【自主レポート】

個別労使紛争解決に向けた複線的なADR整備と
自治体労働相談が担うべき役割

 福岡県本部/福岡県職員労働組合 安部 昌明

はじめに

 都道府県が、労働委員会とは別に、労政主管事務所(福岡県では労働福祉事務所)として労使紛争にかかわっていることを知っている人は意外と少ない。それにもかかわらず、全国で13万件、福岡県だけでも6,000件を超える個別労使紛争に関する相談を受けている。また、相手の対応が期待できる場合は、労使の間に入り紛争の解決に向けた「あっせん」を行っている。
 労働福祉事務所で行っている「労働相談-あっせん」は、法的な裏付けも、国からの財政的な補助もない中で、住民のニーズに対応したサービスとして、自然発生的に拡充されてきたもので、「自治事務」として自治体職員の手によって発展させてきた数少ないものの一つである。
 2006年4月から「労働審判制」がスタートし、訴訟以外の公的な個別労使紛争の解決制度(ADR=訴訟外紛争処理制度)は都道府県、労働委員会、国の労働局の4種類となり、複線的な体制が整った。
 このように多様な制度が整う一方、福岡県では財政問題から『労働福祉事務所の存否』が俎上に登り、「二重行政だ、国にまかせればいいのではないか」という声が聞こえてくる。しかし、これまで国が見過ごしてきた、中小企業を中心とする未組織労働者の労働条件向上と勤労者福祉の増進という課題を担ってきたのは自治体である。米国の調停制度を参考にしながら、労働者の生活安定・向上に向けた「自治体労働相談=福岡県の労働福祉事務所が担う役割」を考えてみたい。

第1章 個別労使紛争解決に向けた複線的なADR整備

1. 日本的雇用システムの崩壊と個別労使紛争増加の背景

(1) 引き続き見込まれる個別労使紛争の増加
   バブル崩壊後、経済・産業が国際的に熾烈な競争にさらされる中、わが国のあらゆる分野で構造的な変革が余儀なくされてきた。有名企業や複数の銀行の経営破綻は、これまでの日本の安定的な雇用が、もはや見込まれないことを示す象徴的な出来事のひとつであった。
   そして、いまだに生活実感として、景気回復の出口は見えないまま、終身雇用や年功賃金制度の崩壊など、働く者にとって人生を見直さなければならないような大きな変化に直面している。雇用形態をみると、女性の就労者に占めるパートや派遣社員の比率は、正規社員を上回り、非正規労働者の待遇は、「自由な選択や労働時間に応じた均衡待遇」などとはほど遠い。男女ともに待遇は正規社員より劣悪で、「仕事での自己実現」など多くの働く人々にとって夢のまた夢である。このような中で、働く者の不安・不満は近年の個別労使紛争の増大へ、労働相談件数の激増となって表れてきている。
   大阪府が2004年度に受けた相談件数は初めて12,000件を超えた。福岡県でも、連合の「はたらQプラザ」、国の「総合労働相談センター」、労働弁護団の電話相談などすべての窓口で相談件数は増加している。雇用情勢の厳しさを反映して解雇や賃金不払いなどの労働条件に関する紛争が激増し、福岡県下、四つの労働福祉事務所が受ける労働相談件数は、2000年度(H12年度)までは3,000件台で推移してきたものが、その後毎年増加し続け、2003年度(H15年度)6,420件、04年度には6,481件、05年度6,640件へと倍増してきている。この激増の原因は、厳しい経済情勢のみには求められない。次のような背景、原因が考えられ、今後も個別労使紛争は増加していくものと推察される。
  ① 経営状況の悪化
  ② 労働組合の組織率低下-労働組合そのものの減少
  ③ 長期雇用システムの変更
    終身雇用や年功賃金制であれば、我慢をしながら働き続ければそれなりの生活が見込まれていたが、その前提がなくなった。
   また、労働組合とともに上司や年配者が相談を受ける体制が企業内の紛争解決処理制度として普遍的に機能していたが、その年代が真っ先にリストラされ、残された管理者も一定の仕事をこなしながら同時に労務管理もしなければという状況で余裕がなく、部下の不満の相談先としては機能しにくくなっている。
  ④ 雇用形態(就業形態)の多様化
    同じ事務所や工場内で同じ仕事をしていても、賃金や労働条件が違うという階層的な構造が生まれている。「人は分配の公正さよりも、公正な手続きや取扱いを受けているかどうかに、より強い関心を示す」といわれるが、公正な手続きもなく、不公正な取扱いを受けていることでより強い不満が生まれているように思われる。(モートン・ドイッチ、『紛争管理論』)
  ⑤ 年功制から成果主義へ-評価システムの導入
    適正な評価機能が確保できず、評価そのものに対する不満も蓄積している。極端な例では業績の悪化で、成績を上げても、賃金に反映されるべき利益がなく、逆に成績の悪いものに対する賃金引下げだけが行われている例もある。

2. 厚労省の方針変更-「複線的な紛争解決システム」の整備へ
  理想としての「複線的な紛争解決システム」

 2001年「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」(=個別労使紛争解決促進法)が制定され、①国の都道府県労働局も相談・指導助言、あっせんを行う、②地方労働委員会としての個別労使紛争へのかかわりが明記され、③都道府県の行う相談・あっせんについても「複線的な紛争解決システム」の一環として評価し、その位置付けが改めて明確にされることとなった。
 このことについて厚生労働省は「個別労働関係紛争の内容は非常に多岐にわたっており、また、紛争当事者が希望する解決の在り方も、千差万別である。このような多種多様な紛争に適切に対応するには、一つの特定の機関のみが単独で解決に取り組むのではなく、紛争の解決に向け各々の特徴をもった複数の機関が取り組みを行っており、そのうちどの機関に処理を委ねるかは紛争当事者が選択し申請を行う『複線的な紛争解決システム』が理想である。」としている。(厚労省監修『職場のトラブル解決Q&A』、日刊労働通信社)

第2章 都道府県の行う労働相談-あっせん

1. 地域の実情に応じた労働相談-あっせん

 ほとんどの都道府県は、複数の事務所(あるいはセンター)で相談を受け、また管内の市町村で出張・巡回相談を実施している。前述したように大都市圏ではあっせんにまで踏み込んで個別労使紛争の解決に向けて取り組んできた。これが、「個別労使紛争解決促進法」の制定により、地方公共団体の施策として改めて位置付けが明確にされたが、この理由を厚生労働省は以下のように説明している。
 「個別労働関係紛争の解決の促進のためには、都道府県の労政主管事務所における労働相談等現行の紛争解決システムにおいても大きな役割を果たしている地方公共団体の施策について、個別労働関係紛争の解決のための複線的システムの重要な一部分であると明確に位置づけるとともに、今後一層の増加が見込まれる個別労働関係紛争について、地域の実情に応じて、必要な施策を推進することが望まれるため、地方公共団体の努力義務規定を設けるものとした。」(前出、厚労省監修『職場のトラブル解決Q&A』P26、日刊労働通信社)

2. 自治体の行う相談-あっせんの評価

 自治体の行う相談-あっせんは労働問題にかかわる弁護士や労働者からは、次のとおり評価されてきている。
 「労政主管事務所などという言い方をされますが、東京都の「労働相談情報センター」や、神奈川の「労働センター」などが活発に行っているようです。これも強制力を持たないという点では、他の処理システムと全く同じです。ただ、私などが受ける印象からすると、この労政事務所のあっせんは、担当の方に熱心な方が多くて、労働者の話も親身になって聞いてくれるし、フットワークも軽いという感じがします。かなりベテランの方もいらっしゃるので、弁護士費用をかけるよりは、私は労政事務所に相談に行くようアドバイスすることが多い。」(君和田伸仁「多様化する労働紛争の解決法」)
 「たとえば解雇通告を受けたからと労基署に駆け込んでも、『解雇予告手当が支払われないことに対しては指導するが、その解雇が不当かどうかの判断には立ち入らない』という具合です。そんなとき頼りになるのが、自治体の労働相談窓口。地域によって『労働センター』『労働事務所』など名称が異なります。労政事務所では、契約打ち切り、賃金などの労働条件、セクシュアルハラスメントなど労働問題全般についての相談に応じてくれます。
 また、労政事務所のメリットは、アドバイスをしてくれるだけでなく、斡旋をしてくれるという点。当事者間での解決が困難なときに、労政事務所の人が会社と交渉して、解決の手助けをしてくれます。斡旋には法的拘束力はありませんが、これによって和解したケースも数多くあります。」(派遣労働ネットワーク、『知らないと損する労働者派遣法』、東洋経済新報社)

3. 自治体の行う労働相談-あっせんの特徴

① 地域の生活・産業の事情に詳しい自治体の職員や相談員が行う懇切・適切な情報提供や相談が可能。匿名での相談にも、相談者に不利益にならないような地域実情を踏まえた対応が可能である。
② 戦後の労働組合組織化援助に始まり、地域労使と接触しつつ集団的労使関係を扱ってきた伝統・経験がある。あっせんでの解決が見込めない場合は、本来の業務でもある労働組合の結成を促したり、地域実情を踏まえた組合の紹介も行っている。
③ 多くの県で、知事部局=「労働相談」、労働委員会=「あっせん」の体制が整備されている。労働相談とそれを一歩進めた「あっせん」へと連携の取れた対応が可能となっている。
④ 大都市圏の労働相談センター等で「解決型労働相談」を実施しているところもあり、その解決率は高い。東京都では、毎年500件以上の斡旋を行い、その解決率は80%近い実績をあげている。
⑤ 労使対象のセミナーや啓発パンフレットの発行等、紛争の未然防止と一体的な事業展開を行っている。匿名での相談の場合でも、問題となった事業所に労働法セミナーのダイレクトメールを送ったり、その業種を対象として啓発セミナーを実施したりすることができる。匿名の相談でもある程度情報がとれるのは地域の実情を把握しているからである。
⑥ 都道府県では「職業訓練」に加え「職業紹介」も可能となり、総合的労働対策が求められてきている。解雇やセクハラで仕事がなく生活に困っている場合など職業紹介も可能で、自主的解決を側面から支援できる。
⑦ 権限がないことで逆に法にとらわれない柔軟な対応が可能
 たとえば、試用期間が一年以上に延長されてきて本採用してくれないという相談では、試用期間中の労働保険や社会保険の加入について、原則にとらわれず現実的な対応で調整できた。また、前にも触れた高齢者雇用の補助制度を活用している事業所での解雇問題のように、金銭解決をはかるなど監督官庁では取れないあっせんが可能である。
⑧ 地域性を踏まえ他機関との連携が可能
 国の機関から相談がまわされているが、未払い残業の問題などは労基署との連携をとりながら対応している。

4. 自治体の行う労働相談-あっせんの問題点

 前述のように労働相談の延長線上にサービスとしてあっせんを進めてきた。このため
 ①現状では都道府県ごとのサービスの質量―相談対応力のレベル(相談窓口数・職員の人事配置等)に差が大きい。
 「労政事務所における相談窓口など地方自治体が住民サービスの一環として用意している相談・助言サービスが相当に大きな役割をはたしてきている。電話相談もかなりの数に上るといわれる。評価すべきことである。だが,自治体によるサービス提供の度合いには差異が相当にあり,また,相談・助言に当たる者の体制にも違いが大きい。労働問題についての専門的知識と経験を有する相談員がいて,たんに利用すべき機関や参照すべき法令についての情報を提供するばかりでなく,相談する労使の希望があれば紛争調整(斡旋など)の役割にまで積極的に踏み込んでいく自治体があるかと思うと,経験の乏しい者による簡単な情報提供程度にとどまるところもある。また,相談窓口の権限がとくに法的なものとなっていないことから,相手方を強行的に呼び出したりすることは難しいなどの限界も指摘されている。」(諏訪康雄「労使コミュニケーションと法」) 
 また、②専門職の配置となっていないために専門的能力を持った者を確保することが困難な状況にある。③大阪府以外では市町村で対応しているところは少なく、現状では都道府県が基本となっているため、相談窓口の数としては不十分である。④あっせんまで行っていることが住民に必ずしも周知されていない。

5. 福岡県での労働相談-あっせんの現状

(1) 労働福祉事務所で行う労働相談
   相談者からの訴えを聞き取り紛争の背景や問題点を整理して、法令や判例などの情報提供、助言・指導にととまらず、あっせん、他機関紹介、労組の結成・加入指導、民事訴訟に向けた無料弁護士相談の紹介など問題解決の多様な方法、機関を含め情報提供や助言を行っている。

(2) 労働福祉事務所の行う「あっせん」
   労使に労働法に対する理解が乏しかったり、労使双方が感情的になって話合いが進まず自主的に解決できなかった場合、当事者の間に入って紛争解決のための手助けをしている。
   福岡県は14年4月から「個別紛争早期解決援助制度」を要綱化し、労働福祉事務所の「あっせん」を制度として整備した。内容は「労働福祉事務所のあっせん員が、労働者と事業主の双方から事情を聞き、実情に則した歩み寄りを求めて紛争を解決するもの」とし、労働委員会の委員の中から選定された「紛争解決アドバイザー」又は労働福祉事務所長が指名した労働福祉事務所職員が「あっせん」に当たると規定した。

(3) 福岡県での「あっせん」の問題点
   福岡県では東京や大阪と比べると相談からあっせんに踏み込む数が少ない。「あっせん」は自主的解決が不可能であり、労働福祉事務所が間に入って解決が促進されると判断できる場合に「あっせん」に入ることになる。問題は、これらの判断が事務所ごと、担当者ごとにバラツキがみられる点である。
   原因はいくつか考えられる。一つには、当事者の自主解決を重視する立場である。相談者が紛争の相手方(=一方の当事者)と話し合える状況にある場合や交渉能力がある場合は、労働福祉事務所が最初から「あっせん」に乗り出すのではなく、相談者が自主的解決を図れるよう指導・助言を行う。しかし、相談に訪れた時点で既に当事者間で問題をこじらせている場合などは、自主的話合いや交渉をアドバイスしても一層事態を悪化させるケースもあるので注意が必要であろう。二つには「あっせん」に踏み込むことをできるだけ回避する立場である。「あっせん」が紛争の当事者と接触し、細心の注意を払いながら説明、説得を行う作業であり、しかも公平公正な立場が問われるという厄介で手間のかかる仕事であるため、「あっせん」に入るにはよほどの確信がある場合に絞りたいという心理が働くものである。三つには、担当者の知識と経験不足である。「あっせん」には相応の労働法の知識や労働問題への理解、あるいは当事者への説得や調整能力等が要求されるが、担当者にこれらの自信がなければあっせんに踏み込めないだろう。

(4) 「あっせん」のむずかしさと必要な能力
   あっせんに入る判断、あっせんの場面場面で当事者を説得する力、双方を調整する能力、最終調整ラインの判断、これらのどれをとっても教科書として確立されたものはなく、経験がものを言う世界である。また、問題点を客観的に捉えるとともに相談者の感情的な問題や心情を汲み取る感性や紛争解決への意欲など担当者に求められる資質や能力は多い。そのため日頃から職場での事例検討会や担当者自身の自己研鐸は行っているが、県としての人事政策が不足している。あっせんのためには経験者の配置と人材育成を目的意識的に計画していかなければならないが、東京や大阪とくらべると必ずしも十分とはいえない状況である。

(5) 解決型の労働相談とは
   このように、福岡県の労働福祉事務所は公的機関として労使双方に助言や指導、「あっせん」を行うことにより、当事者間の紛争の自主的解決の援助促進を図ってきた。この場合、相談者の100%の要求獲得がベストであるが、このようなことは極めてまれである。そのため、なによりも労働相談において必要とされているのは、紛争の背景も含めた問題整理と状況の説明、また相談者自身がそれらを踏まえ判断を行ううえでの的確な助言・アドバイスにつきる。また、結果の良否ももちろんだが、問題解決のプロセスで相談者に見える担当者の動きが、相談者の満足につながっているように思える。解決に向けてどう動いてくれたかが、相談者の「労働相談」に対する満足度へ大きな影響を与える。解決型の労働相談とは、相談者の問題の解決に向けて、法にとらわれない柔軟な調整案を提示し、さまざまな方向から積極的に解決にむけたアプローチを行うことである。

(6) ワンストップサービスの追求
   行政サービスに関わり、『ワン・ストップ・サービス』という言葉は「あらゆる苦情・紛争について相談に応じ、問題点や解決方法・機関等について情報を提供してくれるサービス」とされている。1998年、当時の労働省「労使関係法研究会」報告においても、個別労使紛争を処理する体制として、「基本的なサービスとして、"ワン・ストップ・サービス"としての相談機能と簡易なあっせん機能の整備の必要性が高く、これらについて公的機関によるサービス体制を整えるべきである」と提起されている。
   労働相談は、いずれの場合も迅速な対応が求められるものばかりで、「あっせん」も含め労働福祉事務所としてワンストップで解決・対応することは日々追求されている。

第3章 求められる個別労使紛争解決にむけた連携

1. ハードルが高い民事訴訟の活用

 訴訟運営の改善(集中審理,仮処分の早期処理,少額訴訟制度の創設等の努力がなされている)が行われているが、一般の労働者にとって個別労使紛争解決に向けた民事訴訟の活用は実態として以下のようにハードルが高い。
① 訴訟や裁判所に対する抵抗感が強く、また、時間や経費を考えると活用に踏み込めないという例が多い。
② 訴訟するかどうかについて簡単に相談ができる状況にない。地方の小都市では、地裁はあっても、労働関係訴訟を経験したことのある弁護士がいないところが多い。このため勝訴の可能性があるかどうかという訴訟に至る前の段階から、困難が伴う。
③ 原告勝訴率が低い。判決では、一般の民事訴訟では原告勝訴率が85%、一方「労働関係民事・行政事件の概要」によれば、原告勝訴率は66%で、訴訟の94%が労働者側の訴えでありながら、一般の事件よりも原告勝訴率が低い。(「平成13年度民事事件の概況」、『法曹時報54巻11号』)
 個別労使紛争処理制度をめぐる議論は、このような民事訴訟の問題に対して、簡易、低廉、迅速、公平な処理を追求するものであった。

2. 個別労使紛争解決にむけ、競合ではなく、連携を

 個別労使紛争解決に向けて「各々の特徴を持った機関」がそれぞれ独自に取り組みを行っているが、連携よりも、競合状態にあり、これらの「複線」が交わることが少ないのが現状である。
 「個別労使紛争解決促進法」によって、自治体としての努力義務が明示されたものの、九州では福岡県を除いて、残念ながら労働相談は国=労働局へシフトし、自治体での労働相談の後退が見られる。厚生労働省として、「地方の実情に応じ、各々の特徴を活かして、多種多様な個別労使紛争を適切に解決するために」複線的な制度整備を図ったはずであり、その意味では自治体労働相談の後退は問題と思われる。
 適切な解決のために、各々の機関の特徴をどう宣伝し、どのように連携を図っていくのかが問われている。どの機関にとっても、相談を受け、自主的解決が困難な場合には早期にあっせんを行うことがもっとも相談者にとって「簡易、迅速、安価」な解決方法である。しかし、相談者にとってより満足が得られる結果を求めるためには「他機関紹介・他制度紹介」も考えなければならない。
 この場合、類型化しての選択は困難で、事例ごとに個別に検討が必要である。労働福祉事務所としてのあっせんが不調の場合、具体的な要求だけではなく相談者の怒りや思いも判断のための重要な要素であり、①他機関によるあっせん説得が有効かどうか、②他機関の権力・権限により解決が可能かどうか、③民事訴訟(含む仮処分)が有利かどうか、また、④いずれの選択の場合も「労働組合の活用」は常に念頭においておかなければならない。
 いずれにしろ、住民が制度選択するに当たって、それぞれの制度のメリットとデメリットを明確に情報提供できることが必要であり、この点も国との連携の中で積極化する必要がある。

3. 他機関のADR制度の特徴と連携・活用

(1) 労働局のADR制度の特徴と連携 ―略―
(2) 労働委員会のADR制度の特徴と連携 ―略―
(3) 労働審判制度の特徴

   この制度は地方裁判所に労使から推薦された審判員が参加し、個別労使紛争の調停と審判を行うというもので、①これまでのADRが調整機能だけだったのに対し、判定の機能もあわせもつ、②相手方の出頭義務がある。③3回以内の期日で審理するため、迅速な解決が可能、④審判に異議がなければ判決と同じ効果をもち、金銭給付であれば強制執行が可能。⑤労働現場の実態に詳しい、労使団体の推薦する労働審判員が裁判官とともに決定に参与する、等の画期的な特徴を持つ。
   このため、従来裁判所の利用をためらいがちだった労働者にも利用しやすいシステムといわれてきた。労働審判は、その他のADRと違い、判決と同じように、解雇が無効であるという結論に達すれば、その旨をはっきり打ち出すことが可能となった。労働審判法第20条2項では、労働審判で具体的にどのような判断を下せるかについて、「当事者間の権利関係を確認し、金銭の支払、物の引き渡しその他財産上の給付を命じ、その他個別労働関係人事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる」と規定している。
   また、もっとも特徴的なことは「その他個別労働関係民事紛争の解決をするために相当と認める事項を定めることができる」とされている点である。たとえば、解雇事件で、職場に戻らず、金銭で解決してもよいと労働者が考えていても、職場に戻ることにかえて金銭を請求する権利を認める法律はない。現在、解雇は無効だけれども、職場に戻ることにかえてお金をいくら払えという請求をたてても、そのような請求は認められないか、損害賠償請求をしても金額は低い例が多かった。ところが労働審判では、「紛争解決のために相当と認める事項を定めることができる」ので、解雇が無効であることを前提にして、例えば1年分の賃金に相当する額を払うことをもって「労働契約関係を解消する」という判断を示すことが可能となった。
   紛争解決の実効性という点では、異議が出されて労働審判が失効した場合でも、労働審判を申し立てたときに通常訴訟を提起したのと同じ扱いにされることとなり、改めて裁判を起こす必要がない。例えば、労働審判で、300万払いなさいとされたときに、使用者がそれをイヤだと思っても、自動的に訴訟になっていくわけで、「また訴訟をやっていくのか。時間もかかるし、弁護士費用もかかる」というような判断が働き、この当然の訴訟移行が、紛争解決の実効性確保のための大きなミソになると思われる。(君和田伸仁「多様化する労働紛争の解決法」・『季刊労働者の権利』259号、日本労働弁護団)

4. 労働審判制度の活用

 労働審判制度の特徴・利点=「簡易、迅速、安価」は、民事訴訟との比較であり、労働福祉事務所として行うあっせんが合意されれば、相談者にとって、もっとも迅速、安価な解決手段である。このため従来どおり労働福祉事務所としてあっせんに最優先で取り組む必要があるが、自治体労働相談にとって、単に紹介する他制度のひとつとしてではなく、紛争解決にむけたあっせんのテコとして労働審判の活用示唆が考えられる。請求金額が低い場合などでは、「弁護士費用などを考えて訴訟まではいかない」と甘く見られることがあったが、その点では、労働審判制度活用を示唆することによって、「あっせん」を有利に進められると思われる。もちろん、あっせんが不調となれば労働審判の活用を再度検討することとなるが、相手方が拒否すれば、「審判」-「訴訟」と手間と費用がかかることとなる。
 ①実効性、②執行力に加えて、③自治体の「あっせん」ではなかなか請求できなかった「解決金」としての金銭解決が可能となり、また、④自治体の相談機関相互や、労働弁護団等との情報交換を図ることで、地域実情を踏まえた「解決金」の相場の把握に活用できるのではないかと思われる。
 しかし、制度発足にあたって、必ずしも「労働者の利用しやすい」とはいえない地裁の考え方が示されている。
 ①代理人は弁護士に限定。迅速性という観点から②「できる限り代理人をつけることが望ましい」。また、争点が複雑な場合など長期化が想定される場合③「一回の審判で終結もありうる。」
また、代理人=弁護士を付けずに本人申立は可能だとしても、地裁として申立の手続きについて相談に応じるかということについて「①裁判所という性格上、当事者の一方だけに情報提供はできない。また②担当書記官がそれほど労働事件について専門的知識経験が十分とは言いがたい。」との回答があり、現状としてはきわめて窓口が狭いといわざるを得ない状況である。
 それでも今回の労働審判制には、大きな特徴として「実情に通じた労働審判員を制度化したこと」や「弁論にないようなことも調停や審判に反映できること」がある。
 このことで①労働福祉事務所のあっせんにむけたカードとして民事訴訟に加え労働審判が増えたこと。②代理人をつけない場合でも、申立書に多少の不備があったり、弁論で触れなかったことも、審判員によって「調停」や「審判」に反映できる。この意味で労働審判員の努力に期待したい。逆に言えば、労働審判員の役割が重大になってきているということであり、「紛争の実情に即した迅速な解決のための審判員制度」という大きな意義を、連合に対して再認識していただけるよう申し入れも検討すべきと思われる。個別労使紛争の適切な解決とは「判定」だけではない、「紛争当事者双方が納得できればいい」という意味で労働審判制の「調停」も有効である。しかし、調停内容はすべて審判員にゆだねられてしまうため、実情を踏まえた調停案が提示できるかどうか、審判員の資質が問われる。

第4章 働き続けられる解決をめざして

1. 米国における訴訟とADR制度

 現代のアメリカ社会は訴訟社会といわれ、日本人の常識からすれば過剰な訴訟対策をとっていかなければ生きていけない社会との印象が強いが、現実的には多くのADR制度が活用され、一般事件でも訴訟よりも調停で解決する件数のほうがはるかに多く、過剰なリーガリズムを回避し、自主的な紛争解決を重視しているといわれる。過剰なリーガリズムとは問題が発生すると弁護士を通じてなんでも裁判で決着をつけようとしたり、また、いったん訴訟になり争うことになると必ずしも企業にとって有利にならず、陪審制度の元に結果として多額の損害賠償の支払いを命じられることが多い点である。(野瀬正治「わが国の新たな個別労使紛争処理システムについて」、『Japan Research Review』1998年6月、日本総研)

2. 米国の現代調停の特徴

 現代アメリカの調停は従来の調停と比較し、次のとおり特徴が整理されている。

現代の調停
・解決のプロセスを重視する
・ウィン-ウィン・リゾルーション
・複数の争点に対処する
・危機の機は機会の機と考える
・個人的解決で問題なし
従来の調停
・紛争の終え方に焦点を当てている
・黒白(勝ち負け)をつける姿勢
・争点の一本化
・嫌悪感を持ち続ける
・普遍的解決をめざす

 従来の調停が、争点を整理し、その黒白をつけ、両者を納得させるというあり方に対して、現代アメリカの調停では、結果よりも合意に至る経過を重視し、紛争当事者が抱える問題のすべてに対応しながら、当事者双方が相互に納得するものをめざすとしている。普遍的なものを求めるのではなく、その当事者双方が納得すれば良いという考え方である。しかも、紛争の解決を相互の討論(ブレーンストーミング)で行い、勝ち負けではなく、ウィン-ウィンの解決(当事者がそろって自分の希望や欲求を見たすような解決)をめざしている。(前出レビン小林久子『調停へのいざない』P31)

(1) 同じ職場で働き続けられる解決をめざして
   米国の調停でのウィン-ウィンの解決は、自治体での労働相談で言えば、職場の人間関係に絡むトラブルに対して「やめるという選択ではなく、その職場で働きつづけられる」解決を目指すという意味で示唆に富んでおり、事業所としても、貴重な人材を失わない方法として価値ある解決方向になると思われる。パワーハラスメントやセクハラの紛争では、事実認定されても、ほとんどのケースで被害者のほうが辞める形で金銭解決となっている。調停を、非公開というメリットも含め、被害者が働き続けられる解決をめざすものとして重要な意味を持つと思える。

(2) 中小企業での紛争に対する調停技法の活用
   現在の米国で「調停」制度をよく活用されているのが、隣人紛争や家族間紛争である。わが国でも、従来考えられなかったような隣人紛争が顕在化し始めているが、中小企業の労使関係や職場の人間関係での紛争には隣人紛争や家族間紛争との共通点が多い。わが国では従来中小企業における労使関係に対して「権利義務関係や利益関係よりも家族的な関係が強く意識されていた」といわれる。現在このような関係性が薄れたとはいえ中小零細企業での労使紛争に調停の技法が活用できるのではないだろうか? このためにも「現代アメリカの調停」の特長を活用し、この特長が制度として日本社会に浸透・定着できるような取り組みが必要である。

3. 自主的解決の優位性 -「調停の解決は守られやすく破られ難い」

 米国のADRのなかで調停が「一番自己コントロールの度合いが強く、強制力が低い。」とするならば、指導監督権限もなく、強制力を持たない自治体だからこそ当事者の自主性を尊重した調停的解決が可能といえる。
 また、紛争解決における自主性を尊重することの重要性について次のように指摘されている。
 「人間は、自分が納得し決定した事柄は守る傾向が強い、という心理学的事実がある。調停はプロセスであるとよくいわれるが、それは、調停の席で当事者は、解決案を提示し、吟味し、拒否し、変更し、受け入れる、という過程を二人でたどっていくからである。そのようなプロセスを経て解決策にたどり着いたとき、彼らはその道筋をはっきり覚えており、相手がそれを覚えていることも知っている。つまり、お互い、合意を破り難い心理状態になっているといえる。
 さらに重要なことは、その背後には、命令されたから仕方なく守るという投げやりな気持ちではなく、相手からいい加減な人間と思われたくないという自尊心がある、という事実である。この点からも、調停の解決は守られやすく破られ難いといえるのである。」(前出レビン小林久子、『調停へのいざない』P32)

第5章 紛争予防・自主解決へむけた都道府県の役割

1. 米国のコーポレート・オンブズマン(パーソンズ)制度

 米国で個別労使紛争処理を担うADR制度の一つがコーポレート・オンブズマン(パーソンズ)制度で、企業内や企業の委託で常設されている。日本の感覚では意外だが、企業によって設置されながらも、「中立的な立場で公平公正な勧告が行われている」と言われている。企業がこの制度を設置しているのは、訴訟費用や紛争の長期化による損失よりも有利という合理主義の表れであり、また雇用契約の内容が緻密で、契約の中にも仲裁条項を盛り込んでいることで紛争を迅速、効果的に処理することが可能なためと思われる。
※オンブズマンは通常のラインには属さず,社長などに直結する中立的な性格の専門家で,従業員から苦情があった場合に対応する。オンブズマンは,紛争処理の知識・経験のある専門家であり,中立的な立場から主張を聞き,情報を提供し,相談・助言に応じ,さらに,必要な調査をして,当該問題の処理に適切だと思われる方策を「勧告」する。労使とりわけ使用者はこの勧告を尊重し,それを土台に問題解決を図るようにする。オンブズマンは自分では決定権限をもたないがゆえに不十分な制度のように思えるかもしれないが,むしろ専門知識・説得力に基礎をおく「勧告」権限にとどまることで,長期的に企業内の第三者性・中立性を保持し,専門家としての立場を貫徹することが可能だと指摘されている。(前出、諏訪康雄「労使コミュニケーションと法」)これはまさに現在自治体が担っている役割そのものである。

2. 中小企業における自主的解決制度整備の必要性

 従来日本では、個人の苦情や不満に対して労働組合や地域の労働者団体がオンブズマンと同様な立場で対応できていたが、この機能も弱体化してきている。
 一方、現状の企業経営者の意識や日本の風土をみると、企業にオンブズマンを常設することの普遍化は見込めない。中小企業であれば、ほぼ不可能といえる。例えば、セクシャルハラスメント防止に向け相談窓口の設置が法制度化されたものの、事業所での設置は進んでいない。とりわけ中小企業での設置状況を見ると、中小企業に、このオンブズマン制度の負担が可能とは考えられない。
 また、労働者側に企業が設置した紛争処理制度で、企業内の労使紛争を公平公正に処理できると認識させることは難しいと思える。
 企業による自主的解決制度の整備がむずかしければ、公平公正な立場で紛争の解決を公的機関が担わなければならない。この役割を都道府県が担う必要があると思われる。
※福岡県ではセクシャルハラスメントに関する相談窓口を設置している事業所は25,1%、労使による苦情処理委員会を設置している事業所は10%に過ぎない。(2004年度「福岡県男女共同参画就業実態調査」)

3. 企業内での自主的解決への都道府県としての支援

 「個別労使紛争については、企業内において、不満・苦情の段階でこれを未然に防止するとともに、労使での自主的解決に努めることが必要である。また、法制度の周知徹底、法違反への指導監督による紛争の未然防止や,企業内での自主的解決についての啓発、情報提供などの支援を行うことが適当である。」とされている。(厚生労働省「個別労使紛争処理問題検討会議」報告、『個別的労使紛争処理システムのあり方について』、2000年12月)
 現在でも都道府県では、中小企業アドバイザー制度として企業内での自主的解決についての啓発、情報提供などの支援を行っているが、この延長線上にオンブズマン機能を担うことはそれほどむずかしいことではないと思われる。

4. 自治体だからこそ可能な柔軟な対応

 自治体での労働相談―あっせんは、発展過程で、監督権限をはじめ法的な権限もなく、相談者本位であるが、解決を見据え労使の実情に合わせて、柔軟な対応の中で解決をめざしてきた。他のADRと比較すれば最も紛争当事者の自主性が高いのが自治体のあっせんである。個別労使紛争解決に向けた自治体職員による主体的な取り組みの中で発展させてきたからこそ自治体は紛争当事者に柔軟に対応できているものと思える。「紛争調整について何らの公的権限も有していないが,インフォーマルな関与であることがかえって気楽に利用できる長所となっている。」(前出、諏訪康雄「労使コミュニケーションと法」)
 柔軟性は、当事者に対してばかりでなく関連機関との連携でも発揮されてきた。残業代などの賃金問題では、指導監督権限を持った国の機関に、労働組合での交渉が可能な課題では労働組合結成を指導したり、労働組合の紹介や労働委員会につないだり、また権利関係の確定が必要な案件は民事訴訟にと、類型化はできないが、紛争の解決に少しでも近づけるものとして、解決型の労働相談を行っている。
 相談者、労使関係、地域や企業実態、従業員の動向などの情報を収集し、総合的に判断し、調整案を提示していく。まさに任意性、自主性を尊重した解決方法を追求してきた。
 米国のADR制度で言えば、今後都道府県として、従来行ってきた「早期中立評価」(アーリー・ニュートラル・エバリューション)の機能に加え、中小企業を対象とした「コーポレート・オンブズマン」制度の機能を担い、さらに、その機能を活用した個別労使紛争の予防に取り組むことを追求しなければならない。そして、米国の現代「調停」の理念・技法を活用し、新たな紛争(=人事評価をめぐる紛争やセクハラ、パワーハラ、いじめなど)へ、いっそう柔軟に取り組むことが求められている。

第6章 自治体労働相談に求められているもの

1. 福岡県における労働相談の傾向と今後の課題

 福岡県で受ける労働相談件数は、2000年度まで3,000件台で推移してきたが、01年度約5,000件、2003年度からは6,000件台へと、倍増してきている。(「福岡県の労働相談の状況」P16、17参照)
 増加前の2000年度と比較した相談内容別の項目を増加率で見ると、労働時間・休日に関する相談は2000年度262件が06年度では538件と2倍を超え比率的には一番増加している。つづいて「パワーハラスメントやいじめ」などの「職場の人間関係」で、227件が06年度では426件と1.9倍、「労働保険」1.7倍とつづいている。「セクシャルハラスメント」は2000年度では、別に集計をしていたものだが、06年度224件であるが、増加率で見ると4倍となっている。
 大項目で見ると、労働条件に関すること
 一方、労働組合に関する相談は、1995年度総件数のうち10%を占めていたものが、2005年度では、3%に、労働組合結成に関する相談は、3%から0.7%へと減少している。件数で見ても10年前の半分になっている。
 「解雇」に関する相談は、年度ごとでの相談件数は一番多いが、増加率としてはそれほどではない。増加した項目は、前述のほかに「労働契約「退職勧奨」に関する相談が増加しているが、2003年度から実態を踏まえ、集計項目の整理が行われ新たに調査項目となったものである。しかし、その他の項目も増加していることからすれば、増加した項目と考えられる。
 労働時間・休日に関する相談では、主に時間外の割増賃金に関する相談が多く、労働契約では、募集時の条件や口頭での約束が履行されないケースが多い。
 相談では非正規労働者からの比率が増加している。統計的には2000年度時点では雇用種別の集計をしていないが、パートアルバイトの集計があり、99年度476件が、05年度では1,276件となっている。
 このように労働組合そのものの減少や雇用形態の変化が相談件数の推移からも垣間見える。
 また、苦情処理や職場の人間関係などコミュニケーション不足による相談が増えているように思える。これは使用者だけの問題ではなく、雇用される側の問題としても顕在化してきている。従来、家族的な経営-人事労務管理が行われてきた中小企業においても、コミュニケーション不足を要因とした相談は増加傾向にあり、今後ますます増加が想定される。

2. 個別労使紛争の予防 ―略―

3. 紛争解決に必要な能力の向上 ―略―

 そのために紛争解決に必要な能力の向上が求められている。高田正昭氏は、労働委員会にかかわってきた実務的な立場で労使紛争の解決に必要な能力として、聴取力、判断力、説得力を挙げられているが、これは労働福祉事務所の行うあっせんにとっても同様である。真の紛争解決は、当事者双方が納得することであり、強制力による紛争処理は、再燃や別の形での紛争へとつながる可能性が高い。これらの能力は、テキストがあるわけでもなく、実践の中でのみ獲得されるものであり、経験がものを言うものである。繰り返しとなるが、この点からも紛争解決にとって人事配置、人材育成施策が重要なのである。

4. 労働福祉事務所の労働相談-あっせん機能の宣伝

 筑後や筑豊での相談の増加の要因の一つは、市町村と連携した宣伝の実施が考えられている。労働相談の潜在的なニーズを掘り起こすのは宣伝であり、労働相談の窓口の存在が県民にもっと認識されなければならない。
 労働相談の特性として、限られた時間の中で対応しなければならないことがある。たとえば解雇予告手当の問題に端的なように、一月以内に相談からあっせんまでを行わなければ現実的な処理は不可能だ。その時期に窓口に相談しなければ意味がなく、また、労働者からの相談では、生活を考えれば、紛争にかかわるよりも新たな仕事を見つけることが重要であり、労働相談の"賞味期間"はきわめて短いといえる。
 しかし、残念ながら県民に労働福祉事務所の機能・存在は周知されていない。現在福岡県では「労働福祉事務所の単独での存在」が問題とされているが、いまでさえ、必要とされている方に周知されていない中で、「労働福祉」の看板がなくなれば、県民のアクセスは困難となり、結果として労働相談サービスは後退してしまうだろう。
 日本には昔から、「和をもって尊しとなす」という譲り合って社会生活を送って行こうという精神があるといわれる。しかし、TV番組の人気時代劇、「遠山の金さん」や「水戸黄門」をみると、「がまんしながらも、だれかが事実調査をして公正に処理してほしい」という願望をもっているのではないだろうか?紛争として表れたのは、氷山の一角であり、潜在的に公的な機関からのアドバイスや情報提供を待っている人はどこにでもいるのだ。無料で相談からあっせんまで行っている公的機関の存在をどう周知してもらうのかが問われている。
 はじめに書いたとおり全国の都道府県で13万件の労働相談を受けているが、労働相談を受ける出先事務所のない12の県では、相談件数はわずか1,000件、全国比で1%に満たない。労働人口を考慮しても、きわめて少ない。労働相談窓口はできる限り住民の身近に存在し、より広く周知されなければならない。

おわりに

 国での労働相談―あっせんが始まってからも、相談体制を維持できている都道府県では労働相談件数はそれほど減ることもなく、福岡県のようにむしろ隠れた需要の掘り起こしにつながり、増加傾向の県もある。
 一方自殺者は、1998年度以降連続して3万人を超え、高齢化社会となって総死亡数が増えているにもかかわらず、自殺死亡率は戦後三つ目の山を迎えた。全死因では男が女の二倍であるが、自殺では男が女の三倍となっている。自殺の動機は明らかではないにしろ、これまで社会を担ってきた中高年の男性の中で、どこにも相談できないまま死を選択した人が増えているのだ。
 厚生労働省が理想という『複線化』が形としては整った。しかし、利用者にとって選択の基準は示されているのだろうか?前述したようにそれぞれのADRの特徴や問題点が住民に周知されてこそ複線化の意味がある。今年4月から労働審判制が発足したが、労働者にとってまずアクセスしやすいのが行政などの労働相談窓口であることに変わりはなく、労働相談への問い合わせはむしろ増加する可能性が高い。
 自治体労働相談の側からみれば、①解決への選択肢が拡大する、②労働審判により一定の紛争解決水準が形成されれば、労働相談レベルでも紛争解決援助機能がより発揮しやすくなる、等のメリットが考えられる。いずれにしても、相談の質的強化と、新たなシステムに対応した連携こそが必要になろう。
 また自治体や福岡県としての労働相談あっせんの問題点を提示した。人材育成・配置、能力向上に向けた研修体制の整備や宣伝について改善を求めていきたい。
 自治体として中小企業でのオンブズマン機能・役割を担い、紛争解決や予防にかかわれないかという課題では、主体的な努力だけでは不可能である。労使双方に自治体として担うオンブズマン機能の必要性が認識されるよう、公平公正な立場での柔軟な対応、解決への地道な努力を積み上げ信頼を勝ち取るしかないと思える。
 これまで日本の労働者の賃金労働条件の決定は、「法律としては最低限の基準を決めるだけで、労使協議によって決めるもの」と労使自治にゆだねられてきた。しかし、減り続ける労組組織率は17%台という現状では、労使の力の不均衡は著しく、労使交渉による改善は難しいものとなっている。まして、自治体で対象とすべき中小零細企業においては、労働組合どころか従業員代表制度すら機能するのか大いに疑問が残るところである。
 この中で個別労使紛争を国が全国一律の立場で、指導助言あっせんを行うならば、それは低位での調整に結果することとなるだろう。育児介護休業制度やセクハラ対策などで小規模事業所や余裕のない企業にとって、一律の処理基準で対応できるか疑問である。地域の実情に応じたきめ細かい対応こそ必要とされている。
 福岡県の労働福祉事務所に対しても、中小零細企業の労働者の個人加入組織=連合ユニオンから「低水準でのあっせん=妥協はやめてほしい」と強く要請されている。現在のように中小企業に労働組合がなければ、公的機関のあっせんが同種の事案を通じて地域での相場形成に決定的な影響を与えかねない現実がある。公平公正な立場に立ちながらも、「労働福祉」=労働者生活の安定・向上にむけて、あっせん相談に取り組むことが、長い目で見れば産業社会の発展につながっていくことに確信を持って、自治体労働相談体制の強化・改革に取り組む必要がある。

資料 福岡県での労働相談の状況