住宅政策にみる地方分権の後退

北海道本部/札幌市役所職員組合・自治研推進委員会・自治体住宅政策研究会

 

1. 1996年に「公営住宅法」が、1951年に制定されて以来の抜本的といわれる改正がなされた。それは、ちょうど、その前年の1995年に「地方分権推進法」が成立し、国の各省庁にある膨大な権限や機構が地方自治体に移され、真の地方自治が実現するのではないかという期待が、徐々に国民の間に広がりつつある時だった。「地方分権は時代の流れ」 ― マスコミも世論も、そのような雰囲気に包まれようとしていた。
 しかし、一方で、それは、上っ面のムードの域を出ないものでもあったのである。地方分権推進法が成立したからといって、自動的に地方自治体に権限や財源が移り、地方分権が実現するわけではないのである。
 実際に、地方分権を実現させるためには、地方自治体に権限や財源を移す具体的な政策や機構、そして、市民自らが、自治体の政策決定に参画できるような仕組みを作り、それを実行に移さなければならないのである。が、それは、一般論にとどまったままだったのである。
 また、その道筋も、ガラス張りのように国民に見えるような形で、現れてくるわけではないのである。
 当然、膨大な権限や財源を失うことになる国の各省庁の抵抗は、予想できることではあった。一度、レールを走り始めた地方分権は、最終の目的地に向かって走らざるを得なくなることを、国の官僚は、敏感に感じ取っていたのである。その始まりを阻止することが、自分たちの既得権益を守ることなのである。
 しかし、そのような地方分権に抵抗する国の省庁の具体的な動きが、意識的、系統的にマスコミに取り上げられることはなかったのである。
 その一方で、地方分権推進法が成立したのだから、国の官僚だってそれに従うはずだという甘い期待が、存在していたのも、また、事実だったのである。
2. ここで、この公営住宅法の改正が、地方分権という主旨にそって行われているのか、それとも、具体的に報道されることがない国の省庁の激しい抵抗が込められているのか、改正後に、新聞紙上に現れた公営住宅についての若干の新しい状況を見ながら分析してみることにする。
 早くも、改正された公営住宅法が施行されて一年が経過して間もなく、その本質が透けて見える記事が、1997年11月20日付の北海道新聞に載っている。(資料1)
 記事の内容は、「34年間1,600円という家賃で村民に公営住宅を賃貸していたのが、公営住宅法の改正により、(暫定期間が切れる)1998年4月からは、4,900~6,800円に値上げしなければならなくなる。しかも、新しい公営住宅に建て替えると、2DKで、平均でさえ30,000円以上になる。」というもので、改正後、もはや村独自の家賃政策は、一切不可能になったことを報道するものなのである。
 この公営住宅は、1963年に建設されたブロック造の、30.6㎡という狭小で、しかも風呂もないという相当低水準の住宅である。しかも、もうすぐ建て替えられることが決まっているのである。 
また、このような低水準の住宅でも住まわざるを得ないような経済状況が存在している村とも考えられるのである。
 では、なぜ、この公営住宅法の改正によって、もうすぐ建て替えられることが決まっているのにもかかわらず、1,600円という家賃を値上げしなければならなくなったのであろうか。
3. まず最初に、改正前の家賃の決め方がどうなっていたのかを見てみる。旧公営住宅法第12条の「家賃の決定」の要旨を抜き出してみると、
 『公営住宅の家賃は、政令で定めるところにより、…………(計算した)ものの月割額を限度として、事業主体(地方自治体)が定める。』((  )内と傍線は筆者追記)


 家賃(月額)={(償却費)+(修繕費)+(管理事務費)+(損害保険料)+(地代相当額)}÷12

 この条文のポイントは、限度額以下なら地方自治体の裁量でどのような金額にも設定することができたということなのである。
 もちろん、限度額より低い家賃で賃貸したからといって、国の補助金がでなくなるなどということはなく、実際、そのような国の干渉はなかったのである。
 資料2は、改正前の1987年度の全国の公営住宅の家賃の決定方法を集計したものである。表の中で、【限度額×(一定割合)】という項目が、限度額より低い金額で家賃を決定していることを示している。この割合が、実に47.5%も存在していたのである。この数字は、多くの地方自治体で、その地域の実情や独自の住宅政策によって様々に家賃を決めていた実態を示している。
 ところが、改正後では、地方分権推進法が成立した後の改正にもかかわらず、このようなささやかな自治体の独自性も、発揮できなくなったのである。
 その理由は、改正後の公営住宅法の家賃の決定が、新しい方式に変更になったからである。
 改正後の公営住宅法の第16条に新しい家賃の決定について記されている。
『公営住宅の毎月の家賃は…………入居者の収入、及び当該公営住宅の立地条件、規模、経過年数その他の事項に応じ、…………政令で定めるところにより、事業主体(地方自治体)が定める。』(( )内は筆者追記)


家賃(月額)=(家賃算定基礎額)×(市町村立地係数)×(規模係数)
        ×(経過年数係数)×(利便性係数)

 一見すると、「事業主体(地方自治体)が定める。」となっていて、改正前と同じように地方自治体に家賃決定権があるようになっているように見えるが、それは、単に形式的なことだけで、本質は、条文にあるすべての項目について、国(建設省)によって、政令や告示で事細かく具体的な数字が示され、唯一、地方自治体が選択することのできる「利便性係数」も、「0.7~1.0」という枠がはめられていて、改正前とは全く逆に、家賃が一定額を下回らないような仕組みになったと同時に、それによって算出された金額を自動的に家賃としなければならなくなったのである。(注1)
 つまり、改正前のように、限度額以下ならまったく自由に家賃を決めることができるような裁量は、完全になくなっているのである。
 そのために、資料1の新聞記事のように34年間も続けてきた1,600円という家賃を、もうすぐ建て替えるという直前にもかかわらず、値上げしなければならなくなったのである。
4. 次の新聞記事(資料3)は、1997年12月20日付けの同じく北海道新聞に載ったものである。新しい家賃が適用になって初めての空き家募集で、早くも、改正によって変わった条件にそって、市民が行動を始めたのである。
 さらに、その翌年の1998年2月23日付けの同じ北海道新聞の記事(資料4)は、先着順ということで、その行動が、さらに激化したことを報じている。

 次に、この2つの新聞記事にそって、この公営住宅法の改正の問題点を分析していこうと思う。この新聞記事は、両方とも公営住宅法の改正後に応募者が急増したことを報じているのである。その理由として、「それまで、入居者の収入によって第一種と第二種住宅とに区分し、家賃も、より高い第一者と、より安い第二種と住宅ごとに決めていたのが、改正によって、その区分がなくなり、さらに入居者の収入によって家賃が決まることになった結果、それまで、家賃の安い第二種住宅の競争率が高くて応募をあきらめていた市民が、殺到した」のである。
 このような市民の行動は、皮肉にも、それまで表面化することのなかった公営住宅についてのいくつかの問題を顕在化させることになったのである。
 それまで公営住宅の募集戸数が少なすぎて、どうせ応募しても無理だと応募そのものをあきらめていた、より収入の低い第二種住宅への応募資格のあった市民が、改正によって、第一種と第二種住宅との応募枠の区別がなくなり、応募戸数が増大した結果、抽選に当選する可能性があると判断して、市営住宅(公営住宅)への応募が急増したのである。
 このことは、公営住宅 ― つまり、より安い家賃で、ある程度の居住水準のある住宅に対する市民の需要がかなり強く存在しているということを明らかにしたのである。
 また、平均の倍率だけを見ていては、見えてこないその深刻さが見えてくるのである。
 「古くに建てられて(風呂もなく、狭い)住宅に応募者が一人もいないものがある一方で、昨年新築された住宅には応募が殺到して、その倍率が117倍にもなる」など、住むに足る住宅が、想像をはるかに超える程少ないという現実も見えてくるのである。
 しかも、翌年の2月の先着順の空き家募集では、そんな住宅にも徹夜で並ぶ程の市民が押し寄せたのである。
 このような状況は、現状の住宅政策には何か大きな空洞があるのではないかという疑念を生じさせる。
 また、このような現状は、もはや住宅政策は、国から一方的に押しつけてくるような方法では解決しないことを物語っている現れともいえるのである。
 それこそ、正に市民一人ひとりが、それぞれの自治体の住宅政策の作成に参画し、決定するという地方分権、市民自治が必要であることを声高く主張しているといえるのではないだろうか。
 今回の公営住宅法の改正は、すべてにおいて地方分権の主旨に沿うようには行われてはいない。むしろ、それへの激しい抵抗のあとが見えるのである。
 いや、というよりも、国(建設省)は完全に国民の生活実態から遊離し、すでに、政策能力そのものがなくなっているといった方がいいのかも知れないのである。
 地方分権の核心である市民自治の実現こそが、市民の生活にそった政策を創造し、実行に移すことができる唯一の道であることを強く暗示しているのである。(2000年6月18日)

 

(注1)建設省が政令や告示で指定する数字は、次の通りである。

[1] 家賃算定基礎額(新公営住宅法令第2条第2項[1997年度の基準] 

    収入分位 政令月収(※) 家賃算定基礎額
一般階層 ①  0 ~10.0%       0~123,000円 37,100円
②  10.0~15.0% 123,001~153,000 45,000円
③  15.0~20.0% 153,001~178,000 53,200円
④  20.0~25.0% 178,000~200,000 61,400円
裁量階層 25.0~32.5% 200,001~238,000 70,900円
⑥  32.5~40.0% 238,001~268,000 81,400円

    ※1. 例として、給与所得者4人家族の収入分位別の税込みの年収を上げると、①3,948,000未満、②4,396,000円未満、③4,772,000円未満、④5,104,000円未満である。
    ※2. 裁量階層~高齢者世帯や身体障害者世帯など

[2] 市町村立地係数(同令第2条第1項第1号、告示第2号別表)
   0.7~1.6の間で市町村ごとに指定している。
      [例]札幌市=1.0

[3] 規模係数(同令第2条第1項第2号)
    住戸の専用面積を70㎡で割った数値

[4] 経過年数係数(同令第2条第1項第3号、告示第3号)
(1) 一般地域
 ① 木造以外の係数=1-0.0114×(経過年数)
 ② 木  造の係数=1-0.0177×(経過年数)
(2) 首都圏整備法に定める既成市街地、近畿圏整備法に定める既成都市区域の存する市
 ① 木造以外の係数=1-0.0044×(経過年数)
 ② 木  造の係数=1-0.0016×(経過年数)
    (経過年数~初年度は0とする)
  [例]札幌市=一般地域に指定

[5] 利便性係数(同令第2条第1項第4号)
   0.7~1.0の間で地方自治体が設定
     [例]札幌市の場合 利便性係数=1-(α+β)
       (札幌市営住宅条例・規則第25条の2)

    α=0.15-C-A×0.15
           B-A
 A:固定資産税評価額が最も低額の市営住宅の敷地(円/㎡)
 B:固定資産税評価額が最も高額の市営住宅の敷地(円/㎡)
 C:家賃を算定する当該市営住宅の敷地の固定資産税評価額(円/㎡)
    β:ァ 浴室、給湯設備、浴槽設置 ― 0
      イ 浴室、給湯設備設置 ―――― 0.024
      ウ 浴室、浴槽設置 ―――――― 0.059
      エ 浴室設置 ――――――――― 0.083
      オ 浴室なし ――――――――― 0.15