金沢市民芸術村について
― 市民による自主運営 ― 

石川県本部/金沢市役所職員組合

 

1. はじめに

 金沢には洗練された伝統文化がある。その伝統の上に少し違ったものを加えられれば、相互に刺激を与え合い、金沢の文化も、より深みと広がりを増すのではないか。
 金沢市民芸術村(以下芸術村)は、演劇、音楽、美術などの新たな分野での創作活動を育成する場として広く市民の利用に供し、市民の芸術文化の振興に寄与することを目的として設立された。

2. 設立の背景

 芸術村は、平成5年に金沢市が取得した旧大和紡績金沢工場跡地(約9.7ha)に、大正末期から昭和初期にかけて建てられた7棟のレンガ造りの倉庫群を金沢市が再整備して平成8年10月にオープンした。
 地元、金沢工業大学の水野一郎氏の設計により、地域の記憶を残しながら、一つひとつの建物が、利用者の創造意欲をかき立てるような空間につくりかえられた。

3. 施設の概要

 現在、芸術村の建物となっている倉庫は、大正末期から昭和初期にかけて建てられたものであり、当時は、紡績の原料となる綿花や製品などが保管されていた。建物の構造は、原料や綿製品の荷重を計算して、1階から3階までの通し柱や長い梁がふんだんに使われ、倉庫建設のために、アメリカやカナダから松材などを取り寄せたという。
 80年の時を経てもなお、芸術村を訪れる人の目をひきつける均整の取れた力強い木組みは、当時、建築美を意図したものではなかった。独特の木組も、強大な柱も、レンガ造りも、倉庫という機能を発揮するための形に過ぎなかったわけである。
 こうした紡績工場の跡地を利用した建物は、レンガの外壁と木軸架構の美しい骨組みを生かし、諸設備や機能を巧みに整合させている。

[設 置 者] 金沢市
[所 在 地] 石川県金沢市大和町1-1
[管理運営] 財団法人金沢市文化創造財団(理事長 金沢市助役)
[建築概要] 敷地面積: 97,289㎡
建築面積:3,261.30㎡

延べ床面積:4,322.38㎡
[建 設 費] 約17億円(用地買収費別)

 

 芸術村は「マルチ」、「ドラマ」、「ミュージック」、「アート」の4つの工房と多目的に利用できる「オープンスペース」、「里山の家」で構成されており、芸術・文化を創造するための練習、展示、研修、発表、交流と広い分野で利用されている。
 「マルチ工房」は、演劇、舞踏、音楽、美術など多様な創作活動のために自分を、仲間を、集団を磨く場として利用されている。イメージの世界を自分の体の動きで表現し、練習できる工房である。
 「ドラマ工房」は、高い天井、2階のある空間は演劇人に創造の意欲をかりたてる魅力的な場となっており、また、各種舞台芸術の創成、地域演劇の拠点として位置づけられている。
 「オープンスペース」は、前面に水上ステージを配した開放的な空間であり、この空間は自由空間であることから、利用者がそれぞれの発想で色をつけていくことのできる可能性のある空間となっている。また、一般市民の憩いの場としても利用されている。
 「ミュージック工房」は、ステージのある中央スタジオと、それをとりまく5つの練習スタジオがあり、中には、和太鼓やドラムセット、ピアノが常備されている。ミニライブや音楽の練習の場となっている。
 「アート工房」は、階段状の展示スペースを有しており、ジャンルや年齢にこだわらず、アートに関心のある人であれば誰でも利用可能な空間となっている。
 「里山の家」は、市郊外の古い農家を移築してきたものであり、囲炉裏付きの板の間や和室では、他の工房と同様、交流や創作活動の場として利用されている。
 このほか敷地内には、芸術村の雰囲気にあわせて赤レンガの外観および内装もシックにまとめたカフェレストラン「れんが亭」もあり、夜11時まで営業している。芸術村の来村者はもちろん、食事目的で来る一般客も多い。

4. 金沢市民芸術村の運営形態

 “24時間365日使用可能、低料金に加えて市民による自主運営”
 芸術村の運営にあたっては、市長による「ナンバーワンの施設」ではなく「オンリーワンの施設」であってほしいという意向を受け、『利用者である市民が主役』という考え方をとることとし、創り手としての市民づくりを目指すことにした。
 -方、利用者の願いは、「創作活動の自由の保障」と「経済的負担の軽減」であった。
 この2つの願いを最大限に受け入れ、信頼することで『利用者である市民が主役』という基本原則を具現化することができるということ、そして、それによる「自由を保障すること」は、それに伴って生じる「責任を果たす」という民主主義の基本を体得する事ができるのではないかと考え、運営を市民に任せることとした。
 つまり、芸術村は、ものづくりの場だけでなく「自由」と「責任」をわきまえられる市民を育てる場としたいと考えたわけである。

5. 金沢市民芸術村の特徴

(1) 『いつでも、誰でも、自由に』というキャッチフレーズ
 “芝居や音楽をする人は、いっでも、自由に練習したい”というのが願いである。
 行政側からの条件は「火気の管理」と「現状復帰の原則」の2点だけであり、使用上の規則はできるだけゆるやかにし、細部にわたる規則は、利用者が自分達の手で作成した。これは利用者にとって自分たちの施設という意識を持つとともに、責任を自覚することにもなった。
 また、プロの利用も考えられるが、その場合は、リハーサルの公開とワークショップを開くことを条件としている。これは、プロのノウハウを身につけ、更なる芸術の振興をはかるためである。

(2) 全国で初の『24時間年中無休の芸術文化創造空間』
 “芸術を生み出すため、24時間365日利用可能にした”施設。
 職員がいない夜間(職員の勤務時間は、午前8時30分から午後10時まで)の利用者は、使用許可書を事務所に常駐する警備員に提示し、鍵を開けるという仕組みである。つまり、施設の管理を利用者に任せたのである。
 このような芸術村の運営に対し、多くの利用件数にもかかわらず、器物破損、備品盗難などの被害の発生はない。

(3) 利用者の負担軽減をはかった『低料金の設定』
 “ここをたくさんの方に使ってもらうことが金沢市にとって無形の財産”である。
 使用料金は各工房とも6時間1,000円(音楽スタジオは2時間300円)と極めて低料金である。この料金では、芸術村の維持費には足りないが、「将来の金沢市への投資」という考え方である。
 利用時間は、1日を「深夜・午前・午後・夜間」と6時間ごとの4区分とし、利用者の経済的・時間的負担を考慮した単位に設定されている。
 また、マイクやピアノ・照明などの器材や備品の使用料や冷暖房料金などは一切無料。つまり1日借りても4,000円である。

(4) 『民間人ディレクターによる自主運営方式』の採用
 “選出されたディレクターたちが運営にかかわるディレクター制度”を導入。
 市民による運営を円滑にするため、各分野の利用者の中からディレクター(各工房2名)を委嘱した。ディレクターは、各工房の利用規則の作成や運営、申し込みの調整などを任されている。また、利用に関する権限も有している。
 ディレクターは職員ではなく、芸術村に常駐していない。行政側はスペースを提供し、運営は市民が行う。
 このようなシステムで中心となるのは、各工房のディレクターであり、ディレクターの力量が自主運営を進めるにあたり大きなウェイトをしめている。
  ディレクターの仕事は、
   ● 利用者と施設管理者である芸術村事務局との間の各種調整
   ● 芸術村を機能させるための企画、制作、運営  ● 予算の要求、執行  ● 利用者からの課題協議
  など多岐にわたる。
 なお、ディレクターは、ボランティアでかかわっていて、それぞれが金沢の新しい芸術創成のため、極めて熱い思いをもった市民であり、開村以来このシステムは順調に機能している。
  ディレクターの選考視点は、
   ● バランス感覚  ● 指 導 力  ● 企 画 力  ● 情報収集力  ● ボランティア精神
  の5点である。
 いかに優れた人間であっても長期間同じポストにとどまることにより発生する弊害を防ぐため、4~5年で交代させる方式をとっている。これは同時に1人でも多くの市民にディレクターを体験させることにより、金沢市の芸術・文化を創造する人材を育成することも意図している。
【芸術村の運営に関することは、ディレクター会義で協議する】
 ディレクターの調整等にあたる総合ディレクターを加えた定例ディレクター会議が、この施設の運営管理における決定機関である。さらに事業展開の視点や活動が偏らないよう中央の専門家にアドバイザーを委嘱して、外部の客観的な目を保つことにした。
【育てることを意図して、各工房でディレクターの立案した自主事業(アクションプラン)を年間延べ200本以上展開している】
 従来の公共文化施設では、「鑑賞型」の自主事業が大半を占めているが、芸術村では、戯曲塾やドラマアカデミー、アンサンブルクリニックやワークショップ、各種講座など、市民が自分の興味によって参加できる「参加型」が多い。また、市民からの新しい企画は、各工房のディレクターなどから構成されるアクションプラン実行委員会にて検討されることとなっており、市民に開かれた方式がとられている。
 現在、全国にある公共の文化施設はいずれも素晴らしい。しかし、肝心な点は、その施設をどのように運営していくか、どれだけ多くの人に活用されるかであろう。

6. 利用状況

 “オープンして4年足らずで利用者数が60万人をこえる”
 平成8年10月4日オープン以来、利用者数が609,899人(平成12年3月31日現在)となり、金沢市の人口の約46万人をはるかに上回った。
 平成11年度中の工房別利用者数を見ると、一番多かったのは、5つの練習スタジオを持つミュージック工房で36,093人となっている。次いでアート工房の33,019人、ドラマ工房の32,186人となっている。
 ミュージック工房では、「夕方から夜にかけて」の時間帯の利用者数が最も多く、予約でいっぱいである。また、出勤前にピアノの練習に来るサラリーマン、仕事を終えてから朝まで練習する若者たちなど、さまざまな市民が利用している。
 5つの練習スタジオの中で、利用者数および使用団体数とも最も多かったBスタジオ(ロック専用)では、年間6,073時間使用されており1日の平均使用時間の70.7%(16時間58分)は、24時間オープンということを考えると驚異的な数字である。

7. 成果

 “市民や若者たちが集まり、汗を流し、自由な創作意欲をかきたて、既存の文化にも刺激を与えながら新しい文化を創造している。”
 ① 金沢市にとって新しいにぎわいの場が誕生したことにより、芸術文化に対しての市民の支持・理解が高まりをみせ、利用する若者を中心にした利用者の自律心、公共心など成熟した社会性や公共性が醸成されてきた。
 ② 各工房のディレクターを支えるボランティアスタッフが主体的に組織されてきた。
 ③ 芸術村が先例となり、本市の新設施設設置にあたり市民が主役の考え方(ディレクター制度)を取り入れる動きが出てきた。
 ④ 金沢市に24時間利用可能な公的施設ができた。
 ⑤ 運営面などが画期的な施設であるため、他の県市においても、類似施設の設置に積極的な動きが見られるようになった。
 ⑥ 「第3回いしかわ景観大賞」や「金沢都市美文化賞」、「中部建築賞」のほか、平成9年度通商産業省選定の「グッド・デザイン大賞」を受賞している。
 これは、地方都市の文化度を背景にして、景観の美しさと、芸術・文化を育成する行政の見識、および民間ディレクターによる自主運営方式が市民に開かれ、成長していく仕組みが高く評価されたと考えている。また、デザインの社会性に評価の眼が向けられたという画期的受賞といえよう。

8. 課題

(1) ボランティアとして委嘱したディレクターの負担軽減の方策
 利用者の決定や各工房自主事業の企画運営活動をしていただいているディレクターの負担が、利用者の増加により、4~5年ごとで交代させる方式をとっている。
(2) スタジオ増設の要望が出されている
 ミュージック工房のBスタジオ(ロック専用)では、深夜の利用も多く、なかなか使えないとの声がある。需要に供給が追いつかないのが現状である。

9. 糸を紡ぐ場から市民の夢を紡ぐ場へ

 このような形で運営が可能になったのは、市長及び市民の代表である議会の理解と創作意欲旺盛な多数の市民の存在、そして優秀なディレクターのおかげである。各工房のディレクターを支えるボランティアグループが結成され、年間200を超える企画の支援を見事にサポートしている。平成9年度から「育てる」というコンセプトで、地元のアーティストを育てると同時に、市民に新しい芸術に対する理解・関心を育てるための多彩なプログラムが進行中である。
 その結果、芸術村が地方発信型の文化施設として成長し、芸術村から全国に通用するアーティストが生まれる事を願っている。また、利用者の創造性、独自性に大いに期待しているところである。
 かつては糸を紡いで製品をつくっていた紡績工場が、新しい目標をめざして市民の夢を紡ぐ場に生まれ変わろうとしている。