第10回ご近所フォーラム「精神病院の人権擁護を考える」

東京都本部/東京都区職員労働組合病院支部・松沢病院分会


 松沢病院では、労働組合の専門部:精神医療対策委員会が中心になり、1989年から地域に開かれた風通しのよい精神病院をめざして、ご近所フォーラムを開いている。1999年5月20日には第10回をむかえた。
 障害者の人権侵害について、弁護活動をしておられる弁護士の児玉勇二さんをお呼びし、松沢病院の利用者と地域の人々をまじえ障害者の人権侵害を起こさないようにするために「なぜ障害者の人権侵害がおきるのか」について話し合った。

弁護活動の実例から
1. 東京青梅市就学前心身障害児通所施設での体罰裁判~保母が自閉症児4、5歳がさわいで声をあげるのを、顔と足を手でたたいた、鼻血がでてシャツが血で染まった
  保母は「障害児はこうしないとわからない、これは指導だ、厳しくしなければいけない」と主張。事故報告書が役立って、一審判決で勝訴3万円の賠償金。 
2. 養護学校高等部で17歳の子に対して、教師による右目、性器に対しての体罰虐待事件
  一審は、障害児の供述を認め勝訴30万。しかし二審では、体罰を受けたときすぐに言わず、職員室に行った時にも先生になぜ言わなかったのかが問われた。
  当事者の証言は、しどろもどろで断片的である、親が誘導しているのではないかなど障害児の供述を認めず、上告を棄却されて敗訴している。
  この時、障害者の権利を援助する必要性が痛感され、名古屋に人権ネットワーク、市民オンブズマンができた。
3. 大分県の盲学校小学部で宿題をやっていないとして、左目付近を殴られ眼内出血を起こし、左目を摘出
  現在一審裁判中で、逸失利益なしとされている。最初から見えなかったのだから利益の損失はないとのことである。
4. 「体で覚えさせる」と浮き輪をつけて強制的に背の立たない水に入れれば、おそれるあまり泳ぐようになる、これは訓練だとして、溺れさせて死なせてしまった事件
  一審判決では、働いて稼ぐ能力がないのだからと健常者の40分の1の補償であった。
  二審では「障害児にも発達の可能性がある、生命の価値を認めるべき」としてようやく健常者の最低賃金まで認めた。

1. 障害者に対する差別構造がこれらの裁判事件、事例を通して見えてきた

 その特徴として、賠償金額の低さ、人権意識の低さが際立つ。
 施設の『密室性』ゆえに立証が難しい。健常人のように、主張できる人の権利は保証されるが、障害者はきちんと主張できないからと裁判所がその証言能力を認めない。これでは実質的に裁判を受ける権利が保証されていないのと等しい。
 一方、親のほうでも大変な子を預かってもらっている、お世話になっているからとものを言えない状況がある。

2. 人権侵害のおきる背景・原因として

 「いい職員で熱心さからでたこと」だと職員がかばいあう“体質”がある。事件を起こした職員の管理者の責任まで問われると困るので隠そうとする場合もある。
 さらに職員の多忙など、医療福祉の職場条件が不整備の為、教育福祉効果に対しての焦りがある。職員が自分の体面を重んじるために暴力を使ってでも、指示に従わせ体で覚えさせようとする。
 社会に迷惑をかけないように、言うことを聞くようにと適応させた障害児に、上からの自立指導を行うといった軍隊式訓練主義やオペラント型行動療法がとられている場合が多い。
 障害児からは差別を批判されないので、問題職員は、ますますエスカレートしていき、傲慢になっていく。福祉の美名のもとに「こんなに熱心にやっているのだから、このくらいだったら我慢しなさい」という風潮がある。そして障害者のこころの声を聞く耳をもたなくなる。
 そのような実態を放置している行政にも大いに責任がある。

3. 情報公開と権利擁護者が必要

 まず、現場の職員と当事者の関係が支配と服従の関係にある現実を認めることから改革が始まる。
 父母と職員が共同して、事例検討などを行い障害児を人権の主体とみていく必要があり、多くの施設で今もなお行われているであろう虐待から障害児を解放しなければならない。
 そのためのオンブズパーソンは、徹底して障害者の立場に立たないと権利擁護は成立しない。施設側の諮問機関だからと公平にすると問題があいまいになる。障害者が虐待とたたかうためには、情報公開と“権利擁護者”がぜひとも必要である。
 さらに、職員はパターナリズムから脱却し、インフォームドコンセントを進めなければならない。当事者のことを決めるには当事者の参加をはかる、例えば、リハビリテーションの行事の企画や決定にも当事者が参加して決めるようにしてはどうか。
 以上は、1999年5月20日に行われたフォーラムでの児玉弁護士の講演要旨である。

4. ようやく始まったカルテ開示

 この1年の間に、松沢病院で「カルテ開示」請求が数件あった。1999年5月のフォーラムから数ヵ月のちである。児玉弁護士が、「情報公開がされていれば、何例かについては、権利擁護ができたのに」と力説しておられたことを思い、時代が確実に動き出していることを感じた。
 請求の訴えの傾向は、看護婦に「こんなことされた」、看護士から「このような扱いを受けた」「それは治療上必要な行為であったのか、医師の指示があったのか」など、カルテ開示を通じて、医師というより看護士、看護婦の行為を問う傾向が強い。
 1999年9月に「都立病院診療情報開示検討委員会」でカルテ開示の指針が策定され、これを受けて、99年10月4日、患者から申請があれば、カルテなど診療記録を原則開示することを決めた。同11月から都が情報開示に踏み切ってから出てきた状況である。
 医療界全体としては、日本医師会が「医師の自由に任せる」として開示法に難色を示している中で、東京都が、自治体のトップを切って開始したものである。
 サービスを受ける権利、知る、選ぶ、自己決定する、異議を申し立てる権利など言葉ではわかっていてもをそれを実現するための「手法」を持たなかった患者にとってカルテ開示が果たす役割は大きい。

5. 専門職として業務の点検を

 「カルテ」はきちんと読める字で、必要な事項が過不足なくかかれているのか。患者への説明と納得を得られた医療行為であることを証明するものになっているのか。チーム医療をになう多職種のなかの一員として反省する点が多々ある。
 見られて恥ずかしくない「カルテ」、問われてきちんと答えられる仕事:医療をしているのか。日常業務のなかでそれを実現するために“専門職”として真剣に取り組まなければならない。
 人間のすることで、完璧にミスを起こさない保証はない。にもかかわらず命を預かる医療行為では特に、ミスが致命的にならない様にする工夫を二重三重にとる必要がある。
 たとえば、血液型検査のダブルチェック、2名でのコンピユーターへの入力や、誤った入力がされた場合に入力を受け付けないようにするソフトを最初から作っておく。それでも機械を過信せず、輸血の際にはもう一度血液型を確かめる。現場でそのような対応が、人手がかかるなどの理由から実現していないということはないだろうか。

6. 組合運動の課題として

 患者も満足し、職員も誇りを持って仕事ができる職場の実現をめざしたい。
 人員をはじめ、コンピューターを含むシステム構築、医療機器の購入についても精神科であるが故に予算上も差別されている現状がある。
 ユーザーの人権を尊重する精神医療への改革と労働条件の改善をめざす運動を組合運動の両輪として認識し再構築する必要性を痛感する。