子どもの権利擁護と 「子どもの権利ノート」 の作成

東京都本部/自治労都庁職・民生局支部・都立誠明学園分会


はじめに

 東京都「子どもの権利ノート(小学生版・中高生版)」の原案作成を担当し、これらの解説書の原案執筆を担当し、子どもの権利条約に基づく子どもの権利擁護を、児童自立施設職員として、民生局支部組合員として推進してきた。
 権利ノートやサービス評価事業が行われつつある現状の中で、石原都政が出現し「心の東京革命」という戦前を思い起こさせる教育勅語的な価値観教育を行政で行おうとしている中で、危機的な状況になりつつある東京都における子どもの権利擁護の実態レポートとなった。

1. 今日的な現状

 民生局支部の社会福祉闘争の基盤となる「利用者の権利擁護」の考え方を、児童福祉施設の運営に如何に反映させるかが大きな課題であった。
 国連子どもの権利条約は、そのような状況のなかで「子どもの権利擁護」「子どもが権利の主体」という明確な主張を持って出現した救世主のような存在であった。しかし、わが国は、批准はすれども実行はしないという姿勢を変えることなく今日に至り、子どもの悲惨な結末でもある虐待対策も選挙対策として十分に検討されない中で成立をさせ、被害者である子どもを浮き彫りにさせることには一定の効果をもったが、子どもが権利の侵害を受けているという考えが見られず従前の保護の対象としての子どもということから一歩もでていない。だから、虐待を受けた子どもは保護されるだけでその後のケアについては今後の課題としてしか残されず、児童福祉施設の対応すら十分でない中で家族分離だけが行われるという事態に何ら変わりはない。
 一方、少年法の論議も同じような方向である。犯罪少年を厳罰に処し犯罪を抑制するという効果の上がらない方策を強権的に決めようとする論議に対して、子ども達が如何に醒めた目でみているか理解できていない大人がそこにいる。少年犯罪の背景にある「子どもへの権利侵害」の事実(全てがそうだとは言わないが、児童自立支援施設などに入所してくる子どもの多くはそのような状況である)への言及がなく、教育環境(落ちこぼれや不登校を必然化する学校運営等)、地域環境、家族環境など子どもが選択できないなかで一方的に行われる権利の侵害への責任追求が行われることもなく、誰も責任をとらないなかで厳罰化がどのような効果をもつのか。子どもの大人への不信感を助長するだけではないだろうか。
 権利条約以後ですらこのような状況を続けているわが国で、子どもの権利擁護をどのように考えていくのかは、様々な障壁に直面をしていくことになる。それでも川崎市の子ども権利条例の動き(市長答申年度内条例化の報告)や川西市の子どもオンブズマン制度など自治体レベルでも、子どもの権利を中心とした運動や具現化の動きは着実に始まっている。東京都においても、子どもの権利条約を目指す市民運動も始まっている。今後は、これらとの連携のあり方なども(市民運動がなければ実現が難しいので)民生局支部の課題となろう。

2. 東京都における取り組み

 東京都においては、権利条約の批准後、児童福祉関係の子どもの権利擁護について民生局支部は、その具体化を予算要求等の際に強く迫ってきた。しかし、具体的な方策を「大阪の子どもの権利ノート」の発表まで出来ず、大阪の動きを受け止め東京都も子どもの権利擁護の重要な位置づけとして「権利手帳」の作成を強い要請として行ってきた。児童相談所などでは、先行的な検討も始まっていたが具体化が図られない中で、虐待対策の必然化などにより「児童福祉施設等権利擁護検討委員会」の構想が福祉局として立ち上げられた。
 当時の青島都政で、都全体の子どもの虐待防止対策として都社会福祉審議会答申が第三者機関の設置を柱として権利擁護としてのシステム構築すべきであるとの答申が打ち出されてきた。そして、審議会答申に基づき福祉局は「子ども権利条例」を2001年に立ち上げることを前提に「子ども権利擁護委員会(東京子どもネット)」を立ち上げ、「児童福祉施設等権利擁護検討委員会」を設置し「子ども権利手帳」「ケア基準」「サービス評価システム」の検討を始め、権利ノート・サービス評価基準が実現している。
 しかし、石原都政の誕生は、「心の東京革命」など右翼的な性格を隠すことなく行政を推進している中で「子ども権利条例」の実現が危ぶまれている。

3. 民生局支部の取り組み

 民生局支部は、従前からの主張が実現できる機会として委員に権利擁護の立場から委員の推薦を行い参加してきた。その結果が、今日の子どもの権利ノート及びサービス評価表の実現となっている。
 委員会が、公民児童福祉施設施設長・職員、児童相談所所長・福祉士・心理、行政担当者などからなっており、基本的な考え方そのものから論議が必要な事態となった。とくに権利ノートに関しては、「子どもに必要がない」「子どもの我儘を助長する」等の意見が高名な委員からすら発言されるなどしてきた。
 権利ノートの作成に関わる委員会(小委員会)でも、論議となりこれらの意見をどのように反映させるのか大きな論議となった。大阪などの権利ノート(埼玉・京都・福岡・千葉等)を研究する中で、組合を代表する委員として、権利条約の具現化を求めた主張を行った。幸いなことに、小委員会メンバーは、ほとんどが子どもの権利擁護推進に関心の高い方が多く、さらに行政も先発自治体よりもより良いものを東京都として出したいという意欲があり、子どもの権利条約の検討からスタートすることが出来た。
 結果として、子どもの権利ノートが基盤となり、その後のサービス評価表作成でも権利擁護のあり方が権利ノートに基づいて作成されるなど児童福祉施設の子どもの権利擁護の一貫性の担保に役立つことが出来た。
 今後の課題は、これらの権利擁護の考え方をいかに現場において浸透させるかという運動となっている。民生局支部は、その一助となるように機関紙に「子どもの権利擁護」に関するシリーズを掲載し(毎月1回発行)その一助とする一方、職員研修の充実を当局に求めている。

【東京都子どもの権利ノートの特色と基本的な考え方】
 東京都の「子どもの権利ノート」の作成は、下記のような基本的な考え方や特色を持っている。

(1) 大人から子どもたちへのメッセージを掲載
  権利ノートに「大人のメッセージ」をあえて載せたのは、多くの子ども達が児童福祉施設にマイナスディフォルメを抱えているからであった。
  つまり、子ども達が児童福祉施設への入所で、家族から離れることへの不安やそれまでの生活を失う失望感、新たな施設での生活への不安などを背景に、「施設にいれられた」と捉えられ、その結果、自らの存在を否定的に捉えたり、自信を失ったりしてしまうという傾向に対して、児童福祉施設の有効性や有用性を強く訴えたかったからに他ならない。また、子どもを保護の対象とするのではなく、大人のパートナーとして捉えることもここで宣言をしていることに大きな意味があった。
  その為、このメッセージで一番大切にしたのは、施設は将来のために自らの未来を切り開くためのものであり、施設では「友愛」「やさしさ」「希望」「夢」などを大切にしていることを訴え、多くの子どもたちが施設生活についてマイナスイメージを抱いている現実や施設生活を消極的に過ごしているということへ、大人側からの反論(メッセージ)とした。

(2) 権利ノートは子どもの権利条約具現化
  権利ノートは、先に述べた通り「子どもの権利条約」各項目の考え方を基本として作成された。その為、作成当初には、権利条約の各項目を児童福祉施設の生活実態に合わせるような検討すら行っている。
  その結果、権利ノートの各項目は、この権利条約の条文を検討し、基本的には条文にある内容を出来る限り盛り込み、さらに施設としての特色を付加して作成している。基本的な考え方として、子どもの最善の利益を具体化することは施設としても当然のことであり、権利条約にある「子どもの権利」を子どもに伝える役割も担うものとして作成された。
  しかし、いくつかの項目については実現が出来ないものもあり、必ずしも100%の実現とはなっておらず今後の改定時に実現を目指すことも確認されている。
  例えば、プライバシーの保護に関することで言えば、児童福祉法最低基準等や東京都児童福祉施設設置基準等によって制約を受けている施設が、空間的にプライバシーの確保を図れない実態を認めざるをえない。権利ノートでは、個室等の設備の必要性を認識しつつも現実への対応もあり、結果として現実を受け入れ理想論を書くのではなく子ども達にそうなるように努力をするとの約束に留まっている。権利ノートに、行政も施設も責任をもち対応していくとの考え方を説明することにし課題として残している。

(3) 子どもの権利を明記(「権利があります」の記述が大きな特色)
  各項目の見出しは「権利があります」と明記した。他の府県の権利ノートが、Q&A方式をとっているなかで「東京都子どもの権利ノート」は、明確に「権利がある」と表記することにした。
  それは、子どもが権利の主体者であるという子どもの権利条約の基本的な考え方を尊重した結果である。大阪の権利ノートが参考とされるカナダのアドボガシー事務所が作成している権利のノートも研究し、子どもの権利条約が示していることを避けることが出来ないとの結論に達し、大人の責任として子どもの権利を認めることの意味を重視した結果である。
  原案を発表した段階では、子どもの権利を明示することで施設の中で子どもの権利主張が強くなり、施設運営に影響を与えるおそれがあるとの意見があった。しかし、子どもの権利を曖昧にすることなく、子どもに権利の内容を明確に伝え、そのことが子どもと職員双方に確認される中で、施設における処遇の向上も図られるという考え方を作成にあたってはとることとし、このことを委員会等でも強く主張した。
  これに対して、権利を明記するならば義務も明記すべきであるとの意見が、福祉局の顧問と称する学識経験者や行政のトップからも寄せられ、さらに児童福祉施設の現場や施設長など各方面から寄せられた。
  このことについて委員会では権利重視の反論をしつつ、小委員会でも論議を重ね、基本的な考え方は堅持しつつもこれらの意見を無視することが出来ず、それまでに記載されていなかった権利を尊重することは他者の権利を尊重することでもあるという趣旨(権利と責任・義務)の説明を新たに加えた。これらについては、独立した項目を起こすことで子どもから権利ノートは義務や責任を強制するためのものであると捉えられてしまうことがあってはいけないと考え、あえてこれらについては「権利ノートの説明」で言及し、さらに各権利の項目でも必要に応じて義務や責任について記述した。
  これらのことを通じて、権利擁護をするべき大人側がむしろ権利について理解がなく、権利のあり方やそれにともなう責任や義務の説明が出来ないのではないかとの危惧が生じた。
  このようなことに対処するために、解説書を立ち上げることにし、この解説書については様々な考え方を網羅するのではなく、あくまでも権利ノートの内容のあり方について言及したものとして作り上げることにし、中高生版の解説書は編集にあたっての報告書とし、委員会の承認を取ることで内容の変更が行われることについて議論があり、編集内容の考え方を示すということで小委員会の責任発行という形をとった。

(4) 子どもの参加と意見の反映
  子どもの権利条約は、子どもの意見表明権を権利擁護の柱のひとつとして位置づけている。
  子どもの意見表明権を施設で認めると「子どものわがままを聞かなければならなくなる」「権利ばかり主張して勝手なことを言い出す」など施設管理上問題であるとの意見が多く寄せられた。
  しかし、子どもの生活する場で子どもの意見が反映されないほうが不自然であり、子どもの最善の利益を追求する施設としては、意見表明権を尊重することが大切であると考えた。
  具体的な方策として、権利ノートの作成にあたっても小委員会は、権利ノート原案の子どもへの開示(施設職員等に開示と同時に行い子どもからの意見も聴取した)、子ども会議の開催などを行い、子どもの意見にも率直に耳を傾けた。
  原案公表が、子どもと大人同時に行ったため、権利ノートの可否についての大人側の意思決定がないのに子どもに公表することがおかしい等の批判があった。また、子ども会議のあり方(中高生2回・小学生1回開催)については、様々な批判があった。
  権利ノートの作成にあたっていることを子どもに知らせることや意見を聴取することは、権利ノートの作成に関わる重要なことであるとして実施をし、多くの意見を参考に原案の修正を行った。
  また、子ども会議については、参加する子どもを公募(施設を通じて)したところ、予想外に少ない応募であった。施設側が、子どもの推薦をする形になったために、子ども参加意思が反映されていないと思われる実態もあった。子ども会議の持ち方についても、意見聴取の形をとらざるをえない状況となり、子ども参加までにはいたっていなかったのは反省すべきことであった。また、会議についても中高生会議では、施設生活への不満が先立ち、会議の議題である「子どもの権利ノート」の内容にまでいたらない状況となった。
  子ども達が、テーマに沿った議論をし、一定の考え方を示す必要性についての認識が薄く、権利ノートの内容にインパクトを与えるという当初の目的を達することが出来なかった。高校生交流集会等での会議の進め方が念頭にあり、自らの主張に沿った論議とならず大人側が不満を受け止めるという形になったことは残念な結果であった。その結果、大人が子ども発言を封じたような批判もあることは事実であるが、これらについては明確に否定をしておく。
  これらの会議で、結論的な論議に結果は得られなかったが、「権利についての大人責任のあり方」については問われたことは事実として残った。(結果、東京ネットのフリーダイヤル・はがきが実現)
  子ども参加については、イラストについても公募し子ども達に集まってもらい作業など通じてよい作品が出来上がった。
  今後の課題は、権利ノートの見直しの際には、子ども会議などを行い、子どもの意見を尊重していくこととしているが、高校生交流集会のようにするのではなく、権利ノートの検証という目的をもった子ども会議の開催(大人も参加しディスカッションができるような会議)が行われるようにすべきである。

(5) 職員の人権意識向上が目的(体罰禁止も明記)
  体罰禁止を明記し、さらに小学生版にはセクシャルハラスメントの被害から守られることまで明記をしている。体罰等に関する大人の責任は当然厳しく問われることになる。体罰が、施設だからといって容認されることは一切ない。体罰が許されないことを子ども達にも明言することで、施設から体罰・虐待の根絶を図るため、権利ノートに「体罰」の項目を設けた。
  このことに対して残念なことに、先に述べたような意見や児童自立支援施設の職員などに代表されるように「これが(権利ノート)あるから、上手くいかない」「権利など行ってもこいつらには仕方ない。義務や責任をきびしく言うには、時には…」等児童福祉施設側の大人の反応が多いのが現実である。
  権利ノートによって(権利ノートによらなくても)施設職員の人権意識は、当然問われることになることに気がつかない大人の存在をどうするかが大きな課題である。職員の人権意識や施設運営管理の現状は、子どもの権利擁護の視点から見て必ずしも十分な状況でないとの認識があり、児童相談所についても同様なことが言える。
  現実には、子ども達を保護しているから許されるとした懲戒権の行使にしても、非常にシビアに検証されることは、子どもの権利擁護という立場からは当然のことであり、子ども達が未来や夢を語れる施設としていくには、体罰の根絶が必要である。体罰が社会的な問題となり、児童福祉法最低基準にも体罰禁止が明記された。また、児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)も制定され、懲戒権の行使についても厳しい制約が明記され(第14条親権の行使に関する配慮等)、第5条では虐待の早期発見の義務を専門職としての施設職員などに求めている。
  この課題(体罰の根絶)を克服するためには、体罰禁止規定を設けるだけでなく、行政の体罰根絶に向けた積極的な取り組みが必要であり、子どもの権利擁護のための施設運営の改善と合わせて、職員の人権意識の向上を図るための「子どもの権利擁護に関する研修」などを充実する必要があると考える。児童福祉施設が、社会的な認知を受け、存続してゆくためには、各施設は体罰・虐待の根絶に全力を上げて取り組む必要がある。
  また、サービス評価事業の調査票においても、人権擁護については多くのページを割いていることからも、このことの重要性については各施設に伝えられているはずである。サービス評価事業の結果の公表がなされるなかで、社会的に大きな関心を持たれる項目でもある。
  労働組合が果たす役割も大きなものがある。職員の権利の擁護のみに汲々とする労働組合であってはならず、子ども達の権利擁護を大切にし、権利擁護を図れる労働条件を要求する組合運動が必要であり、子どもの権利擁護においては妥協をしない組合が求められる。

(6) 子どもが権利侵害を訴えられる(権利侵害救済措置があるのが最大の特色)
  東京都「子どもの権利ノート」の最大の特徴は、子ども自身が権利侵害を電話・はがきで直接訴えることができる仕組みとなっていることである。
  「東京都子ども権利擁護委員会(東京子どもネット)」の存在が、この権利ノートの実行ある権利擁護の支えとなっている。いくら「権利ノート」に権利がありますといっても、その権利が護られる仕組みがないと、子ども達にとっては「権利ノート」は絵に書いた餅である。
  子ども権利擁護委員会は、都内全域の子どもの権利侵害を対象にして活動をしている。そもそもの出発が、虐待対策・いじめ対策からきたものである。実際の活動も、学校現場における問題がその9割を占めているとの報告もある。
  児童福祉施設からも「権利ノート」にフリーダイヤルが明記され、小学生版にはさらにはがきが添付され、中高生にもはがきが配布され実際の相談も増えているとのことである。
  施設オンブズパーソン制度も、今年度から実施をされる中で、「東京子どもネット」が子ども達に与える安心感や権利ノートの信頼度を高める役割は大きなものがある。
  課題も多い。東京都子どもの権利条例が、この委員会の役割を明確にし、福祉だけでなく子どもの生活領域全体の権利問題を扱うことになっていたが、この条例が先に述べたように危ういのである。その結果、教育委員会などは法的な独立性を楯に権利擁護委員会の調査を拒むなどをしており、実効性をそぐ行政の動きすらある。児童福祉施設や福祉局当局にしても同様であり、福祉局の要綱で設置をされているにすぎないとして調査協力などに前向きでない姿勢すら見える。
  東京弁護士会(三会)は、専門調査員を買って出る等し権利擁護システムである「子ども権利擁護委員会」を支えようとしている。そのために専門調査員として活動に参加をし、福祉局当局に条例の実現などを働きかけている。
  今後の大きな課題が、「権利ノート」を支えている「子ども権利擁護委員会」を護ることであり、条例化を進めることでもある。そのためには、組合運動と現場職員のさらなるモラールアップが必要である。

(7) 配布対象は東京都の全児童福祉施設に入所する子ども全員
  配布対象は、小学校4年生以上の全児童であり、当然、児童自立支援施設の子ども達も含まれる。児童自立支援施設における権利の制限については、子どもに説明できるようにするべきとされ、解説書にはその内容が明記をされている。今後は(12年度作成予定)、養育里親対象の子どもの権利ノートも計画されている。これにより措置される子ども全員が権利ノートの対象となる。
  参考資料 権利ノート  小学生版・中高生版
           権利ノート解説書

東京都児童福祉施設における子どもの権利救済図