自己決定と人権擁護の視点からの政策の試み

千葉県本部/自治研集会実行委員会


1. はじめに

 一昨年、自治労千葉地方自治研究集会「福祉と人権」分科会(以下「分科会」)は「自己決定権とニーズ」について保健・福祉・医療の各サービス担当者(以下「サービス担当者」)が集まり、それぞれの視点で自己決定権とは何かということでアプローチと問題提起を行った。具体的には各担当者が自分が抱えている問題を提起し、自己決定権をどう扱ったら良いか検討したのである。だが自己決定権についてそれぞれの担当者が見識を深めても、それが実際に役に立たなければ、絵に描いた餅に過ぎない。つまり具体的に政策に活かされなければ意味がないのである。そこで現場からの問題提起を「政策化」していくこと、それに市民と向かい合い市民ニーズを政策化すること一市民自治を推進するため、あらたにテーマに「市民自治」を追加した。自治労千葉「福祉と人権・市民自治」分科会実行委員会(以下「分科会実行委員会」)を結成し、実際に自己決定権を政策に活かすための政策評価づくりについて研究し、実践することになったのである。
 これまで疎かにされてきた分野に目を向け、保健・福祉・医療に関連した公共サービスを担当する職員自らが政策評価をつくりだすことにより、自治体政策の策定に参加する方法を提案することを意図したものである。

2. 検証方法

 現在、地方自治体において政策が実現されるまでには、①議会による提案、②首長による決定などがいくつか考えられる。しかしどのような形態で政策が実現されるにしても、その公共性やニーズ把握に対する住民の理解は必要不可欠である。逆に住民の理解が得られない政策は、どんなにすばらしい政策であっても実現不可能である。
 近年、不況による経済の悪化が著しい。特に地方財政の危機は深刻なもである。既存の政策であってもその存続が危うまれているのに、あらたに財源を必要とする政策を理解してもらうことなど不可能に近い。そこで住民に政策の重要性を理解をしてもらえるために政策評価というアイテムを使うこととなったものである。政策評価システムを採用した事例としては北海道の時のアセスメントや三重県の事務事業評価システムなどが有名であり、多くの自治体で採用されている。その目的は財政抑制だけに限らず、自治体の政策の見直しにも重点が置かれている。
 実行委員会は、子供から高齢者までそれぞれの具体的領域を「自己決定と権利擁護」として政策評価指標をつくりだす試みを行った。従来、保健福祉サービスとしてともすれば、行政裁量によるニーズ把握が行われた領域を社会サービスとして市民主体に捉え直す試みを行ったのである。

3. 個別検証

(1) 千葉県地方自治研究集会を迎えるまで
  総務庁の政策評価の手法等に関する研究会によると政策評価は大きく分けて①業績評価(目的達成度評価)型、②プロジェクト評価(事務事業評価)型、③プログラム評価(施策評価)型の3種類に分類される。(具体的な政策評価の類型並びに特徴については別紙参照)それぞれの類型がメリット・デメリットを持っており、一概に優劣を付けがたい。
  そこで千葉県地方自治研究集会では、とくに政策評価の類型を特定せず、「政策評価と市民立法に向けて」という課題を設けて分科会に参加した人の政策評価に対する反応を見ることとした。なお具体的なテーマは以下のとおりである。


「政策評価と市民立法に向けて」

テーマ1:どうして今、政策評価が必要なのか
  ポイント…規制緩和・地方分権によって地方自治体は何をすべきか自治体自身で考えなくてはならなくなりました。すべての仕事を自治体がカバーすることができれば問題ないのですが、残念ながら自治体財政はそこまでゆとりがありません。そこで自治体は政策評価を導入することによって必要な仕事に優先順位をつけたのです。
テーマ2:政策評価システムを実施するにあたっての課題について
  ポイント…社会保障分野において、これまで行政サービスは当事者に対する有効性や満足度や社会的効果を測定することが難しいとされてきました。しかし行政の仕事にアカウンタビリテイ(説明責任)がなくてはならない以上、社会保障分野においても積極的にサービスの有効性と社会的役割を明らかにすることが必要です。そこでわたしたちは、社会保障分野の中でテーマを絞って提起するものです。
テーマ3:政策評価によって何が変わるのか
  ポイント…せっかく政策評価システムを導入しても仕事のやり方が変わらなければ何の意味もありません。今までとは違った視線に立つことによって、仕事の中身がどのように変わってきたか検討します。そして具体的な対案づくりにつなげます。

H12.3.11 第2回千葉県地方自治研究会
「福祉と人権・市民自治」分科会資料より

(2) 千葉県地方自治研究集会
 ① 概 要
   2000年3月11日(土)第2回千葉県地方自治研究集会が行われた。会場は千葉県労働者福祉センターである。午前中に中央大学辻山幸宣教授に「分権改革と市町村合併」という題目で基調講演が行われた。午後より各分科会に分かれて個別に討議が行われた。
   13:00「福祉と人権・市民自治」分科会にて「自己決定と人権擁護の視点から政策評価指標と対案をつくるには」というテーマで討議が始まった。助言者として権利擁護の視点から小川寛弁護士、政策評価の視点から大門正彦政策局次長。参加者は自治労組合員33名、地方議員9名、助言者2名の総計44名である。基調提起の後、助言者のアドバイスと補足講演を経て、全体討議に移っていった。
 ② 全体討議
   全体討議は、介護政策の評価指標と市民立法、権利擁護の視点から小川寛弁護士、政策評価の視点から大門正彦氏を中心に討議が行われた。具体的には、小川弁護士は、千葉県の権利擁護事業を中心に今後の事業展開について、大門氏は政策評価を巡る各自治体の動きを中心に今後の見通しについてそれぞれコメントを行い、それを基礎に会場に参加した人の意見を聞くパネルディスカッション方式で全体討議は進められた。
   今回のテーマに沿って全体討議をまとめると以下のようになった。
  テーマ1:「どうして今政策評価が必要なのか」について
    参加者の多くが保健・医療・福祉に関心を持つ自治体関係者であったため、政策評価の必要性については、異論はない。近年の不況による自治体財政の危機は、参加者の誰もが痛感しており、同時に現在の保健・医療・福祉行政の大切さを認識している。問題はテーマ2、テーマ3に関することである。
  テーマ2:「政策評価システムを実施するにあたっての課題について」について
    参加者の大半が実務として保健・福祉・医療行政に関与しているため、どんな政策が必要かは直感的に理解できる。だがアカウンタビリテイ(説明責任)を求められると困惑してしまう。現状では従来の方法に勝る方法で市民に提示できる政策評価システムを見いだせないのである。
  テーマ3:「政策評価について何が変わるのか」について
    実際に政策評価見いだすことには失敗した。しかし自分たちで政策をつくる可能性を提示することにより、最低限度の目標である今までとは違った視点に立って仕事を見直すことはできたのではないか。
 ③ 反省と感想
   今回参加したほとんどが保健・福祉・医療の分野の専門家であり、今回のテーマにも関心の深い。したがってそれぞれの専門分野に関しては十分な理解と見識を持っている。ところが自分の専門外となると一般的な話しかできなくなってしまう。具体的には保健・福祉・医療の分野に関する政策については討議が進んでいくのだが、それを政策評価に移す段階になると一般的な話しかできなくなってしまうのである。後日行われた反省会でも話題にのぼったのだが、「自己決定と人権擁護については理解ができたが、それを政策に反映させるための政策評価の考え方についてはよく解らなかった。」という意見が多く見受けられた。
   しかし、政策に対する現場からの関心は全くないというわけではない。現場からの意見を政策担当当局に反映させるために、日夜現場の担当者は努力している。具体的な提案ができなくても、現場の担当者の意見が交換されただけも大きな前進と言えるだろう。

4. 考 察

 当初、政策評価への関心はほとんどなく、その取り組みは別のところにあった。ところが自己決定権とニーズについて先進地を視察した際に、その政策目的の理解に非常に苦労したケースに直面した。もちろん担当者は我々のグループに対して親切丁寧な説明をしていただいたが、その場にて理解することはできなかったのである。そこで「なぜ政策目的を理解するのにこんなに苦労するのだろう?」という疑問が我々の頭の中を巡った。
 企画部門がつくる政策が難しい理由は、担当する職員のレベルに併せてその政策をつくっているからである。市民からアンケートを採って、それを基にデータを分析し、ニーズを見つける。そしてニーズを政策に移す。一見、簡単な作業であるが、途中で様々な意見調整が行われる。最終的に市民に提示される段階では形式は整っているのだが、なんだかよくわからない政策となってしまっている。実際に政策をつくった担当者でなければ何が書かれているかよくかわからない。ならば、「実際に公共サービスを担当している職員自らがその政策をつくるようになればもっとわかりやすいのではないか。ついでに政策評価まで行えばよりわかりすいものができるのかもしれない。」従来までの政策立案スタイルに取って替わって、新しく政策の立案から評価まで現場の職員が行うスタイルを確立できないのか。そんな気持ちからこの計画はスタートした。
 実際に活動がスタートしてみると、実行委員会の予測とは異なり、議論は暗礁に乗り上げた。一般的なことはいくらでも言えるのだが、具体的なことは何一つ言えない。最終的に政策の判断は首長などによる政治的判断に任せるのが当たり前で決着が着いてしまう。これでは自分たちで政策を考える意味がなくなってしまうのである。我々はこのテーマを扱うことが時期尚早であったかと思った。
 しかし、それでも収穫はあった。それはこれまでバラバラであった保健・医療・福祉が一つの目標に対してまとまっていけることである。確かに政策評価まで進むことはできなかったが、政策評価に向けて各分野の専門家が議論するところまでは進むことができたのである。次回の目標はそれを具体的な成果に示すところにある。

5. 結 論

(1) 次のステップへ
  実は、今回のテーマにはもう一つ目標があったのである。「テーマ4:市民立法への道」である。政策評価を通して、施策の修正や新しい政策づくりを行い、それを市民立法までつなげていけないか? という壮大な夢があったのである。後日談として、自治研集会に参加した議員から「権利擁護事業を踏まえた権利擁護センターの役割について」議会答弁が行われた事例もあった。
  しかし現実には、実務者レベルにおいても、政策とは政治家が決めるものというレベルから脱却していない。参加してくれた市民や議員も自分たちが政策を考えるというところまで行き着いていないのである。つまり理論と実体がまだまだ一体となっていないのである。われわれの試みはまだ始まったばかりであるが、今回の反省を糧として、次のステップに向かわなければならないのである。

(2) 政策評価の将来像について
  これまで自治体がつくる政策評価は自己満足的な要素が多かった。自分たちで政策をつくり、自分たちでそれを評価する。一見してまともなことをやっているように思えるが、組織というものは内部に対して非常に甘い側面を有していることから、なかなか客観的な評価を行うことができない場合が多い。そのため、政策を住民から見えないものしてしまうのである。
  今回は少しでも政策を住民にわかりやすくさせるために、実務者担当レベルで政策評価を行うが、これはあくまでも最初のステップに過ぎない。本当の目的は市民自らが政策をつくり、それを評価システムをつくることである。最終的な目標は市民が政策づくりに関わり、それを担う道筋をつくることである。
  今回の実行委員会で提案・具体化できたのは「介護評価システム試案と条例案」と「権利擁護センター」にとどまった。今後はさらに現場から意見や各部会や評議会からの実践、市民活動と協働により「政策評価から市民立法」への道を追求し、①権利擁護条例等の市民立法案づくり、②公共サービスとNPOとの実践的な関わりなどの検討と提案づくりを行うこととしたい。