沈下の防止など防災的役割も担っている。言い換えれば、この地に堀が存在しなかったら、私たちはこの地で暮らしていくことができなかったといえる。
 このように、ライフラインともいうべき堀やその水辺空間は、これらを利用する地域住民によって大切に維持管理されてきた。しかし、このような人と堀とのいい関係は、昭和30年代を境に大きく変わっていった。上水道が整備され、化学肥料や農薬が普及し、私たちの暮らしは急速に便利で豊かになった。昭和40年代になると兼業化、混住化が進行し、これまで多大な時間とエネルギーを投入して地域社会で行っていた堀の維持管理作業は姿を消した。堀の荒廃は深刻なものとなり、堀の多くの機能は低下または消滅していった(表1参照)
 こうした事態を背景に大規模な土地改良事業が昭和50年頃から着手された。この事業の目的は、農業の合理化を目指した、堀の統廃合による水システムの変換と農地の整備である。土地改良事業を終えた地区では、幅20~35mもある大型で直線的な堀と整えられた農地が全く新しい風景を見せている。一方、土地改良事業が実施されない集落内の堀は、形態的には旧来のままであるが、新しい堀とは対照的に、ごみや生活排水の溜まり場となり、一部ではコンクリートによる護岸工事が進められている。
 このように水環境が大きく変化したにもかかわらず、今後どのようにして堀を管理保全していくかといったシステムは確立されていない。新しくつくられた堀でも5年も経てば、堀の側壁は崩壊し、底には1mほどの泥が溜まるという。早晩問題化することは明らかである。汚れる一方の生活排水引受水路と化した集落内の堀は、もっと厳しい状況にある。
 このような状況の中で、大木町の個性であり、身近な環境である「堀」を、今後どのように保全または再生していくかが大きな課題である。

■堀は私たちの暮らしぶりを映す「鏡」 ― 人と堀との関わりの中から活路を探る ―

 課題を解決していくための前提条件としては、地域住民が現状を十分認識し、危機感を共有化することである。とくに堀の防災的機能については、この地で暮らしていくこと自体を脅かす問題であるが、多くの住民はそのことを認識していないのが実態である。堀の成り立ちなど歴史的な背景も含め、堀の役割や機能を十分理解してもらうための機会や場面をつくっていくことからはじめなければならない。まずは「知る」ことであろう。
 私たちが経済性や効率性を追い求める一方で、堀との濃密な関係は疎遠化していった。その結果が、今の堀の「姿」であるとすれば、堀は私たちの暮らし方、生き方を映す「鏡」ともいえる。つまり、私たちの暮らし方、生き方が問われているのである。この意味からも、私たちの足元を1つ1つ点検し、改善していくという積み重ねが大切であって、このことが、まさにローカルな視点でローカルに行動することに外ならない。
 以上のことを踏まえ、8つの視点から課題解決の可能性を探ってみた。

① 堀の多面的機能の復元
  堀は、本来様々な機能や役割があるものの、経済優先の便利な現代社会においては、防災的・環境保全的機能や生態的・空間的な役割は軽視されがちである。それに対し、農業用排水や生活排水といった、私たちが当面必要としている用途だけを一方的に求める傾向にある。これは、人と堀との関係をますます疎遠化させてしまう危険性をはらんでいるといえる。したがって、だれにとっても身近で共通の環境として、堀本来の様々な機能や役割を復元させていくとともに、壊れかけている人と堀との関係を再構築していくことが重要である。新しいニーズに応える機能を付加していくという視点も必要ではないだろうか。

② 人間サイズの仕組みの応用
  用排水が困難なこの低平地で生活を営むために、長年にわたる先人の試行錯誤の中で、水の高度利用と制御のための様々な仕組みが編み出された。堰や樋管・樋門といった水制御施設を町内至る所に設け、集落や個人間の相互調整や利用のルールをつくってきたのである。それらは、人がコントロールし得るサイズのハードとソフト、あるいは技術と労力の範囲内で、水系ごとに統制されており、多様な水利慣行となって定着している。これらの仕組みを新たな水環境の中に生かす方策を模索する必要がある。

③ ネットワークによる管理保全体制づくり
  土地改良事業で出現した大空間をだれが管理保全するのか、その体制については曖昧なままである。かつて維持管理作業の担い手だった集落をはじめ、農業水利を管理している水利組合、土地改良事業終了後の農地を管理する土地改良区、さらに町・県・国の各行政、それぞれが役割と責任を明らかにしなければならない。その上で、新たなまちづくりグループなども取り込みながら、多様な組織をネットワークするグランドワーク・トラストなどの新しいシステムを導入する必要がある。

④ 堀の浄化
  以前、地域住民が行っていた堀の維持管理作業としての「堀干し」や「泥土あげ」は生態学的観点から見て大変合理的なものといわれている。浚渫した泥土は肥料として田んぼに還元し物質循環を促す。さらに汚泥や雑草を取り除き、堀の底を陽に照らすことで、水生生物の新たな生息環境へと更新する。このようなプロセスによって堀の浄化を行ってきたのである。これらの役割を再評価し、現代社会に適応した形で復活させる必要がある。例えば、非農家や都市住民をサポーターに取り込んで、堀干しや泥土あげ、藻あげなどをイベント化(働くアウトドア、ワーキングホリデーなど)していってはどうだろうか。

⑤ ビオトープ(生物の生息空間)づくり
  ドイツでは学校教育などで取り入れられているビオトープづくり。堀はその構造や形態が多様であるため、水の流れや深さが変化に富み、生息する動植物にとっていい環境であるという。動植物の食物連鎖や土壌、植物の浄化能力を利用することは意味があり、ビオトープづくりは自然との共生を図る実験ともなる。もちろん、環境教育の生きた教材としても有用ではないだろうか。

⑥ 堀を活用した多様な経済基盤づくり
  清掃作業を徹底し堀のイメージアップを図りながら、堀の文化や歴史を踏まえて各堀に親しみのあるネーミングをつけたり、観光ひし園や釣り堀公園、カヌーターミナルなどのアミューズメント施設を整備したりして、堀に対する経済的価値を積極的に生み出していくことも重要ではないだろうか。また、価値の高い淡水魚の養殖や食材・観賞用としての水生植物の栽培など、生産の場としても実用性と多様性を高める必要がある。前述の環境教育の体験場としての堀ビオトープは、観光資源としても注目されるのではないか。

⑦ 歴史的文化的財産としての次世代への継承
  自然とうまく折り合いをつけながら、この地で暮らしていくための、先人の知恵と工夫、血と汗の結晶が「堀」である。これは大木町の個性であり、自慢できる生きた歴史的文化的財産といっても、決して過言ではないだろう。環境問題が叫ばれている昨今、先人が自然と共生してきた仕組みを、次の世代に伝達していくことは必要であろう。
  堀自体を「有形文化財」に、川祭りや堀干し、泥土あげなどの伝統行事を「無形文化財」に、それぞれ指定するなどして、住民の認識を高めながら、様々な角度から住民活動を支援していく方向が望ましいのではないだろうか。

⑧ 最新技術の浄化システムを導入したモデル堀の整備
  水質浄化に取り組む研究機関とタイアップして、自然エネルギーを活用した循環浄化システムを試験導入するとともに、パートナーシップ型による維持管理作業の担い手を組織化するなど、あらゆる施策をモデル的に取り組みたい。さらに、自然生態水族館として多様な動植物が生息できる空間を整備するほか、堀と親しんだり、水とふれあったりできる親水施設やイベントが開ける施設などもつくっていけたらいいだろう。

■人も自然界の一員であることを忘れてはならない 《まとめ》

 土地改良事業によって大きく変わった水環境の中で、早急に水の流れや水量、水質、生態系などを調査し、長期的かつ広域的な視点に立った管理保全の基本計画を策定する必要がある。そのポイントとしては、目指すべき方向性の明確化とあるべき姿のイメージ化、さらに、その実現に向けた手段とそれを実施していく担い手である。
 コンクリートによる護岸が一部の堀で施されているものの、大半の堀は側壁も底面も土のままである。生態系には大変いいものの、程よく人の管理が行き届かないと、堀の側壁は崩壊したり、泥土が堆積したりして、堀の機能を低下させてしまう。現在、町内至る所で側壁崩壊を起こしており、喫緊の課題といえる。今後社会全体が高齢化していくことから、維持管理の担い手が絶対的に不足するのは必至であり、それを前提とした護岸工法が求められる。自然と調和させた人工構造物の導入の在り方を、早急に確立させなければならない。それには、維持管理作業の省力化という単一的な目的のみでなく、水辺景観に配慮したり、遊歩道などのアメニティーやレクリエーション機能などを加味したりすることも重要な視点であろう。
 担い手の問題も重要である。住民・民間・行政それぞれが役割と責任の所在を明らかにすべきである。住民参加によるまちづくり条例等の制定は一つの方法となろう。既存の枠組みでカバーできないのであれば、先に示したようなグランドワークなどの新しいシステムの導入も積極的に検討しなければならない。
 合併浄化槽設置の義務化や環境税の創設など、法的手段による枠組みづくりを進める一方、環境ボランティアの育成や組織化など住民活動の充実強化も併せて図る必要があろう。さらに、官と民の中間領域として、堀の広域的なネットワークづくりをはじめ、堀に関する情報発信や浄化の研究、住民活動支援などを行うNPO「筑後堀活性化センター」の設置など、多角的に取り組みたい。
 突き詰めれば、遅々とした歩みであるが、堀と親しみ、水とふれあうことが、人と堀との新しい関係を構築していく近道なのかも知れない。ただ、忘れてはならないのが、人も自然界の一員であり、その循環の中で私たちが暮らしているということである。
 現在でも町内のいくつかの集落では、「川祭り」が行われる。川の神様に御神酒やご馳走を上げて水に感謝し、子供たちが水難に遭わないように祈る。これは人間が自然の全てを制御し尽くせるものでなく、最後の部分は神に預けて祈るという形で、自然を大切にしてきた先人の自然に対するスタンスだったのではなかろうか。
 身近な環境である「堀」を再生させるには、テクノロジーに頼るだけでは限界がある。私たちの暮らし方、生き方そのものをパラダイム・シフトしていくことなしに、「堀」再生はありえない。地球環境と同様、平坦な道のりでないことは間違いない。

<表1>


堀 の 機 能 ・ 役 割 の 現 状

■現在も機能しているもの
 ● 農業排水
 ● 生活排水
■現在機能が低下しているもの[原因]
 ● 農業用水[埋め立てや泥土堆積による堀容量の減少/汚染]
 ● 防火用水[埋め立てや泥土堆積による堀容量の減少/汚染]
 ● 水遊び・レクリエーション[堀の汚染]
 ● 内水貯留[埋め立てや泥土堆積による堀容量の減少]
 ● 遊水・洪水調整[埋め立てや泥土堆積による堀容量の減少/水路の狭小化・直線的整備]
 ● 地下水涵養・地盤沈下防止[埋め立てや泥土堆積による堀容量の減少/コンクリート化]
 ● 浄化作用[埋め立てや泥土堆積、水路の狭小化による流水の滞留/コンクリート化]
 ● 水生生物生息の場[堀の汚染/コンクリート化]
 ● 景観・空間的価値(ゆとり・安らぎ)[堀の汚染/コンクリート化/樹木竹林伐採/水路の直線的整備/ごみ捨て場]
 ● 生態系保持[堀の汚染・コンクリート化などの循環阻害]
■現在機能が消滅しているもの[原因]
 ● 肥料・客土[化学肥料の普及]
 ● 飲料水[上水道の普及]
 ● 生活用水(洗濯・風呂水)[上水道の普及/堀の汚染]
 ● 食糧収穫(淡水魚・ひし)[堀の汚染]
 ● 運搬・交通[道路交通]