自治体における新規就農支援システムの課題と方向
― 加世田市の「ファームサラリー制度」を事例として ―

鹿児島県本部/加世田市職員労働組合

 

1. はじめに ― 導入の背景

 当時の90年農林業センサスによれば、農業生産の担い手構造は深刻化する一方で、加世田市における全農家数2,060戸に占める「専従者なし」の農家割合は52.1%であり、さらに「耕作放棄地を有する」農家数は697戸と、全体の41.4%を占めていた。
 一方、生産基盤の整備の立ち遅れも目立ち、農地の整備率は38.0%と極めて低い状況にあった。こうした生産構造の下、農業振興のバロメータともいうべき新規就農者数は、平成元年までの10年については、毎年1~2名のぺースで推移していたが、平成2年1月(元年度)に就農した野菜志望農家1人を最後に、その後の3年間はゼロの状態に陥ったのである。さらにその時点で、この間就農した14名のうちの5名は、既に農業から離反しているのである。
 こうした状況は、農業行政の実践現場で生産振興や農家育成に直接関わる者にとっては、極めて憂慮すべき事態であり、打開策を練ることになるのである。

2. 支援策導入の経緯

(1) 地域外参入の公募と求められる農業経営者像
 早速、内部検討に入ることになるが、これといった打開策が得られることなく、予算編成作業の時期を迎えることになるが、施策立案のタイムリミットが迫ったある日、まったく新しい提案がなされたのである。その内容は、農業後継者となるべき候補対象者が、市内やその出身農家に見当らないのであれば、掘り起こしの対象を市外や他市町出身者に広げてはどうかというものであった。つまり掘り起こしの対象について、地域「内」がムリなら地域「外」からの公募も含めて検討し始めてはどうかというものであり、それを前提とした施策を構築してはというのである。どちらかと言えば、これまでの農業施策の範疇は、地元を支援領域としたものがほとんどであったことから、1つの施策であるにしろ、きわめて異例なものであった。
 これまでの基本針路を変更して、敢えて導入に踏み切った背景として、次の3つの点が考えられるのである。1つには、都会生活者の自然志向傾向や職業としての農業への関心が高まりつつあることが挙げられる。2つには、「新政策」が打ち出され、これからの農業経営は「生業」意識から「企業」感覚への脱皮が求められていたこともタイムリーとなり、実践社会の経験者こそが、経営管理能力の面で即戦農家となり得る可能が高いという認識が生まれたのである。さらに3つ目として、農村にも混住化の波が押し寄せ、さらに情報化時代も到来し、地域に新風を注ぐことになり、既就農者にもいい刺激になるとの見方も出てきたからである。
 それらを踏まえ、具体的な施策づくりが始まるのであるが、実際に公募するとなると、農業体験のまったくない参入希望者が、当然想定されることになる。そこで、基本的な技術習得のためのトレーニングシステムを導入する必要があるとの判断に至るのである。
 幸い、当時のJA加世田(現JA南さつま加世田支所)が『直営農場』において、将来の担い手候補を月給制でオペレータとして雇い入れる制度を設けていたことから、それを1つのヒントに、「JA雇用型のトレーニング制度」をJA側に提案し、共同で支援制度を創設することになったのである。
 こうして、JAで雇用されながら研修を受ける制度、すなわちJAの職員として採用され、月給支給を受けながら農業の基礎技術を習得するという、身分保証型研修制度導入の骨格が整うのである。
 一方で、「来てくれる人は必ず農業に適した人」とも言えないわけで、支援制度導入による投資効果を考えると、新たな条件を付せない限り無策に近いことから、受入れ基準の検討を前に、今後育成すべき『新しい担い手(農業経営者)像』を探ることになったのである。
 その前提として、これまでの農業振興策の手法は、地域農業振興の中核となり得る専業農家を育成することが、自ずと地域農業の振興につながっていくというものであったが、今後はこれまでの手法だけでは地域農業は守れないとの認識のもと、さらに具体的な「担い手像」の検討に入ったのである。その結果、具体策として、まずは、担い手農家の育成と併せて、兼業農家や高齢農家等を包括した支援システムの構築も並行して行う必要がある。次に、それらをマネージメントしていける人材を育成・確保する必要となる。さらにそのためには、地域の中で融合していけるような「人格」の持ち主が切望されるのである。一方、本市を含め鹿児島県の農業は防災営農が大前提であり、台風などの罹災による急激な経営環境の変化にも左右されない強靭な精神をもった農業青年の育成が肝要と言える。
 以上の3つのテーマを取り上げ内部検討を行ったのである。そして検討の過程で浮かび上がってきたのが、大泉一貫氏が唱えた「機関車農家」
(1) 像である。それをモデルとして、1つには「プロであること」。つまり経営の組立てと実施戦略能力を具備していること。さらに「地域のリーダーであること」。3つ目は「意欲があること」。すなわち罹災など厳しい局面を克服できる精神力をもつこと。これらを新しい農業経営者像として求めることとし、新規就農希望者の受入れにあたっての審査内規がまとめられたのである。
 表1は、その後検討され、最終的にまとめられた離職就農者(Uターン者)も含めた新規就農支援対象者の審査基準を示したものである。経営者能力も然ることながら、地域居住者とうまく融合できることにも力点を置いた農業人材の認定基準としてまとめられたのである。

表1 新規就農者支援審査会審査等基準(抄)


●新規就農者支援審査会審査基準について、下記のとおり定める。
 【該当要件】
  1 加世田市内に住所を有するか、それが確実な概ね40歳未満の男女。
  2 所定の申請書、添付書類がなされていること。
  3 心身共に健康で、就農意欲が際立って旺盛と認められること。
  4 農村地域や農業関係集団等と積極的に交流・親交できる人格を備えている。
  5 地域農業の将来に大いに関心を持っていると認められること。
●新規就農者の定義については、実施要領に定めるほか、下記のとおりとする。
 【新規参入者】
  1 農業経験のない者。
 【新規学卒者】
  1 新規学卒または予定者。もしくは卒業後国内外の機関において、2年間以内の研修を終え、就農しようとする者。
 【Uターン者】
  1 市外において農業以外の職業に従事した期間が1年間以上の者で、就農しようとする者。

注)年齢要件は、平成9年4月より概ね45歳未満に改定されている。

(2) 就農直後の経済支援と月給制
 さて、新規参入者(
ターン者)の支援制度として、JAを事業主体とした補助事業が導入され、受入れ体制がスタートした矢先、平成5年4月になって3年間余りも途絶えていた離職就農者(Uターン者)が一挙に4人も誕生するという情報が伝えられたのである。それを受けて開かれた新規就農支援対策会議において、関係者からは「とにかく就農直後の生活(経済)基盤を整えることが定着へ向けた最善策である。」との認識が示され、結果として新規参入者と同様、月給制度導入の可能性を検討することとなった。
 その席上、JAの担当者からは、「これまでにも夫婦で離職就農したが、1年も経たないうちに夜逃げ同然でいなくなったケースがあった。その理由は収入が閉ざされたことであり、月給制度は少なからずその不安を払拭できるのではないか。」といった同制度の導入を推進する意見が出される。さらに行政側からは「支給額がどのくらいで、どこが負担することになるか。自治体は全部負担できない。」「“農業をやること”だけに月給を支払うことに、果たして他産業従事者や議会のコンセンサスが得られるのか。要は説得力と周囲の反応次第なのだが。」「補助金の交付は3人以上のグループか団体が対象となっており、一農家に対する交付が果たして可能かどうか。」など、導入にあたっての克服すべき課題も示されたのである。
 そのほかにも様々な推進論や実施にあたっての技術的な問題点が出されたが、最終的に施策の草案としてまとまったのは次のとおりである。
 支給額については、当時のJAの高卒における初任給水準が15万円であったことから、15万円とする。その負担については、『行政(市)とJA、それに受入れ農家(経営主)の三者一体で育成・定着させる』との基本的な考え方で-致し、それぞれが拠出することとする。さらに補助金の性格を持つ負担金については、受け皿となる組織を作ることで解決できるとしたのである。
 その結果、Uターン者に対しても、1年間を限度に毎月15万円の月給を支給することとし、その財源を市・JA・受入れ農家(経営主)の三者がそれぞれ5万円・2万円・8万円を負担するようにし、月給制度の名称も「職業としての農業生産を通じて受ける月給」という意味から、「ファームサラリー」と名付けられたのである。
 詳細には後述するが、ファームサラリーの支給額は、平成9年度からは、Uターン者に限って夫婦の場合、増額の措置がとられている。
 ところで、敢えて特筆するならば、就農初期の経済支援1つをとっても、新規就農者の支援のための環境整備が、意外に複雑であるということである。
 例をあげると、対象者がある程度農業経験のあるUターン者であっても、農業に対する理解度や考え方、前職歴やこれまでの生活環境、家族構成など、様々な要素が絡み、ケースバイケースで対応しなければならず、パターン化が難しいのである。ましてや支援対象者が、新規に参入するⅠターンの場合などは、極めて細かなサポートが不可欠となる。さらにその前提として、支援現場と対象者との信頼関係の構築が、支援環境の絶対条件であるということである。

3. 2つのサポートシステム

(1) 農村農業人材育成協議会
 自治体には、通常『技連会』なる組織が設置されている。農家支援や農業施策の円滑な運用推進のために、行政や農業関係機関から構成される連携組織であり、農業振興の様々な分野で、プロモーターとしての役割を担っている団体である。新規就農支援の分野においても、技連会の活動そのものが推進母体となるのである。
 ところが、新規就農支援のケースは、技術上あるいは経営上の支援のほかに、ファームサラリーの負担金たる補助金の受け皿としての機能を併せ持つ組織でなければならず、技連会とはまったく別個に、新規就農者をトータルにサポートする組織として、農業改良普及所、JA支所及びJA農業管理センター、市農林水産課及び市農業委員会の5機関で構成する「加世田市農村農業人材育成協議会」が設立されたのである。同協議会では、新規就農希望者の就農相談に加え、支援対象者の認定手続き及び審査、農地や資金といった資源調達、技術指導や経営指導、入居住宅の確保や県の支援システムとの連絡調整等の支援を、各機関の通常支援業者と併せながら行っている。

(2) 地域拠点農場人材養成サポート事業
 一定期間において、月給(ファームサラリー)を受給しながら、農業技術を習得する支援システムは、例えば
ターンやUターンといった就農経路の違い、農業経験の有無や理解の程度など就農前の就業環境の違いによって、2通りの支援事業が制度化されている。
 その1つ、地域拠点農場人材養成サポート事業は、主に
ターン予定者や農業体験のほとんどない就農希望者を対象とした制度であり、農業後継者が皆無かそれに近い地域において、敢えて新規参入者を農業の担い手として育成確保しようとのねらいから創設されたのである。
 具体的な内容は、概ね45歳までを対象年齢として、基本的な農業技術を習得する目的で、JAの直営農場や技術研修の受入れが可能な実践農家において、最長で3年間の研修を行うというものである。その間、JAの臨時(嘱託)職員として雇われながら、社会保険等の適用を受けられるほか、月額15万円(独身夫婦同額)のファームサラリーが支給される。そのうち市は最高12月を限度に月額5万円を負担補助するという内容である。
 これまでの研修実績は、最短で6ヵ月、最長で3年間となっている。その中で、例えば花卉栽培の技術習得のように、長期間の研修期間を要するケースについては、「ステップ研修制度」を導入しており、第一段階では「ある程度農業に慣れ」、第二段階では「導入希望作物の基礎的な栽培技術を学び」、さらに第三段階では、例えばJAから借り受けたハウスで、「導入を希望する作物について、経営管理を含めた主体的な研修」を行うというものである。事業実施主体はJAであり、実際の技術指導や研修管理は、対象者の支援部署であるJA農業管理センターが行っている。

(3) 農村農業人材育成確保事業
 Uターンを希望する者の場合、Ⅰターン者と比較して、農業に対する理解の程度なり、住宅や農地確保といった就農のための環境条件は、少なからず整っているケースが多く、さらに農業技術等の研修の場も、経営主の農場となるケースがほとんどである。そのため、敢えてJA等での基礎研修の場を設定する必要もないとの判断もあり、Uターン者については、これまで「研修開始イコール新規就農」という取り扱いをしてきた経緯がある。
 そこで、これらを支援する制度として、農村における農業振興のための人材を育成し確保するとの意味から、「農村農業人材育成確保事業」と命名し、具体的な内容として、概ね45歳(前項と同様)までの市内在住の就農予定者が、受入れ農家や経営主のもとで農業技術を習得する期間において、加世田市農村農業人材育成協議会が、最高12月を限度にファームサラリーを支給するという制度を創設したのである。
 さらに、平成9年4月には、新規就農者のために、3つのトータルな制度改正を行っている。1つは、それまで新規就農(希望)者は、地域拠点農場人材養成サポート事業か農村農業人材育成確保事業か、二者択一での支援に限定されていたが、前者による研修支援の有無にかかわらず、後者の事業による支援も受けられるようにしたのである。つまり、地域拠点農場人材養成サポート事業によって1年間ファームサラリーを受けながら研修を行い、実際に就農(自立)する場合、さらに1年間は農村農業人材育成確保事業での受給が可能となったのである。
 2つめは、新規参入者が研修を終えたと同時に就農・自立する場合の、負担金納入の猶予措置である。支援制度が発足し4年を経過した段階で、事業導入の成果として、Ⅰターン者が基礎的な研修課程を終了し、実際に就農(自立)する場面に遭遇した際の改正である。前述したとおり、負担金の出処は、市・JA・受入れ農家(経営主)の三者によって、それぞれ5万円・2万円・8万円となるのであるが、Ⅰターン者が自立する場合、Uターン者のように受入れ農家は存在しないことから、直ちに経営主としての取り扱いを受けることになる。従来の制度内容では、「受入れ農家イコール経営主」が8万円を負担することになり、ファームサラリーの受給者としては15万円受け取りながらも、そのうちの8万円は自分自身で負担しなければならず、実質7万円の手取りしか得られない仕組みとなっているのである。そこで経営主が負担すべき8万円は、願い出によって、JAが無利子で一時立て替えることができることとし、こうしたケースの新規就農者は、向こう4年間で農産物等の売上げ代金等からJAに適宜返済することができる仕組みに改定したのである。
 3つめは、支給額の改定である。支給額は、独身・既婚を問わず一律15万円としていたが、夫婦による新規就農希望の問い合わせや予定者が登場し、さらに制度の趣旨が就農初期の経済(生活)支援に重点が置かれていたこともあり、夫婦の場合は支給額を20万円に増額したのである。ただし、地域拠点農場人材養成サポート事業での支援中は、身分がJAの職員としてある程度保証されている点も配慮され。改定は見送られた経緯がある。その結果、対象者が夫婦の場合、市及びJA、受入れ農家が、それぞれ8万円、4万円、8万円を負担することになったのである。
 こうした制度の創設や見直しがスムーズに行われた背景には、何よりもJAの深い理解と分厚い支援体勢が得られたことを特筆すべきであろう。制度発足後、JAはさらに広域化し、それぞれの市町村との共同参画による施策の構築には、そのコンセンサスづくりが多難な傾向にある中で、本市の制度を模範とした、ファームサラリー制度をJA全体へ拡充する計画も予定されている。

(4) 飛躍翔塾

図-1 新規就農支援システム概要図

 ところで、図-1はファームサラリーの支給をはじめとする支援システムの概要を示したものである。その中で月給の支給方法はユニークな方式を採用している。同協議会事務局の担当者が、予め毎月20日までに月末に同口座から出金して、それぞれ月給袋に入れて、受け取りに現れたニューファーマーに、課長等が手渡しで支給する仕組みになっている。
 給与の支給方法は、JAを含めほとんどの企業等で口座振込みが恒常的に行われている。ファームサラリーの支払いにおいても同様、支給側の担当者にとっても、受給側の新規就農者においても、ロ座振込みが便利なように映るのが通常である。
 それを敢えて手渡方式を採用しているのには、1つのねらいがある。現金手渡し方式であるがために、月1回、新規就農者自らが受給のため自治体職場(市農林水産課)やJAに出向かねばならず、自ずと情報交換の場の設定につながるのである。ただし、地域拠点農場人材養成サポート事業で研修中の者の場合は、身分がJAの臨時職員ということもあり、ロ座振込みの形をとっている。
 ところが、この方式にも難点が生じたのである。ある25歳の茶業青年が、ある会合の席で、「ファームサラリーを受け取るため役所に行き、時には課長や担当者と話をしたいケースもあるが、ほとんど誰もおらず、しかも月給袋は預けられている。」といった実態を苦言として述べたのである。
 「なるほど、支給日は設定してあっても、ファームサラリーを取りに来る時間帯もまちまちなうえ、確かに指摘があったとおり、関係者の不在も多い。」というのが、職場での反省の弁である。
 そこで、解決策として開設されたのが研修講座である。平成6年10月から、新規就農者が一堂に会するファームサラリーの支給日に、関係機関や新規就農者同志の交流に加え、営農情報の交換やスポーツ交流、様々な実習、諸講演の聴講を1年間を通じて実施し、農業経営や地域交流に役立てることができるよう、研修講座を開設されたのである。講座の名称は、地域農業を担える多芸多才なリーダーの育成をめざすという基本的な方針を踏まえ、「飛んで・躍って・翔(はばた)く」人材を養成するという意味から、「飛躍翔(ひゃくしょう=百姓)塾」と名付けられた。
 これまでの開講科目は、土壌分析実習、自由討論会、農業機械の安全使用実習、基礎栽培学の講義、国際問題や地域おこしについての講話聴講、ゴルフ交流、外国人留学生との意見交換など多岐にわたっており、最終開講日には、塾生自身が協議会メンバーを前に、「将来の営農設計」をテーマに「夢と現実」を語るという設定もなされてきた。
 講師は、大学や試験場など外部から招へいすることもあるが、ほとんどのケースが農村農業人材育成協議会の構成メンバーである農業改良普及所やJA、市の職員が務めている。
 月1回の出会いは、ともすれば、同一作物を生産する先輩生産者に限定されがちな情報交流が、新規就農の「同窓生」として、お互いの悩みや苦労をぶつけ合う意見交換の絶好の機会にもなっている。

4. 新規就農の現状と評価

(1) 新規就農者の評価
 表2は、支援制度導入後の新規就農状況について、認定申請書の内容から読み取り、それをまとめたものである。
 支援制度を導入した平成5年4月以降、年度別の新規就農(認定)者数は、平成5年度が5人、6年度が4人、7年度が5人、8年度が3人、9年度が4人、10年度が4人で、合わせて25人となっている。就農時点での平均年齢は29.8歳で、平成10年度まではすべて男性であったが、平成11年度になって初めて女性の就農希望者が出現している。
 また未婚既婚別では、既婚が8人、未婚が17人で。そのうち3人は就農ののち結婚している。出身地別では、県外が4人、残りは市内出身ということになる。
 一方、就農動機の中で最も多いケースは「職業として魅力・充実感」11人(複数回答、以下同じ)であり、続いて「自主性・主体性が活かせる」「農家子弟としての責任感」がそれぞれ9人で続いている。
 就農経路別にみると、離職就農(Uターン)者が20人と8割を占め、残りの5名が新規参入者である。
 作目別では野菜が10名で、以下茶が5名、葉たばこが3名と続いている。本市における農業経営の現状から察すれば、経営的に安定している農家(施設野菜、茶)へのUターンや、収益性の高い作目(葉たばこ・茶)への新規就農が多いのは、当然の結果と言える。
 さて、従来の就農パターンと言えば、農業高校や農業大学校を卒業後2~3年で就農するケースが多かったが、高校の普通科や工業科など農業専攻以外の学科を卒業後、10年程度の就職を経験した後に就農した者が3分の1を占めている。また導入前の就農者はすべて独身青年であったが、導入後は夫婦で就農するケースが出てきている。これらについては、月給制度の効果とも受け取れそうである。
 さらに、就農後、継承した経営路線からの離脱を図り、新たな経営戦略を企てるケースや新規品目に挑戦するなど、はっきりした経営理念を掲げる青年が出現していることは、今後の楽しみともいえる。

(2) 現状をどう評価するか
 ところで、支援制度を創設して6年が経過したが、実際に様々な角度から同制度に関わった関係者に、その評価を聞いてみると ― 。
 実際に新規就農した青年の口からは、「とにかく決まった日に決まった収入がはいってくるので、俄然仕事にやる気が出てくる。」「親(経営主)と話し合う機会が随分ふえた。」「経営は一緒でも生計は別だから、妻が両親に気を使わなくて済むと喜んでいる。」「遊び相手がふえた。」など、専ら制度を歓迎する声が多い。
 一方、受入れ側の経営主(親)の数名から「都会から帰ってくるか当初迷っていたが、1年間は給料を貰えるという話を聞いて、決心がついたようだ」と、内情を打ち明けられた。夫婦で就農するケースの増加は、それを物語っている。さらにある経営主のロからは「今日は会議だとか青年団活動だとかで引っ張り出され、農作業は週3日しかしない、困ったもんだ。」と、半分あきらめ顔で苦笑いしながらも、内心は地域活動への参画に理解を示していることがうかがえる発言もある。
 さて、東北農試の佐藤、角田の両氏は、「農業経営における農外就業経験の意義」という報告の中で、「農外就業経験から得たものは……友人・知人であり物事を考える力や商売感覚であった」とし、さらに農外の就業を通じてその厳しさを知るうちに、「もう一度自分に選択の可能性がある農業を見つめ直し、自分で意志決定ができ、自由な時間が見つけられ、自然の中で働けるという農業の魅力を発見していく。」という“帰農”の意義を指摘している。
(2) 表2中の「就農動機」は、選択方式による回答ではなく、就農者が直接記述した文章から読み取ったものであるが、これらは両者の指揮とまさしく合致している。
 総じて、離職就農者に限定すれば、本市における新規就農支援制度は、有能な人材の就農促進と就農初期の生活安定、さらには将来の農村リーダーの育成確保といった初期の目的を達成しつつあるといえるのではなかろうか。
 反面、新規参入者の目には、決して万全な制度として映っていないのも確かであろう。そもそも知人も地縁もまったくない未知の地で、未経験の仕事に取り組もうとしている新規参入者が、燃えたぎる情熱と揺るぎない信念の中にも、計り知れない不安や苦悩が交錯しているという現実を、いわゆる関係機関の「支援者側」が察し得ていないのも確かで、精神的な受け皿づくりが置き去りにされた感は否めないとの評価をせざるを得ない。
 一方、新規参入者の技術習得の機会を提供しているJAのある幹部は、「自分の息子を大学まで入れるための費用は数百万円にも及ぶ。JA運動の担い手を育てるためには、ある程度のリスクも仕方ない。」と受入れ側として支援制度への理解を示す。
 「励ます会」等で就農動機を聞かれ、「農業は魅力ある職業だから」とか「自分が一生打ち込める職業だから」とキッパリ言及するⅠターン青年がふえている。これらは決して外交辞令ではない、まったくの本音であると映る。若者の生き方に対する考え方も随分変わってきたようである。彼らの夢が実現するような多面にわたる支援こそが、受入れ側の関係者に課せられたテーマでもある。
 その間、前述したとおりの制度改定も行われてきたが、予算措置を伴うことから関係団体の合議を前提に取り組んできていることは言うまでもない。その際、自治体(市)の強力なイニシアティブでもって進められてきたことは、評価に値するのではなかろうか。

5. 課題と方向

(1) 制度上の課題
 平成5年4月、本市が新規参入の受け入れを公募して以来、電話や手紙等による問い合わせや資料請求が70数件に及んでおり、そのうち30数名が調査視察のために本市を訪れている。当初はランダムな研修受入れを行ったこともあって、就農希望作物も多岐に及んだため、その後県の啓発資料等を通じて受入れ可能な作物を限定した。その結果、電話での問い合わせや視察受入れ時点での戸惑いも少なくなっている。
 その問い合わせ者の中で突出しているのが、無農薬農業や有機農業自然農業をやりたいという希望である。極端なものには自給自足農業をめざすというものもある。受入れ側の指導体制の未整備や振興作物との関連で、受入れを辞退しているのが現状であるが、「最初から無農薬」という考え方には、農業理解の観点から賛同できないというのが受入れ現場の本音でもある。
 しかし、昨今は官民をあげて環境保全型農業の推進に取り組んでいるのが現状であり、現在こうした希望者の受け入れも視野に入れ、今後の農法のあり方を含め、具体化に向け検討をすすめている。
 さて、新規参入者はUターンとは異なり、経営成長に伴って保有農地や地元に執着するという規範意識が希薄になっていくのも事実である。研修という実践を積む中で、限界地と位置づけられたことがある鹿児島農業より、災害が少なく消費地に近いなど立地条件の良い産地での農業生産に心が揺れ動くのも当然といえるだろう。本市の第1号の新規参入者は、産地基盤の整った同JA管内の隣町に移り住み、その後さらに県外の温暖な地を選択、花卉経営に取り組んでいたというが、現在は出身県に帰ったという情報もある。
 また、茶の栽培研修中であった県外からの新規学卒者が、中途で花苗栽培の技術研修への再挑戦を試み、市場販売条件の整った県内他町で、JA職員の身分のままで先進農家での研修を行ったケースもあるが、今本市で茶の栽培に取り組んでいる。現行制度では当初計画どおり身分を拘束するには、どうしても無理があると言わざるを得ないというのが事実である。
 「Ⅰターンで研修受入れ方式はリスクも大きい。いっそう入植方式にしてはどうか。」「Uターン者に限定してはどうか。」という議論が内部から湧出しているのも事実である。入植方式をとっている市町村では3~5名程度を同時に公募している場合が多い。確かにお互い助け合いながら農業に打ち込めるという有利性も考えられるが、逆に彼らの利害だけでまとまりかねないという不安も残るのである。事実、奈良女子大学の秋津氏は、逆に地域「組織の-員として力を発揮するのではなく、彼らだけでネットワーク的関係」を築いてしまい、地域とは「正面から対立することがないかわりに」地域「人として内側から地域を変革する力となることが弱いように思える」と指摘しながら、そうした状態を“小宇宙”と呼んでいる。
(3) 受け入れ側である自治体やJAは、地域社会に貢献できる人材の養成、担い手論を描きたい訳であり、新規参入者を含めた「個」と「地域」がうまく共存共栄できるシステムが理想との考え方である。
 しかし、理想と現実との間には大きな隔たりがあるということである。第1号新規参入者のリタイアの要因の1つに、地域との融合あるいは精神的バックアップがちゃんとなされていなかったことが挙げられたからである。当初めざした目標の挫折であり、大きな衝撃であったことを否定するものではない。このことを教訓に協議会では、それ以降は新規参入夫婦に対しては、同一作物の生産農家のリーダーたちに対して、技術支援はもとより地域の生活慣習から近隣との付き合い方、酒宴の段取りなど実生活面での細かな指導や交流の場の設定など、地域で生活していくための様々な手助けをお願いしている。リーダーの1人は「やっと本音で語れるようになった。」「立派な後継者に是非とも育てたい。」と抱負を語る。

(2) 政策的課題
 冒頭の項でも触れたが、青年就農促進法に基づいて進められている新規就農支援施策は、「就農環境さえ整えば、定着はスムーズにいく。」というような安易な考えが浮き彫りになっているように見える。
 農業の良さだけがズームアップされ、セオリー通りにならないという農業生産活動そのものの過酷な面は置き去りになっている感がある。
 「いま」の担い手を掘り起こすのではなく、「将来」の後継者を育てるという視点がほしいものである。その1つの例として、学童期から正しい農業教育を施すこそが、確かな農業後継者・担い手を育てる近道とも言えまいか。そのことは農業人材の確保のみならず、幅広い児童教育によって培われた大人社会の出現にも結ぶつくものではないのか ― 。
 他人の立場を理解し得ないがために起こる「いじめ」の現象なり、自分の思うようにならない未成年者が突然思ってもみない行動にでるというニュースが日常化している今、こうした教育が不足していることと、何らかの関連性はないのか。
 草花や昆虫などの生き物と接触する機会が少なくなった今日、そうした機会を創出していくことが健全な社会づくり、そして農業の担い手づくりに結びつくのではないだろうか。
 さて、最近では県や市町村、JA等における「ヨコの連携」は随分すすんだような気がする。しかし、自治体内部の縦割り行政の氷河期はまだまだのようである。カリキュラムの合同研究や農村留学の受入れなど教育サイドと農政分野との連携に加え、農村地域を含めた農業教育の実現が、担い手育成確保といった視点で、もっと積極的に取り組むことが重点ではないだろうか。
 「いま不足しているのは、果たして農業後継者だけなのか ― 。」農業の担い手とは、現場で生産に勤しむ農業者だけでは決してあるまい。JAの営農指導員や農業改良普及員、農業高校の先生など農業生産振興や農業教育、農業行政に関わる者すべてを、農業の担い手と位置付けできないのか。生産現場もさることながら指導する側にも、農業を知らない人が随分増えてきたような気がする。こういった視点からも、体験農業やグリーンツーリズムの推進など都市と農村との交流をもっと活発化させながら、農村の自然に触れながら農作業を体験し、農村や農業を正しく理解するシステムを早急に構築すべきであろう。


<参考文献>
 (1) 大泉一貫『農業が元気になるための本』農林統計協会、平成9年5月、P.115
 (2) 角田毅・佐藤了「農業経営における農外就業経験の意義」『農業経営研究』第32巻第4号、1995.3 p.50-51
 (3) 秋津元基「最近におけるむらと新規参入者の微妙な共存」官民協会『農業と経済』1993年7月号、p.24-25