虐待問題に関するケース検討結果中間報告

東京都本部/虐待プロジェクトチーム


はじめに

 自治労東京都本部は、「児童の虐待防止等に関する法律」の制定に関することや「東京都における児童虐待等の問題」に対応するべく、児童館・学童部会、保育部会、施設部会、福祉事務所部会、そして保健所部会の協力を得てプロジェクトチームを発足させ、基本的な対応方針の検討を行ってきた。
 児童の虐待防止等に関する法律の制定については、総選挙を意識した極めて政治的な色彩の強い中で十分な討議もなされず総選挙直前に成立するという事態となった。
 都本部としては、自治労への基本方針の検討に加わりながら、自治労方針の報告を受け、自治体としてあるいは各児童福祉施設として今後の対応策についてPJで検討を進めてきたが、都本部として地方自治体の基本対策を示す間もなく法が制定された。
 内容については、東京都の実情から検討を進めると、施行後の実効ある制度運営がなされるか、各機関が十分に対応できるか様々な危惧を抱かざるを得ない状況である。
 都本部PJの基本方針は、現場主義である。実際に虐待の発見に携わる職員が、虐待防止を含めてどのように対応していくべきか。また、これらの職員が実際に同様に対応すべきかなどや被害を受けた子どもをどのようにケアをしていくべきかなど、法制定では見えてこない問題・現状で考えられる課題などについて、実際の虐待に対するケースを中心に検討を行った。また、これらの現場職員をどのようにフォローアップする自治体のネットワークや機能を整備すべきかが検討課題として考えられている。
 今回検討したケースは、それぞれの現場から実際の虐待対応ケースとして代表的なものをあげ、PJメンバーによって検討されたものである。多くが様々な問題を有しているケースをあげてもらっており、東京都全体がこのような状況にあるということではなく、このようなことが起こっているということで、今後の対応について検討を進めた。
 都本部としての対応は、児童虐待防止法への基本的な対応ではなく、虐待防止法に基づく地域における相談・虐待防止(緊急保護)・家族ケア(ファミリーケア)など実際に機能しなくてはならない地域社会でのネットワークのあり方を中心とした上での各児童福祉施設の機能・児童相談所の役割のあり方などの検討が基本的な方針である。
 緊急課題は、当面虐待発見に関わる今後の関係機関(職員)としての対応(あり方)や関係機関とのネットワークの問題。さらに、虐待の保護にいたらない中での家族支援のあり方、相談機能の一元化問題など多くの課題について検討を始めたところである。その中間報告として、また今後の検討課題の提起として、このレポートを作成している。

<参加しているPJメンバー>

 自治労東京都本部社会福祉評議会 児童虐待対策PJチーム
  学童児童館部会 保育部会 福祉事務所部会 保健所部会 施設部会
  都本部事務局

<ケース事例研究で検討を進めた事例>

 ケース① 児童館における虐待の発見と対応
        通告等の対応が取れなかったケース
 ケース② 保育園における事例
        アルコール中毒による暴力からの保護
 ケース③ 保健所によるケース
        関係機関が協議したが対応できなかった事例
 ケース④ 児童福祉施設内におけるケース
        施設内における性的虐待(非行)と職員の対応
 このようなケースについて、それぞれの職場から参加し事例検討を行い、虐待防止法に関する基本的な対処方針を都本部として構築し提言するための作業を開始した。
 ケース検討の目的は、法改正前の状況を共通認識する中で、問題点・課題を提起し、これらの課題などが虐待防止法の制定でどのような対応になるのか、あるいは課題として残るのか。そして、法改正後もどのような問題が提起されなくてはならないかの検討をする基盤とした。

<ケース事例検討からの問題点等>

(1) 虐待の通報先の問題
  ケース事例で、児童館職員が通報先として地区児童委員を選択している。虐待の通報については、児童の虐待防止等に関する法律を待たずに、本来は児童相談所が第一通報先となっている。このことが児童館職員への周知や児童相談所との信頼関係などの欠如により十分に機能していない。
  地区主任児童委員が不適切という問題ではなく専門機関としての機能や役割が期待できる児童相談所の位置づけがなされていなかったことに問題が見える。

(2) 子どもの主張に沿った対応の必要性・虐待の背景への理解と対応
  虐待を受けた子どもは、虐待の事実の発覚をことの他恐れる。虐待を受けている事実が、他人に伝えられることでさらに虐待を受けることを知っており、虐待の事実を話すときに秘密保持に非常に過敏となる。つまり、虐待の事実が発覚することで受ける新たな虐待への不安を抱く子どもの気持ちをどこまで関係者が認識しているかが問題として指摘された。
  虐待を受けている子どもの心理的状況などを理解し、それまでの思い込みや印象などによって誤った対応を行わないようにする児童福祉施設職員としての対応のあり方について学習が必要である。
  虐待の問題では、高学年になるほど様々な複合的な問題を子どもは表出させてくる。特に虐待を受け心理的なダメージを受けた子どもは、何らかの逃避的な傾向を示し、それが非行問題ととられ処理されることが多い。
  その結果、虐待から受けた心理精神的なケアは顧みられず、子どもの問題行動として対処されることが多い。その結果、子どもだけでの対処に終わり、虐待者としての保護者の問題は対応されることがない。

(3) 児童福祉施設として15歳以降の児童への対応
  児童福祉法がその対象を18歳までの児童としている中で、児童館等の地域社会施設の対応が義務教育をもって終了していることが多い。児童館での高校生等15歳以上の子どもへの対応については、その実践例が少ない。今回の検討ケースでも、来館することに対しては拒まないとの姿勢をとっているものの、積極的な受け入れ体制をとっているとのことではなかった。
  虐待等心理的なダメージを受けている子どもは、学校・家族以外での相談相手として、これまでの継続した人間関係に求めてくることも多い。地域社会の中の身近な相談機関としての児童館の役割をそこに見出すことができる。
  また、中学を卒業して社会に出た子ども達(就職した)は、そもそも学校社会から受け入れられなかった経験を共有しており、既存の相談機関(警察・児童相談所・教育相談所等)を受け入れない傾向にある。その点児童館はそもそも地域社会の中に存在しており、これらの子どもたちとの関係も継続する中で受け入れやすい素地を持っている。
  15歳以降の青少年は、社会的にもその活動場所が非常に限られており、学校以外での活動がない中で地域社会を意識しその一員として過ごすことはあり得ない状況にある。地域におけるクラブスポーツや文化的な活動は限られており、青少年が集う場所は非常に少ない。そのような社会状況の中で、これらの子ども達に場所の提供や活動のコーディネートなど児童館の役割が見出せるのではなかろうか。
  そしてそのことが虐待対策等につながっていくことはあらためて述べるまでもない。

(4) 虐待等への子どもの権利保障への発信が不十分
  児童相談所や児童館など児童福祉施設では、子ども達に相談機能を有していることや援助をすることを子ども達に伝えること、すなわち権利の実践の事実や権利そのものの教育を機能として意識することも大切なことではないかと思う。
  権利教育というと、価値観教育と捉えがちであるが(心の東京革命と違い)虐待・いじめなどを受けたとき相談することや大人に助けてもらうことも権利であることを伝えること。子ども達に権利侵害を受けた時どのように対処したらよいか伝えていくことが大切であり、権利侵害を受けたときに社会が対処してくれるということを伝えることが、権利教育の根幹となることを認識していく必要がある。その結果、児童福祉という枠の中で果たすべき機能として、子どもの権利を尊重することを発信することができる。
  これは地域社会の中で、子どもの権利を尊重するという大人からの発信となり、権利教育で大きな効果を現すと考えられる。学校教育では担えない実践的な権利教育であり、児童館運営にも子ども達の権利意識が反映され自主自立的な子ども参加が行われるようになれば、児童福祉施設としての機能の強化が図られていくのではなかろうか。

(5) 虐待緊急保護の指標との問題<保護に関しての保護者の同意問題>
  今回のケース研究で共通しているのは、保護者の同意という壁の前で、虐待を受けている子どもの事実確認ができているにも関わらず対応できていないということである。
  例えば被虐待の兆候(身体の痣等の出現)から約一年以上が経過した中で、近隣住民の通報に基づいて保育園が児童相談所に通報し緊急一時保護がなされているようなこともあり、また、同様な通報があるにも関わらず経過観察措置となっているケースが報告されている。
  児童虐待防止法も施行されるが、保護者の同意の壁や調査における強制権や関係機関等の連携など多くの問題等は解決し得ていない。
  児童虐待防止法ができ、児童相談所の立ち入り調査権が家庭裁判所の許可で行えるようになったといっても、児童相談所として、どの時点で許可申請し、立ち入り調査をするかなど難しい問題がある。
  しかしながら、虐待を受けている子どもの保護に関して、「子どもの最善に利益」が優先されて法の執行が行われたか検証が必要である。保護者の意向や関係機関の対応が優先され、虐待を受けている子どもの被害が大きくなっている事実に今後の課題を見なければならない。

(6) 記録のあり方
  児童虐待防止法は、児童福祉施設職員に虐待の発見の義務を定めている。ケース事例研究において、虐待についての記録がそれぞれの機関で認識に差があり、必ずしも客観的なものとなっていない点が指摘された。例えば、身体的な痣の確認がいつどこで誰によってなされ、どのような部位にどのような痣があったかのような記録が必ずしも十分でなく、児童相談所等への通報や報告後の連絡調整等において、十分な情報提供ができたかどうかの問題が残った。
  怪我や痣が必ずしも虐待やいじめによるものかどうかの判断は難しく、どこまでを記録するかの問題があるにしても、利用者(児童)のそのような状況が発見された場合には、必ず記録をしていくという対処マニュアルは必要である。現象を記録することで、その後の原因究明が行われる際の助けになり、原因が判明した段階や対象児童の対処の時点で記録の抹消をすればすむ問題である。
  特に乳幼児期における虐待が多いという統計的傾向があるだけに、幼稚園や保育所におけるこれらの対応マニュアル(怪我、痣にとどまらず、児童の行動の記録)の整備が必要となり、虐待対応時における記録の重要性(立ち入り調査の許可要件や緊急一時保護の実施要件として)について認識していく必要がある。

(7) ファミリーケアの不在
  虐待を受けた児童の家庭が様々な問題を抱えていることは、共通の問題と認識された。
  児童虐待防止法では、緊急保護後の保護者に対して、児童相談所の指導に従うことが義務づけられている。しかし、児童相談所がファミリーケアのプログラムを持っているのかという問題がある。
  まして、アルコール中毒などの精神疾患的な問題を擁している場合の医療ケアとの連携などのケアプログラムについては、どこまで準備をされているのか。多くの場合、対応できないまま施設保護が継続されることになる。現在の児童相談所の機能や人員配置の中で、問題家族へのケアやそのプログラムを実施する体制については整備されていないといってよい。また、児童相談所と他の機関とのネットワークでこのような対応ができる体制も整備をされていない。

(8) コーディネートの不在による統一的なケア計画が立てられない
    精神疾患者への社会内ケアの不在で具体的な対応が図られない
  原因として考えられるのが、虐待等の指標(基準)が不明確なことによる。その為、保護にいたるところで保護者の同意が得られないと考えることで、児童相談所や警察などは、保護者の説得などにも消極的となり、対応が後手になることが多い。虐待防止法の施行によっても、25条の実施にためらいがあるように、虐待児童の緊急保護の指標が明示されない中では同じような対応にあるのではないか。
  また、医療ケアの問題では、精神的な疾患(疑われる)に対しての社会内対応が不在のため、医療と福祉の連携が十分に機能していないことがわかる。このことは、先にも述べたが、ファミリーケアプログラムそのものが不在であることや、ファミリーケアにどの機関が対応していくのか、そして、家族全体のケア計画のコーディネートをどの機関が対応していくのかが不明確のままに協議を重ねても結果は不毛となる。

(9) 虐待問題のコーディネートとして児童相談所の果たす役割
  虐待対応の中心となるべき児童相談所の役割が、関係する機関の職員などに明確に見えていない。その為、役割期待と役割に格差が生じ、緊急保護の必要性などにおいて、実施機関として警察が期待されるような状況が生じている。
  関係機関の対応について連絡調整し、家族や子どものケアについての指針やその後のプログラムの作成などコーディネート機能が児童相談所に求められる。地域のネットワークの要としての役割や啓蒙PRの主体としての役割なども含めて、子どもを中心とした対応の中心になる児童相談所機能のあり方は、児童相談所のあり方を含めて運営形態や人員配置などを含めて検討をする必要がある。
  また、虐待防止法では、緊急保護後の保護者のケアについては、児童相談所(児童福祉司)によって行われ、その指導に沿うことが保護者に義務づけられている。しかし、単にカウンセリングだけでケースに対応できるとは思えない。
  医療(医師・病院)・心理・ケースワーカー(福祉事務所)・関係機関(児童福祉施設)によるファミリーケアのプログラムをそれぞれの課題別に機能できるようにしていくこと、そのコーディネートは児童相談所の役割であると考えられる。

(10) 施設職員に求められる専門性
  情報の開放、民主的な討議、チームリーダーの存在など、児童福祉施設に求められる専門性について十分な検証が必要である。当然、基調となるべき「子どもの利益を優先する処遇」の考え方が、職員集団に求められることは言うまでもない。
  例えば、虐待についての基礎知識はもちろんのこと、心理や医療とのチームによる処遇に対応できる専門性など新たな課題が出現してくる。これまでの児童福祉施設の処遇が直接処遇職員にたよる運営となっており、科学的な処遇の検証等については十分な体制にないことなどが問題として指摘されている。

(11) 第三者機関等の対応が求められる
  虐待の問題について、権利保障の側面からの第三者機関の必要性については、各方面で語られている。しかし、施設職員などの立場からの発信は少ない。
  今後、虐待防止法の施行により虐待の発見の義務が課せられる中で、施設職員の側からもその必要性が生じてくる。例えば、虐待の通報について、名誉毀損等の反証があったり、あるいは通報したのに対応がなされない場合など、現在のシステムでは対応が非常に困難になる。
  自治体をまたがる第三者機関のあり方については、各自治体の対応では限界があり(自治体の独立性の問題などで)国や都段階での法や条例などによる権限の明確化などを図る必要がある。

(12) 地域ネットワークの確立
  虐待に関わる中で保護にいたらない虐待ケース(虐待の防止が求められるケース)が、実際にはそのほとんどを占める。
  児童相談所機能にそこまで求めることは、広域行政の児童相談所としては無理がある。また、保健所にしても同様であり、地域社会の中で身近な相談を行う機能(地域家庭支援センター等)の必要性や、地域と広域行政機関や教育機関・児童福祉機関とのネットワークが求められる。
  実際のあり方については、それぞれの自治体の相違や運営への対応などあり様々であるが、児童相談所がトータルコーディネートをする(上部機関・措置権限機関としてだけではなく)役割を担い地域に位置づけられる必要がある。
  第三者機関を含めて、そのネットワークのあり方について、公的機関だけでなくNPOなど民間機関とのネットワークを構築する必要がある。

(13) まとめ
  ケース検討した中で、様々な課題が浮き彫りになってきている。今後は、これらをもとに東京における虐待防止の基本指針の検討をし、提起をしていく。