介護保険制度の現状と課題

岩手県本部/遠野市職員労働組合


1. はじめに

 岩手県遠野市は、東北新幹線の新花巻駅からほぼ真東に伸びるJR釜石線の中間点、四方を山に囲まれ古くから内陸と沿岸の交易の要衝であった。現在の人口は昭和30年代のピーク時を1万人下回る2万8千強。65歳以上人口は7千5百で27%弱。農林業が基幹産業であるが、市民所得に占める割合は低く、企業誘致にも努力しているが現下の経済情勢で苦戦している。柳田国男著「遠野物語」で全国に知られている(?)ところだが、観光を基盤にするには至っていない。

2. これまでの取り組み

 遠野市は、全国に先駆けて老人保健福祉計画「遠野ハートフルプラン」の策定を行い、高齢化社会への取り組みを先進的に取り組んできたと評価をいただいていた。老人保健福祉計画は市民座談会を開催する中で策定を行い、広く住民からの意見を取り入れるということに努力をしてきた。58回にわたる各種市民座談会で意見聴取をし、作業委員会がそれをダイジェスト版にまとめ、行政内の検討委員会、広く有識者を加えた検討委員会で議論して策定した。その一方では、財政計画とも言うべき実施計画が伴わなかったため、進捗状況は計画通りとはいかず、介護保険事業計画を策定する場面で、計画の見直しを余儀なくされたが、十分には進んでいない。
 施策の面では、遠野方式とよばれた「保健・医療・福祉の連携システム」を取り入れていた。拠点施設としての「遠野健康福祉の里」には、市の保健と福祉に関係する部署、直営診療所、A型デイサービスセンター、訪問看護ステーション、リハビリ施設、在宅介護支援センターが集中しており、現在は隣接の総合福祉センターに移ったが、社会福祉協議会の事務局も入居していた。
 連携システムは、県職員(県立病院・保健所)、市職員(保健婦・栄養士・保健、福祉担当職員等)、民間(社協・民生委員・ボランティア)が情報交換を密にして成果を上げていた。これを、高齢者サービス調整チーム会議と呼び、市長の辞令で招集され、情報を共有化する中で在宅福祉サービスの総合調整と措置決定を行っており、これが遠野市の目指す゛垣根のない保健・福祉・医療の連携"の象徴とされていた。
 また、高齢者サービス調整チーム会議によって、各セクショナリズムを取り払い、「対象者のために」を合言葉に出前方式といわれる訪問原則主義でサービスを行い、訪問診療、訪問リハビリ、訪問栄養指導、訪問健康指導、訪問看護等が行われていた。

3. 介護保険スタートを目前にした動き

 介護保険事業計画を策定するにあたっては、市内の70行政区ごとに全住民を対象に「介護保険制度説明会」が開催された。あわせて、介護保険事業計画を含む「遠野ハートフルプラン2000」というダイジェスト版を全戸に配布した。これらによって、住民への制度の周知を図ろうとしたものの、それが十分であったとは言えない。
 市としては、介護保険制度開始前の対応として、支援事業者等に対する学習会を開催している。また制度内容においては、市独自の低所得者に対する利用者負担の軽減を設定し、介護保険へ移行する際の経過措置に対応するため、措置制度での利用者の把握と所得調査を実施した。
 市内の介護サービスの必要量は、主たるサービス主体であった社会福祉協議会において算定された。そこから推測される介護保険事業の運営は、経営的には極めて厳しい状況にあった。試算をした社協事務局の主張は、「現在の利用者がすべて介護保険のサービスを受けるとは限らないので、80%程度の利用者を想定し、そこからの介護報酬で見込みを立てなければならない」というものだった。その推計によると、4月に開所する1ヵ所も含めて運営を委託される5ヵ所のデイサービスセンターの収支の赤字が見込まれ、全体としても利益を上げるのは厳しいものであった。
 これらの厳しい経営見通しであることから、社会福祉協議会(行(二)表準用)は99人勧の一時金削減を見送ったものの、1月に入ってから一時金の0.5月削減(当時年3.5月支給)を提案してきた。あまりに大幅な賃金削減であり、遠野社協労は全面的に反対して交渉に入ったが、地労委のあっせんを経て0.3月の削減で年に3.2月以内の支給として決着した。
 社協労の組合員には、介護保険以前から地域の高齢者福祉の業務に従事し、一定程度の水準でこれを達成してきた自負があり、賃金の面でも改善を図ることを約束させていながら、介護保険制度のもとでの経営見通しのみで賃金が改悪されることに、強い不満が残った。これも、人件費補助方式から契約に基づく介護報酬による保険制度に移行し、より経営的側面を強く求められる中での出来事であり、社協事務局の考えも理解は出来る。しかし、公的介護サービスの充実を目的に取り組んできた介護保険制度において、働くものの賃金労働条件の後退は矛盾を感じる。これによって不安定雇用が民間事業者を含め拡大するのであれば、サービスそのものが後退しかねない。サービスを提供する事業者の質を維持することも自治体に求められる責任ではないのか。
 市内の介護保険事業者には、市と市の直営特別養護老人ホーム(50床)、社協による訪問介護、訪問入浴、訪問看護、デイサービスがあり、99年11月に市外の医師が経営する医療法人が老人保健施設(80床)を開設した。このほかに、コムスンが事務所のみは設けたが実働は無く撤退。JAによる介護サービスも具体化はしていない。

4. 介護保険のもとのサービスの現状

 4月の制度施行後の事業の状況は、幸い見込みよりはいくらか上向きにサービス提供、利用がなされている。しかし、社協労としては赤字運営が見込まれるデイサービスセンターを新たに市から受託するなど、賃金への影響も出ていることもあって、その運営方針に疑問をもっている。また、3月ぎりぎりまで報酬単価の見直しなどがあって、ケアプランの作成には大きな遅れが出ている。このため、残業は恒常的になり、風呂敷残業も含めて多大な労働加重をまねき、その傾向はなかなか改善されていない。現場は少なからず人員不足を感じている。
 3ヵ月を経過した中で見えてきたいくつかの課題がある。施行前に説明会等は実施したものの、措置制度から契約制度への転換が、利用者に(一部事業者にも)理解されていない面は否めない。また、介護支援専門員は実態として不足しており、従前サービスのみで構成された暫定ケアプランが大半の状況にある。従来の利用者も含め、介護認定で要支援以上と判定された利用者と自立と判定された利用者に分かれることによって、それぞれに提供するサービスの区分・料金体系の整理が不十分なまま実施されている。自立判定のお年寄りを対象とした生き甲斐事業は、介護保険事業が優先の現場では実施しにくさがある。人員や予算の制約は現実にある。
 サービスの現場においては、サービスにあたる労働者のかなりの部分に正職員以外の労働者が入っており、介護に携わる意識の面で問題を感じている。遠野市社会福祉協議会では、正職員のほかに準職員という職名で多くの人が介護サービスに従事している。勤務時間、職務内容は正職員と同様だが、賃金、年休、福利厚生の面で大きな開きがある。その他にパート職員もいるが、二種類の職員が現場では同じ業務にあたることで、割り切れなさが残る。社協労は準職員にも組合加入を勧め、正職員化を要求して取り組んでいる。誇りをもって介護の仕事に従事するためにも、労働条件の一律の向上を図らなければならない。

5. 今後の課題

 今後早急に改善しなければならない課題は、まず介護支援専門員の拡充である。現状では市職員に2名、社協職員に8名、老健施設に2名の専門員がいるが、全員が他の業務と兼ねている実態で、要支援以上の認定を受けた対象者が833人いるのに対して、ケアプランは513件しか作成されていない。3月に入ってからの厚生省の迷走もあって、ケアプラン作成が間に合っていないのは明らかである。専任化が望まれるし、厚生省基準の一人50件としても、およそ900人の対象者には18人の専門員が必要なことになる。
 介護保険に関わるシステムは、かなりの部分がコンピューターによるペーパーレス化が図られている。ITの時代の中で当然の傾向とも言えるが、現場においてそれに十分対応できる熟練者が不足していることも否めない。中央で作成した画一的な様式にそって作業をせざるを得ないために、勢いそれに振り回される場面もある。システム化の傾向を否定するものでなく、それを十分に使いこなすためには、従事する人員の確保と習熟に要する時間的余裕が必要である。
 自治体においては、根本にある老人保健福祉計画が策定されてから時間が経過し、現状において十分に対応できなくなってきている。そこに掲げられている数字や、前提になっている老人福祉(措置制度)の考え方を根本的に改め、市民の十分な理解が得られる内容にしながら、市としてどういう方向に向かおうとするのかを示すべきである。そこに十分な力を注いだ上で、介護保険制度やその他の高齢者施策を再構築する必要を感じる。

(資料1)

社会福祉協議会の現場からの報告

● 一部負担が導入されたことで、訪問入浴の一部負担は100円から1,250円になった。当然利用回数が減って、徐々に理解はされてきているが、デイサービスに利用を替えた人もいる。このことは見越されていたことで、4月からは入浴車が4台から3台になっている。
● 一部負担には3%の特例が適用されており、適用者はデイサービスの一月の利用料が700円。悪いことではないのだが、一割負担の人との差があり過ぎて、気が引けるという利用者がいる。利用者間の不公平感は現に存在する。
● デイサービスでリハビリ指導員の辞令が出たが、具体的にリハビリを実施する準備が出来ていない。負担金はまだ徴収していないが、専門的なリハビリを期待している利用者もおり不満も出ている。看板だけでいいのか。
● ケアマネの業務は、事務処理、相談業務などの兼ねる業務も多く、十分に取り組めていない実態。他のセクションへも影響が出るし、目が行き届かない。
● ケアプランの作成で、要介護度が低くサービス内容を削らざるを得なくて、本人や家族の納得が得られない。要介護度について市に申し立てて、再認定の結果介護度が上がったケースもあるが、納得されないケースは少なくない。ケアマネはその説得にも十分対応できないでいる。
● スタッフの不足というよりも、能力にそって配置がなされていない。現場経年の豊かな所長はパソコンに掛り切りになり、経験は浅いがパソコンに明るい若手が現場で苦労している。適材適所ではない。
● 老健施設の存在は助かっている。決してライバル関係にはない。
● 介護保険のもとで、お年寄りの生きがい対策事業はやりずらくなっている。介護保険以前には恒例だったレクレーションや個人への精神的援助は対象となっていない。にもかかわらず、同じ施設で介護事業と生き甲斐事業が混在していてはスタッフが間に合わない。生き甲斐事業が定数を越えると、自治体の経費負担がペナルティーとして支払われない。介護保険内でない事業は、閉所をして独自に参加者に負担をさせる利用者感謝デー、といった形式なら構わないと言われた。矛盾を感じる。
● 3%特例がなくなった場合、10月からの保険料徴収、さらに1年後の全額徴収の時期で、サービスの受け手がどのような印象を持つのか、サービスの需要があるのか先が見えない不安がある。

 

(資料2)

遠野市における介護保険事業の実態

1) 6月末時点での要介護認定を受けた人の数、認定結果について

要介護認定(調査)実施数 912人 対65歳以上人口比 12.15%
要介護度1 要介護度2 要介護度3 要介護度4 要介護度5 要支援 自 立
181人 140人 104人 135人 143人 130人 75人

2) 認定審査会の実施状況について
  4月までの認定審査会の開催回数:     22回
  4月から6月の認定審査会の開催回数:  12回
  1回の認定審査会あたりの審査件数:   26.8件   (平均)
  1回の認定審査会の開催時間:         2時間   (平均)
3) ケアマネージャーとしてケアプラン作成にあたっている職員数及び保健婦、生活指導員などがケアマネを兼務している実態

  自治体職員 社協等職員 民間法人職員
ケアマネ人数 2人 8人 2人
うち兼務人数 2人 8人 2人

   4月までに作成されたケアプランの件数 :410件
   4月から6月に作成したケアプランの件数:103件
4) 訪問調査にあたっている職員
  訪問調査にあたっている職員の職種と調査内容
   訪問調査員: 16人 うち自治体職員  6人
                    (職種は保健婦、看護婦、社会福祉士)
                    その他職員   10人 (更新ケースのみ)
                    (社協職員の看護婦、ヘルパー)
  調査員一人の一月あたりの訪問調査件数:10件 (平均)
  調査員一人の一月あたりの実働調査日数: 3日 (平均)
  申請の受理から調査までに要する日数 :   10日 (平均)
5) 自治体内で介護保険の事務に携わっている職員数 (専任か兼務か)
  認定審査などの事務 :     3人 (専任2人、兼任1人
  保険料の賦課・収納事務:1人 (専任 人、兼任1人
  資格管理・給付関係事務:1人 (専任1人、兼任 人
6) 介護サービスに従事する職員数 (6月末の正規、非常勤、臨時の合計)

  訪問介護 訪問入浴 訪問看護 訪問・通所リハビリ デイサービス 特 養 老 健 その他
自 治 体 35人
社 協 等 23人 9人 5人 48人
民間法人 3人 59人
合 計 23人 9人 5人 3人 48人 35人 59人

 ※ 施設においては直接処遇及び調理の職員のみで、経理事務職員は除く
7) 介護サービスを利用している人数(6月末時点)

  訪問介護 訪問入浴 訪問看護 訪問・通所リハビリ デイサービス 特 養 老 健 その他
自 治 体 51人
社 協 等 120人 56人 85人 334人
民間法人 11人 *30人 81人 * 4人
合 計 120人 56人 85人 11人 334人 81人 81人 4人

 *民間の特養、その他には市外で入所しているものも含む
8) 市内の介護サービス認定事業者の状況(認定を受けた事業に○を記入)

  訪問介護 訪問入浴 訪問看護 訪問・通所リハビリ デイサービス 特 養 老 健 その他
自 治 体              
社 協 等   ○5ヵ所      
民間法人